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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月五日(月曜日)
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断章「五日――六日」

 有河町の一角にあるビル。

 そこが、冷夏たちの本拠地だった。

「お互い、上手くいかなかったようだな」

 会議用の部屋に入ってくるなり、緋河天夜はそんなことを言ってきた。

「俺の方は逃げられた」

「私もです。相手は異法人ですし、逃げに専念されると我々では追いきれませんね」

 魔術による身体能力の強化も、異法人相手では心許ない。彼らの平均値を十とするなら、冷夏はせいぜい七が限界だ。

「それに、彼女の力も予想外のものでした」

「彼女?」

「ええ、榊原遥です。彼女のことは貴方の方が詳しいでしょう、緋河天夜」

「……まあな。なんだ、遥さんとやり合ったのか」

「久坂零次とも。ただ、本格的な戦闘は行っていません。今は無駄に力を消耗したくはない」

 冷夏が戦うべき相手は他にいる。出来るだけ遥や零次とは戦いたくない。彼らに気づかれず事を完遂するのが理想だったが、やはりそれは高望みだったようだ。

「むしろ、あの二人を前に無事だったってだけでも凄いと思うが」

「確かに。出し惜しみをしていたせいで、却って余計なダメージを負うところでした。郁の助勢がなければ危なかった」

「そのお姫様は?」

「もう寝ています。子どもですから、あまり夜更かしさせるわけにもいきません」

 ふむ、と頷いて天夜は近場の椅子に腰を下ろす。

「それで、これからどうする。こちらのことを知られた以上、もう奇襲は出来ないぞ」

「この程度のことは予想していました。危惧すべきは土門荒野同士の遭遇です。彼らを決して出会わせぬようにし、個別に倒す。それも、"いくつかの条件"をクリアしつつ」

「……少なくとも梢さんの方は難しくなるだろうな。久坂さんたちも警戒してくる」

 天夜の表情は物憂げだ。

 知人を殺さなければならないという任務を、彼はどう感じているのだろう。拒否するという選択も、出来たはずなのに。

「私の配下二十名は引き続き貴方に預けておきます。彼らを使って、隙を作り出してください」

「やれるだけはやってみる。けど、あんたは?」

 天夜の方に配下を全て回したので、冷夏は単独行動を取っている。本家から優秀な人材が増援に来てくれれば助かるのだが、それは期待出来ない。

 飛鳥井家は大きい。日本にある魔術の『家』でも、最大の勢力を誇っている。それゆえに、内部でも派閥が分かれており、一枚岩とは言えない状況にある。冷夏は本家の血筋だが、飛鳥井家全体で信頼出来る配下となると、天夜に預けてある二十名しかいない。

 他の派閥の者たちは、皆損害を恐れているのだ。冷夏に、彼らを動かすほどの力はない。

「私は一人でも大丈夫です。まともに戦えば勝ち目はありませんが、そこは魔術師なりのやり方でやるつもりですから」

 周囲の助力はない。相手との力の差も大きい。それでも、冷夏は自らの意志で今回の件に挑んでいる。

 覚悟も、してきた。

「冷夏様、緋河様」

 そこに、執事服の老紳士がノックをして入ってきた。冷夏にとってはもっとも信頼出来る部下の一人だ。

「先程探索に向かっていた者より報告がありました。……朝月駅で、若い男女の二人組を発見したとのことにございます」

「二人組?」

「はい。そのうち女の方は、資料にあった『古賀里夕観』のようです」

 古賀里夕観。聞いた名だ。

 飛鳥井と同じ日本の魔術師四大名家の一つ、古賀里の者。

 古賀里の本家は数代前に滅びているが、その傍流はあちこちに生き残っている。その中で、もっとも本家に近しい血筋の者――それが古賀里夕観だ。

「また嫌なタイミングで来ましたね」

 古賀里夕観がこの町に来たとなれば、その目的は二つしかない。

 そのうちの一つは冷夏たちと同じだろう。しかし、もう一つの目的は相容れるものではない。

「どうしますか?」

「今は泳がせておきましょう。我々に敵対の意志を見せるまでは」

「了解しました」

 頭を下げ、老紳士は部屋から出て行く。

 気づけば天夜も姿を消していた。一緒に出て行ったのだろう。

「……」

 誰もいなくなったことを確認し、冷夏は懐からロケットを取り出した。

 中の写真には、冷夏と四人の人物が写っている。三人の男たちは無邪気に笑い、一人の女性は照れ笑いを浮かべていた。冷夏自身は、その女性の隣にちょこんと立っている。澄まし顔で写っているのは、照れ臭かったからだ。皆、表情はばらばらだったが、とても幸せそうだった。

 幸せ、だった。

 冷夏は目を伏せて、ロケットを強く握り締める。

「――大丈夫。私はやれる。まだ、頑張れる」

 雪の降る夜空を見上げながら、冷夏は一人、か細い声で呟いた。


 ――――――最初の夢。

 それは、いつの光景だろうか。どこであった光景だろうか。

 灰色の空。白い大地。降り続ける雪。そして、果ての見えない瓦礫の山。

 瓦礫の王国はどこまでも広がっている。見渡せる光景全てを蹂躙し、征服しつくしていた。

 その中央で、誰かが叫んでいた。傷だらけの身体を振り回し、理不尽に対して憤っている。

 それを、黙って見ていた。動くことはしなかった。

 なぜ動かないのかは分からなかった。この記憶は、自分のものではないから。

 この光景を見ていた者がどんな思いでいたか。今の自分には理解することも出来ない。しかし、そう遠くないうちに知ることになるのだろう。

 瓦礫の町並みには無数の人影があった。

 動く者。

 動かない者。

 まばらに映るそれらを、見たいとは思わなかった。胸の内が黒い感情で満たされる。それでも、視界は思うように動いてくれない。

 叫んでいた男が何かを抱き上げた。それは、彼と仲の良かった女性だった。血まみれで、既に息はなさそうだった。

「――――」

 男が何か吠えた。声はあまり聞こえない。風景も音もノイズが入り乱れていて、はっきりしなくなってきた。

 ……ああ、もうすぐ目が覚める。

 悪夢が終わる。それでも心が晴れることはなかった。

 目覚めた先にある現実も、やがてはこの悪夢に塗りつぶされるのだから。

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