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0 呪われた王子の話

 夜空に一筋の赤い光が流れた。

 長い尾をたなびかせ、星々の光を遮るように輝く星は、まるで夜空を焼き尽くしてしまいそうなほど激しく燃えさかった。

 古くは豊穣の星と言われていたと王国の古文書には記されているが、今ではそれを“死神星”と人は揶揄する。“死神星”は(わざわい)を連れてくる危険な星だ、星は魔力を帯びた欠片をどんどん振りまきながら落ちていく、欠片に当たると魔物になってしまうのだと――、それはそれは忌み嫌われていた。

 単なる噂だと王は思っていた。

 所詮、この世界の不思議は全て魔法であり魔性であり、信じるか信じないかで決まってしまうのだと、そういう風に考えていた。医者に治せない病気は魔物が取り憑いているからだとか、人が狂えば魔に取り憑かれたからだとか。魔法のせい、魔物のせいにしてしまえば説明も楽だし、教養のない民衆は納得もする。そういう単純な考えでいるからこそ、“死神星”の噂も流行るのだと、そう自身に信じ込ませようとしていた。

 今宵、王妃は産気づいている。

 王にとっては初めての子どもだった。

 グルーディエの王国を継ぐ大切な跡取り、王子でも姫でも良い、丈夫に産むのだぞと王妃に声をかけたのだ。陣痛は長く、王妃は三日も苦しんだ。そして今宵、今にも産まれそうだと産婆が言った。

 よりによってそんなときに、赤い星が流れた。


「“死神星”が降る夜のうちに産まれてしまったら、恐ろしいことが起きますぞ、陛下」


 ひとりの魔法使いが、王に迫った。

 王はバルコニーから、赤い星の尾をじっと見つめている。


「文献に寄りますれば、220年に一度、あの赤い星は流れるのです。そして、星の降る夜に生まれた子どもは呪われ、悪魔となってしまう。……過去にも、呪いの力で悪魔となった子どもらが、何度も村々を焼いたのだという言い伝えが、あちこちにございます」


 深く被ったフードの陰から、魔法使いはチラリと王の顔を見る。美しい王は、苦しい表情でギュッと歯を食いしばっていた。


「どうか、明け方までお産が延びますよう。もし仮に、日が昇る前に産声を上げたならば、陛下、どうかご決断を」


 運命とは過酷なもので、魔法使いの言葉から程なくして、王妃は赤子を産んだのだった。

 美しい金の髪に、ふっくらとした頬の、鞠のような王子だった。

 果たしてそれが、魔法使いの言うように、いずれ悪魔となってしまうなどとはとても信じがたい。ただただ愛らしく、儚く見えたのだ。

 悩みに悩む王に、魔法使いは更に言う。


市井(しせい)には『“死神星”の降る夜に生まれた子どもは殺しなさい』という言葉がございます。もし仮に、民が王子の生まれを知ったらどうでしょう。王子が本当に悪魔になってしまったなら、王国はどうなってしまうのでしょう。陛下も妃も未だお若い。王国のためにも民衆のためにも、ここはどうか、ご決断くださいますよう」


 そうして王は、泣く泣く王子を殺してしまうことにした。

 しかし王妃は、産まれたばかりの王子を抱き、決して放そうとはしなかった。


「何の罪もない、産まれたばかりの王子を殺すなど、正気の沙汰ではありません。しかし、どうしても殺してしまわなければならないのなら、陛下の手を(けが)すことは出来ません。私が生んだ子どもです、私が手を下しましょう」


 王妃は産後の身体を押して、夜更けにこっそり王子を城から連れ出した。従者に馬車を引かせ、王都を抜ける。西へ西へと馬車を走らせ、森の奥深くへと入ってゆく。


 昔々からの言い伝えだった。

 森の奥には魔女が住んでいる。

 その魔女は、美しい()の子が好きなのだ。

 時折村に現れては、可愛い子どもをさらうという。


 山際の小川のほとりに、一軒の古びた家があった。

 王妃が着いた頃にはすっかりと夜が白み始め、木々のざわめきの中に鳥の鳴き声が混じっていた。

 馬車から降りると、王妃は従者を残し、王子を抱いたままゆっくりと家の方へと歩いて行った。

 およそ魔女の家だとは思えぬくらい、そこには色とりどりの花が咲き乱れていた。大小様々な種類の木々や草花、甘い果実の匂い。小さな小屋の中に、鶏と山羊がいる。庭先には沢山の草が干してあり、籠のひとつひとつに几帳面な字で草の種類が記してあった。

 王妃が恐る恐る戸口に立って声をかけると、奥からひとりの魔女が現れる。上から下まで真っ黒い服を着た、それはそれは美しい魔女だった。


「聡明なるネスコーの魔女に、お願いがあって参りました。どうかグルーディエ国王ジョシュアの妻、メアリの願いを聞いてください」


 王妃は深々と頭を垂れ、胸元の王子を魔女に見せた。


「生きることを許されぬ子なのです。“死神星”の降る夜に生まれた子どもは殺さねばならないのだと、王は私に言いました。しかし、生まれたばかりの王子に罪はありません。どうか、王子を救ってくださいませんか」


 王妃の懇願に、魔女は渋った。


「残念ながら、王妃の願いであっても叶えることは出来ません。“死神星”の呪いはそれほど強いのです」


 断ろうとする魔女に、王妃はなおも食い下がった。


「あなたが腕利きの魔女だという噂は常々耳にしておりました。魔女ならば、闇のものや魔性のものにも縁がおありなのでしょう。この子は死んだことにして、どうか守ってやって欲しいのです。美しい王子です。大きくなれば、あなた好みの()の子になりましょう」


 王妃の目は潤んでいた。

 魔女は困り果て、しばらく考え込む。


「王国では、権力争いも絶えぬと言います。王子が生きていると知れれば、要らぬ争いに巻き込まれる恐れもあるでしょう。いっそのこと殺してしまうのが一番では」


 王妃は首を横に振った。


「生きてさえいてくれれば良いのです。王子は口を塞いで殺したと、王には伝えましょう。私は遠くから、王子の幸せを願っています」


 大事そうに王子を抱きしめ、涙を一筋流した後、王妃は魔女に王子を託した。

 そしてそのまま、元来た道を戻っていったのだった。



 *



 魔女は、王妃から預かった幼い王子に山羊の乳を飲ませ、大切に大切に育てた。

 王子はやがて美しい少年へと育つ。

 魔女は王子を溺愛し、王子も魔女を母と慕ったそうな。



 *



 それからどれくらいの月日が経ったのか、定かではない。

 ネスコーの森の奥深くに、一見の古びた家があり、そこに魔女と使い魔の少年が住んでいるのだと、人々は噂した。魔女は上から下まで真っ黒な服を着ていて、使い魔は美しい金髪の少年姿をしているらしい。

 魔女は時折、使い魔と共に里に出て、(まじな)いや薬売りをしているのだとか。



 魔法使いや魔女が日常に紛れ込んでいたむかしむかしのお話。


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