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イグニス編 3

最終話になります。

真実が明らかになったので、最後の地へ向かいます。

第8章 約束の場所へ


 気づけばそこは来るときに乗ってきたエレベーターの前だった。


「あ、元に戻ったのか」


 周りは真っ暗闇だが、エレベーターだけは上からの光に照らされて位置が分かる。


「取りあえず、あそこまで戻ろう」


 ティービアが光の方に向かって歩き始めると、左の方の暗闇から呻き声が聞こえてくる。


「誰かいる。ルーメン?」


 ルナが慌てて指先に火を灯した。


 予想通り、そこに倒れていたのはゼロ先生とルーメンだった。


「ルナ」


 ルーメンは目覚めて一番に友人の姿を見つけて一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐにその顔が曇った。


「君の過去も正体も知った。けど、僕たちが友人であることには全く変わりがない。それでは駄目かい?」

 ルナがルーメンの気持ちを察して優しく話しかける。


 ルナの言葉にルーメンはゆっくりと顔を上げた。その顔は涙で濡れ……鼻水が垂れていた。

「君はもうっ、ほらこれでチーンして!」


 見かねたルナがルーメンの鼻をかませてやっている。ルーメンもナチュラルにチーンとやっていた。なーんか大丈夫そうだな、あの2人。


 一緒に過ごした時間が、過去もなにもかも受け入れる強い絆を作り上げていたのだろう。

 ……問題はもう一つの方がデカい。


「パーロースーめー。どこ行きやがった、あのペテン師」


 もう殺気にまで成長した気配を纏いつつ、ゼロ先生が立ち上がる。


「兄上、あれ何とかして下さい」


 後ろのフランマ兄上に丸投げしてみる。


「え、無理。そんな無茶振りされても、無理なものは無理。今なら確実に殺られそうな気がする。俺の命が危ない」


 後ろでブルブル震えていた。駄目だ使えねー。


「レグルス、あれ……」


「なに? 殺っちゃう?」


 こいつには任せられない。


「おい、イグニス。パロスの奴はどこ行った?」


 結局パロスが体に入っていた俺の方に来た。全員俺の後ろに下がるの止めー。


「トンズラこきました」


 正直に言う。嘘ついたら、二度と日の光が見れないかもしれないから。


「結局トンズラか。あの野郎。おい、お前は俺が倒れた後の事知ってるんだよな。パロスの声が聞こえて、後はお前に聞けって言ってたからな。この時代で目が覚める前の事はアウローラと話した後から記憶がない」


 そりゃ眠らされたんだから、覚えてないわな。しかし、コクマの奴ー説明係押しつけるなよー。普通に怖いよ。


 仕方がないので、順々に説明していき、最後にアウローラがまだ生存しているであろう事も伝えておいた。


「アウローラが生きてるのか? 今も」


 最後まで説明を聞き終えたゼロ先生ほっとした顔をした。


「良かったですね。また会えますよ」


 俺の言葉にゼロ先生はゆっくり頷く。死んだと思っていた恋人が生きていたのだ。嬉しくないはずがない。


「でも、眉間にそんな深いシワが出来ちゃってたら、恋人も引いちゃったりして♪」


 さっきまで俺の後ろに隠れていたフランマ兄上が、ゼロ先生の殺気が消えた途端に近寄ってきてからかい始めた。


「お前な、ちょっと歯ぁ食いしばれや」


 何だか2人とも落ち着いたのか仲良く追いかけっこを始めだした。


「ひとまず帰るか」


 ちょっと疲れたようなティービアが問いかけてくる。そうだな、こいつ今回は大活躍だったもんな。


「今回も助かったよ。サンキューな」


 そう言って軽く肩を叩くと、ティービアは驚いた様な顔をした後、ゆっくりと笑った。


「あ、笑った。貴重!」


「笑ったねー、珍しい」


「あ、ティービアが笑った。明日は槍降るな」


 外野がめっちゃびっくりしている。まあ、笑うよこいつも人間だから。俺以外に笑うのはあんまり見たこと無いけど。


「さあ、エレベーターに乗って上に戻ろう」


 いつまでもここでのんびりしている訳にも行かない。


「ねえ、イグニス。あの2人どうする?」


 まだ追っかけっこしているゼロ先生とフランマ兄上だが、本気になって、魔法まで使おうとしている。まるで子供だ。


「先生、兄上、置いて行きますので自力で上がってきて下さいね」


 半ば本気で声を掛けたら、2人とも必死の形相でエレベーターの方に走ってきた。……やっぱ置いて行こうかな。





「夕日が眩しい」


 外に出たら空が真っ赤に染まっていた。


「さすがに木が茂っていて夕日は見えませんよ」


 一番最後にエレベーターに乗ったくせに、一番始めに外に出たゼロ先生とフランマ兄上がまたふざけていた。


「取りあえず、今日は一日頑張りすぎたので、部屋に帰って休もう」


 俺は皆を見回して提案する。だって、皆疲労困憊の顔をしている。かく言う俺も、朝から図書館やら地下洞窟やらでクタクタだ。


「まあ、今まで待ったんだからあと1日ぐらいは待てるさ。体調を万全にしてアウローラを助けに行こう」


 欠伸をしながらゼロ先生が言う。一気に過去の記憶を取り戻したので精神的にも疲れたのだろう。


「あの、先生。この流れで行くと、僕とルーメンがその究極魔法を使うことになるんですが」


 ルナが不安そうにゼロ先生に訪ねる。そりゃそうだよな。突然ぶっつけ本番で究極魔法を使ってね、って言われて使えるかどうか不安になるよな。


「まあ、俺の魔力はほとんど尽き掛けているから大して当てにはならんが、力のコントロール位は一緒にやってやる。ルーメンの方はどうなんだ?」


 ゼロ先生の言葉にルーメンはうーんと考え込む。


「なんだかよく分からない魔法の発動方法や制御法を師匠から繰り返し繰り返しやらされてたのって、もしかしてそれの事だろうか?」


 ルーメンの言葉にゼロ先生が言葉を失う。


「おい、それちょっとどんなものか言って見ろ」


 ゼロ先生が訪ねると、ルーメンはゼロ先生に近づき耳打ちした。


「間違いない、究極魔法の発動方法と制御法だ。お前分からずに習ってたのか……」


「まあ、何となく凄い魔法なのかなーとは思ってたんだけど、師匠が『ケントルムに行ったら使わなくてはならない時まで絶対に使うな。まあ、一人で使っても何も起こらないけどなー』って言ってたな」


 ゼロ先生がガックリと頭を垂れた。


「その発動方法と制御法は俺とアウローラが編み出したものだ。まあ、パロスが協力してくれたから、アイツが子孫に伝えたんだろう」


 パロスの事を思い出して、またゼロ先生は怒り始めた。


「さあ、帰るか。後のことは明日考えよう」


 俺たちは怒り狂うゼロ先生を今度こそ置いていこうと寮に向かい掛けた。

 ……?

 何かの気配を感じて俺は森の奥に目を凝らす。しかし、物音一つしない。


「どうした、イグニス?」


 ティービアが心配そうに近寄ってくる。


「いや、気のせいみたいだ。何かいるのかと思った」


 もう一度森の奥を見るが、何の気配も感じられない。やっぱり気のせいの様だ。大分疲れているな。


 今度こそ俺たちは森を出て寮に向かった。長い1日だったな。





「で、どうなると思う?」


 何故か俺とルーメンの部屋でレグルスが偉そうに座っていた。ルーメンはルナとゼロ先生と3人で明日の打ち合わせをしている。


「どうって?」


 唐突に何の事を言っているのだろう。付き合いで一緒にいるティービアも渋い顔をしていた。


「もう、鈍いわね。ゼロ先生よ! アウローラを助け出したらまたあんなダラケた表情になるのかしら」


 ウキウキしながら話しているから何かと思いきや、それか。


「せめて幸せそうな顔って言ってやれよ」


 ずーっと記憶がなかったんだから不安だったろうに、全く労ってもらえないのも不幸だな。


「まあ、無事助けられたらだけどな」


 ティービアがボソっと呟いた。


「それは言わない約束だぞ」


 俺の言葉にティービアが困ったような顔をする。


「でもそうよね。もし助けられなかったら、先生凄く気の毒」


 そりゃそうだが、もし助けられないような事態になったら、この世界そのものも無くなる可能性が大なんだが。


「その辺は、全力で頑張るしかないよな。俺たちの力がどの程度役に立つか分からないしな」


 俺たちは究極魔法なんて使えない。ルーメンとルナ、そしてゼロ先生に託すしかないのだ。


「なあ、イグニス。コクマが言っていたことを覚えているか?」


 ティービアがゆっくりと顔を上げて聞いてくる。


「言った事って?」


 今日の出来事をもう一度思い返してみる。


「『影』の事か?」


 世界が接触する時に邪魔をして来た奴らだ。


「あー、そういえば言ってたよね。もしかしてまた邪魔しにくるかも」


 レグルスの一言にその可能性を追加しておかないといけないことに気がついた。


「アイツ等がどれだけの情報を持っているかは分からないが、俺たちの動きは見張られているだろうな」


 ティービアが冷静に分析する。


「確かに。そして狙ってくるなら全ての鍵が開く明日だな」


 俺とティービアとレグルスが同時に頷いた。


「あるじゃない、私たちのやること」


 そう、魔法を使って世界を救おうとする3人の盾になること。


「久しぶりに暴れてやろう」


 ティービアが珍しく楽しそうだ。


「全力で暴れるわよ~。ふふふ、誰が来ようがぶっ飛ばしてあげるわ」


 語尾にハートマークつきそうな勢いでレグルスがはしゃいでいる。


 俺の周りには緊張で眠れないとか言い出す奴がいないのか。俺は今夜眠れるかちょっと不安だぞ。


「イグニス、何なら私が添い寝してあげてもいいわよ」


 俺の表情から考えを読みとったのか、レグルスが嬉しそうにベッドを叩く。


「あ、大丈夫。むしろ誰かいたら余計寝れない」


 スッパリキッパリ断っておく。さすがに添い寝はやばい。


「ちょっと私の何処が駄目なのよ!」


「お前の全部」


 売り言葉に買い言葉、レグルスとティービアが睨み合いを始めた。もう夜も更けたし寝るか。


「よし、明日は早いんだから出てけ」


 俺はレグルスとティービアを容赦なく部屋から追い出した。


 2人は廊下を歩きながらも睨み合っている。やれやれだ。


 さて、俺たちの情報が一体何処まで漏れているかにかかっているんだろうな。従兄弟殿は今までの流れから『影』に組みしている可能性も出てきた。もしそうならば、従兄弟殿との決着も明日付く。


 鍵を厳重にかけて俺はベッドに横になる。眠れないと思っていたが、やはり疲れていたのか一瞬で眠りに落ちていた。





「イグニス、起きろ」


 ドンドンと扉をティービアが叩いている。


 俺はふと窓を見ると、もう日が昇っていた。俺爆睡してんじゃん。


「ティービア、悪い。今起きた」


 慌てて立ち上がって扉を開けると、心配そうな顔のティービアが立っていた。


「どうした? 顔色悪いぞ」


 俺は気になって聞いてみる。


「嫌な夢を見たからな。アエルの流れで刀夜を見失う夢だったんだ」


 そりゃ、朝からやな夢見たな。でも、こいつが珍しい。


「縁起の悪い夢見たな」


 俺は取りあえずティービアを部屋に入れる。


「すまない、こんな時におかしな夢を見て」


 ティービアは珍しく落ち込んでいた。


「あのな、夢は夢だよ。不安が夢に出たんだ。ただ、お前が不安がっているっていうのが逆にびっくりだ」


 俺は洗面所で顔を洗って戻りつつティービアの様子をうかがう。俺の言葉にかなり不本意そうな顔をしている。


「俺だってたまには緊張もする。お前に何かあったらどうする」


 どうもこいつは昔から過保護だ。俺なんてこいつや葵に比べたら平平凡凡なのにな。


「お前も葵みたいに超前向きに考えてみろ。お前なら俺がいなくても大抵のことは出来るだろう。むしろ俺邪魔じゃね?」


 俺の言葉にティービアはいきなり立ち上がって両手で俺の肩を掴む。


「お前がいなかったら楽しいことが楽しく感じられない。嬉しいことも分からない」


 真剣に話すティービアに違和感を感じた。


「お前、前から聞こうと思ってたんだけど感情の起伏が少なくないか?」


 俺の言葉にティービアは素直に頷く。


「多分、普通の人間と比べたらおかしいと自分でも思う。他の人間が感じる感情が俺にはほとんど感じられない。ただ、刀夜といる時だけはなんとなく分かるんだ」


 初めて聞く言葉に俺は驚く。性格だと思っていたが、実はおかしかったのかよ! 気づいてなくて本当にスマン!


『副作用かもしれないね』


 俺の中から何故かコクマの声が聞こえる。


「コクマ? もう旅だったんじゃないのか?」


 そう、昨日彼は旅立つと言った。まだいたのだろうか?


『本の方だよー。まだ少し魔力が残ってたんだ。まあ、それももう尽き掛けてるんだけど。彼の感情の少なさはある事をした副作用だよ。君には起きてないけどね』


 副作用? 一体俺とこいつは何をしたんだ?


「なあ、コクマ一体……」


 俺が問いかけようとしたら、俺の中のコクマの気配がゆっくりと消えていった。ああ、魔力が尽きてしまったか。


「大丈夫だ。日常生活に影響はない。今まで通りやっていく」


 俺に心配をかけまいとティービアが強がってみせる。


「お前、結構無理してたんじゃ……」


「おっはよー、今日もいい天気だよ~。絶好の戦闘日和だよー!」


 俺が話している最中にいきなりレグルスが乱入してきた。


「俺今マジに話してたの!」


 ちょっと頑張って考えてたのに、あっというまに雰囲気がぶち壊れた。こいつの威力凄すぎないか。


「何々? 仲間に入れてよ。あ、ティービア抜け駆けした事はまあ、多目に見てあげるわ。私はあんたと違って器が大きいからね」


 あ、さっきまで不安顔だったティービアが怒りで震えている。


「イグニス、こいつに対しては怒りや呆れの感情を多大に感じている。そういう意味ではこいつももしかして貴重なんだろうか」


 怒ってるんだか感心してるんだか複雑な考えが頭の中で戦ってそうだな。確かに晶がここまで感情を露わに出来る人物って珍しいもんな。


「つー事は、レグルスはお前の役に立ってる訳だ。良かったな」


 別の所から助けが来たようで、俺もちょっとほっとした。あのままだと俺はきっとこいつも自分も納得できる答えを口にすることは出来なかっただろう。


「感謝して崇めなさいな!」


 調子に乗ったレグルスとそれに怒ったティービアがいつものにらみ合いを始めた。


 ふと、その様子が初めの世界の葵と晶に重なる。やっぱり何も変わらない。この2人はやっぱり俺の大事な2人なんだ。


 先は見えない。どうすればいいか分からない。だが、それでも今出来ることを必死にやるしかないのだ。今俺がやることは大事なこの2人がいる世界を護ること。少しでも3人で同じ世界を共有することなんだ。





「でもでも、結局ゼロ先生の性格ってそのままだろ? つまんない」


 寮の廊下を歩いているので、レグルスは言葉遣いを改めている。


「俺はあのデレデレの顔は見たくないな。士気が下がりそうだし」


 ティービアの言葉に俺は頷く。実際俺も見たくない。


「ははは、心配するな。こっちで苦労した分性格も変わるわ!」


 後ろから並んでいた俺とティービアの襟首が掴まれた。


「げ、ゼロ先生。おはよーございます」


 苦しいが挨拶はちゃんとしておこう。俺の態度に毒気を抜かれたのか、ゼロ先生は早々に離してくれた。

「全く、お前らは。さっさと朝食を食べろ。今日は色々忙しくなるぞ」


 ゼロ先生と俺たちはまとまって食堂に入っていった。


「あ、イグニスにティービア、レグルスもおはよー。ゼロ先生もおはようございまーす」


 いつもと変わらず元気で挨拶のルーメンがいる。


「おはようございます。眠れた?」


 少し疲れているようだが、しっかり背筋を伸ばして座るルナが隣にいる。


「おはよ、ルーメン、ルナ。まあ、寝るには寝れた」


 俺とティービア、レグルスにゼロ先生は朝食を取ってきてルーメンとルナの正面に座る。


「あれ? フランマ兄上は?」


 食堂を見回すがそれらしい姿は見えない。


「ああ、あいつなら昨日から姿を見ないな」


 ゼロ先生が今気づいたようにぽつりと言った。


「ひどいなーゼロ先生。先生がルナとルーメンに付き合って特別授業しているから、俺が貧乏くじ引いてたのに~」


 俺たちの後ろの扉から食堂に入ってくるなり、フランマ兄上が不満を述べている。


「誰が貧乏くじじゃ。誰も説明にこんからこいつを捕まえたんじゃ」


 下の方から子供の声が聞こえる。


「理事長……」


 ルナの隣のイスによじ登りながら理事長が怒っている。ビジュアル的には可愛いのに、話し方は立派なじいさんだ。


「時間が惜しい。今までそっちも色々隠してたんだ、いいだろ」


 ゼロ先生がふんぞり返って言い返す。


「お前はワシに保護されてたんじゃぞ。感謝されても邪険にされるいわれはないわ!」


 寮の食堂で喧嘩をするのはやめて欲しい。この2人、言いたい事をその場で言っちゃうので、実は仲が良いのか?


「まあまあ、事情はちゃーんと俺が話しときましたから」


 って言った側からフランマ兄上が思い出し笑いしている。絶対ゼロ先生無茶苦茶言われてるぞ。


「さて、ここで話す内容でもないからな。後で理事長室に来るように」


 そう言って帰ろうとする理事長だが、


「せっかくだから、理事長も一緒に朝食どうですか?」


 何の気なしに誘ってみると。


「そ、そうか、じゃあお言葉に甘えるかの。おいそこの、ワシの朝食を取ってこい」


 ゼロ先生をビシっと指さして命令する。先生は無視するのかと思いきや、年寄りは人使いが荒いとか何とか言いながら素直に従っていた。そうして運ばれてきた朝食を理事長は嬉しそうに食べ始めた。どうも、理事長も仲間に入りたかったようだ。





「さて、大体の事情は聞いた。ワシから伝えることがあったので集まってもらったんだが」


 理事長が窓際に立つゼロ先生を見る。


「うろうろしとるじゃろ?」


 理事長の言葉に窓の外を見ていたゼロ先生が静かに頷く。


「『闇の魔法使い』のルナやお前たちが入学してきた時から、学校内の一部の生徒が忙しなくてな。とうとうパロス様が言っていた時が来たのだと分かったのじゃ」


 理事長の話しによれば、パロスの予言は口伝らしく、文字では一切書かれていないらしい。用心深いというか。


「『光の魔法使い』についてはワシはあまり聞いておらん。その役割を持つ者が子孫に伝えていたのだろう。ワシの役割はこの学園を護り、存続させること。必要なときにゼロを起こすこと。相応しきものにアウローラのいる空間の入り口を示すことじゃ」


 そうして、理事長は指定された時にゼロ先生を起こし、学園内の封印を護っていたらしい。


「まあ、お前等の前にイグニスの兄貴と、レグルスの兄貴、そしてそこにいるフランマの馬鹿3人が封印の場所に入りまくってな。大変だったんじゃ。後になって分かったんじゃが、本当の封印はお前たちが解いたもので、温室等の封印結界はフェイクだったようじゃな」


 フランマ兄上がそっとあらぬ方角を見て理事長の鋭い視線をはずしている。


「その後でうちの従兄弟のファクスも封印を調べていたようなんですが」


 俺の言葉に理事長は少し渋い顔をした。


「そうじゃ、半年くらい前から入ってきたそなたの従兄弟殿じゃが、数人の生徒と組んでなにやら探っておった。パロスの封印が意地悪過ぎて見つけられなかったようだがな。だが、奴らもこの学園にある秘密は大体調べ上げたようじゃ」


 やはり、ファクスも『影』と組んでいるようだ。


「……つーことは奴らは準備万端で待っているってことか」


 ゼロ先生が忌々しげに言う。


「そういうことじゃ。アウローラのいる空間に入った時が勝負じゃろう。奴らは誰が『光と闇の魔法使い』かは分からないからな。奴らの正確な動きからして、我らの先祖の誰かが少し口を滑らせた可能性が高い」


 つまり、口伝で伝えられているパロスの言葉を誰かが聞いてしまった可能性があるということか。子々孫々と300年も続いたんだ、うっかり口滑らせるバカも一人くらいはいるだろう。


「まあ、肝心の所はパロスすらも予言出来なかったから、こっちもあっちも今からは先の見えない勝負って事になるな」


 そう、今からはコクマもどうなるか分かっていなかった。ファクス達を倒しながら、究極魔法を使う。考えただけでもちょっと疲れる。


「取りあえず、俺とティービア、レグルスにフランマ兄上は全力で奴らと戦う事になる」


 俺の言葉に3人は同時に頷く。


「で、ゼロ先生はルーメンとルナを率いて速やかに究極魔法の発動を。時間はどれくらいかかりますか?」


 俺はゼロ先生に聞いてみる。


「俺とアウローラが使ったときは大体20分位はかかったか。ルナの魔力は俺より低いので、もう少しかかる可能性がある。ルーメンの力もさすがにオリジナルのアウローラにはかなわないしな」


 ルーメンとルナがゼロ先生の言葉にしゅんとする。


「いや、大丈夫だって。ちゃんと発動するって。前より穴は遙かに小さいんだから」


 慰めなのか何なのか分からない言葉をゼロ先生はしどろもどろに言っている。言えば言うほど墓穴掘るのにな。


「その間俺たちが頑張らないといけないな。敵が何人いるか分からないから、作戦の立てようもないが」

 前回倒した敵は4人。それにファクスを加えて今判明している敵は5人。


「もし前回の4人が出てくるとしたら、誰か4人が死んでいる事になるのか」


 そう、『影』である彼らも死んだ人間にしか乗り移れないのだとしたら、彼らは器を得る為に、4人殺すことになる。無理矢理にでも器を作るのだろう。


「やな奴らだな」


 ティービアが暗い顔で言う。確かに気持ちのいいものじゃない。


「さて、これでワシの役目は全て終わる。最後のアウローラの元へと行く入り口を教えよう」


 理事長が静かに最後の場所を教えてくれた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第9章 帰ってきた暴れん坊(達)


 俺たちは一番初めにくぐった門の前に立っていた。腰にはしっかり剣を差している。


「まさか最初に入った入り口が最後の入り口になるとは思わなかったな」


 灯台もと暗しとはこの事だろう。


「せんせー、どうやって入るんですか?」


 兄上がゼロ先生に訪ねる。そう、見たところ門は普通の門にしか見えない。


「おい、イグニス。お前石持ってるだろ。黄色い方をルーメンに。黒い方をルナに渡せ」


 ゼロ先生の言う通りに黄色と黒い石をルーメンとルナに渡した。


「お前達2人は門の左右に立て。魔法陣は俺が描く」


 そう言ってゼロ先生は右腕を閉ざされている門にかざした。


 門の右にルーメン。左にルナ。それぞれに持っている石がゆっくりと輝き始めた。


 門に向かって腕を伸ばしているゼロ先生の前に俺たちでは到底分からない複雑な魔法陣が現れた。


「全部の属性使った魔法陣は初めて見たな~」


 隣でフランマ兄上が魔法陣の緻密さに吐息を漏らした。


 記憶を取り戻したゼロ先生が描く魔法陣はさらに複雑さを増し、ゆっくりと門に向かう。


 ルーメンとルナが持っていた石もすっと空中に浮かび、門に向かっていく。


 完成した魔法陣が門に当たると、その真ん中に二つの空洞ができ二つの石がはめ込まれた。


「門が開く」

 レグルスが身を乗り出してその不思議な光景を見ている。


 門がゆっくり開いていくが、その向こうは暗闇で何も見えない。


「空間が歪んでいるんだ。さあ、飛び込むぞ」


 言うや否やゼロ先生は門の中に躊躇無く飛び込んだ。


「行くぞ、遅れるなよ」


 さすがに置いて行かれるのも困るので次に俺が飛び込む。


 その次にティービアとレグルスが追ってきたのが分かった。多分ルーメンとルナとフランマ兄上も続けて追ってきているはずだ。暫く暗い道が続いていたが、急に視界が開けた。


「眩しい。着いたのかしら?」


 レグルスが瞬きしながら辺りを探る。


「草原……か?」


 そう、俺たちがたどり着いたのは緩く起伏のある草原だった。前方にゼロ先生が立っている。


「わあ、綺麗な所だね~」


 続けてルーメン、ルナと最後にフランマ兄上が到着した。


「さあ、敵が来るぞ。ゼロ先生とルーメンとルナの3人はこのまま行って下さい」


 俺たちが出てきた辺りを兄上は睨みつけながら3人を促す。


「フランマ、無理はするな。手こずるようならこっちに回せよ」


 そう言いながら、ゼロ先生はルーメンとルナを連れて先に進んでいった。


「ここでいっちょ成長を見せとかないと、教え子としては駄目でしょうー」


 兄上は差していた剣をゆっくりと抜く。もう敵の存在を察知しているのだろう。俺とティービアも剣を抜き、レグルスは組み立て式の槍を構えた。出来るならレグルスにはゼロ先生達と一緒に行って欲しかったんだけどな。


「ふふふ、かかってきなさーい。コテンパンにしてくれるわ」


 ノリノリなので、多分言っても聞いてくれないんだろうな。


 俺はため息を尽きつつ門があるであろう方向に向き直る。


 空間が歪み、先ほどの出現場所に人影が現れた。全部で5人、予想通りだ。


「やあ、フランマ様にイグニスご機嫌いかがかな」


 先頭に立った人物は間違いなく内乱を起こした叔父の一人息子ファクスだ。いや、ファクスだった者だ。彼の中の魂は黒く濁っていた。


 学園に来てはっきり姿を見ることがなかったので、いつから入れ代わっていたかは分からない。


「ファクスのフリはやめろ。お前は誰だ」


 ファクスの偽物は俺の質問ににやりと笑った。


「お前、本当に忘れてるんだな」


 よく分からない事を言われた。


「お前とは初対面のはずだが?」


 こいつの言葉に飲まれるわけにはいかないので、睨みつけながら否定する。


「……なるほどね。お前も覚えていないのか? 弟よ」


 今度はティービアの方に話しかけた。ティービアが困惑した顔をする。


「お前などと兄弟になった覚えはない」


 ティービアの言葉にファクスは目を丸くした。


「お前もか。そうかそいつに合わせてお前も記憶を封印したのか」


 ファクスは暫く考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


「覚えていないなら仕方がない。さっさと始末するか」


 その顔は少し残念そうに見える。


「ちょっと待て。お前はこの世界を破壊するつもりなのか!」


 俺の質問にファクスは笑い始めた。


「そうだよ。全くこの世界は。破壊しても破壊しても次々に世界が産まれていく。だが、大量に世界を破壊する事によって少しずつ変化が起こってきている。もう少しなんだ」


 何を言っているのか分からない。やはり正気じゃないのか。


「ティービア、レグルス、兄上。油断するな!」


 全員に声をかけると同時に俺はファクスに向かって行く。


 剣をファクスに向かって突き出すと、ファクスは半歩横にずれて攻撃を避け、体勢を崩さずに反撃してくる。


 共に隙を作らずの攻防戦が始まる。その間に周りを見ると、ファクス以外の人間はそんなに手練れというわけではなく、ティービアやレグルス、そしてフランマ兄上の力の前に次々と倒れていく。


「ファクス、これではお仲間がいなくなりそうだな」


 俺の言葉にファクスは残念がるどころかニッと笑う。


「甘ちゃんだな、イグニス。おまえ達の剣の腕を俺が忘れると思うか?」


 ファクスはそう言って俺から少し距離を取り、この空間に入ってきた入り口を指で示した。そこからは黒い影が次々と現れてきた。


「どれだけいるんだ」


 そう、ファクスは始めから数で俺たちを圧倒するつもりだったのだ。


 30人程はいるだろうか、その数にさすがにティービア達も一旦距離を置いた。


「イグニス、どうする。さすがにこの数はキツいぞ」


「中にはかなりの手練れもいるみたい。厳しいわね」


「さて、どうするか」


 それぞれが敵の援軍を睨みつけながらどうやってここを護りきるかを考えいている。だが、いくらこちらの技量が高かろうがあの数はさすがにマズい。


 さらにファクスが加われば俺たちは完全に不利だ。


 だが、逃げるわけにもいかない。ゼロ先生達が魔法を発動する場所に着き、さらにそれを実行するまでは。


「何がなんでも押さえる」


 兄上とレグルスは何があっても護らなくてはならない。俺はどうしようもない場合はこの命をかけてもかまわないが、あの2人は普通の人間なのだ。ティービアだって出来れば生き残って欲しい。


「おや、戦うのか。往生際が悪いな。それでこそ我が友だ」


 意味不明な事を言いつつファクスが攻撃命令を下した。一斉に敵が動き出す。


「イグニス、お前は生きろ。葵を護るんだろう」


 隣にティービアが来る。


「あのな、俺はお前も葵も護りたいんだ。だからお前は大人しく葵を護ってろ」


 そう言ってティービアを見ると……めっさ嫌な顔してた。


「俺は今死ぬ覚悟ができた」


 真面目な顔で言うなよ。


 その間も敵との距離は近づき、後数メートルで接触する距離になった。


「生きていたらまた会おう」


 覚悟を決めたティービアが真っ先に飛び込もうとする。


 が、その時。





「イグニス、フランマ久しぶりだな。ちょっと背が伸びたかな?」


 暢気な声が敵の後ろから聞こえてきたかと思ったら、後衛の敵が吹っ飛んだ。


「あれ、シーレーンなに後ろの方でのんびりしているんだ? お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ~」


 もう一つの余裕綽々の声が聞こえたと思ったら中盤の敵も纏めて吹っ飛んだ。


「な、カロル王にラクス王。何故ここに!」


 ファクスが驚いて見た先には赤い髪を頭の上で束ね、にっこり微笑む超絶美形のカロル兄上と、俺は初めて見る顔なんだけど、ゆるくウェーブのかかった水色の髪をしたレグルスによく似ている美形が立っていた。


「兄上にラクス様。何しに来たんですか! 危ないですって」


 フランマ兄上が顔を真っ青にして怒る。


「何って可愛い弟たちが心配で」


「妹をからかいに来たんだけど?」


 全く違う理由で2人の王が立っていた。


「兄上、国ほっぱりだして遊びに来るなー!」


 向こうから怒りに怒ったレグルスが自分の(仮にも王なんだけど)兄を指さしている。


「カロル兄上。こんな危険な所に」


 俺は思わず駆け寄ってもいいものかと考えた。俺が『世界樹の旅人』であり、本物のイグニスではないことはフランマ兄上がきっと報告しているはずである。と、いうことは今まで通り彼を兄と呼ぶことが許されないかもしれない。


「やあ、イグニス。元気そうで良かった。私もお前達の手伝いがしたくてね。フランマから色々聞いているが、私もフランマと同じ気持ちだよ。我が弟よ、よく頑張ってくれた」


 優しい兄の言葉に自然に涙が流れた。カロル兄上も俺の事をちゃんと弟として受け入れてくれている。弟の体を使う不届き者とののしられてもおかしくないのに。


「兄上、すいません。本当に……」


 俺の言葉にカロル兄上がにっこり微笑む。


「我ら3兄弟、共にこの世界の為に力を尽くそうぞ!」


 カロル兄上の言葉に覚悟が決まった。フランマ兄上も力を取り戻し残りの敵に襲いかかる。


「くそ、この世界最強の2人が揃うとは。さすがにこいつらを相手に俺一人では無理か」


 ファクスが呟いて、なにやら仲間に合図を送った。


 残りの敵がファクスを護るように立ちはだかり、肝心のファクスはあろうことかゼロ先生達が向かった方に走り始める。


「マズい、ゼロ先生とルーメン、ルナが危ない」


 俺の叫び声にレグルスが反応してファクスを追う。


 その間にも残りの敵が立ちはだかり、俺たちは必死になぎ払う。


「イグニス、ティービア。ここは任せてゼロ先生達の所へ行くんだ!」


 敵をはねのけながら近づいてきたカロル兄上が俺とティービアを促す。


「隙を作るから早く行きなさい。ファクスを止めてくれ」


「うちの跳ねっ返りの妹もよろしくな♪」


 レグルスの兄であるラクス王もカロル兄上に並ぶ。


 そして、2人が前方に向かって強力な魔法を放つ。


「あ、地面まで吹っ飛んでるぞ」


 呆れたようなフランマ兄上の声が聞こえた。そう、彼ら2人の攻撃は凄すぎて地形すら変えてしまうのだ。


「兄上、やりすぎですよ~。でも、有り難うございます」


 俺は手を振って兄上達が開けてくれた道を走り始める。後ろにはティービアもいる。


「頑張りなさい」


「なんならうちの妹貰ってくれ~」


「何言ってるんですかラクス様。どさくさに紛れて! うちの可愛い弟はそう簡単にやりませんよ!」


 それぞれ勝手に言っている兄上達を置いて、俺とティービアは前を向く。若干気になる事言った人が一人いるが、それは後でじっくりと話し合おう。


 前には先に行ったファクス、そしてそれを追うレグルスが見える。


 俺はレグルスに当たらないように炎の矢を放つ。


「くそっ」


 突然の攻撃にファクスの足が鈍る。そこへ追いついたレグルスが槍で攻撃した。


「この跳ねっ返りが、嫁の貰い手なくなるぞ!」


 一国の王女に失礼な事を言いながら、ファクスが何とか槍の一撃を避ける。


「大丈夫! イグニスが貰ってくれるから」


 ファクスの言葉に傷つくどころか笑顔で答える。


 あれ~、俺が貰うのいつの間にかあっちこっちで決まってないか?


「大丈夫、ファクス共々俺が始末しておく」


 後ろから追いついたティービアが俺を追い越してファクスに切りかかる。


「ちょっと、こっちにまで殺気向けないでよ!」


 敵を目の前にしてるのに、レグルスとティービアの2人が言い合いを始める。


「真面目にやれ! お前達」


 やっと追いついた俺がファクスに切りかかるも、また避けられた。


「良かったなモテモテで。俺の弟までたらし込むとはさすがだな」


 ファクスがまたしても謎の言葉を呟く。


「弟とはどういう事だ。ティービアはお前を知らないだろう」


 俺の言葉にファクスが笑う。


「覚えていないとは確かに楽だな。コクマの奴が入れ知恵したのかな。まあ、お前はすでにボロボロだったからな。あのままこちら側に来れば良かったのに」


 俺がボロボロ? 何のことだ。俺の始めの記憶は始まりのあの世界しかないはずだ。


 一瞬何かの扉のイメージが脳裏に浮かんだ。見たことのない扉だ。俺はそこに向かって飛び込んでいる。そして隣には数人の人物が一緒にいる。「誰だ?」


 呟いた途端に現実に戻ってきた。目の前には剣を振り上げたファクスがいる。


「死ね」


 気を抜いた瞬間に俺はファクスが剣を振り上げる時間を与えてしまったのだ。


「させない!」


 横からレグルスが襲いかかる。それに対応してファクスがレグルスに剣を振るった。間一髪レグルスは持っていた槍で剣を受け止めたが、勢いが強すぎたのか後ろに吹っ飛んだ。


「レグルス、すまない」


 俺はレグルスをかばって間に立つ。


「全くお前が邪魔しに来るとは。こんな世界を護ってどうする。お前は帰るべき世界を忘れているからか」


 目の前のファクスが親しげに話しかけてくる。知らない、こいつの事は全く知らないはずなのに。頭の何処かが警鐘を鳴らしている。


「俺の帰るべき場所は、葵と晶がいる所だけだ!」


 俺はこれ以上ファクスの言葉が聞きたくなくて夢中で切りかかった。


「残念だよ。お前の事をあきらめないといけないことが」


 ファクスが魔力を放とうとするので、構えるとファクスは俺ではなく倒れたレグルスの方に魔力を放った。


 しまった、レグルスはまだ構えられない!


「全く、不本意だ」


 万事休すかと思っていたら、いつのまにかティービアがファクスとレグルスの間に立ちはだかり、土の壁を作り上げてファクスの魔力を防いだ。


「ナイス! ティービア良くやった」


 作り上げられた壁の一部は吹き飛んだが、ティービアとレグルスは無傷だ。


「イグニス、ファクスを追え!」


 ティービアの言葉にファクスを見ると、魔力を放った隙に走り出していた。そっちはゼロ先生達がいる場所だ。


 まずい、今ゼロ先生の魔力がどの程度戻っているかは分からないが、ファクスほどの力を持ったものが向かうのは非常にマズい。


 俺は走りながらファクスに魔力を放つが大した足止めにはならない。


「くそ、止まらない」


「焦るなイグニス。大丈夫だ」


 いつの間にかティービアが隣に来ていた。俺が魔力を放っている間に追いついて来たようだ。


「レグルスは?」


「ピンピンしていた。だが危険だから置いてきた」


 あのレグルスがおとなしく待ってるって?


「眠らせて岩の中に隠してきた」


 ドヤ顔のティービアを見て頭を抱えた。後で絶対レグルスに駄々こねられる。


「まあ、確かに助かるけどな~」


 素直に礼を言えない俺がいる。


「命を掛けるのは俺たちだけでいいだろう」


 決意を漲らせたティービアの横顔を見て納得した。何だかんだと葵の事心配してるんだな。


「そうだな、行くぞ」


 前方を見ると、少し前にファクス。その更に奥にゼロ先生、ルーメン、ルナが見える。


 俺はファクスに強烈な魔法を放った。隣のティービアもそれに合わせる。俺の炎の矢とティービアの岩の矢がファクスに襲いかかる。


 さすがにこれは危険だと感じたのかファクスの足が3人の前で止まって魔法を避けた。


「くそ、一人来たのか」


 ファクスが右に大きく避けたので、ゼロ先生との間がクリアになる。


「すいません、一人逃しました」


 俺とティービアはゼロ先生の方に走り寄る。


「どうですか?」


 ティービアが必死に魔法を発動しようとしているルーメンとルナを見ながらゼロ先生に尋ねる。


「ルーメンの力は何とかなるんだが、ルナの方の闇の力が少し足りない。俺の中の魔力はほとんどスッカラカンだからな。さて、どうするか」


 闇の魔力が足りないのなら、どうすればいい。ゼロ先生が当てにならないのなら何か他に方法を考えなくては。


「どうも、ゼロ先生。やっとここまで来れました。ルーメン君とルナ君にはここで消えてもらいます。もちろん先生もですよ」


 ファクスが強力な魔力を溜め始める。あの力を食らったら一溜まりもない。


「先生、どうするんですか!」


 俺は後ろで考え込んでいるゼロ先生を見る。ファクスの方は最大火力の魔法を使う気なのか、かなりの魔力が溜まってきている。


「あいつ、もう死んでるんだよな」


 ゼロ先生がぽつりと呟いた。あいつ? ファクスのことか?


「ええ、一回死んでますよ。そこに別の魂が入り込んでいるんです」


 俺の説明にゼロ先生がよしっ、と頷いた。


「本当にこの魔法は使いたくなかったんだが」


 ゼロ先生が何か魔法陣を描き始めた。俺たちの時代は発動方法が簡略化されているので、実はあまり魔法陣を描く機会はない。普通に使えるフランマ兄上が珍しいぐらいだ。なので、先生が描いた魔法陣が何の魔法なのかはさっぱり分からない。


「どんな魔法なんですか? 系統が全く分からないんですけど」


 俺の言葉にゼロ先生はニヤリと笑った。


「そうだろうな、これは俺のオリジナルの魔法だ。今の魔力のほとんど無い状態の俺でも使える一発逆転魔法だ」


 複雑な魔法陣が徐々に形を成していく。


「あのファクスの魔力だけでも不足するから、他からもちょっと貰うとするか」


 何だか物騒な顔で俺とティービアを見る。


「先生、あのー何か悪いこと考えてるでしょう」


 嫌な予感がするので、俺は一歩引いてしまった。


「悪いなおまえ達。俺の編み出した魔法の中で『ナンバーワンに質の悪い』とパロスに言われた魔法を使わせてもらうわ」


 ティービアが俺をかばうように前に出る。


「あのさ、こっちを無視するなよ」


 すでに魔力を大量に溜め込んだファクスが不機嫌そうに話す。


「大丈夫だって。お前がメインディッシュだからさ」


 壮絶な笑顔でゼロ先生がファクスに話しかける。流石にファクスも一歩引いた!


「……あの、ちなみに俺たちは」


 ちょっと怖いけど、何も知らないのはしゃくだから質問してみたりして。


「あぁ? デザート?」


 さっぱり意味分からん。


「それじゃあ、世界の為にお前等の力を借りるわ」


 ゼロ先生の手から超絶複雑な魔法陣が放たれる。それが地面に落ちて吸い込まれた。


「何だ、何が起こるんだ」


 発動する気満々だった魔法を一時停止してファクスは魔法陣の消えた地面を注意深く観察している。その時……。


「何だこれは!」


 ファクスの足下から無数のツタが飛び出してきた。そのままファクスを拘束する。


「ひ、魔力が」


 ファクスが悲鳴に似た声を上げる。


「魔力が吸われる!」


 ついにパニックに陥ったファクスが必死にもがくが、そのツタは一向に離れないどころかますますその数を増やしていく。


「お前の場合、生命力まで多少奪っても大丈夫だろう」


 ゼロ先生が冷たく言い放つ。


「イグニス、逃げろ!」


 ゼロ先生の方に気を取られていたら、目の前のティービアまでツタに絡まれていた。助けようと一歩踏み出すと、俺の足が動かない。そっと、足を見てみると黒いツタがからまっていた。


「ゼロ先生!」


 呼びかけてみるが、一向に先生は動く気配がない。その間にツタがどんどん増えてきて、俺の全身に絡みつく。ツタが触れたところから魔力が吸い取られていく。


「すまないな。他に方法がないんだ」


 一瞬焦った顔のルーメンと目が合った気がしたが、俺の意識はそこでプッツリと途切れてしまった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


最終章 旅立つ者


意識がゆっくりと浮上するのが分かる。ああ、今は何時ぐらいだろうか。


「目が覚めたか?」


 目の前にめっきり年を取ったティービアがいる。


「来ていたのか、体は大丈夫なのか?」


 俺は時間をかけてベッドの上で上半身を起こした。自分も辛いだろうに、ティービアが背中にクッションを置いてくれる。


「そろそろかと思って来たんだ」


 ティービアの言葉に頷きつつ扉の方を見た。廊下から元気な足音が聞こえてくる。


「ひいおじいさま、起きていらっしゃいますか!」


 扉が大きく開かれて小さな男の子が部屋に入ってくる。


「ティービア、来てたの? 久しぶり」


 ベッドの隣の椅子にすわるティービアを見て、男の子は嬉しそうにする。


「久しぶりですね殿下。今日はイグニス様にお会いしに来ました」


 めったに表情を見せないティービアが嬉しそうに少し笑う。


「今日ね、お出かけするの。町に出てお買い物するんだよ」


 殿下と呼ばれた男の子はベッドの側に来て俺の顔を見て報告する。


「そうか、じゃあ早く準備しないとな」


 俺が頭を撫でてやると嬉しそうに返事をして扉の方に向かう。


「ひいおじいさま、お土産買ってくるね。行ってきます」


 男の子は弾むような足取りで部屋を出ていく。


「殿下ももう4つですね。大きくなられた」


 ティービアが名残惜しそうに扉の方を見ている。


「俺とシーレーンが結婚して子供が産まれて、またその子が子を産んでさらにその子が。俺も歳を取るはずだ」


 随分と長い時間が流れたものだ。


「現在王位はカロル殿下の息子さんが継がれていますからね」


 そう、今の男の子は俺のひ孫で王位は兄上の息子の代になっている。何もかも順調に進んでいる。


「フランマ兄上も3年前に亡くなられ、カロル兄上は去年亡くなった」


 俺はその時の喪失感を思い出して少し辛くなる。


「まあ、二人とも楽しそうにされてたな。可愛い弟に看取られて嬉しいとか何とか。最後までブラコンだったな」


 ティービアが呆れたように呟く。


「そしてシーレーンも半年前に逝った」


 結婚して楽しい生活だった。俺と葵と晶との平和で幸せな日々。ずっと続けばいいのにと思える時間。


「幸せだったと豪快に笑いながら逝ったんだから大丈夫だろう。あいつの魂満たされまくりだったじゃないか」


 そう、何度も何度も有り難う、楽しかったと言ってくれた。それがとても嬉しかった。その魂は光に包まれてアエルの流れに還っていった。


 まだ葵の魂の痕跡は追える。そろそろ俺も旅立たなければならない。


「国も落ち着いてきたしな。そろそろ逝くのではないかと思った」


 ティービアの言葉に俺は頷いた。


「まあ、あの事件後は大変だったが、何とか世界は救えて良かったよ」


 そう、あの日俺たちはゼロ先生の魔法によって闇の力を吸い取られたのだ。


「あの、くそ教師。ファクスだけの魔力じゃ足りないからって俺たちの魔力まで奪うことないだろうが!」


 思いだしたのか、ティービアが悔しそうに毒づく。


「仕方ない。それで時間魔法が発動して穴を修復して世界が救われたんだから。ファクスなんか、魔力だけじゃなく生命力まで吸い取られたから、人の中に入っていられなくなって早々にアエルの流れに還っていったぞ」


 ほぼ強制的にだが。その後ゼロ先生の想い人のアウローラも無事に助け出し。全て上手くいったのだ。


「それにしても、アウローラって」


 俺は思い出し笑いをしてしまった。コクマが見せてくれたゼロ先生の過去ではアウローラと先生はラブラブのバカップルっぽかったのに。


「完全に尻にしいてたな。俺たちの見た過去から世界の穴を修復するまでに一体何があったのか、結局最後まで語らずに逝きやがったからな、あの馬鹿教師は」


 流石に先生もそれは言えないだろう。でも、二人は結婚して幸せそうに暮らしていたようだ。今から10年前にほぼ同じ時期に亡くなったとルーメンが手紙をくれた。


「ルーメンとルナが無事だったのは良かったな」


 ティービアが懐かしそうに口にする。


 そう、あの後ルーメンは魔力が尽きそうになり消えかけたのだが、復活したアウローラとゼロ先生がまたアエルの泉にルーメンを数年放り込んで復活させた。結構やることが大胆な二人なのだ。


「ルーメンとルナはシーレーンの国の神殿で今も一緒にいるからな。まあ、あの二人には長生きして欲しいな」


 あの後何度か神殿を訪ねて沢山話しをした。手紙もしょっちゅう遣り取りした。ルナはなんと最終的に神官長にまでなってしまったのだ。頭良かったからなあいつ。


「楽しかったな」


「ああ、楽しかった」


 俺とティービアは顔を合わせて笑った。この世界の人々と別れるのは辛いが、俺と晶は葵を追わなければならない。


「さあ、行こうか。旅立ちの時だ」


 俺の言葉に晶が静かに頷いた。





「ひいおじいさま、ただいま。お土産買ってきたよー。ひいおじいさま? ティービアも一緒にお休みしてるの?」

最後までお付き合い有難うございました。

第3話は現代風になる予定です。

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