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オークの海兵

作者: RAMネコ

 オークという種は古い種族ではなく、新しい種族である。

 古き種族にとってオークとは何であろうか。

 粗野にして野卑なる獣。

 緑肌の豚顔。

 多くは、知的生物には遠い評価だ。

 これらはある一面においては正しい。

 だが、大きく間違っていた。



     ────“我はオーク”より。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 海が燃えていた。

 その緑の海野は幾億もの太陽の輝きを煌めかせ、しかしその御姿を大火の外套を纏い隠さんとしていた。

 慈悲と殺戮、ついでに海の女神であるシレナイ両手にすくわれた海で相争うのは、二隻の櫂船。

 櫂船は巨大なる櫂をその横腹におびただしく生やし、せわしなく水を叩きつけては白波をたち満たした。どちらの櫂船にも多くの名が乗り込み身を寄せひしめきあう。

 弓を絞り、大弩を巻き上げ、天には矢羽根が飛び立ち、光神パッサルの恵みに影をさす。

 凶悪な爪と牙をもつ一個の巨大戦鯨は、互いを傷つけあいながらも決して引かなかった。

 正面から角を突きつけ合い、水面下の角──衝角を合わせようとすれば、交わし腹を擦り合わせた。


──ドンッ!

──ドンッ!

──ドンッ!


 太鼓の戦音の合間に、不調な歌音がはりあがるのを聞く。

 雄叫びに……否。

 歌っているのだ。

 されどそれは市囲の慰める歌ではなく、戦音轟く太鼓と同じ、天の声にも等しき千長の命令の代口音である。

 櫂船互い同士、その背に乗る名ある者どもの顔を、三度覗くときがせまった。

 巨く、長く発展した腕をもつ緑肌海兵。荒々しき牙を見せつけ威嚇しあう。手に手に持つのは、彼女らの戦道具。海獣を仕留める巨銛。船体掃除の長斧。獲物解体の鯨刀。骨もろとも肉を断つ凶器の扱いを、彼女らオークは熟知していた。

 踏みならされた甲板にまかれた白砂は、しかし、敵味方の流したおびただしい血肉により赤へと染まりあがっていた。


──だが! 


 櫂船を傷つけし巨大な跡こそが目を惹く。

 突き立つ銛ではない。大弩の矢とも槍ともつかぬものでもない。櫂船の吐く炎の竜の息吹でもない。

 破壊的な一撃。

 それは水平に振るわれ、一方の帆柱を薙ぎ折っていた。

 怪力のオークが渾身を大斧にこめようとも不可能であろう、巨人のごときその一閃は、オークが刻み、しかしオークのものではなかった。

 オークの櫂船、その甲板上に影、あるいは『塔』が身じろぐ。

 塔には長い手と、短い足──すなわちオークを模している!──が生えていた。両腕で手にするのは、小さな鯨なら一刀で両断するであろう戦斧。塔は高さにして、オーク五名ぶんの巨体は、戦斧を、その先の敵櫂船へと振り向けた。


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 塔を代弁するかのようにあがるは、甲板を震わせるに満足な戦叫び。

 弱き心を一声で砕く音の刃。

 塔の名は──殲滅機“偉大な緑肌”。

 鮫殴り団が代々受け継ぐことになった、大戦鎧である。

 

──しかし。


 殲滅機を持つのは、鮫殴り団のみというわけではなかった。敵対する殲滅機も、櫂船の上で立ち上がった。

 “偉大な緑肌”がかまえをとる。

 戦斧を斜め前に突き出す、刺突の姿勢。

 敵殲滅機の得物は槍であり、それを肩の高さにあげ保持していた。


──海が燃えていた。


 櫂船に備えられた放炎器が、水ではきえぬ炎を吐きながら、しかし炎舐める海を突き進む。

 両船の再接近。

 しばし、天を隠していた矢雲がやんだ。

 されども甲板のオークらは、せわしなく弩を巻き上げては、次に備えていた。弩に落とされた太矢は、まだかまだかと、その矢刃を光らせる。


──カチン。


 その音は何であったか。

 荒ぶる海の中では酷く小さく、鉄と鉄が一瞬、かちあう音。戦斧と槍が、その刃が触れ合った音。女神シレナイのせせら笑いにも似たそれは、次のまたたきには轟音へとうつり変わる。

 不安定な櫂船という足場で踏み込む、“偉大な緑肌”と、そして敵殲滅機。

 敵殲滅機は槍を押し込む。


──ガッ!


 狙いは正確。

 まっすぐ。

 “偉大な緑肌”に乗り込む操演者が座する、操演槽を狙っていた。

 だが、まっすぐすぎる。

 “偉大な緑肌”は戦斧で槍柄をしたたかに打ち弾く。

 槍刃の角度が浅まり、ぎゃりぎゃりと音をたちつづかせながら、“偉大な緑肌”の装甲を滑る。


「貰った!」


 “偉大な緑肌”のオーク操演者は叫ぶ。

 戦斧の柄が、槍の柄と擦れあいながら、その刃を運ぶ。

 戦斧がその思い先端を届けたとき、敵殲滅機の操演槽は、戦斧の大質量によって押しつぶされていた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




「勝利! 勝利! 大勝利!」


 都市タイラーンの酒場“白兎亭”には、戦勝を祝う“鮫殴り団”オークで溢れていた。

 エーテル酒で生魚の切り身を流し込みながら、適当な吟遊詩人を捕まえては、鮫殴り団の勝利を吹き込んでいた。飲めや食らえや勝利のどんちゃん騒ぎ。白兎亭の主人の顔には苦い笑みが貼り付けられていたが、鮫殴り団の騒動をとめることはなかった。


「えっと……」


 喧騒から一歩離れた机には、敵殲滅機を討ち取る大手柄をあげた、“偉大なる緑肌”の操演者が座っていた。

 名を、スマーグ。

 オークウッド卿の傭兵戦団から独立したばかりの鮫殴り団を率いる隊長だ。

 スマーグはエーテル酒をちびりと口に含みながら、隣に肩を触れる間で座る相席者を見た。

 男だ。

 男はオークで貸切の白兎亭では浮く、黒の髪と目をもつニンゲンだった。


「スマーグさん、あまり飲み過ぎると、『このあと』のことに……」

「う、うむ。わかってるぞ、クルワ」


 ニンゲンの男は、オークと比べてしまえば、その背丈はとても小さい。だがその小さな男に、スマーグは遠慮の心をうかがわせていた。

 何故か?

 クルワは体を買われた情夫なのだ。

 つまりはスマーグの伽の相手。

 スマーグは歴戦の戦士、海兵だ。獰猛さをもちながらも、引き際をわきまえるだけの勇気を秘めている。ゆえに、鮫殴り団は独立をはたせ、また、殲滅機“偉大な緑肌”を受け継いだのだ。欠点があるとすれば、スマーグのその手の経験──性交渉のこと──が、自らを慰めることで止まっていることくらいだ。


──故に。


 勇気のオーク、スマーグは気にかけていたクルワとの一夜を、戦いの昂ぶりと勢いに任せて買ったのだ。買った、のではあるが……愛と繁栄の女神サリエラは、このオークの悪さに歯ぎしりすることだろう。


「……」


──あっ、駄目だこれ。


 クルワは内心、スマーグの顔を見て笑っていた。その笑いは、冷たさの込められたものではなく、むしろその逆、温かさこそ秘められていた。


「“偉大な緑肌号”に大事はなかったですか? 激しく戦っていたようですけど」とクルワは話をふった。

 唐突ではあった。

 だが、緊張で固まっていたスマーグは確かにその表情を緩ませてくれた。


「大事無かった。装甲に傷がついたくらいだから、修理費もあってない程度ですむはずだ」

「そsれは良かったですね──戦いはどうでしたか? 敵は手練であったと小耳に挟みましたが」

「うむ。元々は我らとも姉妹団であったからな。優れたものたちであり、また良い船と殲滅機であった」


 スマーグは、お喋り妖精ピケルンに取り憑かれたかのごとく語った。

 クルワはスマーグの全ての話に身を預けた。

 吟遊詩人の語り歌とは違う、およそ美しさから遠い言葉が紡がれた。スマーグの口からは低い声で不器用な言葉が吐かれ、それを補うように身振り手振りを振るう。

 荒荒しく。

 力強く。

 海の女オークたちがいかに勇敢勇猛にして、戦の歴史を積み重ねてきたか。スマーグは雄弁に語った。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 オーク。 

 オーク。

 オーク。


 大海突き進む軍船手繰る生粋海兵。

 オークの左手は海の西はてを掴み、オークの右手は海の東はてを掴む。

 オークらは行く。

 緑緑の海を白兎とともに駆け抜けて。

 マーメイドよりも速く。

 マーシャークよりも強く。

 

 進め。

 進め。

 進め。

 

 海のオーク。

 海から生まれ海へと還る。


「あっ! ──男にはつまらぬ話であったか?」


 戦士の英雄譚を意気揚々と話していたスマーグが、ハッとした顔でクルワを覗きこむ。

 クルワはゆっくりと首を横にふり、


「つまらない話だなんて、まさか。スマーグさんと鮫殴り団の方々の英雄譚を楽しんでいますよ。ワタシ、強い女のかたが好きなんです」

「そうか! なるほど、それは良かったぞ!!」


 強さとは正義である。

 オークの掟であり、真実であり、絶対の法でもあり、それゆえ時に、あるいはしばしば野蛮であると言われていたりする。

 つまるところオークは決闘主義なのだ。


「いや、本当に良い話を聞けたぞ」

「おかしなオークですね。そんなにワタシ、変でしたか?」

「男らしくはないだろうな。世の男は服を着飾り、歌と舞を嗜んで、小鳥のさえずりのごとき声を好むと聞く」

「あら? スマーグさんとは真逆ですね。大声、がなり声。海の女らしいスマーグさんは、男に好まれ難い、ということになってしまいますよ」

「……フンッ!」

「でも、そういうところがワタシは好きです。確かにスマーグさんの声はあらあらしいですよ? 体の線も太く筋肉質。ふふふ。腕なんてワタシの太ももくらいはありそうです。ワタシなんかよりもずっと力が強そうです。でも力が強いということは、それはつまり怖いということです。スマーグさんの体に刻まれた刺青も怖いですね。でも、ワタシは知っているから大丈夫です」

「何をだ?」

「スマーグさんは、怖さを振り撒くだけのオークではありません。だからこそ好きなんです」

「……~……」

「変な顔しちゃってますよ」

「うっさい」

「ふふふ」


 スマーグは、残っていたエーテル酒を飲み干す。

 そんな姿を見ているクルワは、くすりと笑う。

 スマーグが酒精を追い散らすだけの照れと恥を隠していたことに気が付いていたからだ。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



──バギャッ!


 それは何の音であったか。

 肉が打ち据えられ、骨がきしみ、物体がぶっ倒れた。職人の祝福と加護をさずけられた家具が砕け散る。

 喧騒。

 それは白兎亭で、エーテル酒と同じくらいありふれている喧嘩の始まりを告げていた。


「騒がしくなってしまいましたね。もう少し静かな場所へ移りましょうか」

「うむ、そうしよう。……ついでに、“偉大な緑肌”を見に来ないか?」

「喜んで」


 クルワが先に立ち上がり、スマーグの手を引いて白兎亭をでようとした。クルワの小さなニンゲンの手が、オークの、スマーグの大きな手を包み込む。それは固くなく、また柔らかいものであった。ちょっと皮がごつくて、傷が目立つものではあったが。スマーグの手は、温もりと安心を与えるものだった。


──その時。


 酒精が理性の霧を払うに充分にまわりきっていた異種が、スマーグの前に立つ。しかしこの酔いどれ異種は、スマーグ相手に腕試しをしにやってきたわけではなかった。

 目的は男、クルワだった。

 酔いどれ異種は「いいものを見つけた」とばかりにクルワを背後から抱きしめた。

 クルワは酒の息吹きを吸い込む。


「んっ、……お姉さん、今日は駄目ですよ」

「え~? クルワちゃんは『皆のもの』なんだから、いいじゃないのぉ?」


 酔いどれ異種の頭が、クルワの肩に載った。

 甘えん坊に懐く。

 悪いものではないのだ。

 ないのではあるが、──スマーグの掌底が、酔いどれ異種の顎を強かに打った。酔いどれ異種は脳が揺さぶられ気を断ってしまった。


──ドゥズン。


 重々しいその音とともに、酔いどれ異種の彼女はのされてしまった。

 ゴゥゴゥといびきをたてていた。

 気を絶たれた酔いどれ異種には、これといった損傷もなかった。


「スマーグさん……」

「やりすぎなんて言うなよ、クルワ。さぁ、いこう」


 オークらしい解決法でクルワを勝ち取ったスマーグは、少しだけ、ヘソを曲げてしまっているようだ。

 ムスッとした表情で、白兎亭の外へと進む。

 それがスマーグの嫉妬であることは、クルワも心得ていた。



‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 旋風。

 豪風。

 地響き。

 それが動くたびに大地が揺れた。

 殲滅機“偉大な緑肌”が、ガス灯の淡い陽の中で光陰を強とした。

 ニンゲンの身と比しては遥かな巨兵。

 殲滅機。

 肉の身では得られぬ、皮、爪、牙、を求めたモノたちが産まざるをえなかった絡繰兵装。

 どこか遠くの帝国で原型が生み出された、スライム筋肉を核として大鎧を着込んだ巨人。


 備えよ。

 備えよ。

 備えよ。


 古い伝承では、天の彼方、空の果て、星星の大樹から堕ちた天船からの恵み。

 抗いの力。

 あるいは魂と血の為の外骨格であり、あるいは忘れられた記憶。

 オークの生産する殲滅機は特徴として、極端に短い足と長い腕をもつ。


「下から見るよりも高い感じがします」


 クルワは、スマーグとともに“偉大な緑肌”の操演槽へと乗せてもらっていた。

 これがもし、エルフが設計した殲滅機であれば、無駄な空間は作らない。それゆえ細身で華奢な印象となる。

 しかし本能のまま大雑把、オークの技巧士が組み立てているからこその無茶な体つき。逆にゆえ個性が強い。

 良好とは言い難い狭い覗き穴は、“偉大な緑肌”の頭にある。

 それはまるで、巨人にでもなったような視線。


「操演、上手ですね」

「クルワ……鮫殴り団の団長だぞ? 負けることがあれば、ほぼ確実に解散だ」

「負け……」

「殺されるということだな。殲滅機同士の戦いは惨いものだ。操演槽をその中身ごと叩き潰すからな。万が一生き残れたとしても、体の半分以上を失う。そうした操演者は多い」

「怖い、ですね。死ぬのも、傷つくのも」

「あぁ、怖いとも。だがな、不思議なことに、戦っている最中には何とも思わないんだ。本当に怖いと思うのは戦いのあと、次の戦いの直前。そのときが一番怖い」

「戦っているときではないんですね」

「うむ」


 クルワは、スマーグが笑っているのを背中で感じた。


「殺し合いは恐怖よりも、興奮が勝る」


 スマーグは話す。

 母が子に語るように。

 しかしそれは優しさに満ちた子守唄ではなく。

 スマーグは話す。

 楽しく。

 愉快に。

 それはスマーグが“偉大な緑肌”とともに、幾度となく死にかけた英雄譚にして武勇伝。


「これに乗っていると心が不思議と落ち着くんだ。子供の頃から憧れていて、悲しいときとかにはよく逃げ込む程度には」

「悲しいときですか」

「うむ。母にぶん殴られて、殴り返したときだ」


 クルワは笑った。

 戦うための殲滅機“偉大な緑肌”も、スマーグにとっては揺り篭だ。

 スマーグは戦いを、本当に楽しげにクルワへ聞かせた。

 それは、夜の伽をすっかり忘れてしまうほどのものであった。

 スマーグがそのことに気が付いてしまうのは、もう少し後、夜明けの直前のことであった。



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