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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月十日(土曜日)
28/34

第二十三話「救い」

「オオオォォォォ――!」

 痙攣しながら仁王立ちする樵の胸倉を掴み、涼子は思い切り跳躍した。間髪入れず、空いた右腕で殴りつける。

 本来の涼子なら、かすり傷一つ負わせられなかっただろう。しかし彼女の中に残る無現の力が、本来成し得ないことを可能にさせていた。

 無現は執念の塊だった。

 涼子を守れなかった無念。今度こそ守り通すという固い決意。

 それがすべて、涼子の力が生み出した仮定の未来のものであると知りながら、彼は彼女を守るためだけに動き続けた。

 無現にとって、この町も梢も遥も、本当は守りたかった対象のはずだった。それをすべて投げ出して、彼は戦っていた。

 涼子の能力――と言えば、彼を表現することは出来る。虚構と言ってしまえばそれまでだ。だが、今こうして自分が戦えているのは、そんな説明だけで表現できない。

 もう声も聞こえない。

 正直、あまり好きなタイプでもなかった。

 だが、無現の想いが本物だったということは痛いくらいによく分かる。彼が残した力をこうして振るうのは、その意に沿わないだろう、ということも。

 それでも退く気にはなれない。人間、どうしようもない状況に陥ると、自分の意思に従うより他にないのかもしれなかった。

 涼子の一撃に飛ばされた樵は、どういうカラクリか、宙で踏ん張る姿勢を示し、そこに留まった。まるで地の上にいるような動き方である。

「おとなしく、吹っ飛ばされていればいいのに……!」

 再度突撃するために、少し引く。まともに戦闘訓練など受けたことのない涼子にとっては、持った力をそのまま活かす突撃くらいしか手立てはない。今度は先程よりも強めに背中の翼を広げた。一斉に風を押し出せるよう集中する。

 そのとき、横合いから無数の光弾が飛んできた。

 ……古賀里夕観!

 咄嗟に翼で半身を覆う。しかし予想に反して、光弾は樵の方に命中した。

 どういうわけか、樵は外傷を一切負っていない。その割には、胸を掻き毟り苦しそうな声をあげている。

「う、う、う……ああ、あぁ」

 その目に微かな正気が宿ったとき、涼子は悟った。今の光弾は、夕観たちが当初梢に使うはずだった『土門荒野を破壊する』性質の魔術だったのだ。

 ……効いてる?

 微かな期待を抱いたとき、胸中で自分以外の何かがざわつくのを感じた。

 自分の中には無現がいる。そして、その内側には土門荒野の半身がいる。無現の力が弱まった今、こちらの方も活性化の兆しを見せつつあるようだった。

「ち……くそ……ぐぁ」

 懸命に何かを口にしようとする樵。光弾の効果はどれほどのものか。

 その結果が、涼子の脳内に流れ込んでくる。

 ……駄目だ!

 あの光弾では土門荒野を消すことはできない。涼子は背中から突風を放ち、漆黒の両腕を突き出しながら樵に突撃する。

 樵が顔を上げる。その目には、もはや正気は残されていない。

「――!」

 続いて流れ込んできた未来予知に、涼子は全身を硬直させた。

 樵の下顎が大きく裂け、そのまま涼子を噛み砕く。そういう予知だ。

 ……止まれない!

 全身全霊をかけての突撃なだけに、急停止するのは不可能。軌道修正も出来ない。

 正気を失くした樵の顎が裂け、涼子を食い殺そうと大きく開く。

 死。

 それを意識したとき、涼子の脳裏に誰かの影が映った。誰の影か。それを判断するような時間はなかった。

 ――次の瞬間、口を大きく開いていた樵は、下から来た誰かによって殴り飛ばされた。

「……零次!」

 勢いもそのままに突っ込んだ涼子をがっしりと抱き留めて、零次は言った。

「痛いぞ、馬鹿」


 零次には、状況が分からなくなっていた。

 無現の正体が涼子だったことも、理屈では分かっているがまだ納得できていない。樵が今どういう状況なのかも、おぼろげにしか分からない。

 だが、脅威の対象に一人で立ち向かっていく涼子を前にすれば、状況などはどうでもよかった。そういうときにやるべきことは一つだけと、決めていたから。

 だから零次は迷わず涼子の窮地に駆けつけた。

「説明は後だ」

 今分かっているのは、状況確認などしている場合ではない、ということだ。

「草薙を倒す。涼子、お前は前に出るな」

「で、でも……!」

「どうしてもやるなら、俺のサポートに専念してくれ」

 上空に打ち上げた樵は、にたりと不気味な笑みを浮かべ、宙に静止したままこちらを見下ろしている。

 樵が放つ殺気は、先程のものより更に重くなっていた。逃げられる状況ならそうしたい相手だが、それも今はできない。

「市街地から」

「ん?」

「市街地から、離さないと」

「ああ――そうだな」

 零次は頷き、樵に殴りかかる。

 もっと上へ。

 町の被害を抑えるためには、そうするのが手っ取り早い。零次は相手にラッシュをあびせながら少しずつ押し上げる。

 樵はまだ状態が安定しないのか、殺気を放つばかりでまともに動かない。笑いながら、零次の連打を受け続けている。

 ……!

 突如空気が動いた。

 零次は咄嗟に身を引く。刹那、樵が異様な速さで腕を振るう。

 振るわれた腕は零次の肩口をかすっただけだが、それだけで肉が裂けた。あと一歩遅かったら、身体がちぎられていた。

 ……また!

 空気が揺れる。そこから、相手がどう動こうとしているかの予測がつく。

 樵が二度、三度と不自然に長くなった腕を振り回す。動きは単純だが視認すら危ういほどの速度で繰り出される攻撃を、零次は紙一重で避け続けた。

 長年背中の翼で風邪を操ってきた感覚と、卓越した戦闘センスがあって、初めてできる攻撃予測。相手の動きを読むのではなく、周囲の空気を――空間を読むことで、場の流れを制するスタイルだ。

 もっとも、その技術を使っても避けるのが精一杯である。一撃喰らえば致命傷になる攻撃ばかりだ。早まって動きを読み間違えれば、即座にやられてしまう。

 ……やはり、やるならあの剣を出さねば。

 しかし無現と違い、零次はあの黒剣をさほど使いこなせていない。剣を解放するだけでも数秒かかるし、力を上手く制御しながら相手に放つなら、大きな隙が生じると見ておいた方がいいだろう。

 それに、もし撃てたとしても一発だけだ。

 もし外したら――零次には、あれと戦うだけの力など残るまい。

 やるかやられるか。この状況下でやるには、少々分が悪すぎる賭けだ。

 ……む!

 何度目かの攻撃。完全に読んでいたにも関わらず、その一撃が零次の胸元を掠めた。ざっくりと横一文字の傷がつく。

「速度が上昇している……? あるいは」

 言っている間にもう一撃。今度もまた、読み切ったはずなのに肩口に掠った。

 速度だけではない。読んだはずなのに、それが外れた。

 常軌を逸した速度で攻撃しつつ、その中にフェイントを織り交ぜている。次第にその動きから、単調さが消えていく。

 相変わらず樵の目には正気がない。

 ……本能が学んでいるのか。目の前の敵を倒すために!

 このままでは持たない。零次の表情に焦燥が浮かび始めた。


 上空の攻防をよそに、遥は項垂れたまま動けずにいた。

 無現から読み取った、彼の正体とその思い。それに涼子の思い。

 二人がどのような思いでこの数日間を過ごしてきたか、ということがダイレクトに伝わってきた。

 それは、復讐に満ちた遥の心を挫くのに充分な苦痛を伴なっていた。

 憎悪の対象を憎みきれなくなり、自分自身がどうすればいいのかを見失う。

 思考は堂々巡りを繰り返し、元々均衡を失っていた心は必死に何かを追い求める。

 ……私が。

 結果、行き着いたのは――自分自身だった。

 ……私が悪かったのか。

 梢を助けられなかったのは、他の誰のせいでもない。自分の無力さが原因だ。

 それを誰かのせいにして暴れまわり、結果として町を危機に晒すような真似をしてしまった。彼が必死に守ろうとしていたものが、自分のせいで危機に瀕している。

 ……悪いのは、私だ。

 遥自身は気づかない。

 これまで復讐を糧に、命を削りながら放っていた魔力。それが、悪意を伴ない自分自身に戻ってきていることに。

 自責の念が、魔力という形を通して、実際に彼女自身を傷つけている。

 肌のあちこちに亀裂が走り、髪は少しずつ白くなっていく。

 ……私がっ。

 そんな彼女を、何かが覆った。

 面を上げる。そこにいたのは、漆黒のスーツ――喪服を身に纏った飛鳥井冷夏の姿だった。

「その着物を差し上げます。それを着ていれば、とりあえず魔力の暴走は抑えられる」

 遥にかけられたのは、今まで冷夏が着ていた着物だった。不思議なことに、それに全身を覆われていると無意識に放出されていた魔力が鎮まっていく。

 代わりに、冷夏の全身からは、ほとばしる程の魔力が溢れ出していた。

「自分を責めても、自分を許せるようにはなりませんよ」

「……」

「平穏に生きるなら、執念を捨て去るのが一番なのでしょう。しかしそれが出来ない者もいる。そういう者には、生きるための明確な目標が必要です。執念を実現させるための目標が」

 さっき、冷夏が言っていたことを思い出す。

『私は実際に、そういう状態になって命を落とした人間を知っている』

 あれは、冷夏自身のことを指していたのではないか――。

「私はかつて、大切な友達を助けることができなかった。己の無力さを怨み、自責の念に囚われて無為に日々を過ごしていました。……忘れることもできず、どうすることもできず、そんな状況に苛立ちながら」

「……」

「ですが、この町を守るという目標ができて――少しだけ救われた」

「それが、友人への罪滅ぼしになると……?」

「いいえ。罪は自分自身だけで打ち消すことはできない。そして、私の場合、許しをくれる人たちはもういなかった。だから、罪は滅ぼせない。滅ぼすのではなく、背負うのですよ」

「……辛い生き方だ」

「ええ、辛いですね」

 ですが、と冷夏は穏やかな笑みを浮かべた。

「――生きた甲斐はありましたよ」

 冷夏の周りに霧が集まってくる。それに乗るようにして、冷夏は上空の戦闘に加わるべく上昇していった。


 掠り傷が増え、零次が限界を感じ始めていたとき。

 巨人の形をした霧の手に乗った冷夏が現れ、樵に攻撃を仕掛けた。

 新たな敵の乱入に樵は腕を振るう。しかし、霧が相手では何の意味もない。

 霧の巨人に意識を奪われた樵から、零次は距離を置いた。涼子が心配そうな顔で近づいてくる。

「零次、大丈夫?」

「今のところ致命傷はない」

 あちこちに手傷を負い、見た目は血だらけになっている。だが痛みはそんなにないし、出血量も酷くはない。

「涼子、無現の力はあとどれだけ残っている?」

 巨人を駆使して戦う冷夏を見ながら、零次は尋ねた。

「もうほとんど残ってない。正体を看破された以上、無現の存在力は必要最低限のものしかないわ」

「消えることはあるのか」

「……無現というのは、私が持つ力で生み出された架空の存在なの。私の運命が死に向かい始めたとき、その流れを変えるため、運命の延長線上――つまり未来から、私を助けてくれる誰かを召喚する」

「誰か、か」

 なら、いろいろな疑問は解ける。

 零次と同じように黒い翼を持ち、また同じような黒い剣を持つ謎の男。

 どこかで聞いたようなあの声も、誰のものか、今ははっきりと分かる。

「……無現が消える条件は二つ。正体を看破されるか、無現の出現条件が失われたとき。今はその条件がせめぎ合っている状態だから、ぎりぎり消えずにいる」

「せめぎ合い? そんなことが……」

「あるわ。今、無現の正体は看破されている。でも、それで無現の力が失われれば、私は確実に死ぬ。無現の内側にいる土門荒野が、私の魂を食い破るから」

 そのとき、零次は涼子が左胸を抑えていることに気づいた。顔色も悪い。今、彼女が立たされている状態は、思った以上に悪いようだ。

「どうすればいい?」

「草薙樵を殺して、その土門荒野を私の中にいる無現が取り込む。そうすれば無現自身が土門荒野となる。でも無現という存在は私の身体が媒介になってるから、彼が土門荒野になっても――むしろ彼が土門荒野になることによって、私は死から逃れられる。それはつまり無現自身の存在意義がなくなることにもなるの。……結果、土門荒野ごと無現は消滅する」

「それが、無現の目的だったのか」

 遥の妨害さえなければ、梢と樵の犠牲を払うことで、事態は丸く収まったのか。

 ……いや、そういう考え方をしても仕方ない。

 自分も遥と同じ立場に立たされたら――仮に涼子を殺されたとしたら――復讐に走っていただろう。涼子の側も、無現の正体を明かせないという理由があったにしろ、事情を説明しなかったという落ち度はある。

 誰かを責めるより、今できることをするしかない。

 飛鳥井冷夏の力からは、先程の遥と似た危うさを感じる。不安定に強大な力を無理矢理駆使して戦っているようだ。あまり長くは持たないだろう。

「飛鳥井冷夏! それに涼子!」

 零次は市街地から遠く離れた北方の山脈を指して叫んだ。

「奴を向こうまで飛ばす! 俺に合わせて、ありったけの一撃を!」

「分かった!」

「承知しました!」

 樵の腕が再び増える。いくつあるのか数えるのもわずらわしくなるほどだ。

 それが一斉に冷夏目掛けて伸びる。その隙に、零次は涼子の手を引いて冷夏の後ろに回り込んだ。

 手には黒剣。

 腕を振り終えた直後、樵の動きは一瞬止まる。

 後退した冷夏と零次たちの前後関係が入れ替わった、その瞬間。

「行くぞ、涼子!」

「ええ!」

 二本の黒い剣から、衝撃波が放たれた。

 動きを止めていた樵は、避けきれない。正面からまともに喰らう。

「オオオオオオオォォォォォッ――!」

 二つの衝撃を抑えこむように、樵は無数の足を生やし、宙で踏ん張る姿勢を見せる。

 押しきれるか、否か。

「……駄目か!?」

 徐々に樵の後退速度が緩やかになっていく。向こうも必死の形相を浮かべている。

「くそ、なんて執念だ……!」

「――執念なら負けません」

 そのとき、一旦後退して体勢を立て直した冷夏が、樵目掛けて鉄扇を振るった。

 零次と涼子の衝撃波を後押しするような、力強い追い風が吹く。

「私はこの町を守ると誓った。そのために生きてきたんだ……!」

 そのとき、冷夏の側に人影のようなものが見えた。

 二人分の人影。

 それは三人を助けるかのように、一陣の風に形を変えた。

 更なる後押しに、樵が言葉にならない悲鳴をあげる。

「この町から、消えろ――!」

 北に、風が吹いた。


 彼方へと消えていく樵の影を見つめながら、三人は地上に降り立った。

 飛鳥井の魔術師たちや天夜たちは冷夏が散開させたのか、この場には残っていない。いたのはフィストと、それを取り押さえている上泉陰綱。

 そして、項垂れたままの白髪の女――遥。

「……姉さん」

 どう声をかければいいのか、分からない。何を言っても、彼女を傷つけてしまいそうな気がした。

「今は、そっとしておいた方がいいでしょう」

 そう言う冷夏も、疲弊の色が濃い。

「それより、一刻も早く樵の様子を確かめなければなりません」

「……まだ、土門荒野はこっちに来てはいないようだな」

 零次が自分の胸を手で抑えながら、こちらを見た。涼子は黙って頭を振る。

 つまり、まだ樵は生きているということだ。生半可な負傷ではないだろうが、不測の事態が起きないとも限らない。

 決着は、可能な限り早めにつけておく必要がある。

「古賀里夕観の妨害が入ると厄介だが」

「それについては矢崎亨に一任しています。今頃、彼女の居場所を突き止めて取り押さえていることでしょう」

「飛んでいて狙撃される心配はないわけだな。……よし、それなら俺が行く」

「待って、私も行く」

 涼子は慌てて翼を広げた。

「私が行かないと、樵の土門荒野を零次が取り込むようなことになったら――全部台無しになっちゃうから」

「ああ、そういえばそうだったな」

 失念してたのか、零次は難しい顔をしながら飛び立った。

「私は他の者と連絡を取りながら後を追います。……頼みましたよ」

 冷夏に向かって小さく頷くと、涼子も空に向かって飛び出した。

「……ねえ、零次」

「なんだ」

「どうして私を助けてくれたの? 無限として散々皆を引っ掻き回して、結果先輩を殺そうとまでした。そんな私を、なんで?」

「それはお前の意志ではなく、無現の意志だろう」

「でも、私が自分の命を投げ出す覚悟があれば、無現のことも無視して皆に事情を伝えることもできた。けど、私はしなかった」

 誰かに話しても、信じられるような内容ではない。信じてもらうには無現の件を話すしかない。しかし話せば無現は消える。それは――涼子自身の死を意味していた。

「死にたくなかった。だけど諦めたくもなかった。だから一人で足掻いた」

「……」

「私は……自分のために、皆を裏切ったんだ」

「そんなの当然のことだ」

 零次は頭を振る。

「誰だって死にたくないと思う。生きたいと思う。そういう気持ちは大切なものだ。そのために足掻くのも当然のことだ。それを責めるってことはお前に死ねと言っているようなものだ。俺はむしろ、そういう奴の方が許せない」

 零次は一拍おいて続けた。

「なんでお前を助けたか、と聞いたな。まあ、いろいろ理由は出てくる。この世のすべてが信じられなくなっていた俺が、今こうしてられるのは……お前と出会えたからだ」

「出会いは最悪だったけどね」

 確か、お気に入りの場所を荒らされたとか因縁をつけて、零次に雪玉を投げまくったのだ。家庭環境が変わって苛々してたせいもあるが、今思い返しても可愛くない子どもだった。

「それでも、俺は嬉しかったよ。きちんと謝ってくれたし……贖罪のつもりだったのかもしれないが、その後も一緒に遊んでくれた」

「……」

「お前は気づいてないかもしれないが、それ以外にも俺は沢山お前に救ってもらってるんだ。出会ったあの冬も。再会したあとも。高校のとき、大学になってからだってそうだ。……いや、違う。そうじゃない。言うべきことは、そんなんじゃないな」

 零次は大きく何度も頭を振った。そして若干照れ臭そうに、こちらから顔を背けながら言う。

「俺は、お前が好きだ。愛してる」

「――」

「そうだ。いろいろあったけど、俺がお前を助けたいと思うのは、それが理由なんだ」

 涼子は何か応えなきゃと思ったが、上手い具合に言葉が出てこない。

 こんな言葉をかけられたのは初めてだった。

 こちらの沈黙をどう取ったのか、零次は焦ったように話し続ける。

「だから、あまりそういう風に背負い込まないで欲しい。誰かが悪いとかそういうわけじゃないんだ。皆が皆、一生懸命やって――最善を尽くそうとして、でも最善の結果は出なかった。それでもお前は、恥じるようなことはしてないと思う。もしそれでも罪の意識が消えないなら、俺も一緒に背負う。遥だって、きっと分かってくれるはずだ」

 言葉の内容は問題ではなかった。

 そうやって懸命にこちらを気遣ってくれる零次の思いが、今はただ嬉しかった。

 視界が滲む。泣いているとは思いたくなかった。

「零次」

「ん?」

「ありがとう」

 万感の思いを込めてそう伝える。

 たった一人で、後ろめたさと絶望的な未来に抗い続けたこの数日間。

 沈みきっていた気持ちが――救われた気がした。

 だからこそ。

 涼子は脳裏に浮かんだ未来を見て、迷わずに決断した。

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