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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月十日(土曜日)
24/34

第十九話「暗がりで見たものは」

 人気のまるでない、静かな夜だった。

 時間が経つのがとても遅く、もどかしい。

「なあ」

 待ち続けるというのが性に合わないのか、フィストが若干うんざりしたような表情で話しかけてきた。

「あんた、随分と変わったよな」

「……だったら?」

「いや。迂闊なこと言ったらぶっ殺されそうだからやめとく」

「なら話しかけるな」

「退屈だ」

「夕観のところへ行ってろ」

「俺はここに残れと言われた」

「……失礼を承知で言うが、思ってたより単純一途なんだな」

 何をおいても夕観が第一なのだ。自分の意思がないのかと疑問を抱いてしまう。

「俺にとってはお嬢様が第一なんでな。ガキの頃からそう教えられてきた」

 遥は特に気にもせず、聞き流した。フィストは構わず喋り続ける。

「二番目は草薙樵ってアホでな。あいつは俺と同じ馬鹿なんだが、やたら個性が強くて困りものだ。人の言うこと聞かないし、変なとこで頑固だし。身の安全よりも信念貫こうとするから、見ててこっちがハラハラする」

「……その気持ちは、分からなくもない」

「ふうん。やっぱ、そっちの方も似たような感じだったんだな」

 どこか得心したように頷く。

「私は別に何も言ってない。一人で勝手に納得されても気味悪いぞ」

「ああ、悪い悪い。俺、理屈より勘みたいなもんで物事を判断するから」

 けどまあ、とフィストは表情を引き締めた。

「あんたのことが少し分かった。今は信じてもいいようだ」

「私はろくに口も効いてないはずなんだがな……」

「俺、言葉で人は判断しねぇから。言葉にすると、どうも本質から離れる気がしてよ」

 それは、遥にも分かる。

 今抱いているこの感情は、どんな言葉にも当てはまらない。

「魔力ってのは活力だから、今のあんたみたいに『何が何でもやってやる』って目的があると、凄まじい力を発揮するんだと」

「ふうん」

「正直、さっき顔見たときは殺らなきゃ殺られる、って思った」

 だからずっと警戒していたんだ、とフィストは告げた。

「でもまあ……理由は分かったし、あんたの憎悪がこっちに向くことはなさそうだ。それに――今のあんたの顔、心底キレたときのお嬢様や樵によく似てる。それが、あんたを信じてもいいと思った理由だ」

「……よく分からない理由だな」

「そうでもねえさ」

 フィストは自信たっぷりに言う。

「誰かのためにキレてる顔だ。そういう顔をする奴は、悪い奴じゃねえよ」

「是非はともかく、な」

 遥は自覚している。自分の行動を、例えば友人や知人が知ったら、止めるであろうということを。

 それでもせずにはいられない。

 復讐とは――そういうものなのだろう。

 何を生むわけでもない。ただ、切り捨てられない過去と決別するには、こうするより他に方法はない。でなければ、心が持ちそうになかった。

 と、そのとき微かな物音が聞こえた。

 時計を見る。まだ一時にもなっていない。

「飛鳥井かな」

「……時間通りに来るとは限らないからな」

 闇の中で目を凝らす。

 視界に飛び込んできたのは、何度か見た着物姿の女だった。


 冷夏が定期見回りの時刻より早めに姿を現したのは、零次からの連絡が原因だった。

 ――冬塚涼子宅で草薙を発見、応援を求む。

 遥はその事実を知らない。また、知る必要もなかった。

 出てきた以上、今やる。

 フィストに目配せをし、二人は一斉に路地から飛び出す。

 周囲に人影はない。それだけに、冷夏たちもすぐこちらに気づいた。

 彼女は一人。だがフィストの言が正しければ、どこかに護衛が潜んでいる。

 だが、遥は臆すことをやめた。意味がないと感じたからだ。

 ……邪魔な奴は全部叩く。

 冷夏との距離が五メートル程になったとき、近隣のビルから何人かが姿を現した。だが距離がある。

 こちらとしては、冷夏に触れて共有をしかけるだけでいい。護衛が追いつくまでに、すべては終わる――はずだった。

 冷夏が懐から鉄扇を取り出し、遥が手に魔力を集中させた瞬間。

 視覚できない程の速さで、両者の間に黒服の剣客が飛び込んできた。

 遥は、男が上泉陰綱と名乗っていたことを思い出す。

「剣聖……!」

 並走するフィストの声色からは、畏敬の念が感じられた。

 陰綱は腰に帯びた刀を抜かず、手刀の構えを見せる。それを見て、遥はフィストに目をやった。

 言われるまでもなく、フィストは自分の役割を理解しているようだった。

 遥を追い抜き、陰綱の元に迫る。

「俺はフィスト」

 自ら名乗る。そして相手が名乗りを上げるよりも速く、その拳は陰綱の脇腹へと吸い込まれていった。

 その間に、遥は反対側の脇をすり抜け、冷夏に手を伸ばす。

 彼女の側もこちらの能力は理解しているらしい。手にした扇に魔力を込めて、叩き落すように振るう。

 ……幻覚系のトラップか!

 そう見て取った遥は、手に集中させていた魔力を一気に放出した。

 魔力を勢いよく放つことで突風を吹き起こす。冷夏が放った魔力は、その勢いに負けて霧散した。

「くっ……!」

 冷夏が焦りを表情に見せたのと、遥が再度手に魔力を集中させたのがほぼ同時。

 ……今なら仕掛けられる!

 その手が、冷夏の肩を掴んだ。

 忘我。人と精神を共有する際、必ずと言っていいほど生じる一瞬の隙。

 それが終わった瞬間、遥は着物姿の女を突き飛ばした。

 ……冷夏じゃない!

 顔貌はよく似ているが、精神を垣間見た遥にはすべてが分かった。

「フィスト、撤退だ!」

 遥の目的はあくまで仇討ちである。冷夏に共有を仕掛けるのは手段の一つに過ぎない。

 その割切りの速さが、間一髪遥を救った。

 ざわりと背筋が震え、反射的に前方へと身を投げ出す。それとほぼ同時に、背後の空間が凍りついた。

 気配でそれを察しつつ、遥は一目散に逃げ出した。足を止めていられるほどの余裕はない。全速力でこの場から逃げる必要があった。

 後ろから何人かが追いかけてくる。そちらに魔力の糸を張り巡らせながら、遥は予め隠していたバイクに飛び乗った。そのままアクセルを踏み込み、一目散に撤退する。

「どういうこと……?」

 いくつかのパターンを想定し、対応策は練っておいた。にも関わらず、遥が即座に撤退を決断したのは、冷夏の影武者から覗き見た記憶のせいだ。

 ――今日、この後に久坂零次から連絡が入るかもしれない。そのときは用心して出かけた方が良いでしょう。貴方は、榊原遥に狙われる確率が非常に高い。

 あのとき陰綱と一緒にいた女――泉の姫君は、記憶の中で冷夏にそう告げていた。

 まるで予言だ。こちらの襲撃が予め分かっていたのである。わざわざ影武者を表に出した以上、冷夏本人はとうに別の場所から外出したに違いない。

 ……くそ、あの女!

 予言の力でも持っているのか。あるいはそういう力の持ち主があの陣営にいるのか。

 ……いや、それはない。そんな力の持ち主を味方に引き込んでいたなら、飛鳥井陣営はもっと良い動きが出来ていたはずだ。

 考えがまとまらない。

 遥はバイクを横倒しにして急停止させた。

「……このまま退くだけじゃ駄目か」

 何も分からないまま撤退しては、今後動きづらくなる。

 今なら相手は、こちらが逃げた、と判断して気を緩めているかもしれない。

「逆に、好機か」

 携帯を取り出し、夕観に繋げる。

『もしもし、遥? 急に逃げ出して、どうしたのよ』

「こちらの急襲がバレていた。である以上、さっさと撤退すべきだと思ったんだ。フィストは撤退したか?」

『ええ。少し手傷を負ったみたいだけど、致命傷じゃないわ。今は追手を撒いているみたいね』

「現場に誰か残ってるか?」

『剣聖がホテル前を張ってる。少しでもこっちが動揺したら即座に気づかれそうだわ』

 夕観はホテルから百メートル程離れたビルにいる。その距離であっても、なおバレるというのか。

 ……だけど、陰綱が残っているということは、あの女も近くにいると見ていい。

 陰綱はあの女の従者のようだった。主からそんなに離れたりはしないだろう。

 冷夏の持つ情報も欲しかったが、今はあの女の持つ情報の方を優先すべきだ。

「夕観、すぐにそこを離れてフィストの撤退を支援してくれ」

『支援ねぇ。あいつには無用だと思うけど……とりあえず合流すればいいのね』

「ああ。私は泉の姫君とやらを攻める。何かあればまた連絡を入れる」

 ちょっと――と夕観は何かを言いかけた。遥はそれを最後まで聞かず、電話を切る。

 バイクを乗り捨てた遥は、そのままビルの谷間に姿を消した。


 どういうことだ、と零次は頭を抱えた。

 冷夏から遥襲撃の連絡を受けてのことである。

『榊原遥が襲撃してきたのは間違いありません。それも、古賀里の二人と一緒に』

 咎め立てるような冷夏の声。そこから零次は、自分も疑われていることを悟った。

「遥とは家で別れてそれっきりだ。俺に文句を言われても困る!」

『何かそれらしい兆候はなかったのですか』

「倉凪のことで意気消沈しているようにしか見えなかったがな」

『……復讐でしょうか』

 冷夏はぽつりと呟く。その声音には、不吉な印象が込められている。

「復讐だと? それなら無現に対して行うべきじゃ……」

『結果だけ見ればそうですが、彼女にしてみれば、私たちも倉凪梢殺害に加担した人間です。……彼の殺害に関わった者たちすべてに復讐しようと、そう考えたとしても不思議ではありません』

 それはアンタの体験から来る予測か――そう言いかけて、零次はかろうじて言葉を呑み込んだ。

「とにかく、遥を掴まえて話を聞かないことにはどうとも言えん。それに、今は草薙樵の追跡こそ最優先に考えるべきだ」

『分かっています。ですから協力して追い詰めているのではないですか』

 そう。

 今、零次は電柱の上に立っていた。その眼前には――朝月大学のキャンパスがある。

「ここのどこかに逃げ込んだのは間違いないんだな」

『ええ。こちらの方でも捕捉しました。正確な位置は分かりませんが……これから包囲を少しずつ狭めていきます』

「ああ。こっちも協力する」

『信じさせてもらいます』

 そこで電話は切れた。

 遥が古賀里と組んだのが事実なら、冷夏は零次と古賀里に繋がりがないかどうか疑問に思ったはずである。もしそうならこの包囲そのものが『仕組み』だと考えられる。その懸念を晴らすために、連絡を寄越してきたのだろう。

 零次としても、一抹の不安が残る。

 試しに電話をかけてみた。呼び出し音は鳴るが、一向に出る気配がない。

 拒絶されているような感じがして、少し心が痛む。だが、今はそればかり気にしてもいられない。

 周囲に人目がないことを確認すると、零次は頭部を解放し、千里眼を用いて構内を見渡した。

 ……なんだ?

 樵はすぐに見つかった。今頃冷夏たちも見つけていることだろう。

 中央棟の屋上。そこに、異形の岩男が立っている。

「古賀里の連中は高いところが好きなのか……?」

 場違いにも、そんな発想が浮かんできた。

 ……いや、だが待て。

 屋上は狭い。また、向こうにとっても見晴らしがいい。風の向きは風下。

 ……万全の状態で待ち受けているということか。

 豊富な手段で相手を倒すのが魔術師のやり方だ。樵はそれを学習し、手数を封じることにしたのだろう。

 単純な戦闘力を考慮すると、前面に出られる人間はそう多くない。

 そのとき、再び電話が鳴った。相手は天夜である。

『俺がまず仕掛けることにした。出来れば久坂さんにも協力してもらいたいんだが』

「お前だけか?」

『あと二人、連れて来ることも出来る。それ以外はバックアップに専念するみたいだ』

「……ああ。多分、それがベストだな」

 生半可な実力者は、あの狭い場所だと逆に邪魔になる。

「奴の一撃に耐えられるのは俺ぐらいだろう。フォワードは俺が務める。お前たちはサポートを頼むぞ。奴に接近されそうになったら、迷わず逃げろ」

 ああ、と天夜が応じて、通話は終わった。

 視線を前に向ける。零次の敵意に気づいたのか、樵もこちらを見ていた。

 ……なんだ、来たのかよ。

 そんな声が聞こえた気がした。

 零次は大きく翼を広げ、屋上に向かって飛び出す。

「倉凪の代わりに――」

 両腕が瞬時に漆黒へと化け、倍近くまで膨張する。

 手加減なしのフルパワー。そうでなくては、相手に出来ない。

「――俺がケリをつけてやる、草薙樵ッ!」

 轟音が、深夜の構内に響き渡る。


「……静かだな」

 ホテルの内部。飛鳥井陣営がアジトにしていた二十四階に忍び込んで、遥は周囲の気配を探っていた。

 ここには、隣のビルから侵入した。盗んだ魔術の中に大気中の水分を凝縮させるものがあったので、それで氷の道を作り、渡り歩いてきたのだ。

 ……正面からではないというだけで、稚拙な侵入方法であることに変わりはないが。

 氷系統は遥と相性があまり良くないのか、やり方は分かっても、実際はあまり上手くいかず、時間がかかってしまった。モタモタしている間に、こちらの動きが捕捉されてしまっている可能性は高い。

 ……まあ良い。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。

 通路は、灯りはついているが薄暗い感じがする。身を隠すところもないから、迂闊に部屋から飛び出すのは危険だった。

 扉の隙間から、慎重に様子を伺う。すると、少し離れた位置にあったエレベーターが、何者かの到着を告げる音を鳴らした。

 ……まさか。

 嫌な予感がして、遥は息を呑んだ。

 エレベーターから出てきたのは、男女の二人組。

 陰綱と、あの女だった。

 ……既に合流してたか。

 遥は舌打ちした。二対一。しかも相手の方が実力は上である。しかも場所は敵地、どこに他の敵がいるか分からない。

 諦めて撤退しようかと思ったが、すぐにその考えを改めた。ここまで来て逃げるようでは、到底復讐など叶わない。

 遥はそっと扉から離れ、壁に耳を押し当てた。

 二人の会話が、途切れ途切れに聞こえてくる。

「まさか……に来る……」

「――なら、無理も――」

 話し声は少しずつこちらに近づいてくる。それに対し、遥は息を押し殺したまま魔術の構成式を編んでいた。

 リスクは高いし、一発勝負だ。しかし、やる価値はある。

「某には判断しかねます。あの無現という輩、信じていいものか――」

 すぐ側で陰綱の声が聞こえた。

 と同時に、遥は自分の血をつけた細い魔力の針を、壁に向かって放った。

 盗んだ魔術の一つ、貫通式の魔針。一度だけ物質を貫通する針を、遥はあの女に目がけて撃ち込んだのである。

 針には、同様に魔力で練られた糸を通してある。それを通して、

 ……手応えあり!

 遥は間接的に共有を仕掛けた。

 壁の向こうの話し声が途絶えるのと、遥が共有の『忘我』状態に陥ったのがほぼ同時。そしてその一瞬で、遥は己の目論見が半分外れたことを悟った。

 ……これは陰綱の方か!

 針を通して流れ込んでくる情報は、あの女のものではなかった。

 そして、誤算があった。陰綱に仕掛けた共有により引き出した情報の中には、遥自身が想像すらしていなかったことが多々あった。

 式泉運命。その三姉妹。真泉未了。倉凪司郎。土門荒野――。

 予期せぬ情報に遥が戸惑っていた時間は、一秒にも満たない。だが、その間に異変を察した未了が部屋の扉を勢いよく開けて入ってきた。

 未了が遥の姿を捉えると同時、陰綱が遥の共有を強制的に遮断した。

 これまで共有を遮断されたことはなかった。遥にとっては未知の体験である。

 それゆえ、得た情報に戸惑っていた彼女は一瞬にして醒め――却って落ち着きを取り戻した。

 未了が何か言いかけてこちらに手を伸ばす。

 遥は反射的に窓に向かって跳躍した。

 浮遊感が全身を覆う。二十四階からのダイブ。来るときに作った氷の道は、既に霧散して跡形もない。

 落ちる。その危機的状況の中で、遥は本能的に糸を作り出していた。

 ビルの谷間に糸を紡いでいく。しかしそれらは彼女の身体を支えつつ、次々と切れていった。

 ……なら、まとめて!

 クモの巣状に糸を広げて配置する。それに支えられる形で、ようやく彼女の身体は止まった。地面に激突する寸前のところである。

「……ふぅ」

 大きく息を吐く。遅れる形で、冷や汗が噴き出てきた。

 得た情報。それは大きすぎて、今のままでは処理しきれない。

 それに、早く逃げないと今度こそ捕まる。

 駆け足でバイクのところまで戻り、アクセルを踏む。一刻も早く、市街地から離れたかった。

 携帯が鳴った。とても出る余裕はない。放っておくと数秒で切れた。その数秒のおかげで、少しだけ心の整理がついた。

 ……無現だ。

 多くの情報を抑えつけるようにして、遥はその名を思い浮かべる。

 陰綱たちの背後にいた予知能力者。そして、彼を殺した憎むべき相手。

「忘れない……」

 殺すまで、その名前は決して忘れない。

 遠くで、轟音が響いた気がした。

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