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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月六日(火曜日)
6/34

第四話「もう一人」

 翌朝。

 榊原家の食卓の空気は重かった。

「……ということが、昨日あった」

 零次が昨日の説明を締め括る。それでも、誰も口を開かなかった。

 美緒と亨は予想以上の事態に驚いている。遥は沈んだ表情のまま動かない。

 梢だけが、普段通りの様子で箸を進めていた。

「って、ちょっと馬鹿兄貴! 呑気にご飯食べてる場合じゃないでしょ!?」

 正面にいる梢に向かって身を乗り出す。凄い剣幕だった。

「いや、んなこと言われても」

「どうするの?」

「さあ。特に考えてない」

「アホかーっ!」

 近所一帯に響き渡るような大声で叫ぶ。梢は五月蝿そうに耳を塞ぎ、口を尖らせた。

「仕方ないだろ、対処法とか全然分かんないんだからよ」

「調べることは出来ないんですか? アテとかは……」

 兄妹の様子を窺いながら、亨が控え目に言った。

「倉凪が聞いたという緋河の話が本当なら、情報提供者は期待出来ん。日本国内にある主要組織は、ほぼ俺たちの敵だ」

「個人で土門荒野について知っている人はいないんでしょうか」

「さてな。俺たちだって伝承程度にしか知らなかったんだ、知ってる奴をそう簡単に見つけられるとは思えん」

「あ、久坂君。お義父さんの方は……?」

 零次は既に榊原と連絡を取っている。

 本当は昨晩のうちに話を聞こうと思ったのだが、手が空いていなかったらしい。直接話が聞けたのは今朝のことだ。

「……倉凪司郎から、土門荒野を息子の中に封じ込めた、という話は聞かされていたらしい。それ以外については分からないそうだ」

「そっか……」

 これで、梢の中に土門荒野が封じられている、ということがより真実味を帯びてきた。嬉しい情報ではない。

「榊原さんも驚いていた。出来る限り早めに仕事を片付けてこちらに戻りたい、と」

 常に大胆不敵な態度を崩さない榊原にしては、珍しいことだった。それだけ梢のことを心配しているのだろうが――不安な気持ちにさせられる。彼がいつも通りの態度で「そんなのは大したことじゃない」と言ってくれれば、どれだけ励みになっただろう。今回はそれがなかった。

 ……いや、そうじゃない。人に甘えている場合じゃないだろう、久坂零次。

 つい弱気になってしまうのは、解決策が見当たらないからだ。見当たらないのは、まだ何もしていないからである。ならば、それを探せばいい。それだけのことだ。

 二年前を思い出す。当時、零次は異邦隊と呼ばれる組織に所属していた。

 梢はその組織を相手に、一人の少女を守るため、個人の力で戦い抜いた。

 それに比べれば、今の零次は楽な方だ。

 同じ異法人である梢と亨がいる。昨日、思っていた以上に頼れることが分かった遥もいる。戦力ではないが、元気を分けてくれる美緒もいる。それに、この場にはいないが、冬塚涼子という守るべき者もいる。

 それら一人一人の顔や声を思い浮かべれば、どんな事態にも立ち向かえる気がした。

 この二年間で零次が培ってきた強さだ。これさえあれば、先の見えない事態への恐れも消えていく。

「まずは行動だ。とにかく、出来ることは全てやっておきたい」

「でもどうすんの?」

 遥になだめられて落ち着いた美緒が、零次に向かって問いかけてくる。

「アテはまだある。まずは動くことだ。身近にも一つあるだろう」

「ああ、あそこですね」

 亨は察しがついたようだ。遥も続いて頷く。

「え、どこ?」

 まだ首を傾げている美緒に、零次はその答えを告げた。

「――――幸町診療所だ」


 大学の講義が二時限目からだったので、幸町診療所へはすぐに出かけることにした。

 梢は遥たちと違い、大学ではなく調理師学校に通っているため、別行動を取っている。

「大丈夫かな……」

「倉凪のことが心配か」

 遥の呟きが聞こえたのか、前を歩いていた零次が少し振り返る。

「うん。ちょっと心配」

「確かに単独行動は危険だが、逃げに専念すれば問題ないだろう。むしろ、今気をつけねばならんのは俺たちの方だ」

「え?」

「考えてもみろ。例えば、この状況でお前が倉凪のことを狙うなら、いきなりあいつに襲いかかるか?」

「……それは、多分しない。もう奇襲は失敗してるし、私たちもこうして警戒してる。二度目の奇襲はしない。っていうか、出来ない」

「そうだ。それなら相手が何をするか。……説明せずとも分かるだろう」

「私たちを倒して、梢君を孤立させる、か」

 梢への奇襲が失敗に終わったことで、こちらは警戒を強めた。

 この状態で奇襲は出来ないし、強引に梢を狙おうとしても、遥や零次たちの妨害で失敗に終わる可能性が高い。ならば遥たちを先に始末し、最後に梢を倒す方が確実だ。

「そういうことだ。加えて、倉凪は俺たちが危機に陥ればどんな無茶をしでかすか分からん。ゆえに俺たちは、倉凪だけでなく、自分自身の身も守る必要がある」

 梢は、誰かを守るためなら自分の身を省みない性格の持ち主だ。時にそれが思わぬ結果をもたらすこともある。二年前の事件などが良い例だ。その事件で梢が重ねた無茶のおかげで、今この四人が一緒にいられる、とも言える。

 しかし今回の場合、あまり梢に無茶をして欲しくはない。

「特に美緒は危なくなるかもしれない。亨、しっかり頼むぞ」

「あ、やっぱり僕なんですか」

「なんだ嫌そうに。学年同じだし、取ってる講義も大体同じだろ」

「そうそう。よろしく頼むよ、ヤザキン」

「……はいはい、分かりましたよ」

 亨は苦笑いを浮かべながら小さく頷いた。

 本気で嫌がっているわけではないだろう。普段美緒にからかわれ続けているので、こういう反応をしたくなってしまうのだ。

「でも相手はどれだけいるんでしょうね」

「俺の読みが正しければ、積極的なのは極少数だろう」

「積極的、と言うと……」

「直接倉凪を始末しに来るような連中のことだ」

 遥の脳裏に、昨日の女魔術師――冷夏の姿が浮かび上がる。そして緋河天夜の姿も。

「連中の目的は土門荒野の復活阻止。その手段として倉凪の殺害があるわけだが……最悪、土門荒野が復活する場合もある。そうなれば、現地にいる者は土門荒野と直接戦うことになるだろう。それでもいいと言えるほどの覚悟を決められる人間は少数だと思う」

「土門荒野って言ったら、怪物を通り越して天災って印象ありますからねぇ」

 と言って、亨は表情を強張らせた。

「復活させなければいいだけだよ」

 遥は、二人の会話にやや語気を強めて口を挟む。

 土門荒野の復活は、即ち梢の身に何事かが起きるということだ。そんな結末を認めるわけにはいかない。

「まあそうだな。だが、覚悟はしておいた方がいいぞ。もし土門荒野が復活するようなことになれば、俺たちだって無事でいられるかどうか。恐いなら、今のうちに遠くへ逃げておいた方がいい」

「恐くなんてないよ」

「美緒は?」

「私も。それに、あんなでも私の兄貴だしね。見捨ててなんか行けないよ」

「亨」

「……零次」

 亨は肩を竦めた。

「僕らを試しているつもりですか? 誰かを見捨てて自分だけ助かろう、なんて考える人、僕たちの中にはいませんよ」

 亨に言われて、遥と美緒は零次の意図を理解した。試されていたことを訴えるように零次の方を見る。

「……悪かった。そうだな、野暮なことを聞いた」

 零次は両手を上げて降参のポーズを取る。

「ただ、今回の件は久々の大事になりそうなんでな。一応確認しておきたかった」

「覚悟は出来てるよ」

 その言葉に嘘はない。自分にどれだけのことが出来るかは分からないが、全力で梢を助けるつもりでいる。

 昨晩、梢には笑って流された。それでも、遥の決意は変わらない。

 美緒と亨も頷く。

 零次はようやくそれで満足したのか、視線を再び前に戻す。

「さて、何か聞けるといいのだが」

 そこには、幸町診療所があった。


 幸町診療所は無人だった。玄関先で呼んでみても反応がないので、亨の力を使ってお邪魔したのである。

 亨は金・銀・銅・鉄・錫の五つの金属を自在に操ることが出来る。それが亨の異法『ハンディ・メタル』である。今回はそれで即席の合鍵を作ったのだ。

「ヤザキン、鍵開けるときの仕草が妙にそれっぽかったよね」

「そう褒めるなよ倉凪。昔ちょっとルパンに憧れていただけさ」

「いや、褒めてないからね」

 そんなやり取りはさておき。

 診療所の主である、幸町孝也の姿がない。

「珍しいね。幸町先生が留守なんて」

「なんか日中はずっとここに篭もってそうなイメージありますしね、幸町さん」

 若干失礼な気もしたが、亨が抱いているイメージは間違ってはいない。

 幸町孝也。本人曰く、ただの闇医者。

 常に白衣を身に纏っているが、それがなければ保育士にしか見えなさそうな眼鏡の好青年である。

 魔術師でこそないものの、魔術に関する知識は持ち合わせている。彼の用いる医術は、普通の医療技術に魔術知識を応用したものなのだ。

 例えば二年前、梢はザッハークという強敵と戦い、右腕を喰われた。そのとき幸町は、魔術道具を用いて梢の義手を作り上げたのである。

 そんな彼なら、今回のことについて何か知っているかもしれない。そう期待してここを訪れたのだが――。

「やはり無駄足だったか」

「やはり?」

「ああ。実は今朝方にも電話をしたんだが、出なかった。もしかしたらと期待して来たわけだが……」

「いなさそう、だね」

 遥が溜息をつく。幸町から話が聞けないとなると、現状では手詰まりになってしまう。

「仕方ない。事情が事情だ、悪い気もするが少しだけ調べてみよう」

「いいんですかね……」

「既に不法侵入している身だ。今更ためらっても仕方なかろう」

「零次って、二年前と比べると結構大胆になりましたよね」

 亨のぼやきを無視して、零次は奥の部屋へと向かう。他の三人も、それぞれ手がかりを探し始めたようだ。

「……ただの外出であればいいが」

 幸町の研究書を手に、零次は複雑な表情を浮かべる。

 以前幸町本人から聞かされたことがあるのだが、彼は魔術同盟に参加しているらしい。

 魔術同盟は、梢の抹殺を狙う組織の一つだ。幸町は同盟の中では末端の構成員らしいが、今の状況を考えれば、無関係ではいられないだろう。

 今留守にしている理由は、三つ思い浮かぶ。

 一つ目は、特に深い理由のない、ただの外出である可能性。これが零次たちとしては一番望ましい。

 二つ目は、倉凪梢抹殺の指示、あるいは協力要請をしてきた同盟に反対し、一時的にどこかへと避難している可能性。これもまだ良い。安否が気にかかるが、彼と合流すれば協力してもらえるかもしれない。

 そして三つ目は――――梢の抹殺を行うため、他の魔術師たちと合流している可能性。これが、可能性としては最悪のものだ。

 零次が今探しているのは、土門荒野に関する資料だけではない。

 幸町の動向を知る手がかり。それが、今一番欲しかった。

 遥たちの前でそれを言わなかったのは、いらぬ疑惑を広めたくなかったからだ。

 ……こういうことは俺がやれば良い。あの三人――特に遥と美緒には余裕を持たせておかねば。

 遥は梢のこととなると、我を忘れてしまいそうなところがある。美緒も表にはあまり出さないが、親しい人間の窮地に対しては非常に敏感だ。亨もあまりプレッシャーに強い方ではないので、なるべく余裕を持たせておきたい。

 そんなことを考えながら本棚を見ているうちに、一枚の写真を見つけた。

 棚の片隅に立てかけられていたものだ。中には五人の男女が写っている。

 そのうち三人には見覚えがあった。この診療所の主である幸町孝也。それに、霧島直人と八島優香。

 八島優香は遥と涼子の姉だった。直接会った覚えはないが、遥とは瓜二つなので、見覚えがあるように感じたのだ。目元だけは遥よりも涼子に似ている。

 その優香の肩を抱いて笑っているのが霧島直人だ。零次にとっては、異邦隊時代の同僚である。また、霧島は異邦隊に所属する前は榊原家に出入りしていたらしく、梢や美緒にとっては兄貴分的存在だったらしい。

 そんな恋人二人を微笑ましげに見守っているのが、残りの三人だった。幸町は霧島のすぐ隣に立っている。

「そうか。友人だと言っていたな」

 優香も霧島も、既にこの世の人ではない。

 今となっては、悲しさよりも懐かしさを感じる。両人とも、零次にとっては過去の人だった。

「……ん?」

 と、そこで零次は目を細めた。

 知らないはずの残り二人。一人は男で、一人は女だが――女の方を、どこかで見たような気がする。

 ……デジャヴか?

 具体的な名前は出てこない。確かに見たことがある気はするのだが、それが誰か分からない。

 優香に見覚えがあると思ったように、他の誰かをこの女と重ねてしまったのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、携帯のアラームが鳴った。そろそろここを離れないと、大学に遅刻してしまう。

 残るべきか出るべきか少し悩んだが、結局零次は皆を集めて、大学に行くことにした。


 二時限目は滞りなく終了した。美緒と亨は講義が違うので、今は別行動中である。

 一緒に講義を受けていた雅たちの誘いを断わって、遥と零次は美緒たちとの待ち合わせ場所に向かっていた。

「やっぱり悪かったかな」

 雅たちの誘いを断わったことである。

 遥にとって雅は、初めて出来た学校の友人だった。右も左も分からなかった頃、雅たちにはいつも助けられていた。そんな友人を避けるようにしたのが、少しだけ辛い。

「確かにな」

 と、零次が頷く。

 てっきり「仕方ないだろう」と言われると思っていただけに、遥は意外に思った。

 それが表情に出ていたらしい。零次は遥の顔を見て、軽く鼻を鳴らした。

「まあ、今度埋め合わせをすればいいだろう」

「うん、そうだね」

「……あと、お前が俺をどういう風に見ているのかよく分かった。今後の参考にさせてもらう」

「な、何のことかな?」

 とりあえず誤魔化しておく。

「まったく。……だが、頑張らねばならんな。俺たちが失敗すれば、あいつらにも害が及ぶかもしれん」

「そうだね。それは絶対、避けなきゃ」

 周囲を見渡す。

 談笑する者、どこかへ急ぐ者、椅子に腰掛けて本を読む者。

 穏やかな日常の風景がそこにあった。

 そこに、些細な違和感が生じる。日常の中では感じることのない、強力な魔力の気配。

 それに気づいたとき、気配の正体は既に視界の中に現れていた。

 計十個もの球体。魔力による弾丸だ。

「――――久坂君」

「ああ。人のいないところまで逃げるぞ」

 予想していたことなので驚きはない。

 無関係の人々を巻き込まないようにするため、人気のない裏庭へと駆け出す。

 魔弾は速い。零次はともかく、遥はすぐに距離を縮められてしまう。

「くっ……!」

 防御用の結界を展開する。走りながらなので強度は落ちるが、魔弾を防ぐには十分。

 の、はずだった。

「遥!」

 前方を走っていた零次が足を止めた。その視線は遥の後ろに向けられている。

 振り返る。

 その瞬間、結界は破壊され、遥の眼前に魔弾が飛び込んできた。

 ……っ!

 思わず身体が竦み上がる。

 が、危ういところで零次に助けられた。気づけば彼に抱えられている。

 女性一人を片手で抱えて疾走する零次に、周囲が何事だと視線を向ける。しかし、そんなことを気にしている余裕はない。

「おかしい。強度は負けてなかったはずなのに」

「ああ、強度だけならお前の結界の方が強力だった。……ということは、あの魔弾に何かあるってことだ」

 長時間の遠距離操作にも関わらず、魔弾の精度は全く落ちる気配を見せない。襲撃者はかなりの実力者と見るべきだった。

「降ろすぞ」

 人気のない場所に辿り着くと、零次は遥を降ろし、即座に"腕"と"翼"を解放した。

 息つく間もなく、魔弾が二人目掛けて殺到する。

「はああっ!」

 気合一閃。零次の翼から、暴力的な突風が生じる。

 ほとんど衝撃波と言ってもいい威力のそれは、魔弾に衝突し、一斉に無効化させた。こういった力技なら零次は強い。

「遥、敵の探索を。おそらく相手は長距離戦を得意とするタイプだ」

 その言葉を証明するかのように、再び魔弾が飛んできた。使い手である魔術師の姿は見えない。

「分かった」

「出来るか?」

「うん」

「良い返事だ」

 言いながら、零次は次々と魔弾を落としていく。

 遥は零次の陰に隠れながら、地面に手を当てた。大地やその周囲のものと、感覚を共有する。生物相手の共有よりも難度は高いが、やって出来ないことはない。

 大地、木々、学校の校舎などを通じて、多数の風景が遥の中に流れ込んでくる。

 その中に、いた。

「――八号棟の屋上。強い魔力を持ってる女の人。セミロングでサングラス、革ジャン着てるっ」

 共有を解いて一気に説明する。

 まるで何十キロも泳いだ後のような疲労感だ。ただ説明するだけでも息が苦しくなる。

「了解。では行くぞ」

 再び零次は遥を抱きかかえ、一気に跳躍した。翼から生じる風の力を借りて、そのまま空へと飛翔する。

「確認した。あれだな」

「うん」

 八号棟の屋上には、先程見た女が悠然と立っていた。サングラスをしているせいで表情は分からないが、一目で昨日の魔術師――飛鳥井冷夏ではないと分かった。雰囲気が違いすぎる。

 女はこちらを見上げている。もたもたしていては、また魔弾が飛んできそうだった。

「行くぞ」

 零次が急降下する。それに応じるつもりはないのか、女は構える様子も見せなかった。自然体のまま、こちらを見つめてくる。

 刹那、こちらと女の間に何かが飛び込んできた。

 魔弾ではない。

 人だった。

「らあああぁぁっ!」

 短髪の男。それが、咆哮と共に拳を繰り出す。

 零次も勢いをつけていた。止まれないし、回避も出来ない。

「ちぃっ!」

 左腕で遥を抱えているため、右腕でその拳を受ける。その衝突に、両者の魔力が火花を散らした。

「づぁ!?」

 零次が苦悶の声を上げる。

 彼の右腕は今、悪魔の力を解放しているため、鉄壁の防御力を誇っている。対する男の腕は細めだ。どう見ても零次の防御力の方が高そうである。

 にも関わらず、押されているのは零次の方だった。

「うおおぉっ!」

 耐え切れなくなったのか、零次が腕を振るう。男のの身体が後方へと押された。

 男はそのまま空中で何度か身を捻り、屋上へと着地する。見事な動きとしか言いようがない。

 零次は警戒しながら、二人組から離れたところに着地した。

 革ジャンの女と短髪の男が、並んでこちらを見ている。

「貴方たちは……誰!?」

 遥の問いに、女の方が一歩前に出た。

「こんなすぐにあたしの居場所を特定するなんてね。正直驚いたわ。やったのは……多分あんたの方かしら、式泉遥」

「……」

 式泉とは、遥の本来の姓である。

 日本の魔術四大名家、泉家の一派。それが遥、そして涼子や優香の実家だった。もっとも、式泉家どころか泉家自体、何年も前に滅びているらしいのだが。

 女はサングラスを外し、真っ直ぐに遥のことを睨みつけてきた。

「あたしは古賀里夕観。あんたらには恨みも何もないけど、邪魔だからちょっと倒させてもらうわ」

「……やっぱり、狙いは梢君?」

「ショウ?」

 その名を聞いて、古賀里夕観は目をぱちくりとさせた。が、やがておかしそうに、少しばかりシニカルな笑みを浮かべる。

「なるほど、そう言えば"もう一人"の奴も名前同じだとか言ってたわね、あいつ」

「何のこと?」

 夕観は笑みを消し、魔弾を十個宙に作り出す。

「つまらない偶然よ。ただ、私たちは――――"私たちのショウ"を助けようとしてるだけ」

 短髪の男と魔弾が、遥たちの元に殺到した。


「二人とも遅いなぁ」

 大学の外れにある広場。そこのベンチで、美緒は足を投げ出していた。

「待ち合わせの時間までまだ五分あるだろ。せっかちだな」

 亨が呆れ顔で指摘してくる。

「だってさ、こんな寒い中外で待ってるのって何か嫌じゃん」

「まあ、それには同意するけど。そもそも場所指定したのってお前じゃ……」

「こんな寒いと思ってなかったんだよー!」

 昨日降った雪のせいだろう。今は止んでいるが、雲行きを見る限り、いつまた降り出してもおかしくなさそうだ。

 この広場はちょっとした草原みたいになっていて、周囲がよく見渡せる。

 今は誰もいない。元々人気のあるスポットではないのだが、こんな寒い日、広い草原に人の姿がないのは、何か寂しい気がした。

「……って、あれ?」

「どうした、二人が来たのか?」

「ううん、そうじゃなくて」

 美緒の目は、広場の一角にある階段へと向けられていた。

「あそこ、あの階段の脇。……誰か倒れてない?」

 言いながら美緒は駆け出していた。

 この寒い中、外で倒れているとしたらまずい。

 近づいてみると、すぐに分かった。やはり人が倒れている。細身の男のようだ。うつ伏せで大の字になって倒れている。

「うわ、本当だ」

 後を追ってきた亨が、慌てて男の身体を揺さぶる。

「あの、こんなところで寝たら風邪引きますよ」

「そうだよ、身体に悪いよー?」

 美緒も一緒になって起こしにかかる。

 すぐに、男は目を覚ましたようだった。

「あん……? なんだ、お前ら」

「いや、僕らはここの学生ですけど」

「むしろこんなとこで寝てたそちらさんはどなたですか、って感じだけど」

 まだ眠気が取れないのか、男はぽりぽりと頭を掻いている。見たところ、体調はそんなに悪くなさそうだ。

「……?」

 男は寝惚け眼で周囲を見回す。やがて何かに気づいたのか、くわっと両目を大きく見開いた。

「さ、寒ィーーーーッ!」

「気づくの遅っ!?」

 初対面にも関わらずツッコミを入れてしまった。

「いやだってマジ寒くね?」

「だから気づくの遅いって」

「……そうなのか?」

 男に聞かれ、亨は黙って頷いた。それがショックだったのか、男は片手で頭を抱える。

 が、すぐに真顔に戻った。

「まあいいや。それで、ここはどこだ?」

「え、知らないの?」

「……し、知ってらぁ。ええと、住宅街か何かだろ」

「大学だけどね」

「おう。大学だな」

 何事もなかったかのように誤魔化した。

 訳が分からない男だった。悪い人間には見えないが、正体不明ではある。

「で、貴方はなんでこんなところで倒れてたんですか?」

「んー? 多分本能赴くままにハッスルして、ここらで力尽きたんじゃね?」

 あまり覚えていないのか、単に説明が面倒臭いのか、男は適当な調子で答えた。

 ……二日酔いか何かかな?

 よく分かりそうもないので、深く考えるのは止めた。

「まあいいや。えーと、お前らなんだっけ?」

「僕は矢崎亨。こっちは倉凪美緒。この大学の学生ですよ」

「……ふうん?」

 説明を受けて、男の動きが一瞬硬直した――かのように見えた。

 亨は気づいていないのか、何事もなかったかのように続ける。

「それで、貴方は?」

「俺?」

 男は頬を掻きながら、こちらを見つめてきた。

 やがて、あまり気乗りしない様子で名乗りを上げる。

「――――草薙樵。草を薙ぐキコリと書いてクサナギショウってんだ」

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