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2 ルシアとネヴィナ

「ルシア……! 聞いてたの?」


 エプロン姿のままのマーラが、扉の向こうに立っていた。ミロ、エルトン・ファティマ教授、リオルもいる。

 そこが研究室奥の仮眠室で、自分がいつの間にかそこで眠っていたことは理解出来たが、ルシアは何故自分がそこにいたのか、何が起きたのか分からなかった。記憶が途中から曖昧だった。確か、路上で魔女と使い魔らしき悪魔に襲われたところまでは覚えていたのだが。

 眠りから覚めると直ぐに飛び込んできた、“流星の子ども”の話。

 気になって気になって、そっと聞き耳を立ててしまったのだ。


「あぅ、聞いてました。でも、ちょっとよく聞こえなくて。気のせいじゃなかったら、“流星の子ども”がどうだとか、私のことと……、ネヴィナおばあちゃんのことも喋ってました……よね?」


 腰を屈め、チラチラと皆の表情を覗いながら話すと、何故かマーラたちは一様にため息を吐き、頭を抱えた。


「聞こえたのは仕方ないわ。それに、いずれ知ることになるんだし、知らないと自分を守れないでしょうから。――ルシア、一緒に話、聞いてくれる?」


 マーラは半分困ったような顔をして、ルシアの手を取り、ミーティングテーブルへと引っ張っていった。



 *



 ひとり分のコーヒーと椅子が追加された後、話は続いた。

 マーラはルシアを自分の隣に座らせ、膝の上に手を置いて自分と向かい合うよう指示した。


「ネヴィナはルシアのおばあ様なのね」


「はい。少し前に亡くなって。……アレ? 私、おばあちゃんの名前なんか喋りましたっけ?」


「ええ。それなんだけど」


 マーラはルシアの髪の毛を撫でながら、そっとルシアの額を出した。左手で髪の毛が落ちてこないようにして、右の手の平をルシアの額に当てる。と、手のひらと額の間から金色に輝く光が漏れ出した。

 ルシアは驚いて逃げようとした。それを、サッとルシアの後ろに回ったミロが両肩に手を置いて抑えた。


「我慢しろ。サエウムみたいになりたいのか」


 奇妙な脅され方をして腑に落ちなかったが、ルシアは渋々逃げるのを止めた。

 額を抑えるマーラの気迫が尋常でなかったし、肩に置かれたミロの手には、凄まじ力がかかっていた。

 説明もなく何かされるのには物凄く抵抗があったが、ルシアに拒否権はなかった。


「もう大丈夫。ミロも手を放して」


 髪の毛を整えるが、ルシア自身は何が変わったのかさっぱり分からない。ただ首を傾げるだけ。


「封印魔法を施したから、恐らくしばらくは大丈夫。ネヴィナの魔法と重なってる間は、心配ないと思うわ」


 姿勢を直したマーラはそう言ってニッコリ笑う。

 マーラの言葉に、エルトンとリオルは力の抜けたように息を吐いた。


「何ですか皆して変な反応して。それに、おばあちゃんは魔女なんかじゃありません。普通の人間でした」


 ルシアは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 しかし、マーラは引き下がらない。


「ネヴィナは魔女よ。しかも、立派で心優しい魔女。いい人に拾われたわね」


 うふふと笑われると、なんだか変な気持ちになってしまうというもの。

 それに、祖母に『拾われた』とは、変な表現だ。

 ルシアはまた、首を傾げた。


「二階の奥の部屋、開かずの間だったんじゃない? 掃除しようにも、鍵が壊れてて開かなかったとか」


 言われてルシアはドキッとした。

 そう。忘れていた。

 小さい頃はよく遊んだけれど、両親が亡くなってから奥の部屋には入らなくなった。祖母のネヴィナは、ルシアに荷物が沢山あるから入らないようにと忠告していた。実際、入ろうとしても建て付けが悪いのか鍵が壊れているのか、どう踏ん張っても開かなかった。


「私たち、掃除ついでに見ちゃったのよね。うっかり。そこに、魔法陣があった。ネヴィナが自分の寿命と引き換えに、あなたの中に眠る魔性を封印していた。――ねぇルシア、ご両親の死因は?」


「し、死因、ですか」


 ルシアは無意識に、自分の胸に両手を当てた。

 心臓がバクバクと、妙な速さで鼓動している。


「交通……事故?」


 ルシアを、マーラの目がじっと見つめている。


「違うわね。本当は、あなたが」


 目が泳ぐ。

 私が、何をしたのだろう。

 ルシアの頭の中に、両親の顔が浮かぶ。

 視界がぐにゃりと曲がり始めた。心は、記憶の奥底へ。暗闇の中へ――……。






――『これは事故よ、ルシア』


 優しい声が、頭に響いた。


――『可哀想に。辛かったわね。大丈夫、私が護ってあげましょう。あなたは大事な大事な』






「……ルシア、大丈夫?」


 マーラの声で我に返った。


「あ、はい。大丈夫、です」


「とても、大丈夫じゃなさそうだけど」


 黒い髪の毛を揺らし、マーラが苦笑いする。

 ルシアの額には脂汗。顔色も悪い。

 それでもマーラは容赦しない。


「あまり引きずるのも可哀想。端的に言うわ。ルシア、あなた、流星の夜に生まれたでしょう」


「りゅ、うせ、いの? よるに?」


「ええ」


 マーラは真剣だ。

 違いますなんて、言える雰囲気ではない。自分の誕生日くらい知っている。しかし、その日に彗星が観測されたかどうかなど、一度も聞いたことがない。


「そして一度、あなたは魔性の力で悪魔になりかけた。……ネヴィナが救ったのよ。あなた、ネヴィナのことを、本当のおばあ様だと思っていたの? 生憎、殆どの魔女は家族を作らないわ。まして結婚だとか、子どもを産むだとか。恐らく、よ。暴走したあなたの力を感じ、ネヴィナがあなたを見つけたのだと思う。そして、あの魔法陣で部屋ごと封印した。ネヴィナはあなたをあの家で、祖母として育てることにした。そう考えればしっくりくる」


 圧倒され、ルシアはゴクリと、唾を一飲みした。

 知らず知らずのうちに、手にも足の裏にもじっとりと嫌な汗を掻いていた。


「魔女は長い寿命を持ち、若さを保つことの出来る種族。ネヴィナは恐らく、あなたに命を分け与えたことで、急速に老けた。若さと引き換えに、あなたを救ったのよ。だから、普通の老婆に見えたに違いないわ。そうして、老衰したのでしょう。愛していたのね。あなたを、サエウムのような化け物にはしたくなかったのだと思うわ。あなたの家は――……、魔女にとって居心地が良い場所。昔から変わらない街並み、沢山の木々や草花。蝶や蜂が自然と集まってくる日だまりのような場所。きっと、幸せだったでしょうよ。そして、無念だったと思うわ」


 マーラは、ルシアの祖母ネヴィナを、あくまで魔女として思い描き、その生涯を想像したまま語っていた。

 それがあまりにも滑稽で、あまりにも唐突で、受け入れ難い内容で。


「私が……、“流星の子ども”だって証拠はあります? 単にその日に生まれただけかも知れないし。それに、おばあちゃんが魔女だって証拠だって、どこにも」


「――残念だけれど、証拠はあるわ。あなたの家にね。あの封印されていた二階の部屋、大量の血痕と、魔法陣が何よりの証拠。そして、ニゲルの魔女ラマが連れていた使い魔サエウムも、ミロも、あなたの中に“流星の子ども”独特の魔性を感じた。恐らくね、ルシア。あなたは今後、狙われるわ」


 マーラがピシャリと言い放つと、ルシアも、エルトンも、リオルも、電気が走ったような震えを感じた。


「それにね」とマーラは付け足す。


「残念なことに、命を狙われるわけじゃない。あなたの中に封印された魔性を解き放とうとしてくるの。ミロのことを見ていればわかると思うけれど、死神星の呪いは強力よ。簡単に解けやしない。押さえつけることが出来なくなってしまえば、簡単に悪魔や魔物に姿を変えてしまう。そしていずれ、人間には戻れなくなる。そして、簡単には死ねなくなってしまう。――モルサーラという男がいるのを、教えておくわ」


「モル……サーラ?」


「ええ、そう。モルサーラ。エルトンも、リオルも、覚えて頂戴。そして、ルシアを守って欲しいの。モルサーラは“流星の子どもたち”を集めている。あの碑文にもあったとおり、“流星の子ども”は複数人集まると、その力が影響し合って力を増す特性があるらしいの。色んな時代から集めた“流星の子どもたち”が、彼の元でどうなってしまったのか……知る術はないけれど、破壊行為を正当化し、混乱に陥っていくのを愉しんでいると聞いたわ。ルシアを、モルサーラの元へと行かせてはいけない。この……、世界のためにもね」


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