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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月五日(月曜日)
3/34

第二話「波乱の序曲」

「しかし急な話だぜ。もっと早くに連絡くれれば良かったのに」

「悪い。この依頼自体急なものだったんでな」

 電車の中。ドアの脇付近で、梢と天夜は向き合っていた。

 緋河天夜は梢より少し年下の少年である。ぶっきらぼうな面があるため誤解されやすいが、実際は付き合いの良い性格の持ち主だった。そんな彼が事前連絡もなくやって来たのだから、急用で来たというのも頷ける。

「こっから出た頃よりも少し背伸びたか?」

「かもな。そっちも少しでかくなったみたいだな」

「そうか? あんま変わってない気もするけど」

「いや、変わった。実力も大分上がってそうだ。魔力の強さが以前とはまるで違う」

「……うーん、どうだかな」

 梢自身はあまり成長しているという実感が湧かない。確かに最近調子が良いと感じることは多いが、せいぜいその程度だ。

「ここだ」

「と、もうか」

 朝月駅から約十分程。秋風市に隣接する市の外れに位置する駅で、二人は止まった。

 この駅は普段から利用者が少なく、線路とホームは共に一つのみだった。駅員もおらず、周囲の田畑はずっと遠くまで広がっている。近くに小山があることぐらいしか特徴はない。

「こんなとこにいるのか、そいつは」

「ああ。あの小山の中腹に潜んでるらしい。少なくとも、俺の依頼人はそう言ってた」

「……なんか胡散臭くないか?」

「罠だとしたら、俺とあんたでまとめて相手を叩けばいい」

「なるほど、それもそうだ」

 天夜は炎を操る能力を持っている。直接戦うところを目にしたことはないが、相当の実力だと梢は見ていた。

 梢の方も、植物やその属性を持つものを自在に創り上げることが出来る異法人だ。二人が揃っていれば、そう簡単にやられることはないだろう。

「んで、相手のことは何か分かってるのか?」

 交渉で済ませるにしても、戦うにしても、相手のことは出来るだけ知っておきたい。

 梢の問いかけに、天夜は少し足を止めた。そして後ろにいる梢の方を振り返り、かすかに頭を振る。

「俺が聞かされてるのは、そいつを放っておくと危険なことになる、ということだけだ」

「なんかますます胡散臭いな。お前の依頼人、何者だよ」

 溜息混じりに愚痴をこぼす。

 天夜に言っても仕方ないのだが、どうもこの依頼は気が進まない。何度か窮地を潜り抜けてきた梢の勘が、これは妙だと囁くのだ。

 ……ま、俺の役割は天夜の手伝いだ。こいつをきっちり守れば、それで良いか。

 自分の力を、誰かを守るために使う。それは梢の信念の一つであり、ずっと昔に交わした掛け替えのない約束でもあった。

「んじゃ、さっさと行ってさっさと終わらせようぜ」

「……ああ、そうだな」

 梢の言葉に、天夜は控え目な相槌を打った。


 遥と零次は硬直していた。目の前にいる男の言っていることが、理解し難いものだったからである。

 理解出来ない、というわけではない。本当に理解出来ないことを前にして、人間は硬直したりはしない。戸惑うだけだ。

 理解し難いというのは、それが受け入れがたいということを意味する。

「……梢君を、探してる?」

「それはつまり……奴が、土門荒野ということなのか?」

 男は土門荒野を探していると言った。そして、倉凪梢という名の男が、自分の探している相手だとも。

 土門荒野。

 かつて遥や零次たちと争った最悪の異法人、ザッハークと同等の存在。

 それが、梢のことを指している――。

「なんだ、知ってるのかよ。そうそう、そいつ。倉凪梢が土門荒野――」

「そんなわけはなかろう」

 零次が男の言葉を切って捨てた。

「確かに俺たちは倉凪梢を知っている。だが、あいつは違う」

「そうだよ。梢君、破壊なんて撒き散らさないよ!」

 それに、実力の方も当てはまらない。梢は確かに強くはなったが、ここにいる零次にはまだまだ及ばない。その零次も、ザッハークには敵わなかった。ザッハークと同等の存在と言われる土門荒野では、梢との間に実力差があり過ぎる。

「そもそも土門荒野は二十年前、あるいはそれよりも前から発見報告を受けている。それぞれの情報の真偽はともかく、随分と前からその存在が囁かれていたのは確かだ。生まれて二十年程度の倉凪であるはずがない」

 零次の言葉には理があった。土門荒野のことをよく知らない遥も、その言葉によって勇気付けられる。

 だが、男はそれを鼻で笑い飛ばした。

「なんだ、その様子じゃお前ら、土門荒野についてろくなこと分かってなさそうだな」

「どういう意味……?」

「その口振り、貴様は知っているとでも言うのか?」

 遥と零次の視線が険しいものに変わっていく。それに合わせてか、男の目つきも徐々に剣呑になっていった。

「知ってるさ。けど、いちいちお前らに説明するのも面倒臭ぇ。それより、倉凪梢は今どこにいる」

「聞いてどうするの?」

「それは言えねえな。そっちこそ、居場所をさっさと教えろ」

「……私は知らない」

「本当かねえ」

 一歩、男が前に出る。

 零次は遥を庇う姿勢を見せながら、かすかに足を引いた。

「土門荒野について、貴様の知っていることを全て話せ。そうすれば奴の居場所を教えてやろう」

「久坂君っ……!?」

 反対しようとする遥を、零次が手で制した。何か物言いたげな視線を向けてくる。

 ……情報を聞き出すつもりか。

 そう判断して、遥はぎゅっと口を閉じた。

「どうだ。悪くない話だと思うが」

「……信用ならねぇな。それに、そろそろバレたみたいだ。悠長に話してる暇はなさそうだぜ」

「何?」

 その瞬間――男の立っていた場所に、見えない何かが激突した。コンクリートが砕け、破片が零次たちのいるところまで飛んでくる。

 男はそれを間一髪で避け、電柱の上に飛び移っていた。その視線は零次たちではなく、別の方向を向いている。

「ご苦労なこったな。だが、あんたなんぞに俺は止められねぇよ」

「――――止めてみせます。それが私の役目ですから」

 凛とした声が響く。

 零次たちの正面、道路の真ん中に、いつのまにか着物姿の女性が立っていた。雪の降る中、涼しげな眼差しが、男、次いで遥と零次に向けられる。

 美人と言ってもいいだろう。セミロングの髪がさらさらと揺れ動いている。雪景色に着物とあって、どことなく雪女といった印象があった。

 異様なのは、その得物だった。女性は、骨が鉄製の扇――鉄扇を片手で持っていた。紙が張りつけられている部分は、妙な紋様が施されており、淡い光を放っている。どう見ても女性が持つのに相応しいものではない。

 その鉄扇は男に向けられている。どうやら男は彼女に追われている身のようだった。戦うつもりはないのか、あっさりと彼女に背を向けて、零次たちの方を見た。

「つーわけだ。邪魔が入ったことだし、俺はここらでとんずらさせてもらうぜ」

「待って、話はまだ……!」

「ああ、そうそう」

 遥の言葉を遮り、男は着物の女性を指差して、

「土門荒野についてなら、あの女の方が俺より詳しいぜ」

 言われて、遥と零次は女性の方に意識を移した。反射的に女性がこちらに身構える。

「じゃあな」

 その隙を逃さず、男は一目散に逃げ出した。三人が気づいたときには、もうほとんど姿も見えなくなっている。

「逃げられた……!」

「速いな。あれでは俺でも追いつけない」

 してやられたことに歯噛みしながら、遥は着物の女性に意識を戻した。女性も不愉快そうな表情で男の去った方を睨んでいたが、遥たちの視線に気づくと、こちらに向き直った。

 零次と同じように今からでは追いつけないと判断したのか、動く素振りは見せない。ただ、こちらの出方を窺っているようだった。

 しばし、動きが止まる。

「……あの、土門荒野って何ですか? さっきの人は、何者なんですか?」

 沈黙に耐え切れず口を開いたのは遥だった。梢が関わっていることなら、彼女にとっても他人事ではない。この女性が何か知っているなら聞いておきたかった。

 女性はしばし、遥と零次を交互に見た。やがて短く嘆息し、

「知らないと答えても納得しないでしょうし、無理に逃げようとすればそちらの彼に捕まりますね」

「あの、知ってることがあったら教えて欲しいんです。もしかしたら、私たちの知り合いが関わっているかもしれなくて」

「倉凪梢のことですね」

 女性は淡々とその名前を口にした。それは、何か知っている、と認めたということだ。

 しかし、それきり女性は口をつぐんでしまった。なおも遥が詰め寄ろうとした瞬間、女性が手にした鉄扇が、再び光を発し始めた。

 この光は魔力によるものである。それも、攻撃的な輝きをしていた。

 鉄扇をこちらに向けて、申し訳なさそうに女性は言った。

「……それ以上のことは言えません。そして、これ以上貴方たちに付き合うつもりもありません。隙を見せれば、貴方に心を読まれてしまいそうですから」

 女性の言葉に、遥はどきりとした。

 遥は正規の魔術訓練は受けていないが、生まれつき使うことの出来る魔術が一つだけあった。それが、自分以外の存在と不可視の概念――精神や魔力といったもの――を共有する力である。この力を使えば、女性との間に精神の共有現象を引き起こし、必要な思考や記憶を読み取ることも出来る。

 それを、目の前の女性は知っている。

「先程の男と言い、今日は妙な相手と良く出会う。――それで、強引に俺たちを突破して消えるつもりか」

「ええ、申し訳ありませんが」

「つまり、それほど俺たちに知られてはまずいことを、貴方は知っているわけだな」

 零次の推察を、女性は肯定も否定もしなかった。おそらくそれは正しいのだろう。ならば、こちらとしても逃がすわけにはいかない。あの男から聞きそびれたことまで、この女性からは聞きだしておきたかった。

「……礼儀上、一応名乗っておきます」

 構えは解かずに、女性はゆっくりと口を開く。

「我が名は飛鳥井冷夏。魔術の飛鳥井家の一員であり、家の中ではこの秋風市を担当しています」

「飛鳥井……」

 その姓は遥も知っている。二年前の事件のときは、そこの世話になったこともあるのだ。

「では、貴様も魔術師ということか」

「いかにも」

「……手荒な真似はしたくないが、俺たちにも関わりがあることで隠し事をされてはたまらんからな」

「うん。だから悪いけど、逃がせないよ……!」

 零次が腰を落とし、戦闘体勢に入る。実戦経験がない遥は、緊張しながら冷夏のことをじっと見つめていた。


 駅から急ぎ足で十五分程度。

 梢と天夜は、小山に足を踏み入れていた。

 辺りを覆う木は、所々白く染まっている。雪は少しずつ積もってきているようだった。

「……圏外か」

 携帯の画面を見てそのことに気づく。

「電話でもしようとしたのか?」

「いや、時間見ただけだ。家の連中にはメールしてある」

 講義中だからか返信はなかったが、全員に伝わっているはずだった。

 携帯をポケットに入れて、梢は天夜の横に並んだ。

「そっちは、皆元気でやってるのか」

「ん? ああ、特に問題もなくやってるぞ。この一件が終わったら、お前も家の方に来てみろよ」

「いや、それはいい。俺は俺で忙しいんだ」

「ふーん、そういうもんかね。まぁ、でも――――」

 言いかけて、梢は口を閉ざした。横を歩いていた天夜を制して、足を止める。

 どうやら、お出ましのようだった。しかし、これは妙だった。

「おい天夜。相手、多すぎやしないか」

 木の陰に隠れている者が十名。

 木の上から覗き見ている者が五名。

 地に伏せて潜んでいる者が三名。

 そして、堂々と姿を現し、前後から梢たちを挟んだ者が二名。

 全部で、二十名。

「こいつら全員異法人なら、ちいとばかり厳しいねえ」

 二人を囲んでいる二十人は、老若男女ばらばらだった。まだ年若そうな少女もいれば、冴えない顔の中年男性もいる。腰が曲がった和服の老人もいれば、執事服を着込んだ美青年もいた。

 格好はばらばらだが、いずれもただの素人でないことは、雰囲気で分かる。天夜との会話に気を取られていたとは言え、気配察知に精通した梢が接近に気づかなかったことが良い証拠だ。

 二十人は、じわりじわりと足を進めてくる。薄暗くてその表情が窺えないだけに、不気味だった。

 話をしよう――という雰囲気ではない。

「……相手は二十人。どうするよ、天夜」

 あくまで梢は天夜の手伝いで来ただけである。この場をどうするかの判断は天夜に任せ、自分はその補助に専念する。

 梢は、ただそのつもりだった。

「違う。二十人じゃない」

 梢と背中合わせになっていた天夜は、沈んだ声を上げた。心底うんざりしたような口調で告げる。

「――二十一人だ」


 零次は目を凝らして、飛鳥井冷夏を見ていた。今、零次の目には何十人という冷夏の姿が映し出されている。

 彼女の鉄扇が眩い光を発した一瞬、目を閉じただけだ。瞼を上げてみれば、景色は一変していた。

 ……幻術の類か。

 まさか分身の術を使う忍者、などというオチではないだろう。

 冷夏が増えたこともそうだが、距離感もひどく曖昧になっていた。

 感覚を狂わされている。

 小細工なしの直接戦闘を得意とする零次にとって、この状況は厄介だった。

 すぐ側にいたはずの遥も消えている。本当は近くにいるのだろうが、コンタクトが取れない。

 彼女の共有能力があれば、この幻術を破ることが出来る。が、遥の状態が分からない以上、それを待っているだけでは駄目だ。

「そもそも、じっと待機しているのは性に合わん」

 この分だと、零次たちは結界か何かの中に閉じ込められているのだろう。ならば人の視線を気にする必要はない。

「解放――翼」

 言葉と共に、零次の背に黒い翼が現れる。

 久坂零次の異法は、彼の中に封じ込められた悪魔の力を部分的に解放して利用する力である。腕、胴、脚、頭、そして翼。その五つを、必要に応じて解放することが出来るのだ。

 同時にいくつも解放すると負担は大きくなるが、それに応じて力も増していく。様々な局面に力を発揮する、強力な異法だ。

「……ハッ!」

 短い声と共に、無数の風が刃となり、無数の冷夏たち目掛けて放たれる。

 零次の翼は風を自在に操る力を持っている。こうして風の刃で敵を攻撃することも出来るし、最大出力なら竜巻を発生させることも可能だ。

 しかし、零次が放った刃は効果を表さなかった。やはり幻影なのか、刃は冷夏たちをすり抜けてしまったのだ。

「くそ、これではキリがない……!」

 幻影の冷夏たちは無表情で立っているだけだ。全く動く気配がない。

 それだけに、心が焦る。

 見えない形で攻撃されているのではないか、という不安。そして、悪戯に時間だけが流れていくという苛立ちのせいだ。

「久坂君」

 と、無数の冷夏たちの中から、半透明の姿で遥が現れた。

「遥、無事だったか」

「うん。私たち、催眠をかけられてるみたい。ここは久坂君の意識の中だよ」

「それで、お前は俺と意識を共有させてこっちに来た、ということか」

 やはりこの手の相手は自分より遥の方がいいかもしれない。頭を使わせられる相手との戦いは、何度も経験してきたが、未だに苦手だ。

 とりあえず無意味と分かったので、背中の翼を再封印しておく。

「だがどうする? この催眠を解く手立てはありそうか?」

「分からない。頬をつねるとかしてみたけど、全然駄目だし……どうも、かなり強力なものみたいで」

「ということは、もう逃げられている可能性も……」

「あ、それは大丈夫。催眠をかけられる直前にあの人が結界張るのを見たから、それをさらに覆う形で私も結界張ったの。破られてないみたいだから、多分あの人はまだ中にいる」

「……」

 ぼけっとしているくせに、いざとなると頭の回転は速い。それが遥に対する零次の評価だったが、実戦でもこれだけこなせるのは予想外だった。

「遥。もしかして、外部でどれくらい時間が経過しているかも分かるのか?」

「うん。約十分ほど。かなり長いね」

「……おかしいな」

「おかしいね」

「俺たちに知られたくないことがあるなら、さっさと逃げればいい。遥の近くにいると意識を読まれる危険性があるんだからな」

「ってことは、他に目的があるのかもね。……この調子だと足止めかな」

 それが妥当なところだ、と零次は同意する。その推測が正しいならば、これから、あるいはもう既に、梢の身に何かが起こっている可能性がある。

 ……ある程度予想はつくが、だとするとまずいな。

 自分のした想像に顔をしかめて、零次は頭を振った。今はここから脱出することに集中するべきだろう。

「あの魔術師は何らかの魔術を使って俺たちに催眠をしかけているんだな?」

「うん、それは間違いないよ」

「そして、それはかなり強力なもの……結界と催眠に、おそらくほとんどの力を注ぎ込んでいるはず、か」

 ならば、催眠にかけている力を弱めさせればいい。

「遥、俺のところに来たということはお前の共有能力は使えるということだな。……それを、あの女に仕掛けてみてくれ」

「……う、うん」

 遥は若干躊躇うような素振りを見せた。

 勝手に他人の心の中へ入り込むのはよくない、という倫理観もあるのだろう。だがそれ以上に、遥は自分自身の共有能力に恐れを抱いている。忌避している、と言ってもいい。

 遥の力は曖昧だ。他者と不可視要素を共有出来るなどと、もっともらしく言っても、その『不可視要素』がはっきりしない。精神や魔力などを共有した例はあるが、遥はその辺りを意図的にコントロール出来るわけではない。

 つまり、見たくないものまで見てしまう、ということがあるのだ。

 決して便利なだけの力ではない。一歩間違えば自分自身を破滅に追い込む、諸刃の剣なのである。

 だが、この状況では時間がない。現実の肉弾戦でなら零次は本領を発揮出来るが、ここでは遥に頼るしかないのだ。ぐずぐずしているうちに、梢が大変なことになるかもしれない。

 零次は何も言わなかった。今、遥は零次と精神を共有している状態にある。こちらの考えは、自然と伝わっている。そのことが、零次にも分かっていた。

「……分かった、やってみるよ」

 遥は小さく頷き、姿を消した。零次への共有をキャンセルし、冷夏との共有へ移ったのだろう。

 間もなく、零次の前に立っていた冷夏たちの姿に異変が現れ始めた。電波の通りが悪くなったテレビの映像のように、ノイズが走り出す。

 やがて、頭の奥から何かが吹きぬけるような感覚がした。

 気づけば、目に見える風景が現実のものになっている。

 大学からの帰り道、閑静な住宅街。

 遥が言っていた結界もなく、ただ三人がそこにいるだけである。

 周囲の風景は変わっていない。ただ、視界に映る二人だけが、先ほどまでと違っていた。

「……遥?」

 遥の様子が尋常でないことに気づき、零次は彼女の側に駆け寄った。

 息を乱しながら頭を抱え、その場にうずくまっている。双眸は大きく開き、身体は小刻みに震えていた。

 零次の声は聞こえなかったらしい。呼びかけに対する反応はなかった。

 ……まさか共有の弊害か!?

 遥の力は他者と自分の精神を一つにすることであり、一歩間違えば自我が他者の意識によって食われたり分離出来なくなったりする危険性を内包している。

「おい、遥――」

 零次がその肩に手を伸ばしかけた途端、遥は勢いよく面を上げて、正面の冷夏を睨みつけた。

 滅多に怒ることのない遥が、敵意を込めて相手を睨んでいる。その事実に零次は息を呑んだ。彼女の自我が残っているらしいと安堵することも忘れた。

 冷夏もまた、遥同様に頭を抑えている。肩で息をしながら、ゆっくりと起き上がろうとしていた。

「どういうこと……?」

 問いかける声は震えていた。その表情からは血の気が失せている。それは、共有魔術を使った負担から来るものではない。

「――――梢君を殺すって、どういうこと!?」

 それは、受け入れがたい事実を前にした人が見せる表情だった。

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