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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
十二月七日(水曜日)
12/34

第九話「残された時」

 昔の夢を見ていた。

 今よりも、ずっと臆病で弱かった頃。泣き虫で、兄の背中に隠れていることしか出来なかった頃の夢だ。

 周囲の大人たちは、皆怖かった。殴られたり怒鳴られたりするのが当たり前で、時々仲の良い親子などを見かけたりすると、却って奇妙なもののように思えたぐらいだった。

 そんなとき、決まって兄は自分の手を強く握りしめていてくれた。

『俺が、ついてるから』

『うん』

 それだけが、支えだった。

 やがて、優しい大人と出会った。優しい友人と出会った。好きな人も出来たし、新しい家族も増えた。昔と違い、兄以外の支えも多く出来た。

 そうした人々の輪の中で、自分が笑っている。

 しかし、ふと気づいて兄の姿を探してみると、どこにもいない。

『あれ、お兄ちゃんは?』

 その一言で、周囲にいた人々の姿はかき消えた。

 いない。

 どこを探しても、いない。

 兄のことを呼びながら、長い時間走り続けた。

 結局見つからず――もういないのだと察する。

 そうして、目が覚めた。

「……」

 昔から寝起きのときは気分が悪かった。一日の始まりが憂鬱だった幼少時の体験のせいかもしれない。だが、今日の目覚めは一段と酷かった。

 憂鬱な気分のまま、廊下に出る。いつもならこの時間は、この広い屋敷にもそれなりに人の気配がする。そうした活気が、今はまったく感じられなかった。

 なくなって、しまった。

「馬鹿兄貴」

 美緒の唇から、ぽつりとそんな言葉が漏れた。


 家族が三人欠けていた。

 榊原とは連絡が取れず、亨はあの後姿を消した。

 そして、もう一人。

「探しに行く」

 目覚めた遥は、零次たちに向かって言った。

 辛かった。自分の中にある大きな支えに亀裂が走っている。信じていたものが否定された。その辛さに耐えながら、遥は立ち上がった。今は何かしなければ、きっと自分は泣いてしまう。

 だが、今はまだ本当に泣くべきときではない。梢は生きている。まだ、どこかで生きているのだ。

「学校云々と言っている場合でもないな。俺も賛成だ、草の根掻き分けてでも探し出してやる」

「私も賛成。このままじゃ納得出来ない」

 零次と美緒も賛成のようだった。

 いつもなら、こういうときはもう一人、亨も賛成してくれていた。だが、彼も今はもういない。もしかしたら、遥たちを止めようとしてくるかもしれない。

 たった一夜で、家族がこうもばらばらになってしまうとは思わなかった。これも、自分が梢を引き留められなかったせいなのか。

「倉凪は」

 零次の声で、遥は現実に意識を戻した。考え込んでいては駄目だ。心がどんどん沈み込んでしまう。

「倉凪は、草薙樵を殺すと言っていた。どういう方法で探すかは知らないが……それが唯一の手掛かりだな」

「でも、あっちだって神出鬼没って感じだよね」

 美緒の言葉に零次が頷く。確かに、梢も樵も追われる立場だ。そして、追う側は魔術のスペシャリストである。更に、梢と樵は互いを殺すために探し会っている。となれば、特定の場所に潜伏するという手段を取るとは思えない。

「だったら、飛鳥井の人たちを見張っていればいい。あの人たちも梢君たちを探してるんだし、人員はこっちよりもずっと多いから、多分見つける確率も高い」

「なるほどな。確かに、闇雲に探すよりは現実的だ」

「……うん。ついでに、あの古賀里って人たちも探れたら探っておきたい。多分彼女たちもそう人数は多くないだろうから、飛鳥井の人たちを利用して草薙樵を探し出そうとしてるだろうし」

 必要であれば、相手と精神を共有するという自分の力を使う。昔は相手の心を読んだり魔力を共有したりする、という使い方をしていた。が、やり方次第では相手の精神を乗っ取り、支配下に治めることも可能なはずだ。これまで使ったことはないし、あまり使いたい手段でもないが、もうそんな良し悪しを言っていられる段階ではない。

 鬼になる。

 梢を本気で救いたいと願うのなら、それぐらいの覚悟が必要なのだろう。

「行こう、久坂君。まずは飛鳥井のアジトを探し出す。美緒ちゃんは、ここに残ってて。何か手掛かりが来るかもしれないから」

 そう。もはや綺麗事を言っていられる段階ではない。

 あのとき古賀里夕観が言っていたことが、分かったような気がした。

 大切なものが永遠に失われるかどうかの瀬戸際。

 心臓が張り裂けそうな、たまらず叫び出したくなるような緊張感。いつまで、それを抑えていられるのだろうか。


 手が濡れていた。見ると、どす黒いものがべたりとついている。

 血だ。

 誰のものだ。足元を見る。

 そこに、何人もの身体が転がっていた。誰の顔にも見覚えがある。家族、友人、知りあいの人々。

「ひっ」

 恐怖心から後ずさる。踵に何かが当たった。そこには、遥の頭が転がっている。

 がつんと心の臓を打ちのめされたような気がして、思わず腰を抜かしてしまう。

「お、俺がやったのか……?」

 答えてくれる声はない。遥の表情を直視することが出来ず、梢は両手で顔を塞ぐ。

 手についていた血が顔中にべっとりとついた。

 気味悪さに嫌気がさして、表を上げる。正面には零次がいた。ただし、壊れた玩具のように、ちぐはぐな形をしている。

 その瞳に映る梢は――笑っていた。

「わぁっ!」

 自分の悲鳴と共に、景色が一変する。

 目の前に血塗れの惨状はなく、ただしんしんと降り積もっている雪があった。

「……夢、か」

 数秒、硬直した後、ようやく息を吐く。そうして冷静に辺りを見渡すと、別の恐怖がこみ上げてくる。

「ここ、どこだ……?」

 確か自分は山道の中を歩いていたはずだ。ここも山の中らしいが、景色に微妙な食い違いがある。そもそも、夢とは言うが、眠りについた記憶がない。

 慌てて自分の全身を見る。どこにも血はない。ただ、上着が少し避けていて、そこから冷気が入り込んで来ていた。寒い。

「……」

 町に戻り上着を新調するか。気を付ければ、遥たちに見つからない自信はある。土門荒野化の影響か、徐々に気配感知の能力は鈍ってきている。それでも、集中すればどうにかなる。

 だが、もし町中に降りたとき、自分の中の土門荒野が暴れ出せばどうなるか。

 結局、梢は町の中に降りるのはやめた。寒さなど我慢すればいい。

「しかし……」

 急がなければ。この調子では、いつ自分が自分でなくなるか分かったものではない。

「早く、草薙を見つけないと……」

 会ったこともない、自分と同じ境遇の男。そいつを見つけ出して、殺さなければ。

 そんな風に考えること自体、自分の内側にある土門荒野の影響なのかもしれない。しかし、それ以外にどうすることも出来ないのだ。

 そのとき、辺りの木々がざわめいた。

 どこからか、底冷えするような風が吹いてくる。その中に、何か違和感があった。

 何かが来る。その直感と同時に、腕に鈍い痛みが走る。

 眼前に、抜き身の刀を手にした壮年の男の顔が見えた。と思いきや、すぐにその姿は霞む。何が起こったのかを考えるよりも先に、梢は駆け出した。

 ……こいつは、やばい!

 刺すような気配。そこから感じ取れるのは、この相手が並大抵の使い手ではないということだった。

「つぅ……!」

 追い抜きざまに肩を斬られた。こちらを追い抜いた男は、凄まじい速さを物ともせずに足を止め、反転の勢いを駆り刀を振るう。

 梢は足を止められない。このまま進めば、斬られる。

「っ……おおおおぉっ!」

 相手を叩きのめさんとする梢の意思が、地中から大量の木々を創り出す。荒波の如く押し寄せる木を、男は顔色一つ変えず避け切ってみせた。

 互いの動きが止まる。

 男はダークスーツを着込んでいる。その下には、スーツを引き裂くのではないかと言わんばかりの引き締まった肉体があるように見えた。

 激しいやり取りをしたにも関わらず、息一つ乱していない。

「咄嗟の判断は悪くない」

 男の第一声がそれだった。梢は後ずさりながら、注意深く男の様子を見守っている。

 ……隙を作らないと。

 今のやり取りだけで分かった。この男は強い。まともに戦えば勝ち目がない。だが、逃げようと背を見せることも恐ろしい。完全に、場を支配されてしまっている。

「追手か」

「左様」

「飛鳥井か、古賀里か」

「いずれにも非ず」

 男は構えを解いた。にも関わらず、全く隙が見えない。素人が見れば隙だらけに見えるのだろうが、一歩でも間合いに踏み込めば一刀の元に切り捨てられる。

「我が名は上泉陰綱。泉の家に属す者。今は害悪を除くため、飛鳥井に協力している」

「泉か」

 飛鳥井、古賀里と並び称される魔術の大家だ。遥や涼子の実家・式泉も泉に属する。

 しかし、害悪扱いとは。仕方ないとは言え、堕ちたものだと自嘲したくなる。

「陰綱。あまり無駄口を叩かない方がいいわ」

 そのとき――背後から若い女性の声が聞こえた。

 ぎょっとして飛び退こうとするが――瞬間、梢の動きは封じられた。何重もの光の輪に腕や手首、足首を絡め取られる。思わず体勢を崩し、梢は無様にも雪の中に顔を突っ込むことになった。

「姫様」

 頭上で陰綱が動く気配がする。それに応じたのは、若い女の声だった。

「言葉を交わせば無用の躊躇いが生じる。それは分かっているでしょう」

「は。……しかし」

「分からないでもないわ。彼の子だもの。このような形で会うことになるのは……皮肉なことでは、あるけれど」

 だからこそ容赦してはいけない、と女が口にした瞬間、こちらを縛っていた輪が締め付けてきた。あまりの激痛に耐えられず、輪を破ろうと力を込める。輪は、思いのほかあっさりと砕けた。勢いに駆って、梢はそのまま逃げだそうとする。

 しかし、跳躍した瞬間、再び全身を輪で絡め取られる。身動き出来ず、梢は頭から雪の中に落ちた。衝撃で視界がぐらりと揺れる。そのとき初めて視界に入った女の姿は、誰かに似ているような気がした。

 雪の中に埋没してしまいそうな、真っ白のコートと帽子。その内にある肌の色も、雪のような色合いをしていた。黒いのは、瞳と背中の辺りまで伸びている髪ぐらいか。

「無駄よ。何度破ろうと、貴方を縛るその輪は、決して尽きない」

「……っ、うるせえ!」

 咆哮。それによって、梢は魔力を爆発させた。稚拙な放出だから破壊力はない。ただ、相手を怯ませることには成功したはずだ。

 輪を打ち砕き、翠玉の篭手を創り出しながら起き上ろうとして――右肩を抑えつけられた。驚愕するこちらの動きを、陰綱が完全に押さえつけていた。

「右腕が、貴様の切り札だったな」

 言いながら、陰綱は刀をこちらの肩に突き立てた。激痛が走り、声が漏れる。更に陰綱は突き立てた刀をスッっと引いた。右腕が、どさりと雪の上に落ちる。

「っ……ぁ!」

 右腕は、二年前の戦で失われた。今斬り落とされたのは、幸町につけてもらった義手である。だが、細やかな動きが出来るようにと、神経は繋がっていた。斬り落とされれば、本物のときと同じような痛みが走る。

 だが、梢には悲鳴を上げるゆとりも残されていなかった。

 陰綱が、今度は左足に刀を突き立てようとしたからだ。咄嗟に蔦を具現化させ、刀に絡みつかせる。ぎりぎりのところで刀は止まったが、陰綱はどんな握力をしているのか、奪い取ろうとしてもびくともしない。

「足掻くな。無駄だ」

「るっせぇ……!」

「どのみち貴様は死ぬ。諦めろ」

「るっせぇってんだよ……!」

 激痛によって、梢の意識は却って鮮明なものになった。激痛はあっても、斬りおとされたのは義手。失血の心配がないのが幸いした。

「俺の始末は俺がつける……! 人になんぞ任せられるか! 皆を助けるのは、他の誰にも任せられない。それは、俺の役目だ!」

 叫んだ瞬間――数頭の竜が、陰綱に襲いかかった。それを見るまでもなく、陰綱は飛び退いた。その隙に、梢は起き上る。

 陰綱を襲ったのは、梢が生み出した草の竜だった。状況を打破しようとして、咄嗟に作り上げたものだ。以前はそんな簡単に、こんなことは出来なかった。こんな芸当が出来るようになったのも土門荒野の力か。

 ……だとすれば皮肉なもんだな。

 陰綱と女に向き合いながら、梢は冷静に状況を分析していた。

 土門荒野によって増幅された力でも、この二人には勝てない。何度かの死地を経た梢の経験は、そう語っていた。

 力の大小では覆せないほどの技、そして経験が二人からは感じられる。だが、何より梢が恐れたのは、土門荒野に立ち向かうという、二人の覚悟だった。

 梢は性格上そうは見られないことが多いが、真っ向からの力勝負で相手に勝ったことはほとんどない。相手の弱点が分かる場合は弱点を突き、それが分からなければ揺さぶりをかけて、生じた隙をつく、というやり方で勝ってきた。相対した敵の大半が梢以上の力を持っていたからだ。今回の場合も、陰綱や女の力量は梢より上だろう。加えて、どんな揺さぶりにも動じない覚悟がある。

 だったら、どうする?

 詰みだ、とは考えなかった。そう考えることが、本当の詰みの一手になる。

「一つ……聞きたいことがある」

 陰綱は刀を鞘に納めた。しかし闘気は未だ消えていない。

 緊迫した空気。顎から汗が流れ落ちるのを感じた。

「貴様は、なぜ榊原家を離れた?」

「……いつから俺のことを見ていた」

「榊原家の動向は、逐一飛鳥井の人間が見張っていた」

 なるほど、と梢は頷いた。こちらの所在はとっくに知られている。監視がついていたというのは、十分に考えられることだった。

「貴様は、これまでに築き上げてきたものを全て捨て、何を成そうとしている?」

「何も捨てちゃいない」

 そう、捨てたつもりは微塵もない。本当に大切なものは、まだこの胸に残っている。

「俺は草薙樵を殺して、その後自決する。お前らなんぞの横槍はいらねえんだよ」

「……貴様がどういう男か、事前に調査はしてある」

 陰綱は、少し考える素振りを見せてから言った。

「普通なら、他人のことなど省みず、ただ自分の命を保とうと足掻く。しかし、貴様がそうした選択を採ったのは――あの家の者たちを守るためか」

「あの家だけじゃねえ。この町には、守りたい奴が沢山いる。守ると決めた奴が沢山いるんだ。だから俺は、家を出た」

 女がぴくりと眉を動かした。その表情には、苛立ちと悲しみが混在している。漠然と、そんな気がした。

「我々とて目的は同じだ。被害を最小限に抑えるために動いている」

「だからお前らに従えとでも言うのか? 馬鹿げてるぜ、初対面の人間にあっさりと預けられるほど、俺は自分の命を軽く見ちゃいない」

「……」

 陰綱がちらりと女の方を見た。女は僅かに顔をしかめて、そっぽを向く。陰綱の溜息が聞こえた。

「倉凪梢」

「なんだ」

「我らが信頼するに足りるのであれば、協力していただけるか」

「……協力?」

「左様。我々と貴様の目的は一つ、土門荒野の復活の阻止。別の言い方をするのであれば――貴様と草薙樵の、最良の形の死」

「……」

「貴様が本当にそれを望んでいるのであれば、協力してもらいたい」

 空気は相変わらず張りつめたまま。陰綱の纏う魔力も、まだ臨戦態勢を解いてはいなかった。しかし、その眼差しからは誠意を感じ取れる。

 だが、あまりに突拍子もない申し入れだ。

「陰綱」

 梢より先に、女がたしなめるような声を上げた。だが、彼女が言葉を続けるより速く、陰綱がそれを制した。

「先ほどの手合わせで、この男を少し理解しました。某の経験上、この手の男は無理に攻めると土壇場で思いもよらぬことをしでかすものです。対話で事が片付くのであれば、そうするに越したことはありませぬ」

 ごくりと梢は息を呑んだ。よく分からない悪寒が背筋を走る。戦闘を続けていた方がまだ良かったのではないか、という気さえしてきた。

「どのみち、俺を殺すつもりなんだろう? まどろっこしいことしてないで、さっさと殺せばいいんじゃないのか?」

「黙って殺されるつもりなどあるまい。それに、時期を見てやらねば意味がない」

 ふん、と梢は鼻を鳴らした。どうやら、梢と樵をほぼ同時に殺害しなければならない、と飛鳥井や彼らが考えているのは本当のようだ。確かに、下手に間を空けると土門荒野が復活する恐れがある。

 その点を踏まえると、なるほど、梢に"協力"を申し出るのは、あながち無茶苦茶なことでもない。むしろ、好都合なのだろう。

「……私に関することは口外しない。それさえ遵守すれば、好きにして構わないわ」

 女はそう言い捨てて、側の木の根元にちょこんと腰をおろした。なぜか、その姿を見ていると心がざわつく。彼女がどことなく遥に似ていたからだ。

 陰綱は刀をこちらに投げて寄越した。

「対話に武器は不要。貴様も、その物騒なものをしまえ」

 言われて、梢は渋々竜を消した。完全に相手のペースにあるのが癪だが、逆らう余地はなさそうだった。陰綱の実力を察するに、梢が逃げようとした瞬間、今こちらに投げた刀を瞬時に拾って一刀両断する、ぐらいは平然とやりそうな気がする。女の方も、こちらに対する警戒を解いたわけではないのだ。

「……それで、何を話すってんだ?」

「先代の土門荒野のこと」

「先代?」

「左様。そして――それを滅ぼした貴様の父と我らのことも、語ろう」

 梢の目が、大きく見開かれた。


 遥の足元に、一人の男が座り込んでいた。

 死んではいない。ただ、ぼんやりと虚空を眺めている。その正面に立っている遥も肩で息をし、半ば壁にもたれかかっている。

 ここは駅付近の路地裏だった。ほとんど人気のない、町の中の死角とでも言うべき場所である。

「遥」

 零次が反対側から姿を見せた。彼は男を一瞥すると、怪訝そうに眉をひそめた。

「この男は?」

「飛鳥井の人」

「よく見つけられたな」

「少し誘いをかけて、精神支配をしてみた。上手くいったわ。飛鳥井のアジト、分かったわよ」

 夕観のときと同じ要領で、周囲の無機物と同調しながら、それらしい人物を絞り出す。そうして目星をつけた後は相手の動揺を誘うように動き、隙を突いたのだ。これまでこんなことはしたことがない。にも関わらず、思った以上にスムーズに事が運んだ。

「男はどうする?」

「元に戻すわけにもいかないし、しばらくはこのままにしておく」

「……後で、戻せるのか?」

 虚ろな男の眼差しを見て、零次は不安げな声を上げた。

「分からない」

「分からない、ってお前……」

「だって、今までこんな使い方したことがなかったもの。でも、やらなきゃ私たちは梢君を助けられない。だったら、手段を選んでいる場合じゃない」

「……」

「それに、この程度のことは、この人も覚悟して来ているはずでしょ?」

 正面から零次を見据える。こちらの表情を見て、何を感じたのか、零次は少し悲しげに表情を曇らせた。

「確かに、道理だ。しかし、お前にそういうのは似合わんな」

「似合う、似合わないって言ってる場合?」

「いや、そんな場合ではない」

「じゃ、行こう」

 遥はすぐ近くのホテル群に目を向けた。駅付近の都市開発の際に作られたものだ。あの中の一つが、飛鳥井のアジトだった。

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