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イグニス編 2

イグニス編2回目です。

第5章 手がかり


「イグニスいるー?」


 あれから数日。レグルスがよく遊びにくる様になった。


「おお、いるぞー」


 俺はウォークインクローゼットから顔を出した。


 レグルスには俺が従兄弟を追ってこの学園に来た事。光と闇の魔法使いを探していること等の事情を全て話した。


 レグルスも俺が正体を知った事によりほっとしたのか、前より距離が縮まった。


 まだティービアにはレグルスの魂が葵と言うのは言ってないけど。


 知ったら大変だろうな。


「あら、今日はルーメンいないの?」


 部屋におれ1人だというのが分かると、レグルスは途端に女性の話し方に戻った。


「ああ、ルナと自主勉強中。気が合うのか最近よく一緒にいるよ」


 ボンヤリしてそうで割としっかりしているルーメンと、その逆のルナが一緒にいるとなるほどしっくりくるから不思議だ。


「ふーん、ティービアもどっか行ってるの?」


 いつも一緒にいるのに、とレグルスは俺の出てきたクローゼットを覗きながら言う。


「おいおい、男のクローゼット覗いて何が楽しいんだよ」


 俺の言葉にレグルスはにやっと笑って、


「え、王子様的衣装とかあったら面白いなって」


 悪いが、そんなもん城に置いてきたわ! せっかくのびのび出来るのに、何が楽しゅーて飾りがゴテゴテついた服なんか着ないといけないんだ。


「……お前、もしかしてドレスとか持ってきているのか?」


 そう、レグルスは王女だ。ドレスぐらい死ぬほど持っているだろうに。


「持ってくるわけ無いじゃない。せっかく楽な服で歩き回れるのに。あー、ズボンって楽で良いわよね。国でも流行らないかしら」


 こいつ、その内流行の一つくらい作りそうだな。まあ、別の世界から来た俺は驚くことはないが、この世界の人間には天変地異が起こった位の衝撃は与えそうだ。水の国、気の毒すぎる。


「おい、言葉が女になっているぞ」


 俺とレグルスが話していると、入り口の方から不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「ティービア、戻ったのか」


 そこには甘ったるい匂いの漂う袋を持ったティービアがいた。


「はっ、ティービア違うんだ。えっと、これはだな……」


 慌ててレグルスが言い訳を考えようとしていたが、全く思いつかないようだ。分かりやすい。というか、もう誤魔化すの面倒くさくなってるだろ、お前。


「お前が女だということはとっくに知っている。イグニスにもバレているとは思ってなかったがな」


 ティービアは衝撃の事実をさらりと言った。まあ、同室だったらバレるわな。以外とコイツ人のこと見てるし。


 俺がそう1人で納得していると、


「いつから知ってたの? あれ、私って正体バレまくってるのかしら」


 レグルスがビックリしたように言っている。こいつ結構鈍いのかも。


「最初から知ってたが。害が無いからほっといたが。イグニスに手を出す気ならそうもいかないな」


 ティービアとレグルスの間に何故か火花が散る。


「兄上の手伝いお疲れさん。取り敢えず落ち着け。そんなんじゃないから」


 俺の言葉にティービアからの火花が消えたが、


「やだー、そうなったら国際結婚じゃない? フランマ先生も私のお兄様になるのかしら? あら、楽しそう」


 ティービアの火花が再燃しかかっているが、レグルスは全く気にした様子もなく、実に楽しそうだ。 こういうとこやっぱ葵だ。


「そうだ、フランマ様から」


 そう言って、甘い匂いが漂う袋をティービアが渡してくる。俺は怖々受け取って中身を見た。クッキーだ。


「あら、美味しそう」


 レグルスも一緒になって覗き込んで来る。


「焼きたてみたいだけど、この学園にお菓子を売っている所あったけ? あ、旨い」


 試しに一つかじってみたが、かなり旨い。


「……それ、フランマ様の手作り。手伝いのお礼にいただいた」


 俺は持っていた食べかけのクッキーをぽろりと落としてしまった。


「兄上、いろんな才能開花させすぎ……」


 あの人弱点とか苦手とかあるんだろうか? 俺の見た限りでは全く無いのだが……。


 エプロンを着こなし、てきぱきとクッキーを作る我が兄を思い浮かべる事は出来るが、青ざめてオロオロする兄は想像できなかった。帰ったらカロル兄上に聞いてみよう。





「あーお腹すいた。ルナって結構スパルタだから」


 しばらくするとルーメンがルナと一緒に部屋に帰ってきた。


 だいぶ絞られたのか、疲れ切った顔をしている。


「君って、頭は悪くないのに、どうしてこんなに変なんだろう?」


 ルーメンより更に疲れ切った顔のルナがルーメンのベッドの上に腰掛ける。


「そんなに変なのか? ルーメンって」


 俺の質問にルナは考え込む。


「そう、変なんだ。普通知っている事を知らないのに、何でそんな事知っているんだって事が良くあるんだ」


 取り敢えず、良く分からない。


「つまり、魔法理論はさっぱりなのに、強力な魔法がバンバン使えるんだ。日に日に魔力は上がっているし」


 俺が全く理解できないのが分かったのか、分かりやすく言い直してくれる。


「まあ、天才系によくいるけどな、そういう奴」


 理論より実践。俺は普通に理論から入ったから、いきなり魔法をバンバンは使えなかった。俺たち3兄弟の中ではフランマ兄上がそれに近い。


「ルーメンは小さい頃の記憶が無いというし、その辺に秘密があるのかも」


 ルナはじーっとルーメンを見ている。


「ええっと、そうだけど。小さい頃の記憶っていったら、目が覚めたら師匠がいて話しかけられていた事かな。それから前の記憶ってないんだよねー」


 ルナに見つめられているため、ルーメンは焦ったように記憶を辿る。


「それ、何歳位なんだ?」


 ルーメンの言葉からすると、記憶はしっかりしているみたいだから赤ん坊って事はないよな。


「正確な年齢は分からないんだけど、大体7、8歳位だって師匠が言ってたな」


 それで記憶が無いって、事故か何かにあったんだろうか?


「ま、ただおバカすぎて忘れているって事もコイツならあり得るから困るな」


 ティービアの言葉に誰も反論しない。


「やだなー、さすがにそれはないと思うよ。いやー、多分。いや、本当……」


 ルーメンが必死に否定しようとしているが、段々語尾が怪しくなってくる。もしかして、自分でもヤバいと思ってるんじゃ。


 どんどん目の前で凹んでいってる。


「なあ、ルーメン。クッキーでも食べないか? うちの兄上お手製なんだよ」


 お腹が減ったと言っていたので、俺は未だ手に持っていたクッキーをルーメンに見せた。


「食べる!」


 さっきの落ち込みが嘘のように目をキラキラさせている。


「な、忘れっぽいだろ?」


 必死にクッキーを頬張るルーメンを後目に、ティービアとレグルス、ルナが頷きあってる。なんだかなー。

 しばらく皆で話をしていると、なんだか右のポケットがムズムズしてきた。不思議に思って手を突っ込んで中身を取り出した。


「げ、忘れてた」


 そこには温室で手に入れたうずらの卵状の黄色と黒色の石が二つ。


 あの後何だかんだとあったので、すっかり忘れていた。


 水浴びたときも一緒に洗濯しちゃった事は皆に内緒にしておこう。怒られそうだから。


「あ、それ。何か変化あったか?」


 横からレグルスがのぞき込んでくる。


「いや、全く。でも今動いたような気がしたんだよな」


 俺は手のひらの上で二つの石を転がしてみる。特に何か変わったことはない。


「何これ、変わった色の石だね~」


 前からルーメンが楽しそうに石に触れる。


「僕にも見せてくれないか」


 ルーメンの隣からルナも手を伸ばす。


 その時、


「イグニス、石が」


 ティービアの慌てた声が聞こえてきた。俺は驚いて手のひらの上の石を見ると、かすかに発光している。


「あれ? さっきは光ってなかったよね」


 ルーメンが不思議そうに石を見る。


「ちょっ、一回離した方が良いんじゃないか?」


 ルナの声もちょっと焦っている。確かに得体が知れない物なので、少し離した方が良いかもしれない。


 俺はそっと石を机の上に置いた。


「あ、浮いた」


 机の上に置いた途端に、石は重力を忘れたように浮き上がった。思わず見たそのままの感想を俺は口にしていた。


「ねえ、捕まえた方がいいかなー」


 ルーメンがそーっと石を掴もうと近づいていく。


「ルーメン、危ないよ」


 ルナが心配そうに一緒に近づく。


 そして、ルーメンが腕を伸ばし、もう少しで捕まえられると思って皆が見守っていると、石が移動した。


「動いたぞ。どうする」


 あまりに現実離れしている出来事が起こっている為、一同が沈黙してしまっているのだが、その中でもやはりティービアは冷静だった。


「あー、取り敢えず捕まえよう」


 俺としても、この浮遊する石をあまり人に見られるのもどうかと思うので、そう呟いた。


「おいー! 石が凄い勢いで円を描き始めたんだけど」


 レグルスの言うとおり、石は突然激しく動き始めた。


「何でだ、もしかして何か訴えたいことがあるのか?」


 俺としてはこの石に意志(汗)があるとは思えないのだが。だって脳味噌とか無さそうだし。誰かが操ってるのかな、これ。


「もしかして、外に出たいのかも」


 なーんも考えずにルーメンが部屋の扉を開けてしまった。


「しまった、コイツ馬鹿だった。イグニス、ヤバいぞ!」


 ティービアが思わず本音を言っちゃった。俺も同じ事思ったけど、ちゃんと言葉飲み込んだのに、コイツは!


「行ったな、何だか嬉しそうに出て行ったな」


 呆れたようにレグルスが呟きながら、後を追って廊下に出る。


「ルーメン、一瞬でいいから相談して欲しかった」


 頭を抱えながらルナがレグルスの後を追う。


「ご、ごめん。だって出して欲しそうだったから」


 人間の考えはあまり分からないのに、何故石とは気持ちが通じ合うんだ、ルーメンは。


「イグニス、あのさ……待ってるんだけど」


 廊下に出たレグルスが言いにくそうに廊下の先を指さしている。


「待ってるって、何が?」


 もう俺も混乱が極まって訳が分からなくなっていた。取り敢えず廊下に出てみる。そこには先程移動した石が二つプカプカ浮いていた。確かに待っているようにも見える。


「ルーメン、あいつ何を言いたいか分かるか?」


 この時点でティービアもヤケクソ気味になっているのか、適当な感じでルーメンに聞いている。


「うーん、どうも案内したい場所があるみたい。ちゃっちゃと付いてこないからちょっと苛立ってる」


 だから何故そこまで分かるんだよ。ティービアが珍しく引いてるわ!


「じゃ、行ってみようか。面白そうだし」


 レグルスが本当に楽しそうに石に付いて行く。


 こら、お前は楽しけりゃ何でもいいのか! こいつが言い出したら止めても無駄なので、結局俺も強制参加なのか。


「あー、行くのか?」


 ちょっと呆れ気味のティービアが聞いてくるが、レグルス一人で行かせる訳には行かないので頷く。それをみてティービアがため息を付きつつも納得した。


「じゃあ、俺たちは行くけど、ルーメンとルナはどうする?」


 レグルスは行く気満々だし、俺は強制参加だし、それに伴ってティービアも参加なんだが、ルーメンとルナは危険なので部屋で待っててもらうという選択肢がまだ残されている。


「僕は行くよ。ルナは?」


 考える間もなくルーメンは答える。その横でルナも頷いているので参加のようだ。が、何だか微妙な表情をしている。


「僕たちは参加するとして、君の後ろの方も参加の意志を示しているようだよ」


 俺の後ろ?


 俺はルナの指摘した自らの背後を見た。


「や、楽しそうな事してるよな? 混ぜて混ぜて~」


 フランマ兄上だった。


「兄上、教師って暇なんですか?」


 何だってこんなに要領よく現れるんだ、この人は。


「いやー、以外とやる事多いんだけどね、私は優秀だから」


 殴ってもいいだろうか。要領悪い弟からしたら、かなりムカつくんだけど。


「大丈夫だ、イグニス。フランマ様は本当に要領が良すぎるんだ。お前も優秀な方だ」


 珍しくティービアが俺を慰める。どうやら俺はとてつもなく怖い顔をしていたのかもしれない。


「イグニス、課題ぐらい手伝ってあげるから。さ、何処に行くんだい?」


 にこにこ顔の兄上もレグルスと同じくらい厄介なので、放って置くことにした。勝手についてくるだろう。





「イグニス、さっさと来ないか!」


 戻ってきたレグルスが俺の腕をぐいぐい引っ張る。


「石はどうしたんだ?」


 もしかして見失ったのか?


「さっきから全く動かなくなったんだ。浮いたまんま」


 俺は廊下に出て石を探した。そこには先ほどと同じ場所に浮いている石が二つ。


「何でだ。力つきたのか?」


 不思議に思って近づいてみる。すると、


「あ、動いた」


 石がすいーっと動き始めた。あまりにもなめらかな動きに一同固まった。


「行かなくていいのか?」


 一番始めに正気に戻ったフランマ兄上が俺の制服を引っ張る。


「そうだった。皆追うぞ」


 俺は慌てて廊下を走り、石を追っかけた。後ろから皆の足音が聞こえてくる。


 石は廊下を暫く移動した後、寮の外に出た。


「マズくないか? 誰かに見つかったら」


 ルナが心配そうに周りを見る。


「つってもなー。捕まらないしなー」


 俺だって得体の知れない石と追っかけっこは勘弁して欲しい。何かちょっと恥ずかしいし。


「まあ、見つからないように祈ろう」


 俺の隣でティービアがシラケたように石を追っている。


 石は暫く移動した後、講義が行われる校舎に入っていった。


「ますますヤバい展開になってきた」


 俺たちはさらに足を速めてその後を追う。


 石は浮いているので余裕で階段を上っていく。


「えーっと校舎は4階建てだったよね。今3階だから次の階で行き止まりのはずなんだけど」


 ルーメンが全力で階段を上りながら階数を数えている。確かに次の階で最上階になるんだが、この石は一体何処に向かっているんだろう。


 疑問に思いながらも階段を上りきると廊下の先を飛んでいる石を目で追う。石は廊下の真ん中あたりの壁の前で止まり……突っ込んだ。


「あ、壁ぶち抜いた」


 俺たちは石の消えた壁の前に急いだ。しかし、壁には穴が開いていない。


 そっと壁に手をつけてみると、手のひらが壁にめり込んだ。


「おい、イグニス大丈夫なのか?」


 俺のめり込んだ手のひらを見て驚いたようにティービアが聞く。


 俺は一度手を引き抜いて目の前でひらひらさせてみる。何の異常もない。


「ちょっと行ってみるか」


 取り敢えず安全なようなので、今度は体ごと壁にぶつかってみる。視界が変わり、目の前に螺旋階段が現れた。後ろを向くと……ティービアの首が壁から生えていてちょっとビビった。


「無事みたいだな」


 無表情だがほっとした感のティービアがゆっくりと壁を通り抜ける。


 その後ろからフランマ兄上、ルーメン、レグルス、ルナの順で入ってくる。


「うわー、階段がある」


 ルーメンが驚いている。ルナがもう一度中から外へ顔を覗かせている。


「どうやら出ることも出来るようだ」


 一応確認しているあたり、真面目だ。確かに出られなくなったら大変だもんな。魔法でぶち破ったら、今度は水やりだけじゃ許されないだろう。

退路は確保されたので、俺たちは目の前の螺旋階段を上ることにした。





「結構狭いな。なんだろうここ」


 ゆっくりと階段を上っていると、上に少し明かりが見えてくる。もう日が暮れかけて赤い光が射し込んで来ている。


 俺は一生懸命足を動かし、上を目指す。


 2階分は上っただろうか、上に四角く切り取られた天井が見えた。出口だ。


「なんだここ。鐘楼か?」


 そう、俺が出た先には上から鐘がぶら下がっていた。


 この洋風な建物にぶら下がっているからには教会等の鐘を想像するだろうが、その予想を見事に裏切ってお寺のでっかい鐘がぶら下がっていた。


 ……からかわれているとしか思えない。


 大体12畳くらいの空間が広がっている。その中央に鐘があるのだ。


「鐘楼の割には小さな窓? いや、隙間があるだけだな。これじゃ密室に近いぞ」


 そう、四方に窓のような隙間はあるが、人が一人通れるかどうかの細長い隙間だ。外からは何があるか見えないだろう。


「ねえ、イグニス。この鐘中が見えないよ」


 ルーメンが下から鐘の中をのぞき込もうとしているが、鐘には蓋がされていた。


「何だ? 鐘に蓋とかするか、普通」


 俺も近づいてその蓋を眺める。そして気づいてしまった。


「なあ、ティービア。これ日本語だよな」


 俺は側に来たティービアにしか聞こえないように囁いた。


 ティービアは俺と同じように下から鐘の底、つまり蓋の部分をのぞき込んだ。部屋が暗くて読みにくいが、確かに日本語が書かれている。


「『スーパー激安』の特売日は何日か?」


 俺とティービアは思わず目を合わせてしまった。


「ちょっと待て『スーパー激安』って近所のあのスーパーの事か?」


『安さ大氾濫』の手書きポップが溢れる始まりの世界のスーパーを思い出す。


「それしか思い浮かばないな。だったら毎月12日だ。葵によく使いに行かされた」


 何でそんな中途半端な日付なんだ? そう思ったのを思い出した。普通切りのいい数字にするはずなのに、なぜか12日。そのお陰で逆に覚えたけどな。


「その数字が分かったのはいいけど、どうすりゃいいんだ? 単なるクイズか?」


 いや、それは違うだろう。確か温室の仕掛けも日本語だった。それにしても俺の生活密着の話題が続くんだが、何故だ?


「どうした? 二人とも」


 俺たちの様子がおかしいので、フランマ兄上が寄ってくる。


「兄上、特殊な言語が書かれているのですが」


 俺が日本語を指さすと、兄上がうーんと唸った。


「またしても知らない言語か。ティービア、君何か分かるかい?」


 兄上は、温室の時に見事に扉を開けたティービアを名指しする。


「まあ、読めます。そして答えも出ました。が、だからどうすればいいのかが分かりません」


 俺はじっくりとでっかいお寺仕様の鐘を見ていた。


 これは鐘だ。


 そう鐘と言えばやる事は一つ。


「撞いてみるか……」


 俺は鐘を撞く棒を探すとそれは壁に括り付けられていた。


「これか! ティービア、手伝ってくれ」


 俺は長い棒を壁からそっと外す。ティービアが手伝ってくれた。


撞木しゅもくか。これで鐘を撞くんだな」


 この棒、そんな名前付いてたのか! 知らんかった。


 撞木はロープで天井から吊されており、鐘が撞ける状態になっている。


 俺とティービアは撞木と呼ばれる棒から垂らされたロープを握り、一度後ろに振り上げた後、一気に鐘に叩きつけた。


 あ、そうか細長い窓は撞木を使うときに後ろの壁に当たらないように開いていたのか、この部屋作った奴頭良いな。


 ゴンッ。


 鐘に蓋がされている為、あの体中が揺さぶられる音はしない。


 そのままの勢いで二発目、三発目と続けて撞いた。


「そーれ、12回目!」


 最後にゴンッと鈍い音がした後、俺とティービアは一度手を止めて様子を伺った。


 すると鐘の下の蓋にヒビが入り、床に落ちていく。


 その後、全ての蓋が取り払われた鐘の中を俺は覗いてみた。


「何か光る物があるぞ」


 鐘の真ん中くらいに外の光を受けてキラリと光物を見つけた。どうも斜めに刺さっているようなので、手を伸ばしてそれを取ってみる。


「……鍵だな」


「ああ、鍵だ」


「普通の鍵っぽいな」


「なーんだ、鍵かぁー」


「そもそも何でこんな所に鍵が?」


「それよりさ、これ何処の鍵かな?」


 それぞれが好きなことを言っている。


 うーん、と皆で考え込んでいると、螺旋階段の方から人の気配がしてきた。


「考えるのは後にしよう。誰か来たようだ」


 フランマ兄上が皆に警戒を促す。


「男子校で逢い引きとかだったら最悪」


 レグルスがイヤーな事をぼそりと言う。


「隠れる場所があったなら、そっと見守るのにねぇー」


 フランマ兄上が残念そうに言っている。見守ってどうするっ!


 そうこう言っているいる間に気配はどんどん近づいてくる。


「全員伏せろ!」


 フランマ兄上の声が聞こえたので、俺はとっさに床に伏せた。


 その瞬間狭い部屋の中に風が吹き荒れ壁に無数の裂け目が出来る。


「風魔法か、このままじゃ切り刻まれるぞ」


 俺が反撃の方法を考えていると、隣でガコンッと音がして、薄くなり始めた西日が射してくる。


 ティービアが躊躇無く壁ぶち抜きやがった。


「よーし、ティービア良くやった。皆そこから出るんだ」


 フランマ兄上が全員に外へ出るように促す。ティービアが開けた穴の外は屋根が広がっていた。とりあえず広い場所に出れそうだ。


 敵らしき相手は自分の放った魔法が効いているかを下でうかがっているのだろうか、気配はするが上がってこない。


 その間に俺たちは屋根の上に出た。


 俺たちが外に出たのを察した敵が鐘楼の部屋に上ってくる気配がする。一人ではなく複数のようだ。


「取りあえず、外階段があるから、それを使って逃げるんだ」


 フランマ兄上が屋根の端辺りを指さしている。レグルス、ルーメン、ルナが先に行く。


 3人が屋根の端にたどり着くか着かないか位に部屋から風の魔法が放たれた。


 フランマ兄上の炎がそれを迎え撃つ。


 部屋の中から四人の生徒が走り出てきた。スカーフの宝石は青が2人と赤が2人。3年生と2年生の半々だ。


 4人ともギラギラした目で俺たちを見ている。


「何の用かな?」


 フランマ兄上が臨戦態勢のまま聞く。


 攻撃してきた4人組は兄上の姿を見て少し怯んだ。


 2人が前に出て、構える。


 その時俺は彼らに何故か違和感を覚えた。


「何だ? あの気配は」


 俺は4人の魂をじっと見る。


「色がない、真っ黒だ。何であの状態で生きているんだ」


 そう、彼らの魂には色がない。真っ黒でそう、まるで影のようだ。


「どうした、イグニス」


 隣でいつでも魔法を放てるように構えているティービアが聞いてくる。


「あいつら、影だ。人間じゃない!」


 俺は思わず声を上げてしまった。


「……ほう、お前はもしかして『世界樹の旅人』か? 魂の状態が見えるとは大したものだ」


 4人の中でリーダー格であろう男がすっと前に出る。


 背がすらりと高く、土色の髪をしている。土の国の民なのだろう。


 土の国の民の言葉にフランマ兄上が俺の方を見るが、何も言わずに俺の次の言葉を待っているようだ。


「どうしてその状況で正気を保てているんだ。影になった人間は狂うと聞いた。記憶も分からなくなってさまようと」


 俺の言葉にリーダーの男は笑い声をあげる。


「そうだ、俺たちは影だ。でも、正気は保っている。元『世界樹の旅人』だからなのかもしれないな」


 こいつらも『世界樹の旅人』だったのか! 何故そいつらが俺を攻撃してくるんだ。


「お前達の目的は何だ?」


 俺の問いかけにリーダーの男はにやりと笑った。


「この世界の崩壊だ」


 さらりととんでもないことを言いやがった。


「お前にとってこの世界を崩壊させる理由は何だ。俺たちを襲う理由もだ、答えろ」


 俺の問いかけに4人全員が笑い出す。


「いやー、君純粋だね。懐かしいよ。俺にもそんな時があったなー」


「ムカつくんだよね、いい子ちゃんが!」


「こんな地獄のような世界、崩壊すればいいんだ。俺たちはもう楽になりたいんだ!」


「いつまで俺たちはこの世界樹の世界をさ迷わなければならないんだ」


 4人がバラバラに話し始める。憎しみが口から流れ落ちているようだ。何故そんなに世界を憎んでいるんだろう。


「何故俺たちを狙う。俺達が『世界樹の旅人』なのは知らなかったみたいだから他の理由があるのか」


 俺の問いかけると、リーダーが少し考え込んだ。


「何も知らないようだな。お前が今手に入れたのはこの世界の巨大な力を手に入れる為の物だ。俺もそれが何か正確には知らないが、他の人間に奪われる訳にはいかないんだ。それを渡してもらおう」


 俺は慌ててポケットに入れた鍵を上から握りしめた。


 これが世界の巨大な力を得る為の物?


「ま、答えは決まっているんだが」


 俺の言葉に影達のリーダーがにやりと笑った。


「昔の俺も多分お前と同じ選択をしただろう」


 そう言って構える。そう、俺は完全拒否を貫く事を決めた。

 俺もいつでも魔法を放てるように構えたその時、


「うわっ」


 上から土が槍の様な形状になり突き刺さっていく。……敵の上に。


 もちろん屋根は穴だらけである。


 俺の横にはドヤ顔のティービア。


 ああ、今度は学園中のトイレ掃除ぐらい言われそうだな。葵に無理矢理やらされた事が何回もあるから、俺はトイレ掃除は得意だ。人間何でもやっとくもんだ。


 俺がブラックな思考に支配されて笑い出しそうになった時、


「大丈夫だイグニス。葵にしょっちゅうトイレ掃除をやらされていたから、それぐらいなら大したことはない」


 ……何故俺の思考を読めるんだコイツ。長年一緒にいるとテレパシーでも生まれるのか。しかもお前もか!


「困ったなー、トイレ掃除はやったことないんだよな~」


 根っからの王族の兄上は俺たちの会話に割り込んでくる。今までの会話から兄上は俺の存在に疑問を持っただろう。


「ま、聞きたいことはあるけど、今はあいつらを倒すことに専念しようか」


 兄上が俺とティービアの横に並ぶ。


「何だアイツら。とうとう本性だしやがったか」


 俺たちの後ろからやばーい声が聞こえてくる。


「ゼロ先生、こんにちわ」


 取りあえず構えながらだが挨拶しておく。


「おお、やっぱアイツら何か狙ってやがったな」


 先生は影が立っていた辺りを見てそう呟いた。


 そちらは先ほどの土の槍のせいで埃やら何やらで煙が上がっていてよく見えない。


「せんせぇー、知ってたんですか? ずるーい」


 兄上が女子高校生風に先生をからかう。怖い物知らずだ。


 あ、炎を投げつけられた。


「入ってきた時からちょっと違うと思っていたんだが、やっぱろくな事考えてなかったようだな」


 迷惑そうに先生がこちらを見る。


「みたいですね」


 と、俺も同意しておく。


「で、お前等何やってたの?」


「探検です」


「は?」


 先生の質問に即答で答えるティービア。固まる先生。


「若気の至りというやつです」


 妙に悟りきった表情で言う若者ティービア。


 こいつに説得は向いていないことを俺は今思い出した。


「まあまあ先生、ほら、撃ってきましたよ」


 俺の言葉と同時に水球が飛んでくる。敵の内の一人が水魔法の使い手なのだろう。


 俺たちの後ろから風の固まりが飛んできてそれを撃退する。


「サンキュ! ルーメン」


 俺が礼を言うと、ルーメンが向こうで軽く手を上げた。3人ともまだ屋根の上に残っていたようだ。


「よし、続きはアイツ等を捕まえてからだ」


 そう言ってゼロ先生は一人で飛び出していった。


「先生! 一人では」


 俺も飛び出そうとしたら兄上に止められた。


「大丈夫。先生に任せよう。行ったら足手まといだし」


 先生は敵の攻撃を避けながら突進していき、目の前で風魔法を破裂させた。もの凄い風圧がこちらまで伝わってくる。


 敵は全員吹っ飛んで壁に激突したり、屋根から落ちていく。


 屋根から落ちた生徒はゼロ先生が風魔法で速度を落として地面に下ろす。


「スゲ。あのコントロール」


 敵を潰しかねない力を持っているのに、絶妙な力加減で気絶させるに留めている。


「な、口と態度は悪いけど、強いんだあの人」


 兄上が嬉しそうにそう言う。





 屋根からたたき落とした生徒達を並んで寝かせて、ゼロ先生は騒ぎに気づいて駆けつけてきた理事長と話をしている。


 レグルスとルーメンにルナの3人は先に部屋に帰ってもらった。後で事の顛末を詳しく話すことを条件にだ。


 俺の側にはティービアとフランマ兄上が残っている。


「ふむ、こ奴らが騒ぎを起こしよったか」


 理事長が動かない生徒のほっぺたをつついている。


「だからこいつ等ヤバイって始めから言ってただろーが」


 地団駄を踏みながらゼロ先生が怒っている。


「おや、死んだか」


 理事長が顔をしかめて並んで倒れている生徒を見る。


「ちょっと待て、俺はちゃんと手を抜いたぞ!」


 ゼロ先生が慌てて生徒達に駆け寄るが、生徒達はピクリとも動かない。


「そんな事は分かっておる。だから不思議なのじゃ」


 理事長はフランマ兄上のほうをチラリと見る。が、兄上は先ほどから俺の方をじーっと見ているのだ。


 俺は観念した。これ以上俺の正体を隠し続けるのは無理だと思うからだ。


「その生徒の中に入っている魂は先ほど逃げ出しました」


 そう、屋根から落ちる寸前に黒い魂は一斉に宿っていた肉体から離れた。逃げたのだ。


「おい、イグニスちょっと待て。魂がそんなにポンポン抜け出せる訳ないだろ」


 ゼロ先生がもの凄い形相で俺の方に近づいてくる。


「それで、その魂はお前の仲間なのか? 敵なのか?」


 近づいてくるゼロ先生を手で制してフランマ兄上が聞いてくる。


「分からないけど、多分先ほど話した感じでは……敵だと思う」


 そう、あの黒い魂達はこの世界を破壊しようとしている。俺としてはそんな奴らを野放しにする訳にはいかないからだ。


 それを聞いてフランマ兄上は少し考えるような素振りをみせ、やがてゆっくりと口を開いた。


「そうか、それで君は誰なんだ。俺の弟は『世界樹の旅人』とやらではないと思うんだが」


 ああ、そうだな。フランマ兄上は察しが良い。俺達の会話で気づかない訳がない。出来れはカロル兄上とフランマ兄上には一生気づいて欲しくなかったんだけど。


 俺はぐっと拳を握りしめ一度息を吸って呟いた。


「俺の魂はイグニスではありません。記憶は受け継いでいますが、全く別の人間です」


 俺の言葉にフランマ兄上、ゼロ先生。そして理事長が息を飲むのが分かった。


「イグニスはどうなったんだ」


 暫くしてフランマ兄上が聞いてきた。多分最も気になっているが聞きたくなかった事だろう。


「内乱の際に亡くなりました」


 隠しても誤魔化しても仕方の無いことなので、俺は正直に事実を告げた。

フランマ兄上が静かに俯く。


「なあ、さっきから何言ってんのかよく分からないんだが、ティービアの奴が全く動じてないって事はそいつは全て知ってるって事か? それとも……同類って事か」


 フランマ兄上の後ろからゼロ先生がティービアに聞く。


「同類です。俺も本当のティービアではありません。ティービアも内乱の時に亡くなりました」


 こちらは何の躊躇いもなく淡々と告げる。


 俺は、混乱するゼロ先生と理事長。そして俯いてしまっているフランマ兄上に『世界樹の旅人』について語った。


 この世界の他に別の世界が無数にあること。


 それらの世界の集合体を樹に例えて『世界樹』と呼んでいること。


 『世界樹の旅人』が色々な世界にその世界を構成する為に必要なアエルを供給したり、飽和状態のそれを外に逃がす役割を担っている事を説明した。


 最後に自分が亡くなった人間の体と記憶を借り、様々な世界で生きる存在であることも告げた。


 フランマ兄上はまだ俯いたままだ。まあ、ショックで俺の顔も見たくないだろうけど。


「で、お前さんは今はレグルスに入っている『葵』っていう人間の魂を守るためにこの世界に来たと」

 俺の説明でゼロ先生と理事長は納得してくれたようだ。


「そして、ここで倒れている奴らは『影』と呼ばれている奴らなのじゃな」


 2人は俺の不思議話に何とかついてきてくれた。さすがこの学園の理事と先生だ。でも、兄上は。


 ティービアが俺の肩にそっと手を置く。


 そうだ、俺は葵と晶の為に例え兄上に嫌われたとしても頑張らないといけないんだ。


 だが、そうは思っていてもイグニスの記憶を持つ俺にとってはやっぱりフランマ兄上とカロル兄上は大切な家族。


 でもここが潮時だろう。大切だからこそ引くことも大事なんだ。


 俺は理事長とゼロ先生、そして兄上に頭を下げた。


「騙していてすいませんでした。俺はこのまま姿を消します。葵のことは見守りたいのでこの世界を去ることは出来ませんが、イグニスの関係者の前にこれ以上顔を出すことは無いようにします」


 俺の言葉に理事長が、


「事情が事情じゃからな、今の話では行くところもあるまい。良かったらこの学園に留まったらどうだ。その後の事は卒業してから考えればいい」


 理事長の言葉は有り難いが、これ以上人を騙すのは気が引ける。


 何より兄上達を悲しませたくない。そう思っていると、


「一緒に夏、湖で泳いだ。冬はソリで一緒に遊んでやったな。春や秋は馬に乗って遠出した」


 突然フランマ兄上が話し始めた。


 兄上の語った内容はイグニスの記憶にしっかり刻まれている。


「湖で溺れかけた所をフランマ兄上に助けてもらったり、ソリで雪にはまったときはカロル兄上が掘り出してくれたり、馬から落ちそうになったら、兄上達が左右から支えてくれたっけ」


 イグニスがその度に嬉しくて幸せだと感じているいた記憶が鮮やかに蘇る。


 俺の言葉にフランマ兄上が顔を上げた。怒っている訳でもなく、泣いている訳でもない静かな表情だ。


「記憶があるならお前は俺たちの弟だ。俺たちから弟を奪わないでくれ」


 そう言ってフランマ兄上は俺を思いっきり抱きしめた。


 その時俺は気づいてしまった。フランマ兄上が震えている事に。この人は本当に家族を大切に思っているのだ。


「すいません、兄上。騙していてすいません」


 俺もフランマ兄上に抱きついて謝罪する。俺はここを去るべきなんだろうけど、この優しい兄を放って行くのが辛くて仕方がない。


 兄上が居てもいいと言ってくれるなら、俺はカロル兄上とフランマ兄上の為に何でもしたいと思う。


 そうやって俺と兄上が互いに兄弟愛を深めている時に、


「あの、俺はどうしたらいいでしょうか?」


 いつも通りの無表情でティービアが片手を上げていた。付き合いの長い俺だから分かるが、彼なりに困っているようだ。


「お前も記憶はあるのか?」


 フランマ兄上がティービアに聞く。


「まあ、一応」


 気のない返事が淡々と放たれる。


 その態度にフランマ兄上の肩から力が抜けるのが分かった。


「なら、お前も居ればいい。お前がいないとイグニスが寂しいだろう」


 そう言って兄上はティービアの肩をポンポンと叩いた。


「ええ、そう思います」


 何故か胸を張ってそう言い切るティービアにフランマ兄上がたまらず吹き出した。それを見て俺も我慢できずに吹き出した。


「普通……もうちょい……遠慮した物言いをするぞ」


 お腹を抱えて苦しい兄上が途切れ途切れにやっと言葉を発していた。


 サンキュ、晶。お前が天然で助かった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第6章 時紡ぎの賢者



 昨日起こった出来事が夢だったと思えるような青空が広がっている。


「それにしても、この鍵なんだろう?」


 俺はぼんやりと中庭を一人歩いていた。


 手のひらの上には昨日鐘の中から見つけた鍵がある。


 かなりの年代物であるが、どうも金で作られているようで少し擦ったら本来の輝きを取り戻した。普通の鍵よりも随分小さい。


 レグルス達には昨日の出来事を表面だけサラッと説明している。


 戦闘状態になって先生達が来てくれた後に捕らえた生徒は、行方不明になった事にした。


 レグルス達は攻撃してきた生徒の生死は知らないので、そうしようと昨日先生や兄上達と話し合った。


「小さいな。ドアの鍵ではなさそうだ」


 後ろから不意に声がして驚いた。だがいつもの馴染んだ気配だったので、すぐに警戒を解いた。


「いきなり話しかけるな、びっくりするだろう」


 俺の言葉にティービアが軽く首を傾げる。


「珍しいな、お前がぼーっとするなんて」


 そう言って俺の隣に並んで歩き始める。


 俺たちの目線の先には授業を終えた生徒が早足に中庭を小走りで駆け抜けて行く。


「?」


 俺は目の前を駆けて行った一人の生徒が抱えているものが妙に気に掛かった。


「どうした?」


 ティービアが心配そうに覗き込んでくる。


「本にさ、鍵つきのやつってあったよな?」


 俺の質問にティービアが少し考え込んだ後、


「あれか、乙女のダイヤリーってやつ」


 ティービアの言葉に少しズッコケかけた。


「いや、素直に日記帳で良くないか?」


 まあ、仕様用途として日記帳が多いってだけなんだが。


「あー、葵が見たら殺すって言ってた日記帳のタイトルがそうだったんだ」


 あのな、鍵掛かってたらみれないだろう。


「まあ、針金一本で簡単に開いたから読んでみたが」


 読んだのかよ! 俺は興味津々の視線をティービアに送った。中身がちょー気になるんですけど。


「……読むんじゃなかった」


 青い顔で一言そう言ってティービアは言葉を切った。これ以上は聞かない方がいいって事か。一体何が書いてあったんだ!


 悶々とした気持ちを抱えつつも、脱線した話を元に戻す。


「つまり、この鍵はドアじゃなく本の鍵じゃないのか?」


 俺の言葉にティービアが若干色の戻りかけた顔でこちらを向く。


「と言うことは、次は本を探せばいいわけか」


 ティービアが鍵を見ながら言う。


 そう、本だ。そしてこの鍵が合う本がある場所、この鍵と同じ年月この学園に本があり続けられる場所。


「「図書館か!」」


 俺の声とティービアの声が見事にハモった。


 取りあえず、思いついたら時間がもったいないので俺たちは図書館に直行した。



「しかし、何処を探す?」


 入ってすぐにティービアが困ったような顔をして呟く。


 そう、この図書館の蔵書数はハンパない。


 本、本、本。何処を見ても本ばかり。


 しかも俺たちが見ているエリア以外に奥にも別のエリアが広がっているらしいと入り口の案内板に書いてある。


「何処見ても年代物の本ばかりだな」


 何だか目眩がしてきた。この鍵に合う本を探すのに何年掛かるんだ。


「珍しいね。イグニスとティービアが図書館に来るなんて」


 向こうから俺に気づいたルナが駆け寄ってくる。


「よう、ルナ。お前は図書館の常連だな」


 俺の言葉にルナはにっこり微笑む。


 ルーメンとつるむようになって、感情表現が豊かになってきているようだ。頼むからティービアにも教えてやってくれ。


「大体毎日来ているよ。読んでも読んでもいくらでも本があるから嬉しいよ」


 本当に嬉しそうに周りの本を見回す。俺にはとても理解できん。


 ちょっと待て、鍵のある本の事ルナに聞いてみようか。


「なあ、ルナ。年代物の本で、鍵付きのやつってこの図書館にあるか?」


 俺は昨日の鍵をルナに見せる。


「うーん、大体鍵がついているのは禁書が多くてね。表には無いと思うよ。僕も禁書のコーナーは行けないからね」


 そりゃいくら優等生でも読んじゃいけないものは読んじゃいけないよな。


 俺がうーんと唸っていると。


「先生なら禁書のコーナーにも入れると思うんだけど。事情を説明してフランマ先生に相談してみたら?」


 何故かわくわくした表情でルナが提案してくる。


「一緒についてくる気だな?」


「バレたか」


 俺のつっこみにルナは悪びれずに答える。どんだけ本が好きなんだ。


 昨日の今日で兄上と顔を合わせるのは気まずいんだが、仕方ないか。





「仕方ないなーイグニスは。いつまで経ってもお兄ちゃん子で♪」


 一度職員室に行き、フランマ兄上を強引に連れ出して事情を話しつつ図書館に戻ってきた。


 その間フランマ兄上のテンションは何故か上がりっぱなしだ。昨日のことが頭に無い訳じゃなかろうに。


 ……これが大人ってやつなのか。


「取りあえずちゃっちゃと禁書コーナーに案内して下さい」


 兄上のテンションについていけないティービアが呆れたように言う。


「まあここまで来てなんだけど、生徒は入っちゃいけないんだぞ。つまり連れて行っちゃいけない事になってるんだよ」


 兄上が真面目な事言ってる!


 俺とティービアが思わず顔を見合わせた。


「あらゆる場所を不法に入り込んでいる兄上が、何を今更でしょう」


 いきなり先生としての自覚が目覚めたのかとちょっと勘ぐった。


 目覚めるとしても今は止めて欲しい。もうちょい後でお願いします。


「うーん、ゼロ先生に怒られるんだよな~。なんかやる時はいちいち報告しろって言われてるし」


 あの後そうとう絞られたようだ。


「兄上、俺そろそろカロル兄上に手紙を書こうと思っているんですが」


 俺の突然の言葉にフランマ兄上が不思議そうにこちらを見た。


「そうか。それは兄上も喜ぶだろう」


 フランマ兄上も俺が何を言いたいのか計れずに戸惑っている。


「その手紙にフランマ兄上がいかに教師として頑張っているか書こうと思っています」


 その言葉を聞いた途端、フランマ兄上の顔つきが変わった。


「そうか、うん、俺は頑張っているぞ。兄上もそれを聞いてさぞ安心なさるだろう。さすがイグニス、しっかりした良い弟だ」


 うんうん、とやたら嬉しそうに兄上は頷く。


「でも、今回兄上は俺のお願いを聞いてくれないし、仕方ないからその事もちょこっとカロル兄上にご報告しないと」


 さっきまで喜色満面だったフランマ兄上の表情が目に見えて変わった。


「まて、イグニス。兄上に心配をかけてはいけないぞ。俺達はちゃんと仲良く頑張っているじゃないか! お願い? もちろん聞くぞ。俺はお兄ちゃんだからな。さあ、そうと決まればさっさと行こうか」


 先ほどまでのグズグズ具合はどこへやら、張り切って奥に向かって歩き出した。後ろから、


「あの、いきなりフランマ先生どうしたんだい?」


 戸惑ったルナの声が聞こえてきて、


「ブラコンを極限まで拗らせた結果だ」


 呆れたようなティービアの言葉が間髪入れず響いた。



 図書館の奥の奥。様々な蔵書がある区画を通り、ドアをくぐった。


「中庭か」


 ドアの向こうには渡り廊下になっていた。


 渡り廊下の左側は中庭になっていて噴水が設置されている。


「この場所はちょっと空間が異常になっているから気をつけろ。この渡り廊下から出るなよ」


 フランマ兄上が真面目な顔で注意を促す。


 俺は兄上が指さしていた噴水を目を凝らして見てみる。

「何か見えるか?」


 ティービアが小声で尋ねてきた。


 俺の目は噴水から溢れだしている水の様なものに引き寄せられた。


「アエルが流れ出ている」


 そう、溢れだしていたのは水ではなかった。大量のアエルが次から次に溢れ出ているのだ。


「もしかしたら、この噴水みたいなものが世界のあちらこちらにあって、アエルを循環させているのかもしれない」


「じゃあ、この他にも似たような場所が各地にあるということか」


 ティービアの言葉に俺は頷く。


 世界ってやつは複雑で上手くできてる。人間には理解出来ないことも多い。


 そうこう考えている内に、目の前に別の建物が見えてきた。


「さ、こっからは先生のみが入れるエリアだ」


 フランマ兄上が空中に数種類の模様を描いた。


「あれは風魔法の応用だね」


 ちゃっかり付いてきて、最後尾に陣取っていたルナが近寄ってきて教えてくれる。


 兄上の風魔法に呼応して、ドアが静かに開いた。先生達にはその鍵となる魔法が教えられているのだろう。俺が教えてもらっても多分使えないだろう。


 複雑な魔法は苦手なんだよ。


「さあ、どうぞ」


 フランマ兄上を先頭に、俺たちは建物の中に入っていく。


「雰囲気が違う」


 ルナが周りを見回してぼそっと呟いた。


 そう、重厚さが増した部屋は圧迫感さえ感じられる。


 古いのに埃っぽい感じがしないのは、管理が徹底されているのだろう。


 先ほどの生徒用の建物とは全く違う。


「さて、ここにもあまり生徒が見てはいけない内容の本もあるわけだが、まだ新しい時代の本が多い。その鍵の古さと、あの鐘の作られたであろう年代を推測して、300年位は遡らないといけないと思う」


 フランマ兄上が周りの本を見回しながら説明してくれる。


 ちょっとまて、300年前って言ったら。


「『暗黒時代』」


 俺の言葉にフランマ兄上が頷いた。


「昨日、あの後ゼロ先生と理事長と3人で鐘を調べてみたら300年程前に使われていた魔法文字が書かれていた。魔法ってやつは『暗黒時代』以前から使われていたが、その時代の大魔法使いパロスにより飛躍的に発展したんだ。……驚いたことにあの鐘にはそのパロスのサインがあった」


 え、ちょー有名人のサイン入りって。


「あの、兄上。誰も今まで鐘を調べなかったんですか?」


 俺は今思いついたばかりの疑問を兄上にぶつけてみる。


「鐘のある部屋が封印されていて近づけなかったんだよ。場所は分かるのにたどり着けなかった。あの2つの石が鍵だったようだ」


 その2つの石がある場所は特定の人間にしか解けないような日本語が書かれていた。


「兄上、300年前の書物がある場所に案内して下さい」


 俺は次に見つけたヒントが何か重大な事かもしれないと思う。


 ここまでして隠さなくてはいけない秘密とは何か、答えを知るのは怖いが、このまま何も知らないで過ごすことは出来ないような気がする。


「こっちだ」


 俺の言葉に兄上は頷いて部屋の奥を指さした。


 部屋の奥にはもう一枚扉があり、兄上はその重たそうな扉を開いた。


「魔法陣?」


 床には直径3メートルはあろうかという魔法陣らしき円陣が描かれていた。


「あー、魂抜けたりしないよな」


 この世界に来る前の世界で使用した魔法陣とは模様が異なるが、ちょっと不安が横切った。


「何でもありの世界だからな。あり得るかもな」


 ティービアもちょっと不安そうに魔法陣を見ている。


「さあ、この魔法陣の真ん中に座ってくれ」


 兄上が手招きしている。


「座るんですか?」


 フランマ兄上の隣に座りながら尋ねる。


「そうだ、ちょっと体を留守にするから、倒れたら困るだろう」


 フランマ兄上の言葉に俺とティービアは青ざめた顔を見合わせた。


「……やっぱ抜けるんだって、魂」


 俺の言葉にティービアは無言で首を振った。


「え、魂? 何それ。どういうこと?」


 ティービアの横でルナが不安そうな顔をしている。


「よーし、始めるぞ~」


 俺たちの不安な気持ちを無視し、兄上は楽しげに空中にいくつかの魔法文字を描いていく。


 足下の魔法陣が徐々に光り始めた。


「このままこの世界とおさらばとかないよな~」


 葵を一人で残して行くわけにはいかないんだが……。


 うだうだ考えている間に、魔法陣の輝きは最高潮に達し、俺は意識を失った。





 静かだった。


 何の音も聞こえない。


 この感覚には覚えがある。この前の世界で魔法陣に入ってから味わった感覚だ。


「フランマ兄上、ルナ、ティービア何処だ?」


 俺はゆっくりと周りを見回す。3人の姿は見えない。


 ここは前の様な意識世界なのか? だとしたら記憶は共有されるはずなんだが。


「ああ、いたいたイグニスみっけ」


 後ろから突然フランマ兄上の声が聞こえる。さっきまで誰もいなかったはずなのに。


「兄上、無事ですか」


 振り返ると声の主のフランマ兄上、ルナ、ティービアの3人が立っていた。


「イグニスで最後だよ。さて、ここは世界の記憶の集まる場所だ。生身の体では来れない場所なんだ」


 フランマ兄上は何も無い空間を迷うことなく歩み出した。


「特殊な魔法が流れていてね、それを読みとれない人間は迷ってしまうんだよ」


 俺は不思議な空間をゆっくりと見渡してみた。が、光の粒子が舞っているのが見えるだけでどれが魔法か分からない。


「兄上がいないと迷子になっていたわけですか」


 俺の言葉に兄上は微笑む。


「読みとるにはコツがいるんだ。この学園全体が同じ様な魔法に包まれているから、一度読みとれるようになると大抵の場所に出入り出来るようになるんだ」


 それで兄上はあっちこっち入り込むことが出来たんだ。


 兄上の説明を聞いている内にある一点に光が見えてきた。


「さあ、出口だ」


 光に向かって一歩踏み出すと一瞬周りが見えなくなった。





「イグニス、大丈夫か」


 隣でティービアの声がして慎重に目を開けた。


「え、宇宙?」


 そこは昔プラネタリウムで見た満天の星空が広がっていた。


「あちらこちらに惑星らしきものも見えるな」


 ティービアも驚いたように周りを見回してる。向こう側にいるルナは声もなく星空を凝視していた。


「うちゅう? そうか、おまえ達の世界にはそういうものがあったんだな。俺はただの夜空にしては様子がおかしいと思っていたんだが」


 兄上は何やら一人納得していた。


「兄上はここに来たことがあるのですか?」


 俺の質問に兄上は静かに首を振った。


「いや、初めてだ。行き方は聞いていたが中がこんな風になっているとは知らなかった。俺たちの世界の常識も限界があるということか」


 兄上は少し寂しそうに微笑んでいる。その微笑みを見ると胸が痛む。


「おい、イグニス。地球がある」


 俺の左腕を引っ張りながらティービアが宇宙の一点を指さしている。


 俺はティービアの指の先を辿って懐かしい青い惑星を見つけた。


「本当だ。地球がある」


 実際に見たことは無いが、映像や書物で見た地球そのものが星空の中に浮いている。


「それが書物だよ」


 フランマ兄上が俺たちの見ている地球を指さして言う。


「え、でもこれ惑星じゃ」


 俺の言葉にフランマ兄上が静かに首を振る。


「ここは思念の世界なんだ。誰かがおまえ達の興味を引くものを目印にしたんだな」


 確かに、この宇宙の中で地球があれば俺たちはきっと興味を持つだろう。だが、この世界の人間が何故地球を知っている?


 考えてても仕方ないので、俺は地球に近づき手を伸ばしてみる。


 それは少し光を増した後、その形を変え、一冊の本になった。


 俺がその本を手に取った途端、宇宙は消え、世界は真っ白になった。


「イグニス、その本鍵が付いている」


 ルナが俺の手の中の本を見てつぶやく。


 確かに本には小さな鍵穴がある。


「この鍵で開くかな?」


 言葉では疑問形になってはいるが、心の中では間違いないとの確信があった。


 皆が見守る中、俺は鐘の中から見つけた鍵をその本の鍵穴に差し込みゆっくりと回した。


 カチッ。


 小さな音がした。


 俺は鍵を外し、本を開いた。


 その瞬間、本から眩しい光が飛び出した。





「この本を開いたのは誰ですかぁ~? 名前を名乗って下さい。今の名前では無く、最初の世界の名前でお願いしますー」


 本から飛び出した光に一人の人物が映し出さされ、ベラベラ話し始めた。初めて見る顔だ。


「最初の質問を繰り返します。この本を開いたのは誰ですかぁ~? 名前を名乗って下さい。今の名前では無く、最初の世界の名前でお願いしますー」


 最初の世界の名前? 変なことを言う人物だ。


「刀夜だけど」


 俺が何も考えず告げると、ティービアが慌てているのが分かる。あ、考え無さすぎたかな。


「刀夜ですか♪ 了承しました。この本の閲覧を許可しまぁーす」


 何だかあっさりと許可が下りてしまった。


「質問をどうぞ。この本は普通に読むのでは無く、質問に答えるものです。あらかじめ予想される範囲で質問の答えは書かれてありますのでぇ、それを読み上げる方式になっています」


 あー、このしゃべり方とメンドクサい程頭良さそうな方法は誰かを思い出すな。


「じゃあ、初めに。あんた誰?」


 俺の率直な質問にフランマ兄上とルナがズッコケかけたのが気配で分かった。ティービアはこれぐらいじゃ動じない。


「さすがにこの姿じゃ分かりませんよねぇー。コクマです、お久しぶりです♪」


 俺とティービアが固まった。


 コクマと言えば、晶が死んだ後、その体に入った『世界樹の旅人』だ。俺に世界樹の事を色々教えてくれた人物で、暫く晶のフリして生活していたが俺が葵を探しに旅立った後、保護していた晶の魂を俺の元に飛ばして自分も旅立ったはずだった。


「お前、ここで何してるんだ」


 のほほ~んとしたコクマの口調に毒気を抜かれ、呆れたように尋ねる。


「パロスという魔法使いやってましたぁー」


 コクマの答えに兄上とルナが悲鳴を上げた。


 それ、『暗黒時代』の大魔法使いの名前なんだけど。なにげに有名人やってるんだろう、コイツ。


「いやー、刀夜と晶と別れた後、この世界のパロスという魔法使いに入って生きていたんだけど、ちょっと色々巻き込まれまして、こんな形での再会になりましたぁー」


 あははは、と笑いながら説明する大魔法使いを見ていると頭痛くなってきた。


「今までの色々な仕掛けは、俺たちの為に作ったんだな? 何故俺たちがこの世界に来るのが分かったんだ?」


 俺の質問にコクマは少し考え込んで(検索して?)いた。


「このパロスという人物なんですが、予知という能力がありまして、その能力で、この世界にいずれ刀夜、晶、葵の3名が来る事が分かりましてね、君たちのみがここにたどり着けるように工夫しました」


 この本、本当に予測だけでスラスラ答えているんだろうか、全くストレスを感じさせない答えだ。


「本を残すということは俺たちに伝えたい事があったのか?」


 そう、ただ懐かしいというだけでこんな手の込んだ事はしないだろう。


「さすが、刀夜。飲み込みが早くて助かりますぅ」


 映像のコクマは嬉しそうに両手を前で合わせている。芸が細かい!


「実は、この世界の危機が迫ってまして、警告とお願いの為にこの本を記しました」


 警告は分かるけど、お願い? 嫌な予感がするんだが。


「警告とお願いとは何だ?」


 俺の質問にコクマが真剣な顔になる。


「まず、警告ですが、この世界が崩壊の危機を迎えています。刀夜は光と闇の魔法使いをご存じですか?」


 いきなり普通の口調になるな! そして何故この話題。


「知っている。今探しているし」


 俺の言葉にコクマは大きく頷いた。マジでこれ本物じゃないかってタイミングで動くよな。


「まあ、ここまで来られたいうことは、そういう事になりますね」


 俺たち無視して勝手に結論に至るコクマ。なんか引っかかる言い方だな。


「危機というのは光と闇の魔法使いに関してなんですが、今私が語れる事は限られています。ぶっちゃけ制限されているんですね」


 おいおい、引っ張っておきながら語れないって……。


「じゃあ、危機に関してはどうすりゃいいんだよ」


 俺の言葉にコクマは少し考え込んだ。


「光と闇の魔法使いについては今は語れません。よって自動的に次のお願いに移行します。実は私の友人2人が大変な事になってまして。それを助けて欲しいのです」


 ポンポンと話が飛ぶところもコクマらしいが、これが結局最後にはつながるのがコクマの話し方なので、根気よく聞くしかない。


「そのお前の友人2人はどうしたんだ? つーかその2人何歳だよ!」


 俺はコクマにツッコミつつも先を話すように促す。


「現在その2人の内の1人は私のことももう1人の事も覚えていません。記憶が封印されているのです。まあ、かれこれ300年は軽く生きてます」


 なんか頭痛くなってきた。それもうちゃんと生きているんだろうか。もしかしたら人間じゃないかも。


「友人の記憶の封印を解くには、水の神殿に行かなければなりません。その鍵となるのが、今私が生えてる本です」


 本から光が出て、それに映像が写っているので確かに本から体が生えているように見えなくもないが、その言い方はちょっとなー。


「封印を解いたらどうなるんだ?」


 本から生えてるコクマに聞いてみる。


「友人は光と闇の魔法使いについて知っています。その友人が最後の扉の鍵についても教えてくれるでしょう。その友人に力を貸してやって下さい」


 なるほど話が繋がった。つまり俺たちのやることはこの本を持って水の神殿とやらに行き、コクマの友人の封印を解いて光と闇の魔法使いの事を聞き、さらに最後の扉とやらを目指すというわけだ。


 俺が確認を取るとコクマは満足そうに頷いた。


「最後の鍵は二つ。それはおのずと現れますので、気にしなくていいです。ただそれが機能するかどうかは刀夜次第です」


 おーい、俺かよ。意味わかんねー。それをコクマに聞いてもまともな答えは出てこないだろう。俺たちと思考回路が全く違うレベルの奴だからな。


「その鍵が機能しない場合は、世界が崩壊する可能性があるということか」


 それまで大人しく聞いていたティービアがとんでもないことを言う。


「そういう事です。まあ、機能したとしても選択を間違えればこの世界は崩壊します」


 飄々とぶっそうな事をコクマが言う。


「さて、そろそろ刀夜達も元の世界に戻らないと。あまり長く体を離れていると戻れなくなる可能性がありますので♪」


 それを先に言え!


「フランマ兄上」


 俺が振り返ると静かにコクマと俺のやり取りを聞いていたフランマ兄上が軽く頷いた。


「こっちだ。はぐれるなよ」


 フランマ兄上がゆっくりと歩き始める。


「コクマ、来い」


 俺が本に向かって手を伸ばすと、本からコクマの姿は消え、俺の中に吸い込まれた。


「現実世界では刀夜の体に入っています。必要な時以外は眠っているようなものなので、気にしないで下さい。では、お休みなさーい」


 そういって反応が消えた。


 俺とティービアは先を行く兄上とルナを追って走った。





「全員無事か?」


 フランマ兄上の声が聞こえて俺は目を覚ました。


 ルナとティービアも同時に目を覚ましたようだ。


「どうやら無事に帰ってきたみたいだ」


 座っている場所は魔法陣。現実世界の図書館に帰ってきたのだ。


「お帰り~。楽しかったか?」


 突然扉の方から声がして、俺たちは慌ててそちらを向く。


「あはは、ゼロ先生ただいまー」


 ちょっと焦ったように兄上が仁王立ちをしているゼロ先生に手を振る。


「俺の言ったこと1ミリたりとも理解していなかったようだな。さあ、何があったか洗いざらい話してもらおうか」


 こめかみの辺りをひきつらせつつゼロ先生が近づいてきてフランマ兄上の後ろ襟を掴んで引きずって行く。


「ああ、お前等もだ」


 恐ろしい笑顔で振り向いたゼロ先生に俺たちは黙って頷くしかなかった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第7章 追憶


 俺は今、囲まれていた。


 ゼロ先生に説教をくらい、途中でフランマ兄上を生け贄にしてやっとこさ部屋に帰ってきた所だ。


「普通さ、誘うよね」


 ホッペを膨らましたルーメンが俺の前にいる。


「勝手に行っちゃうしね。ティービアとルナだけ連れて」


 怖いくらいに無表情のレグルスが俺の右隣。


 俺は左に視線をやった。こっちには味方がいるはずだ。


「まあ、悪かった」


「ごめんね、勢いで行っちゃった」


 俺の味方のはずのティービアとルナの2人はあっさり全面降伏していた。


「わ……悪かった」


 取りあえず、抵抗は無駄なようなので素直に謝っておく。


 危険がないわけではなかったので、レグルスを連れて行くには抵抗があったのは言い訳ではない……ハズ。


「次は一緒に行くからな」


 レグルスがずいっと近づいてきて宣言する。


 ああ、次置いていったら殺される。


 四面楚歌的な状況は開いた扉の音で終わりを告げた。


「あー、絞られた絞られた。もう嫌!!」


 ゼロ先生に長々と捕まっていたフランマ兄上が精神ボロボロになって帰ってきた。


「兄上、どうでしたか?」


 あの鬼! とか、だからモテないんだ! とか好きなだけゼロ先生の文句を言っている。


「取りあえず、次の水の神殿には同行させろって言われた」


 やっと落ち着いた様子のフランマ兄上がぽつりと言った。


「それはいいんだけど、次の水の神殿って何処にあるの?」


 そう、あの鍵一本で図書館までは上手く辿りつけた。


「その場所は大魔法使い殿に聞いてみたらどうだ?」


 兄上の後ろからゼロ先生が扉を開けて入ってきた。兄上、悪口聞かれてますよ絶対。


「でもあいつ、俺の体の中に入っちゃったんですけど」


 そう、本から生えていたコクマはあの空間を出るときに俺の体に入ってきたのだ。特に反応が無いので自覚はないが。


「前の世界でコクマが俺の体に入っていた時は普通に会話出来たぞ」


 横から皆に聞こえない程度の声でティービアが助言してくる。


 俺はティービアの言葉に従って自分の中で言葉を紡いでみる。


『あー、コクマ。聞こえるかぁーい』


『なになに? どしたの?』


 軽ーいノリで返事が返ってきた。でも、コイツ今は本じゃなかったけ?


『水の神殿に行きたいんだけど、どうすれば行けるんだ?』


 あっさり教えてくれたらめっけもんだけど、話せない部分もあるらしいからな~。


『ほらほらポケットの中に鍵があるじゃないか。それを使えばいいんだよ』


 そう言われて俺は上着のポケットに手を入れてみる。そこには二つの石が入っていた。


 鐘の部屋でどこかに行ったものと思っていたが、しっかり戻ってきていたらしい。


『その鍵が最後の水の神殿に連れて行ってくれるよ。ただ、覚悟はしておいてね、辛いものを知ることになるから』


 辛いもの? 俺が唸っているとティービアが隣にやってきた。


「どうした、問題があるのか?」


 心配そうに覗き込んでくる顔を見て、ふと気づいたことがあった。


「なあ、お前さ、もしかしてレグルスが葵って知ってた?」


 この前鐘楼で鍵を手に入れた後に、フランマ兄上やゼロ先生や理事長に事情を説明した時にコイツは何も言わなかった。俺は葵の事を一言も説明していなかったのに、普通に納得していたのだ。


「まあ、そうじゃないかと思っていたからな。あの性格とお前の態度を見ていれば何となく分かる。お前が言わなかった理由も分かるしな」


 そう言ってはいるが、少し拗ねたように横を向くのは見逃さなかった。 すまん、意外とお前心が広いんだな。いや、この世界に来て少し成長したのかもしれない。ルーメンや、ルナや兄上やゼロ先生と一緒にいたことも悪いことではなかったようだ。


「ところで、コクマは何て?」


 機嫌を無理矢理直してティービアが尋ねてくる。


「どうやらこいつがまた鍵らしいな」


 俺はポケットから出した楕円形の二つの石をティービアに見せた。


「さあ、水の神殿に案内してくれないか?」


 俺が話しかけると同時に、二つの石が発光して浮き上がった。石は回転しながらふわふわと部屋を出ていく。


「今回は誰が行く? 俺は行くぞ、先生だからな」


 ゼロ先生が先頭を切って部屋を出る。


「俺も行くぞ。お兄ちゃんだからな」


 フランマ兄上が楽しそうにそれに続く。


「僕も行く~。今回は行くからね~」


 ルーメンが絶対に譲らない顔をしている。


「ルーメンが行くなら僕も行くよ」


 迷いもなく、ルナが続く。


「はいはーい、絶対参加。今度は置いて行かれてたまるか!」


 ちょっとは迷って欲しい人物はあっさり参加を表明。


「さて、行くか」


 俺の方を振り向いてティービアが笑う。


 泣いても笑っても小難しく考えても行くしかない状況は変わらない。仲間を守らないと、って考えるより仲間が多くて頼もしいと考えよう。


「そうだな。行こう!」


 俺も決意を新たに部屋を出た。





 先ほどの石はゆっくり寮を出て校舎の方に向かう。


「また校舎に仕掛けがあるのか?」


 先頭を行くゼロ先生が呆れたように呟く。


「どうやら、そうでもないようですよ」


 ゼロ先生に並んでフランマ兄上が石の目指す方向を指さした。


 石は校舎を回り込んで裏手を目指していた。


「あっちは鬱蒼と茂った森ですけど」


 ルナが困ったように指摘した。


 そう、このケントルム学園はかなり標高が高いようで、周りには山ばかりが見える。その山の上の天然の森の中に切り開いて作られているようなものなのだ。


「さすがに私もこの奥に行ったことはないなー」


 フランマ兄上が学園生活を思い出しているようだが、心当たりはないようだ。


「俺もあまりないな。大体、必要もなかったからな」


 ゼロ先生も経験がないようだ。


 その間にも石はどんどん森の奥に入っていく。


 暫く歩いていると、何か塔のようなものが見えてくる。


「こんなもん、あったか? 聞いたことねーぞ」


 ゼロ先生が呻きながら塔を見上げた。塔と言っても周りの木が高すぎて、空からでも見えにくくなっている。


「入り口がないな」


 ティービアが塔の周りをぐるりと調べる。形は正方形で、幅は縦横3メートルほどだ。


「何かまた謎かけはないかな?」


 塔を調べていると、刀夜、葵、晶の名前が彫ってあった。300年も前にパロスとなったコクマが彫ったのだろうか。


 ……たった1人でこの仕掛けを作ったのか。


 この仕掛けの意味がストンと頭に落ちてきた。そう、3人が揃うことを信じて彼が自ら彫ったのだろう。


「長い間待たせてごめんなコクマ。やっとたどり着けたぞ」


 俺は自分の名前が書かれた部分にそっと触れた。続けてティービアも同じように晶の部分に触れる。


「レグルス、残りの部分に触れてくれないか」


 俺はレグルスに残った葵の文字に触れてくれるように頼んだ。


「何で、僕が。まあ、いいか」


 性格上、深く考えないレグルスが俺の言葉に従ってくれる。


 レグルスが手を触れた途端に文字が輝きだし、扉が現れた。


「これもお前達が来るのを予知して作ったのか。とんでもないな」


 フランマ兄上が呟くのが聞こえた。確かにコクマの力は俺たちの想像を超えている。一体何者なのか。


「さーさ、もう入っていい?」


 ルーメンが我慢できなくなって一行を急かしている。


「ここでうだうだ言ってても仕方ない。入るぞ」


 注意しつつゼロ先生が塔に入っていく。次にルーメン、ルナ、レグルス、ティービア、俺、フランマ兄上の順で入る。


 中には何もなく、これだけの人数で入るとちょっと手狭な感じがした。


「何もないな」


 ティービアが壁を調べ始めた。俺は天井を見てみる。塔の中は吹き抜けになっていて、天井はかなり高い。


 ガコン。


 不気味な音が部屋中に鳴り響いた。扉が自動的に閉まるのが目の端に写る。


「何、何の音?」


 レグルスが驚いてしがみついてくる。


 途端に部屋の床が静かに沈み始めた。ゆっくりゆっくり降下している。


「エレベーターだったのか」


 ティービアの言葉に俺は頷いた。確かにこれはエレベーターだ。


 部屋の床は大体20秒ほど沈んだかと思ったら突如停止した。どうやら下についたようだ。


「うえ、気持ち悪い。なんだ今の浮遊感は」


 ゼロ先生が気持ち悪そうに床から降りた。ルーメンもルナも気分が悪くなったのか胸のあたりを押さえている。


「すごーい、今の何、面白かった。帰りにもう一回できるのかなー」


 1人元気に楽しんでいるレグルスを見て、俺とティービアはため息をついた。


「おい、奥が真っ暗で見えないぞ」


 床の周りは上からの光に照らされてうっすらと見えるのだが、それより先は真っ暗で危険すぎで進めそうにない。


「ちょっと待ってくれないか」


 ルナの声が聞こえたかと思うと、途端にあたりが見えるようになった。ルナが火の魔法を指先に灯したのだ。


 その魔法に照らされて俺たちの目の前に写ったのは、湖だった。


「地底湖か」


 そう、それはまさに地底湖だった。俺もテレビでしか見たことないけど、この湖があちらこちらに繋がっているんだろうな。


「さて、ここからどう進むかだな」


 そう言っているフランマ兄上の横を発光した鍵の役目の石が通り過ぎていく。向かった先は……。


「あ、湖に飛び込んだ」


 ルーメンが驚いて声を上げた。そう、あろうことか石は二つとも湖に飛び込んでいったのだ。


「これはもう、飛び込めと」


「あー、着替え持ってくれば良かったですね、ゼロ先生」


「僕、あんまり泳げないんだけどなー」


「大丈夫だよ、ルーメン。僕は泳ぐの得意だから」


「てか、水の魔法で蹴散らせないかな?」


「どうするイグニス。俺が先に行ってみようか」


 飛び込む気満々の一同を見て、さてどうしたものかと考える。


『なあ、コクマ、これ水泳しないといけない感じ?』


 心の中のコクマに聞いてみる。


『大丈夫だよ、ほら、湖の中に階段があるだろう? 降りてごらん。水はただの水滴の集まりだよ』


 俺はコクマの言葉を信じて湖に一歩足を踏み入れる。正確には湖の中の階段を下りたのだが。


「おい、イグニス大丈夫か?」


 心配そうなティービアの声が聞こえてくる。見上げると水面の様に皆の姿が揺らめいていた。この水のように見えていたのは霧のように立ちこめた水の粒子だったようだ。


「大丈夫みたいだ。滑らないように階段を下りればいい」


 皆に声を掛けてから、さらに下に降りていく。


 ようやく足が底に着いたので、上を見上げて皆の様子を見ようとしたら、


「誰もいない」


 そう、そこには仲間の姿は無かった。それどころか降りてきた階段すらも存在しなかった。


「おーい、皆何処行ったんだー」


 上に向かって思いっきり叫んでみたが、返事はない。どうやら進むしかないようだ。目の前には思いっきり怪しげな扉が現れていた。


「選択肢は無いよな」


 俺は覚悟を決めて扉に手をかけた。





 そこは広間だった。上を見ると天井が水面の様に見えている。


「何か罠があると思ったんだが、さすがにコクマもそこまでしないか」


 ゆっくりと慎重に奥を目指す。


『でも、コクマだから何か意味があるんだろうなー』


 目の前に白い靄がかかったと思ったら、そこから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「俺の声?」


 そう、自分がいつも聞いているのとは少し感じが違うような気がするが、明らかに自分の声だ。


『そう、だって俺はお前で、お前は俺だし』


 俺の言葉に応えるように、白い靄が人の形を作り、俺がもう1人現れた。


「やっぱ俺だ。コクマのやつ、何考えてるんだ」


 もう1人の俺は、口の端を上げてニヤリと笑った。俺、こんな笑い方しないと思うけどなー。


『コクマはチャンスをくれたんだよ。この世界で重い役目を背負うより、この場所でゆっくり生きる事ができるというね』


 もう1人の俺は両手を広げてこの部屋の真ん中に立つ。


「重い役目ってなんだよ。俺は葵と晶と一緒にいたいだけだぞ」


 もう1人……面倒くさいからイグニスでいいわ。俺は俺だし。


 イグニスは呆れたような顔で俺を見る。自分の顔でもちょっとムカつく。


『お前は好きなだけこの場所にいればいい。必要なものは全てそろう。さあ、お前の欲しいものはこれだろ?』


 イグニスの後ろから人影が近づいてくる。周りの風景が変わり、一瞬目眩がした。


「あら、どうしたの? 何か悪いものを拾って食べたの?」


 俺が目を開けたときには俺の腕に絡みついている黒髪の美少女がいた。


「葵?」


 そう、そこには会いたくてずっと探し続けている少女が笑っていた。


「食べたんじゃなくて、誰かに食べさせられたんじゃないか? 実験台として」


 葵の後ろから背の高い黒髪の少年が現れた。顔は良いのにあまり表情が動かない。


「晶……お前、その姿」


 俺は驚いてあわてて鏡の代わりになるものを探し、いつの間にか側に駐車していた車のバックミラーをのぞき込んだ。周りは見慣れた通学路になっている。


「俺も元に戻ってる」


 そう、そこにいるのは始まりの世界での高校生の神城刀夜だった。


「どうした、どこか悪いのか? 救急車呼ぶか?」


 晶が心配そうに近寄ってきた。


「あらやだ、晶ったら。いきなり救急車呼ぶの? 別に倒れた訳じゃないんだから歩いて行ったらいいのよ。私がこうして腕組んで行ってあげるわ」


 そういって、葵が更にしがみつく力を強める。


「はあ、刀夜に何かあったらお前を祟ってやる。全部お前のせいだ」


 よく分からん絡み方をして晶が葵の胸ぐらを掴む。おい、仮にもそれはお前の双子の姉だぞ。顔のパーツがほぼ同じ人間によくそんな事ができるな。


「やだー、刀夜。ねえ、晶がいじめるのよ~」


 台詞とは反対に楽しそうに葵が笑う。


「そうだな、でも大体お前の方が悪いから、しゃーないよな」


 俺の言葉に葵は一度固まったが、その後弾けるように笑い出した。


「やだー、刀夜ったら面白い。だから好きなのよー」


 何処でウケたのか分からないが、まあ楽しそうだから良しとしよう。


「刀夜、こんなのに付き合うことないぞ。そうだ、何処かに寄るって言っていたな。付いていく」


 晶が俺を葵から引き離し、連れて行こうとする。


「ちょっと、私も行くわよ。あんたとじゃ刀夜も面白くないじゃない。ムードメーカーの私を置いていってどうするのよ」


 葵が必死に食らいついてくるのに晶は心底嫌そうな顔をする。……だから、お前のお姉さんだって。


「まあまあ、筆記用具が欲しいだけだから、駅前の文房具屋に寄りたいだけだから、一緒に行くか?」


 俺が話しかけると、葵と晶は同時に「行く」と返事した。そういうところのタイミングは本当にバッチリだな。


 俺はいつの間にか『世界樹の旅人』だった事の方が夢だったのではないかと思い始めていた。こちらの世界が本当の世界なのではないかと。


「それでさ、先生がね。君は個性的すぎるから周りに合わせていかないといけないよって言うのよ。生徒の個性を尊重しなくてどうするのかしら」


 先頭に立った葵が楽しそうに話している。


「先生もえらく控えめに言ったな。変人じゃなくて、個性的だって。なあ、晶」


 俺は隣の晶に話しかける。俺の言葉に晶は少しだけ微笑んだ。


「そうだな、迷惑だから大人しくしとけってくらい言っても凹まないぐらい神経が図太いのに」


 俺と晶の言葉に「ひどーい」っと言って怒ったフリをする葵が懐かしい。


 俺は嬉しくなって、晶を促して先を行く葵に近づこうとした。


 ……え、誰かが腕を掴んでいる?


 そう、俺の左腕は空間から突如生えている腕に捕まれていた。


「おい、晶、葵。何だか変なもの捕まれているんだ。助けてくれ」


 俺は振り払おうと必死に左腕を振るが、掴んでいる腕は一向に離れない。むしろ掴む力が強くなっている。


 先に行った葵と晶が振り返って戻ろうとしていた。


「刀夜、目を覚ませ。そこは幻だ」


 俺を掴んだ腕の先からここに来るまで隣で聞いていた声が聞こえる。


「ティービア?」


 その声を聞いて目が覚めた。そう、ここは現実の世界ではない。前を見ると、心配そうに駆け寄ってくる葵と晶がいる。


「そうだよな。葵も晶もあの姿な訳ないもんな。今は違う姿をしているんだよな」


 自然と涙が溢れてきた。幸せだった時間。その時は当たり前で普通の生活だった。もっといっぱい一緒にいろんな事をしておけば良かった。


 そんな辛い思いが次から次へと浮かんでくる。今も晶が記憶を持って一緒にいてくれる事が唯一の救いだが。葵も記憶を残してくれていればな。3人で一緒に思い出を語れたら楽しかっただろうな。


「刀夜、どうした。こっちへ来るんだ!」


「刀夜、しっかり。こっちに来て!」


 向こうから葵と晶が必死に俺を呼ぶ。


「刀夜、戻ってきてくれ。俺を1人にしないでくれ……」


 ティービアの消えそうな声が聞こえる。俺には晶がいる。そして記憶はないけど、葵も側にいる。それだけでいい。思い出は何度だって作ってやる。


「ごめんな、葵、晶。俺帰るわ」


 俺の言葉に葵と晶は寂しそうな顔で俺を見つめる。


「やっぱり行っちゃうのね。ここにいれば寿命が尽きるまで一緒にいられたのに」


 諦め顔の葵が残念そうに呟く。


「そうか、行くのか。刀夜ならそう言うんじゃないかと思ってたんだ。例え、一時俺たちといても」


 本当に残念そうに晶は俯いた。マジごめんな、葵も晶も本物ではないとはいえ、久しぶりに癒されたし。


「ありがとうな、懐かしかった。大事なことも思い出したし、迷いも吹っ切れた。葵の記憶が無いのがやっぱり心の何処かで引っかかってたんだな」


 そう、どんなに探しても葵は昔のことを覚えていない。それは分かっていた。分かっていて追っかけていたが、いざ会って本当に覚えていないと、結構ショックを受けた。


「……それでも、出会った葵はいつも葵だ」


 魂は同じ。出会えばやっぱりそう思う。……だから。


「悪いな、今帰るから」


 俺は掴んでいた腕を逆に強く掴んだ。ティービアの腕が力を込めて俺をこの世界から引っ張り出した。


 最後に幻の葵と晶を振り返ると、二人とも笑っていた。そして、「行ってらっしゃい」と口が動いているのが分かった。幻でも、あの二人はやっぱりあの二人だった。





『あーあ、邪魔するなよティービア』


 元の世界に戻った俺は、ご機嫌斜めなイグニスの声を聞いた。隣には心配そうに俺を見るティービアがいた。


「サンキュ、晶。助かったわ」


 今の名前ではなく、馴染みの名前で呼ぶ。晶は驚いた顔をした後、ふっと笑った。


『反則だぞ。普通は自力で出なきゃならないのに、ティービアの力を借りるとか』


 イグニスはビシっとティービアを指さして抗議する。


「これもコクマの仕掛けたものか」


 俺が尋ねると、


『そうだよ、意志の弱いものは全てが終わるまでここで匿う仕掛けだったんだ。まあ、お前のことだから途中で抜け出すだろうと思ったんだが、ティービアが一瞬で抜け出して来たのは計算外だった』


 俺がティービアの方を見ると、しれーっと上を向いてやがった。


「こいつも何か見たのか?」


 ちょっと気になってイグニスに質問してみる。


『まあ、お前と似たようなモン見せたけど、一瞬で姉貴殴って出てきたな……』


 まあ、何となく想像はできる。幻とはいえ、実の姉貴を躊躇いもなくブン殴るこいつが恐ろしいわ。


「刀夜を殴るのだけは嫌だったんだが」


 ティービアがもの凄い落ち込んでいる。でもやっぱ俺も殴られたんだ。


『あのな、あれは殴るとは言わないから、完全にゆるいデコピンだから。なんで、姉貴はマジ殴りなのに、刀夜はデコピン』


 おまっ、葵に何したんだ。本当に躊躇わない奴だな。


「デコピンで出れるのかよ」


 俺も最終デコピンしなきゃいけなかったのか?


『デコピンでもビンタでも言葉だけでもその世界を否定したらいいんだよ』


 そうか、別に殴らなくても良かったんだ。はー、助かった。2人を否定するとかマジ無いわ。


「まさか、他の奴らも同じ目に?」


 俺とティービアだけがこんな目にあってるってのはおかしい。


『そうだ、公平だろ?』


 イグニスが楽しそうに言う。


「ティービアが俺の幻に干渉できたって事は、俺も他の奴の幻に干渉できるってことだよな」


 俺の言葉にイグニスが嫌そうな顔をする。やっぱりか。


『本当に『世界樹の旅人』ってやっかいだな。その中でもお前は特にやっかいだ。どうしても記憶を封じ続けるんだな』


 イグニスの言葉に頭の奥がチリっと痛む。


 突然目の前に青い空と美しい街並み。微笑む人々が現れた。


 そして、開いた扉の映像が映る。


「あの……扉は……まさか」


 言葉を発した途端に全ての映像が消えた。


「イグニス、そろそろ皆の所に行かなくては」


 ティービアが俺を急かしてくる。頭の隅で出掛かっていた言葉が氷が溶けるように消えていく。何か思い出しかけたんだけど。


『そろそろ俺も消える時か。パロスの企みも、お前にだけは通じないんだよな。まあ、それでいいのかもしれないな』


 謎の言葉を残し、イグニスは薄れていき、やがて消えた。


「パロス……コクマの企みって何だ?」


 イグニスの消えたあたりに問いかけてみるが、もう返事は帰ってこなかった。


「行こう。皆捕まっているようだ」


 気配を探ってみると、案外皆近くにいるようだ。取りあえず、一番近くの気配に近づいていく。


「壁があるな」


 暫く行くと、目に見えない薄い壁のようなものがあった。


「無理矢理穴を開けて入るんだ。それが幻と現実の境界線だ」


 ティービアがゆっくりと壁に向かって手を伸ばし、それを引き裂いた。


「うを、マジで開いたわ」


 素手で開けられると思っていなかったのでちょっとビビった。


「行こう。誰の幻か分からないので、自分を保てよ」


 そう言ってティービアが先に入っていく。それに遅れないように俺も後を追う。





「天才だ。やはりこの子だろう」


 小さな小部屋におかっぱ頭の子供が座っていた。周りは影のような人間が取り巻いていて部屋の中央の子供を褒めている。


 部屋には小さな天窓が付いているだけで少し薄暗い。


「人間が影のようだ」


 周りの人間らしきものには質感とか存在感がない。


「多分、中央にいるルナのイメージなんだろう」


 そう、部屋の中央に座っている子供はルナの面影を宿していた。


「だれ? もうおむかえがきたの?」


 子供のルナが俺たちに話しかけてくる。


「ルナ、お迎えって何だ?」


 俺はルナと目線を合わせるため座り込む。


「だって、ルナは『闇の魔法使い』だから、がくえん? にいかないといけないんでしょう?」


 ルナの言葉に俺とティービアは顔を見合わせた。ルナが『闇の魔法使い』だって?


「『闇の魔法使い』は『光の魔法使いに』あっちゃだめだからこのおへやから出ちゃだめなの、いまは」


 そうか、『光と闇の魔法使い』は破壊の象徴として伝わっているから、会わせないようにこの部屋に閉じこめているのか。


 そもそも、その存在自体が謎だったのだが、昔の偉い人が書いた本によると、『光と闇の魔法使い』の魔力がデカすぎて、一度出会ったときに世界が崩壊しかかった、って書いてあった。反発するとか何とか難しい説明が書かれていたが、俺はそんなもの信じてもいなかった。


「じゃあ、今すぐこんなとこ出よう」


 俺はルナの手を引く。


「でもここからでちゃだめなんだって」


 ルナは小さいながらも必死に抵抗する。


「大丈夫だよ。もうルナはこの部屋を出て学園にいるじゃないか。ルーメンやレグルスやティービアや俺と会っているじゃないか」


 ルナは小さな目を皿のように開けて、俺とティービアを交互に見る。


「ティービア、イグニス!」


 ルナを閉じこめていた部屋が一気に吹き飛んで消えた。


「ああ、僕は何をしていたのだろうね。あの部屋の外が怖いと教えられていたから、恐ろしくて出ることが出来なかったんだ」


 元に戻ったルナが震えながら座り込んでいる。その横にはルナそっくりの幻のルナが立っていた。

『あーあ、反則だよ。自分で出ないといけないのに』


 怒った幻のルナが俺たちを指さしている。


「まあまあ、コクマも俺たちが乱入する事は計算済みだったんじゃないか? 仲間の力で助けだせってさ。そもそもこれは抜け出せないだろう」


 先ほどの風景を思い出してそう言ってやる。


『まあね、恐怖の象徴だった部屋の外に出ることが自力で出来たかと言われるとまあ、無理だったろうね。成る程、パロスはその辺も計算してたって訳か……』


 幻のルナと俺の言葉は不意に重なった。


『「やな奴」』


 幻のルナが驚いて俺の方を見るから、俺は親指を立てて同意の意を示した。ルナも同じポーズをして満足げに消えていく。

 ……最後に分かり合えたようだ。


「あー、コクマが少し気の毒か」


 珍しくティービアが同情の声を上げる。


「すまない。全く情けないところを見せてしまったな」


 疲れたような微笑みを浮かべたルナが俺たちを見る。


「ルナが『闇の魔法使い』だったんだな」


 俺の言葉にルナがゆっくりと頷く。


「そう言われて育ってきた。学園に入ったときも理事長やゼロ先生に言われたしね」


 破壊の象徴と言われている片割れの『闇の魔法使い』が目の前にいるが、はっきり言ってピンと来ない。こいつが世界を崩壊させるようなやつでは無いことは短い間だが一緒にいれば分かる。


「まあ、考えていても仕方がない。次行こう次」


 これ以上ここにいたらルナが落ち込んでしまいそうだ。すでにティービアは次の獲物(笑)を探し始めているし。


「イグニス、あっちの方向から気配がする」


 ティービアが指さす方向を見ると、確かにうっすらと気配がする。凄いなこいつ。何気に特技にしてるな。


「ルーメンかな? ちゃんと大人しくしてればいいけど」


 いや、大人しくしてたらあの空間から出られないって。ルナのこの過保護ぶりが怖いわ。


「行くか?」


 ティービアが隣から聞いてくる。


「行こう」


 俺たちは次の空間を目指して歩き出した。


「堅いな」


 俺が壁を押すと、ちょっと堅かった。


「蹴るか」


 ティービアが躊躇なく壁を蹴り飛ばした。その衝撃で壁の一部が派手に吹っ飛んだ。


 ……ってそれ誰かの心の境目なんだけどいいのか?


「うわっ」


 開いた壁の中を覗いたルナが一瞬ひるむ。


「これは」


 俺とティービアも後ろから中を伺って、そして唸った。


 壁の中には倒れた人間がいた。その目の前には血に塗れた短刀を握った少年がいる。


「兄上、ご無事ですか」


 短刀を握って、返り血を浴びた少年が自分の後ろを振り返った。


 そこには顔を真っ青にして立っている少年がいた。


「フランマ、私のことはいい。怪我はないか?」


 顔を真っ青にして立っていた少年は短刀を持った少年に近寄り、その手を取った。


「兄上、血がついてしまいます」


 フランマは慌てて兄から離れようとするが、兄はその手を離さなかった。


「カロル兄上、フランマ兄上」


 そう、それは俺の兄上達だった。今より大分幼いが。


 短刀を持っている方がフランマ兄上。近寄って行ったのが長兄のカロル兄上だ。


「フランマ。すまないな。このような事をさせてしまって」


 辛そうな顔のカロル兄上がそっと死体となったものを見た。


「兄上の為なら刺客の1人や2人どうということもありません」


 震えながらも必死にフランマ兄上が言う。こんなに余裕のないフランマ兄上を見るのは初めてだった。


「私がもっと力を付けなければ、このような者達に狙われ続けるのだろうな」


 強ばったフランマ兄上の手からカロル兄上は短刀を離す。


「兄上はいずれ王になるお方です。このような者共を片づけるのは私の役目です」


 若干落ち着いてきたフランマ兄上が一生懸命カロル兄上に訴える。


「この者、見たことがある。神殿の者だ」


 カロル兄上は死体をじっくりと眺めた。


「神殿の者の中には兄上が王位に就くことを反対している輩もいるとか。どうも叔父上が絡んでいるようです」


 フランマ兄上の言葉にカロル兄上はゆっくりと頷く。


「私もその事は気になっていた。だが、神殿は王宮とは別の組織。おいそれと口出しすることも出来ない」


 苦渋を含んだ表情で、カロル兄上は考え込む。


「その事なのですが、兄上。私は神官になろうかと思っています」


 フランマ兄上の言葉にカロル兄上が驚いて顔を上げる。


「何を言っているんだフランマ。神官とは結婚も出来ないし、王位継承権も失うのだぞ」


 現在王位継承権第2位のフランマ兄上がそれを失えば、カロル兄上の命は更に危険にさらされる。それを分かっていてフランマ兄上は言っているのだろうか。


「そうでしょう、ですがご心配なく。イグニスがいます」


 フランマの顔がふっと緩んだ。


「あの子なら大丈夫です。何があってもあれは王族です。私たちの弟です。兄上とイグニスの為なら、私は喜んで盾となりましょう」


 決意を秘めたフランマ兄上がそこにいた。


 フランマ兄上は神官になった理由を俺に一度も話さなかった。


 周りは兄上が変わり者だからと笑いの種にしていたが、そういう事だったのか。カロル兄上が即位したとき、全く神殿側から何も言ってこなかったのは、その時にはフランマ兄上が神殿の内部をすっかり掌握していたからなのだ。内戦の前にはすでに神官長として、神殿の頂点に立っていたのだから。


「フランマ、本当にすまない。お前とイグニスは私が必ず護ろう」


 止めても無駄だと悟ったカロル兄上が自分の決意を口にする。


 そうか、この2人の絆の深さはこの為だったのだ。国を護るのも大事な役目だとちゃんと分かっているが、何よりも兄弟の為に2人は決断したのだ。


「フランマよこれからもここで私を支えてくれるか」


 カロル兄上が涙を浮かべながらフランマ兄上に話しかける。


「もちろんです兄上。ずっと兄上をお支えいたします」


 兄弟の力の籠もった誓いが目の前で繰り広げられているが、ん、ちょっと待て。このままではマズいひじょーにマズい。


「フランマ兄上。ここにずっといるのは止めていただきたい。外で本物のカロル兄上が待っているのですから」


 盛り上がっている所悪いんだが、こちらも必死なので声を掛けさせてもらった。気づけばティービアとルナは気を使って少し離れたところから見守っていてくれている。


「は? イグニス? 成長早くないか。なんでそんなにデカくなってるんだ?」


 はてなマーク一杯のフランマ兄上の隣でカロル兄上が微笑んでいた。


「おや、イグニスもう来たのかい?」


 絶対この幻のカロル兄上は楽しんでいる。そこのところは本物と性格そっくりかもしれないな。


「すいませんカロル兄上、これが入り用ですので持って行っていいですか?」


 俺はいまいち状況を把握できていないフランマ兄上を指さして幻のカロル兄上に確認する。幻でも兄上は兄上。


「そうか、寂しいが仕方ない。弟が困っているのなら行ってやらねばね、フランマ」


 いつもの優しい笑顔でカロル兄上はフランマ兄上の背中を押す。


「兄上? イグニスもどうしたんだ?」


 その時、混乱しているフランマ兄上の前に、遠慮して控えていたティービアが立ちはだかった。


「イグニスの事はお任せください。このティービアが兄代わりに護りましょう。フランマ様はどうぞ、こちらでごゆっくり」


 そういうと、俺の手を引いてこの空間から出てくいく。びっくりしたルナも後から付いてきたが、


「おい、ティービアいいのか? 兄上置いてきて」


 ティービアは振り返らない、ずんずん進んでいく。


 すると、


「ティーーーービアーーー!! イグニスを何処に連れて行くんだーーー。私を置いていくなーーー!!」


 凄まじい足音と共に必死の叫び声が聞こえてくる。


「弟を取られたくないなら、さっさと来ればいいのに」


 呆れたティービアの手から、フランマ兄上が俺を取り戻す。


「あ、フランマ兄上が元に戻ってる」


 あの空間から出てきた兄上はいつもの兄上に戻っていた。


「ほら、イグニス。カロル兄上にご挨拶しろ」


 もう幻だと分かっているだろうに、空間の向こうからにこやかに手を振るカロル兄上にフランマ兄上も笑顔でお辞儀した。


 俺も兄上に付き合って一礼しておく。一瞬本物のカロル兄上に会いたくなったが、子供っぽいと思われるのが嫌なので黙っておく。


『絶対イグニス来なかったら出てこなかったと思わないか?』


 外に出ると楽しそうなフランマ兄上の幻が待ちかまえていた。敵意ゼロだが……。


「思います。これ、一番やばい人ですよね」


 ティービアがお腹抱えて笑っている幻の兄上に同意する。


『弟大事にしろよ。それ、絶対幸運運んでくる奴だから。ま、色々厄介ごと抱えてるけど、お前なら大丈夫だろう』


 最後は俺に向けて謎の言葉を残し、攻撃も嫌みも全くなしで、フランマ兄上の幻は両手を振って消えていった。らしいと言えばらしいが、役割果たす気全く無いな。





「なるほどなー、そんな事になってたのか」


 事情を聞いたフランマ兄上が頷いていた。今現在ここにいるのは、俺とティービアとルナとフランマ兄上。残りは後3人。


「レグルスは何か大丈夫な気がするんだよな」


 俺の言葉に全員残らず頷いた。


「レグルスだったら自力で出てきてたりして」


 ルナの言葉に俺たちはありえる、ありえると妙に納得した。


「僕がなんだって?」


 皆の後ろから声が聞こえた。この声は。


「レグルス?」


 俺たちがおそるおそる後ろを振り向くと、そこには幻ではなさそうなレグルスが立っていた。


「よう、本物か?」


 俺の言葉にレグルスは鼻をフンと鳴らし、


「それはあの偽物の兄上達の事か? いらぬちょっかいを出してきたから、怒鳴り散らしたら大笑いで消えていったぞ」


 どうやら、幻達は一斉に拒絶されたのが面白かったようだ。それにしても世界全てを一瞬で全否定してしまうこいつもどうかと思うが。


「やれやれ、幻すら相手するのが嫌になるのか、こいつは」


 ティービアが呆れたようにレグルスを指さすと、


「そういうのを見抜く力があるんだよ、僕は。かっこいいだろ~」


 気にする様子もなくレグルスは胸を張る。おーい、今のはバカにされてるんだぞー。


「えーと、これで後はルーメンとゼロ先生の2人か」


 俺の言葉に全員がうーんと唸る。


「ゼロ先生の過去とかちょー見たい!」


 フランマ兄上がうきうきしている。絶対そのネタで後々ゆする気だ。


「ルーメンは何も考えてないから、過去が想像できないんだけど」


 俺の言葉にティービアがそっと肩に手を置いてきた。こいつもそうみたいだ。



「よし、ティービアレーダーの出番だ」


 ルーメンかゼロ先生。どっちかの幻の空間をさっさと見つけなければならない。


 俺の言葉にティービアが真面目に目を凝らす。


『お疲れさま~。遅いから僕の方から来たよ♪』


 ティービアが必死に探している反対側、つまり俺たちの後ろから脳天気な声が聞こえる。


「ルーメン! え、幻の方がきちゃったの?」


 にっこにっこ笑っているルーメンの幻にルナが走り寄る。


『うん、皆遅いから。それと、ここからは僕だけじゃなく、別の人物の記憶も混ざっちゃってるから忠告に来たんだ』


 ゆるい感じに忠告に来たルーメンは、自分の後ろの空間を指さした。そこには混沌と表現するしかないような黒と金色の入り交じった空間があった。


「あんなもんあったけ?」


 とても入りたくない空間を見て俺は思わず呟いた。


「なあ、ルーメン。どうして別の人物の記憶が混ざってるんだ?」


 フランマ兄上が目の前のルーメンに聞く。そう、今までとちょっとパターンが違わないか?


『世界が繋がっているから、関係性が深いんだ。』


 ごめん、意味不明。


『ここに入らないと多分次の段階にはいけないんだけど、入っちゃうと僕は君たちといられなくなるかもしれない』


 ルーメンの幻が悲しそうに言う。


「どういうことだい? 僕たちはこれからも一緒に学園で生活するじゃないか」


 ルナの言葉にルーメンがゆっくりと首を振る。


『ルナ、ごめんね。でも、僕は止めることは出来ないんだ。だって、ここを通らないとあの場所に行けないから』


 幻のルーメンは、ルナの手をそっと握って俺たちの方を見る。


『さあ、案内するよ。こっち』


 握ったルナの手をぐいぐい引っ張っていく。


「待って、ルーメン。君が困るなら僕はそっちには行かない!」


 ルナがルーメンの手を引き離した。


『来てくれない方が困るんだ。僕の役割は君たちをあの場所に連れて行くことだから』


 ルーメンが両手を広げた途端に、その後ろの混沌が広がり俺たちを飲み込んだ。


『ごめんね、ルナ。有り難う』


 幻のルーメンの声が小さく聞こえた。





 俺たちが思わず閉じた目を再び開いた時に見えたのは庭園だった。


「ねえ、ちょっとだけゼロと会いたいの」


 若い女性の声が聞こえてきた。今、ゼロって言わなかったか?


「まあまあ、アウローラ様。いけませんよ普通の学生風情と」


 次に年配の女性の声が聞こえてきた。


「いいじゃない。ゼロの魔力って凄いのよ。私と同等じゃないかって言われてるの」


 アウローラと呼ばれた女性は無邪気に話している。


「巷じゃ、『光と闇の魔法使い』って呼ばれているらしいですけど、貴族のアウローラ様と一学生では格が違いますわ」


 だんだんと近づく声。俺たちは近くの草むらに隠れる事にした。まだ本人達が登場していないので、へたな行動はできない。


「ゼロはそんなんじゃないわ。しっかりした人よ。あ、向こうにいるのは。ねえ、ちょっとだけ見逃して?」


 アウローラは使用人であろう女性に必死に頼み込む。女性もアウローラには弱いのかちょっとだけですよ、と言って今来た道を帰って行った。


「アウローラ!」


 向こうから青年が掛けてくる。だが、その姿を見た俺は思った。


「「「「「「誰!!」」」」」


 俺の思わず口に出した台詞がその場の全員の声とかぶった。


 そう、そこに現れたのは、俺たちの知っている長髪でオールバックでふてくされた顔のゼロ先生ではなく、髪をしっかり後ろで束ねた清潔感漂う爽やかな笑顔の好青年だった。


「いや、でも顔はゼロ先生だぞ」


 苦しそうにフランマ兄上が思ったことを口にする。声が微妙に震えているのは多分、笑いを堪えているのだろう。


「若い、今より少し若い! そして、眉間にシワがない!」


 妙に細かいところまでレグルスが比較している。


「会いに来てくれたの?」


 嬉しそうな顔のアウローラがゼロに抱きつく。そのアウローラをゼロも嬉しそうに抱きしめた。


「もちろん。ずっと会いたかった」


 その光景を見て、誰も一言も発する事が出来なかった。後ろからヒーヒーと言う声が聞こえてくるから、多分言葉を発することも出来ない状態になっているのだろう。振り向くことが怖くて出来ない。


「今日はどんなお話をしてくれるの?」


 そういう恋人同士の甘い時間が流れているが、どうしても直視できない。俺は皆に合図して、取りあえずその場を離れた。


「兄上、レグルス。そろそろ笑うの我慢して」


 俺の目の前で丸まって震えている2人に注意するが、全く効かない。ティービアはため息ついているし、ルナは呆けていた。


「さて、これからどうする? このままゼロ先生を連れて出ればいいのか?」


 唯一まともに話せるティービアが聞いてくる。そう、今までのパターンだったらそれでいいのかもしれないけど。


「あ、でもまだルーメンがいないんだけど」


 呆けていたルナが復活して会話に加わる。


「そっか、そうだな。まだ様子を見ないといけないわけか」


 ルーメンが登場したら2人を引っ張り出す事になる。


「申し訳ないけど、この世界は君たちが見てきた世界と大分違うんだ。幻の世界ではなく、彼らの記憶の再現だから、彼らに話しかける事も触れることも出来ないよ」


 俺たち以外の人間の声が聞こえた。


「誰だ!」


 ティービアが俺をかばって声のした方に構える。


「ごめんー。驚かすつもりはなかったんだけどねー」


 妙に間延びした力の抜ける話し方は。


「コクマ?」


 俺が目の前の大樹に話しかけると、そこからパロスと呼ばれた魔法使いが現れた。


「や、イグニス。この世界では人形がとれるので、この格好で失礼するよ」


 軽くウインクして近寄ってくる。


「イグニス、殴るか」


 ティービアが真面目に聞いてくる。


「まあ、待て。話を聞こう」


 ティービアを押しのけて、俺はコクマに向き直る。


「問題はこの場所じゃないんだよね。これより1年後に起こるんだよ」


 ゼロ先生とアウローラがいるあたりを見ながらコクマが言う。


「なんでゼロ先生が若いんだ? 何年前の場所なんだ?」


 ゼロ先生の学生時代の記憶を俺たちは見ているんだろうか。


「この時代かい? 君たちの時代から300年前だよ」


 さらっととんでも無いこと言いやがった! 仰け反った俺と違って、復活した人間が2人。


「ちょっと待ってくれ。これが300年前って事は、あれはゼロ先生の先祖って事か?」


 さっきまで腹抱えて笑ってたフランマ兄上がコクマに食いついている。


「え、代々あの顔なの? まあそれなら性格違っても問題なし!」


 レグルスが何故か1人で納得している。


「いや、本人だけど?」


 とぼけた態度のコクマが俺たちの前で、またしても爆弾宣言しやがった。


 はあ? っと言いながら皆がコクマに迫っている。こらこら。


「取りあえず待った。話を聞かないと進まないから」


 全員を押さえつつ、コクマに話を進めるように促す。


「ゼロは300年前に存在していた。そして今も存在している。何故なら、300年前のある事件から最近まで眠っていたからね」


 コクマはゼロ先生のいるであろう方向を見ながら話す。


「300年前のある事件?」


 もしかしてそれは。


「『光と闇の魔法使い』の反発による世界が崩壊しかかったっていうあの?」


 そう、対にして反発する存在。そろった時には世界に多大な負荷をかけ、崩壊に導いてしまう存在。


「そうそう、それだよー。でも、その歴史は実は正しくない」


 コクマがこの世界の歴史的常識とされている部分をバッサリと切り捨てた。


「え、じゃあ300年前に事件は何も起きなかったって事?」


 『闇の魔法使い』本人であるルナが期待を込めてコクマに確認をとる。


「いや、事件は起きたよ。『光と闇の魔法使い』とは別のものだけどねー」


 今や歴史の真実を知る唯一の人物となったコクマがゆっくりと語る。


「別の事件なのか?」


 俺の質問にコクマが頷く。


「まあ、それは実際に見てもらった方が早いかな」


 そう言ってコクマは軽く腕を一振りした。





 光の奔流が自分の周りを流れていく。


 これは覚えのある光景だ。そう、『世界樹』の幹の部分にあたるアエルの流れだ。


「ここはアエルの幹か」


 同じ事を思ったのかティービアが俺の横で呟く。


「そう。そして向こうを見て欲しいんだ」


 俺とティービア以外はアエルの流れに驚いていたが、それでもパロスの指さす方を一斉に向いた。そこには、


「光の大きな固まりが」


 レグルスがそれについて感想を述べる。


「なんだと思う?」


 パロスがここにいる全員に尋ねる。


 とてもとても巨大な光の固まり。そう、あれにも見覚えがある。


「世界だ」


 俺の言葉に隣でティービアが頷くのが気配で分かった。


「当たり。君たちが住んでいるあの世界と同じ様な別の世界だよ」


 パロスは俺たちの斜め下を指さして言う。


 俺たちの斜め下には、今俺たちがいる世界が存在していた。


「あれが僕たちが住んでいる世界」


 呆然とした様子のレグルスが自分が生活している場所を見下ろしている。


「なあ、パロス。あの別の世界は近づいてきてないか?」


 そう、先ほど見た位置より別の世界は近づいてきている様に見える。


「そう、接近してきているんだよ」


 パロスが真剣な顔で近づきつつある世界を見つめる。


「ちょっと待て。このまま行くと」


 俺の言葉にパロスは俺の方を見て寂しそうに微笑んだ。


「そう、接触する」


 パロスの言葉に全員が緊張する。


「接触するとどうなるんだ?」


 ルナが青い顔をしてパロスに聞く。


「この時はちょうど世界の先端同士がかすめるほどの接近だったんだ。だが、それでもアエルの膜で覆われたもろい世界が崩壊する程の危機を迎えていた」


 画像が切り替わってすでに世界同士が接触するギリギリの地点まで早送りされていた。


「接触するとどうなる?」


 俺の質問にパロスは困ったような顔になる。


「アエルの膜が破れて、大量のアエルが流れ出るか、それとも逆に流れ込んで飽和状態になって世界が破裂するかのどちらかだね」


 つまり、世界を包むアエルの膜が破れた瞬間に世界は終わると言うことだ。


「だが、今世界は無事に存在しているという事は、接触しなかったってことか?」


 ティービアの質問にパロスは静かに首を振った。


「いや、接触はした」


 そして、時間がまた早送りされ、映像は世界同士の接触の場面になっていた。そこには接触した瞬間まるで二つの世界の端が融合したようにくっついていた。あの中ではアエルの膜が割れ、二つの世界が一瞬繋がっているのだろう。


「さて、自分たちの世界に一度戻ろう。そこからはゼロの記憶を見る方が早い」


 そう言ってパロスが腕を一振りした。



「世界が接触した、今だアウローラ!」


 突然場面が切り替わり、接触している世界の中に俺たちは飛ばされた。ゼロ先生と先ほどのアウローラが共に世界の接触面に向けて腕を伸ばしていた。


「時間魔法!!」


 ゼロ先生とアウローラが叫んだ瞬間に、激しく渦巻いていた空が一瞬止まる。


「アエルの膜が修復されていく」


 そう、割れていたアエルの膜がゆっくりと修復していくのが分かった。


「膜が戻っている」


 ティービアも気づいたようだ。


「そう、『光と闇の魔法使い』の究極魔法は時間魔法なんだ。これはこの2人にしか使えない魔法。今アエルの膜の時間を壊れる前に戻しているんだ」


 パロスが横で説明してくれる。


 凄いことに別の世界のアエルの膜まで修復している。


 ぶつかって来ていた別の世界がゆっくりと遠ざかっていく。


「やった、世界の危機は過ぎたんだな」


 嬉しそうなレグルスの声が聞こえる。


「いや、ちょっと待ってくれ、あそこが」


 ルナが空の一部を指さした。小さいが穴が塞がりきれていない。


「アウローラ、駄目だ。向こうの世界の膜は修復出来たが、こちらの世界は不完全だ。だから魔法をかけるならこちらの世界だけにしようって」


 絶望的な声でゼロ先生がアウローラに話している。


「駄目よ、向こうの世界にも人が生活しているのでしょう? あの穴は私がなんとかします。パロス!」


 アウローラが後ろを振り向いてパロスを呼んだ。


 俺たちの隣に立っている人物と同じ姿のパロスがアウローラと話をしている。300年前のパロスだ。


「何とかって、無理だろう。このままでは世界は崩壊する」


 ゼロ先生はうろたえていたが、アウローラはパロスに指示を出し、何かを決意したような顔をゼロ先生に向けた。


「ごめんなさい、ゼロ。こうなる事はパロスから聞いて知っていたの。その唯一の対処法も」


 アウローラの言葉にパロスが頷いた。


「知っていた? 失敗することを?」


 ゼロ先生の言葉にアウローラはゆっくりと首を横に振る。


「失敗ではないわ。この時点ではこれが精一杯。後は私の仕事ってこと。アエルはどちらかと言えば光の属性に近いから、押さえるにしても私の方が適任だという事も折り込み済み」


 スラスラと言葉を発するアウローラに、ゼロ先生の思考はついて行っていない。


「ごめんなさい、ゼロ。パロスの予言通り、これをあなたに託すわ」


 アウローラはペンダントをゼロ先生の手のひらに置いた。


「これは?」


 呆然としているゼロ先生は渡されたペンダントをじっと見つめている。


「私の力の一部。いわば私の分身よ。パロスの予言する300年後の世界では『闇の魔法使い』は産まれるけれど、『光の魔法使いは』産まれないのですって。だから、鍵となる私の『光の魔法使い』の力の一部を残していくわ」


 アウローラはゼロ先生の手を握り、にっこりと微笑む。


「ちょっと待てアウローラ。もしかして君は」


 ゼロ先生はアウローラの手を握り返し、必死に止めようとしているようだ。


「そうよ、私があの穴を防ぐの」


 悲しそうにアウローラが告げた。その瞬間、ゼロ先生が崩れ落ちた。


「いいのかい? こんな別れ方で」


 パロスが気の毒そうにゼロ先生を見る。


「いいのよ。ごめんなさい、こんな嫌な役をさせて。ゼロは無理矢理でも眠らせないと何をするか分からないから」


 いたずらっぽい笑顔で大事な人の姿を見る。


「今から、あの場所に行って空間を作成して穴をふさげばいいのよね」


 アウローラはパロスに最終確認をする。


「そうだよ。先ほどの君の力とゼロの力の残りを使って、空間を作り、時間を止めて固定するんだ。そうすればかなりの時間それを維持出来る」


 先ほど放った『光と闇の魔法使い』の力はまだ空間に残っているようだ。それほど凄まじい力なのだろう。穴が衝突した時よりかなり小さくなっているのも幸いした様だ。


「300年。その結界は持つのよね」


 アウローラの言葉にパロスが頷いた。


「うん。300年後には魔法の威力が消えて、その空間は崩れ去るだろう。そうなるとその中にいる君の命も危険になるかもしれない。それでもいいかい?」


 心配そうなパロスにアウローラは微笑んだ。


「その辺は予言が曖昧なのよね。もう、肝心な所が抜けてるんだから」


 アウローラの言葉にパロスはバツが悪そうに頭の後ろをかいている。


「ごめんね。不確定要素だらけで予想がつかないんだ。でも、私が最も信頼している人物が来るから。大丈夫だよ、きっと」


 パロスが幸せそうに笑う。


「あなたにそんな顔させるなんて、よっぽどの人よね。分かった信じて待っているわ」


 決意も新たに、アウローラは空を見上げた。


「元気でね、私の大切なお友達。ゼロと私の分身をよろしく!」


 そう言い残してアウローラは浮き上がり、空の穴に向かって飛んでいった。やがて一瞬だけ光が瞬き空は段々と落ち着きを取り戻していく。





 暫くアウローラの消えた空を見上げていたパロスはゼロを魔法で持ち上げ、運ぼうとして、ふと地面に何かが落ちているのに気づき拾い上げた。


「ひまわり」


 そう、自分がこの世界に来る前の世界にあった花だ。先ほどの短い接触の間にこちらの世界に落ちてきたのだろう。あの世界はもしかしたら。


「刀夜。君に会えないのは残念だが、どうか私の友人たちを助けて欲しい」


 ひまわりを片手にパロスが寂しそうに呟いた。


「さあ、ゼロの封印とこのアウローラの分身の封印をさっさと済まさないと」


 パロスは慌てたように近くの村に走っていく。その様子は何かに追われているような感じがした。





「と言うことはアウローラはまだ生きている?」


 アウローラやパロスが去った原っぱに俺たちは立っていた。


「そうだよ。まだあの穴の場所にいる」


 コクマがアウローラの消えた空を指さしている。


「だが、あのアウローラの作った空間が消えたらまたアエルが流れ込むか、流れ出るかのどちらかじゃないのか?」


 ティービアの言葉に俺たちは頷いた。


「だからアウローラは自分の分身を残していったんじゃないか」


 コクマが過去の自分が消えていった方を見る。


「どういうことだ?」


 フランマ兄上が説明を求める。


「アウローラの分身は300年の間に眠りながら力を溜めるんだ。究極魔法を使うために」


 そうか、分身は仮にも『光の魔法使い』の一部なんだ。300年も力を溜めればかなりの魔法が使えるようになるだろう。


「え、じゃあ、ゼロ先生も力溜めちゃってる訳?」


 フランマ兄上がうーんと唸りながら考えている。


「それが、アウローラは穴を塞ぐための時間魔法を使う際、ゼロの体を保管する小さな空間も用意していてね、そこにいれば時間が止まって300年は体を維持できる。私はゼロが魔法力を使い尽くした後にそこに放り込んだから、ゼロは魔法力を溜める事はできなかったんだ」


 つまりゼロ先生は魔力使ってすっからかんで時間を止められたから、すっからかんのまま復活したことになる。それでも普通の魔法使いより強いってどういうことだよ。


「あれ、じゃあ『光の魔法使い』の分身も力を溜められないんじゃ」


 ルナが考えながら疑問を口にする。


「『光の魔法使い』の分身は無機物だから、その空間に入れる必要はなかったんだよー」


 そう、確かペンダントだったよな。だったら300年何とか守り続ければ外に出しておいても大丈夫か。その間に空間中にあるアエルを吸収しつづければ。


「『光の魔法使いの』分身は世界の至る所にあるアエルの循環する場所に放り込んどいたんだ。まあ、魔力が溜まる溜まる。300年後に私の子孫にそのペンダントを取り出させたんだけどね。ああ、そうそうゼロも私の別の子孫が面倒見てたんだよー。君たちの学園の理事長いるでしょ? 彼は私の子孫の1人だよ」


 あ、理事長ってパロスの子孫だったんだ。


「で、理事長って一体何歳?」


 フランマ兄上がずーっと疑問に思っていただろう事を口にした。


「あれは長寿の一族だから、80年くらいはあの姿で生きると思うんだけど」


 子供の姿で80年って、不便な一族だ。


「さて、ゼロの事は君たちも大体分かっただろうから、そろそろ分身の方に行ってみようかー」


 俺は嫌な予感がした。できればそれは知らない方が良いことなのかもしれない。


 左右の肩に手が置かれた。誰だろう。


「知らなきゃ前に進めないぞ」


「ま、何かあったら私が何とかしてあげるから」


 右にティービア左にレグルス。俺が最も頼りにしている2人が一緒にいる。


「ああ、分かってる。一緒にいてくれ」


 俺がそういうと、ティービアもレグルスも嬉しそうに頷いた。


 場面が変わって目の前にはアエルの溢れ出る泉が現れた。コクマが『光の魔法使い』の分身を放りこんだ場所だろう。


 1人の老人がゆっくりと泉に近づいていき、おそるおそる手を入れた。彼がコクマの言っていた子孫なのだろう。


「さあ、出てきなさい。約束の時間だ」


 老人が泉から手を上げると、その手にはアウローラがゼロに託したペンダントがあった。


「さて、これを世界の中心に持って行くのだったな」


 老人がゆっくりと歩きだそうとした瞬間、握っていたペンダントが激しい光を発した。


「なんだこれは。先祖の手記にも載っていないぞ!」


 光は老人から離れた場所にそっと降りていく。


 暫く光り続けていたがその現象もゆっくりと収束していく。果たしてその場所には、


「子供?」


 そこには金色の髪をした8歳位の子供が横たわっていた。


「ルーメン」


 ルナの驚いた声が聞こえる。それもそのはず。横たわっている子供はルーメンそっくりだった。


 子供はそーっと目を開けて自分の周りを見回してる。


「どこ? だれ?」


 目の前に自分を見下ろしている老人を見つけて問いかける。


「驚いた。話せるのじゃな。だが困った。ケントルムに入れるのは15歳からじゃからな~」


 悩んでいる老人を見て、ルーメンはにっこりと微笑んだ。


「おなかすいた」


 ルーメンの無邪気な様子に老人はすっかり毒気を抜かれたようで、


「そうか、こうなっては仕方ない。15歳に見えるようになるまでワシが育てるしかないか。まあ、常識やなんかもしっかり教えてやるからな」


 老人はどうもルーメンに情が移ってしまったようで、優しく頭をなでてやっていた。ルーメンの方も警戒するでもなく嬉しそうにされるがままになっていた。


 やがて、子供と老人は仲良く手を繋いで歩いて行ってしまった。


「あれがルーメンの言っていた師匠なのか」


 ぼーっと立っているルナの隣に行って話しかける。


「ルーメンは『光の魔法使い』の分身。人間ではないのだな……」


 ルナががっくりと肩を落とした。せっかく出来た友人が人では無いことが分かり、ショックを受けてしまったようだ。


「そうだよ。彼はアウローラが後の世に残した分身なんだよー。そして、この数年後にルーメンと名付けられた子供はアウローラの眠る空間に最も近いと言われているこのケントルムに来ることになるんだ」


 コクマが最後の説明を終える。


「さあ、この空間を出るといいよ。そして、最後の地に行って欲しい。彼女が待っている」


 そのためにコクマはこれだけの仕掛けを用意したのだ。


「他にアウローラを助ける力を持った者は現れなかったのか?」


 俺はコクマに疑問をぶつけてみた。


「力のある者は他にもいたよ。だけど、信用できなかった。予言で刀夜がこの世界に来ることが分かった時点で、全てを刀夜に託すことにしたんだ。君なら多少の困難でも何とかしてくれそうだから」


 どうしてそんなに信用されているか分からないが、コクマの安心しきっている顔を見ると何も言えなかった。やっと自分の役割が終わったという顔だからだ。


「刀夜、気をつけてくれ。300年前に世界の接触を止めようとした時に邪魔をしてきた奴らがいる。君たちも会ったはずだ」


 コクマの顔が一気に険しくなる。


「もしかして、『影』の事か?」


 俺の言葉にコクマが頷いた。


「奴らは何人いるのかは分からない。だが、私がなにか仕掛けを施している事はバレているはずだよ。慎重に刀夜と葵と晶にだけに解ける仕掛けにしたから分からなかったようだが。ゼロの記憶を取り戻させ、ルーメンには自分が何者かを知ってもらうため、君にはここに彼らを連れてきてもらう必要があったからね」


 そうか、ここはそういう場所だったんだ。


「あれ、ゼロ先生はどうして記憶がないんだ?」


 ルーメンは目覚めたばっかりだから分かるけど、


「ゼロは気づいたら暴れそうだったから、記憶を封印しておいた。敵の目も欺けるし」


 なるほど、記憶があったら1人でも突撃しそうな感じだったもんな昔のゼロ先生。


「記憶戻ったらあんな感じに戻るのか」


 ちょっと青い顔をしてティービアが呟いた。


 だが、周りの人間はその言葉を聞かなかったことにした。……とても想像できないし、したくないから。


「じゃ、じゃあこの空間を出ようか」


 危険な空気になりかけた所でレグルスが皆を促した。


「そうだな。コクマ頼む」


 俺の言葉に慌てたようにコクマも頷いた。


「了解だよ。では私はここまで。後は宜しくね刀夜」


 コクマは俺に向かってにっこり微笑んでいる。あれ、これって本に記憶されているコクマだよな。いや、でも


「コクマ、お前本物だな」


 俺の言葉にコクマは驚いた顔をしている。そう、俺も今まで気づかなかったが、今目の間に立っているコクマの魂にはちゃんと色がある。


「あははは、さすが刀夜。バレちゃったか。そうだよ、私は魂だけ封印してあったんだよ。バレると離れたくなくなるからこのまま旅立とうと思っていたんだけどね」


 そうか、魂は肉体を離れると長くその場所にいられないからな。


「じゃあ、他の人間に入って待っていれば良かったんじゃないのか?」


 俺の言葉にコクマはゆっくり首を横に振った。


「この数々の仕掛けを作った時点で私の力は尽きていたんだ。力がないと別の人間には入れないからね。全ての準備を終えた後、ゼロと同じ空間に入ってその時を待っていたんだ」


 そしてゼロ先生の目覚めと共に、ここへ来て待っていたのだろう。


「随分待たせたな。ごめん」


 俺の言葉にコクマは笑顔になる。


「こちらこそだよ。めんどくさい事を頼んですまないね。後は頼んだよ。晶も葵も協力してくれよ」


 コクマはティービアとレグルスの方を見ながら言う。ティービアは頷き、レグルスは不思議そうな顔をしているが。


「じゃあ、先に旅立つよ。また何処かの世界で会おう」


 コクマの姿がゆっくりと薄れていく。


「会えるさ。そん時はたっぷり話そうな!」


 俺はコクマに向かって手を振った。コクマも振り返す。


 そうして空間が一瞬ゆがんで周りが暗闇に包まれていった。

次で最終になります。

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