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異法人の夜-Foreigners night-/第二部  作者: 夕月日暮
プロローグ
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プロローグ「遠い記憶の言葉」

 荒療治を終えて、男は物も言わずに腰を落とした。

 手術と呼ぶには、あまりに強引な措置。それは、ある少年の『病原体』を無効化するためのものだった。

 その病原体に寄生された患者は、身体に些細な違和感を抱くようになる。違和感は徐々に強まり、そして身体全体に広がっていく。やがて虚脱感に覆われるようになり、絶え間なく激しい頭痛に苛まれる。

 そのうち精神が疲弊し、現実と幻想の区別がつかなくなる。

 そして――――最後は、死ぬ。

 病原体に侵された者を待つのは、その絶対たる結末。そう文献は告げているし、男自身、その運命を辿った者を知っている。だからこそ、この病原体に侵された少年を、どんな手段を使ってでも救いたいと思った。

 しかし、その方法は到底許されるようなものではなかった。

 男は、急ごしらえの診療台に沈んだ視線を向けた。そこには、手術を終えたばかりの少年と、愛らしい幼子が横たわっていた。

「『土門荒野』は、これで無効化された」

 自分に言い聞かせるつもりで男は呟く。しかし、心を埋め尽くす虚無感を拭い去ることは出来なかった。

「こうするしかなかった。こうでもしなけりゃ、こいつも土門荒野に食われてた」

 世界にたった一つの病原体、土門荒野。それに侵された少年を見つけてから、男は様々な方法でこれを除去しようと試みた。しかし、土門荒野の実態は謎に包まれており、男もその全貌を掴んでいるわけではない。いろいろな方法を考えているうちに、少年に発病の兆しが見えた。だから、男は緊急措置を取った。

 土門荒野というのは、正確には病原体ではなく、ある種の概念だった。男はそれを強引に分断し、二つに分かれたその概念の片方を幼子に移植したのである。

 その幼子は、男の息子だった。

 一人の少年を救うため、男は自分の息子に、正体も分からない危険な概念を植えつけたのだ。

 移植を行うためには条件があり、それに適合しているのがこの幼子だけだった。そして、移植手術を行わなければ、少年の方は絶対に助からなかった。だから男は、この手術が間違ったものだとは思っていない。

「しかし……これが最善だったのか?」

「最善だったと思う以外、ないじゃない」

 それまで部屋に隅に控えていた男の妻が、すやすやと寝息を立てる幼子を抱き上げながら答えた。

「分かってるのは、今は二人とも無事でいるということ。私はそれだけでも嬉しいわ」

「だけど、この措置は前例がない。これから先、二人が何事もなく過ごしていけるかどうか、全く分からない」

 男の言葉に、妻は慈しむような笑顔を浮かべた。

 腕に抱えた幼子を男の前に差し出して、そっと手渡す。

「すぐにそうやって後悔するのは貴方の悪い癖よ。先の先を考えすぎるのもね。私たちに出来るのは、こうやってこの子たちを見守ること。それから、これからこの子たちが幸せに過ごせる方法を考えること。違う?」

 幼子を手渡されて戸惑う男に、妻は優しく語りかける。

「……そうだな。今更後悔したところで意味はない。背負った責任の意味を、忘れないようにしないと」

 少年を完全には救えなかった責任、そして、それゆえ自分の息子に重荷を背負わせてしまった責任。それはとても重く苦しいものだが、絶対に捨てることの出来ないものだ。

 必要なのは、その責任を果たすという覚悟。これから一生をかけてこの二人を見守っていこうという覚悟だった。

「ほら、そんな暗い顔しない。私も一緒なんだから、もっと元気出して」

 男の鼻先を指しながら、妻が景気の良い声をあげた。

「悪い悪い。いつもこうやって励まされてばかりだな、俺は」

 いつも励ましてくれる妻と、二人の間に出来た子ども。それに、この幼子と同じものを背負った少年。

 皆が幸せになれる道を探すのは大変だろう。しかし、苦しく辛いだけの日々にはならないはずだ。男はそんな確信を抱きながら、腕の中で眠る幼子に視線を向けた。

「二人とも頑張れよ。俺達が、ずっと見守っててやるからな」



 ――――それは、遠い記憶の中にある言葉だった。

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