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イグニス編 1

前回の世界と別の世界にやってきた神城かみしろ 刀夜とうやが新たな物語を始めます。

前回より少し登場人物多目ですが、読んでやって下さい。


pixivでは表紙付きで投稿しています。

第1章 プロローグ



 風の音が頬をかすめる。


 血の匂いが充満して鼻が利かなくなっている。その匂いの中には俺自身のものも混じっているからかもしれない。


「イグニス殿下、しっかりなさって下さい」


 一度死んだ人間だから耳が遠くなっているのだろうか。隣で誰かが叫んでいるようだがあまり音が拾えない。


「誰か、カロル殿下にお知らせしろ! 医師を連れてこい!」


 大勢の人間がバタバタ動き回っている。


 俺の名前は神城刀夜かみしろとうやただの学生だ。いや、だった。


 今はいろいろな人物に乗り移り、自分が住んでいた世界以外の不思議な世界を旅している。今俺が乗り移っている人物はイグニス・ファートム。彼は先ほど命を落とした。


 俺は命を落とした人物の体と記憶を継承し、その人物として訪れた世界で生活する『世界樹の旅人』だ。どうやら今回も上手く乗り移れたようで、彼の記憶も読みとる事が出来る。


 俺は大切な人を追ってこの世界にやってきたのだが、その気配はこの場所にない。どうやら遠く離れてしまったようだ。


 ま、そのうち見つかるだろう。気にしててもしようがない。今はこの場の混乱を収めるのが先だ。

俺はゆっくりと立ち上がる。


「イグニス殿下、良かったご無事で」


 俺の姿を見て部隊の隊長らしき男が胸をなで下ろした。


「心配をかけた。気を失っていたようだ。この血は返り血だ」


 俺の体にかかった大量の血を訝しげに見ていた男は驚いて平伏した。そう、俺はまたしても王族に乗り移ったらしい。偉そうにするのは疲れるんだよなー。


「フランマ殿下は未だ連絡が取れず、部隊の位置は分かりません」


 俺は裏切り者のせいで部隊のほとんどを失った。記憶を読むだけでムカムカしてくる。まあ、このイグニスはまだ14歳だ騙されても仕方がない。この国は内戦のただ中にあるんだし。


「部隊を立て直す。生き残っている兵を集めて増援部隊と再編成! 襲撃してきた敵部隊を叩くぞ」


 立ち上がって即座に指揮をとる。イグニスは今回の戦いが初陣だ。戦術やなんかは国の殿下という立場上叩き込まれているが、やはり実戦となると勝手が違う。しかも信じていた従兄弟に裏切られたのだ。


「おお、ティービアが無事だぞ!」


 向こうから大きな歓声が上がった。ティービアと言うのは俺の今乗り移っているイグニスに仕えている者だ。今回の戦いでもイグニスと一緒に戦場に来ていた。無口だが頭が切れて信頼できる男だ。どうやら無事だったらしい。


 人垣が分かれて血だらけになった、イグニスと同じ歳の少年がこちらに近づいてくる。イグニスの国は髪が赤い人間が多いが、ティービアは別の国の血を引いているのか、黒髪をしているので目立つ。


「イグニス、無事か」


 小さい頃から一緒に育ったので、こいつはイグニスとはタメ口で話す。イグニスがそうしろと常に言い続けたので、周りも気にしなくなっていた。


「ティービアか、無事で何より。今から部隊を立て直すぞ」


 ティービアが無事なのはもの凄く嬉しいが、今はこの不利な状況を何とかする方が先なので、感情を抑える。ティービアが心得たとばかりに頷く。


が、俺はティービアに違和感を覚えた。見た目も態度も変わってはいないが、何かが違う。俺は注意深くティービアを、いやティービアの魂の色を見る。俺は人の魂の色が何となく分かるのだ。


 その魂の色はティービアのものではなく……


「……晶か」


 俺は周りに聞こえないように小声で尋ねた。


 ティービアの目が見開かれてほっとしたような顔になった。


「刀夜、そいつに乗り移ったのか。良かった無事で」


 さっきまでの仏頂面が嘘のように微笑んだ。


 そう、このティービアに乗り移っているのは俺と同じ『世界樹の旅人』の如月 晶という人物である。 俺の探している人物の弟だ。


「今はちょっと大変なことになっているみたいだ。この戦力で向こうの部隊に勝てると思うか?」


 先ほど俺たちをおそった部隊はかなり精鋭であった。


「今なら五分だな。もう少し戦力が欲しい」


 後から来た増援を合わせても、今から仕掛けるのは難しいか。


「向こうから別の部隊が」


 見張りの兵が声を上げた。


 土煙を上げて、騎馬の部隊が近づいてくる。この距離では敵か味方か区別が付かない。今やってきた増援部隊は元々合流する予定だったからいいとして、今まさに近づいてきている部隊は当初の予定にない。


「全員、戦闘準備。監視怠るな!」


 次々に指示を飛ばし、土煙が上がる方向を見る。かなりのスピードで近づいてくる。


「数が少ないな。一体何処の部隊だ」


 かなり近づいてきて、騎影が視認出来る位置までに来た。なんか先頭の騎影が手を振っている様に見える。


「戦闘態勢解除。フランマ兄上だ」


 俺の今宿っているこのイグニスには兄が2人いる。1人はカロル。もう1人はフランマという。今こちらに手を振っているのは2番目の兄フランマだ。


「良かった。フランマ兄上は生きていたか」


 部隊はゆっくりとこちらに合流してきた。





「イグニス。無事で何より!」


 いきなりフランマが抱きついてきた。もの凄くテンション高い!


 イグニスの記憶によればこいつは極度のブラコンである。


 とりあえず、一発腹に入れる。が、腹筋に力入れやがったので不発に終わった。


「いつもいつもぶん殴られたりしないさ。さあ、おいで弟よ」


 感極まった顔で俺をまた抱きしめようとする。ある意味こえー。


 周りの部下の視線が痛い。


「フランマ兄上、無事だったんだな。オレの部隊はほぼ全滅した」


 状況を素早く説明する。


「そうか、ファクスが裏切ったか。うちの部隊もそのせいでかなりやられた」


 そういうが、イグニスの部隊に比べるとまだ兵が残っている方だ。さすが兄というべきか。


「さて、それでは裏切り者共に一泡吹かせてやろう」


 俺たちを裏切った従兄弟は、内戦で敵に回った父親(俺たちからすれば叔父になる)と共にいる。


「後悔させてやるさ。おれたち兄弟に逆らったんだからな」


 さすがにあの従兄弟は許せない。敵陣より引きずり出してやる。


 俺の性格よりイグニスの記憶に引きずられている。そもそも、人間の性格というものは記憶に起因するものだと思うから、この辺は仕方ない。


「蹴散らすぞ、皆続け!」


 フランマ兄上の声が響きわたり、俺たちは怒濤のように敵陣に切り込んでいった。





「お帰り2人とも。ご苦労だったね」


 柔らかな声に迎えられ、俺とフランマ兄上は前に出る。


 王座に座った一番上の兄、カロルが俺たち労ってくれる。


「父王が亡くなってから半年、父王の弟である我らが叔父は内乱を起こしてくれたが、それもお前達のお陰でようやく静まった。やっと戴冠式が行えそうだ」


 カロル兄上やフランマ兄上はイグニスの死を知らない。俺はこれからイグニスに代わってこの世界で生きていかなければならない。若干気が引けるのだが、それが『世界樹の旅人』なのだ。


「2人とも暫くゆっくりと休息してくれ」





 ……と、兄上はおっしゃったが、王族ってめちゃくちゃ忙しいんだよ。


「次は風の国の使者の方とのご挨拶が」


「殿下の許可のいる書類があるのですが」


「城下の見回りの結果、不審な点がありましたので、ご報告を」


 次から次へとまあ、大変な事てんこ盛りだ。


 俺は何とか時間を作って城のテラスに避難した。


「イグニス、さぼりか」


 ティービアが仏頂面でやってきた。どこに人がいるか分からないので、俺たちはその世界の人物の名前で呼ぶようにしていた。


「ティービア、こいつ忙しすぎるぞ」


 へとへとの俺にティービアは飲み物を差し出す。


「まあ、頑張れ。葵の事はほっといても大丈夫だと思うが」


 俺の探している人物、葵の事を興味なさそうにティービアが語る。


「お前のお姉さまだろうが」


 俺の言葉にティービアはほんとーに嫌そうな顔をした。おい、仮にも姉弟だろう、お前。


「あれと血がつながっていると思うと、ここから飛び降りたい気分になる」


悪い、それどんな気分なのか俺には想像できない。


「お前ら似ていると思うけどなー」


 俺の言葉にティービアは手すりに手をかけて飛び降りようとする。


「まてーいぃ! 冗談だ冗談」


 マジでこいつなら飛び降りそうな気がして必死に止めると、ティービアがにやりと笑ってこっちを振り向いた。騙しやがったな。


「お前、性格悪いよな」


 俺の言葉にティービアは、何を今更と笑う。


「そうそう、フランマ殿下が探していたぞ。例の件じゃないか」


 ティービアの言葉に俺は気を引き締めた。内戦は大体収まりをみせていたが、首謀者の1人のファクスが逃亡中だ。


「見つかったのかもしれないな」


 俺は後のことをティービアに任せて兄二人に会いに行った。





「来たか」


 カロル兄上とフランマ兄上が部屋に入ってきた俺を迎えてくれる。


「兄上、従兄弟のファクスが見つかったのですか?」


 2人の表情を見て俺はその事を確信していた。2人の兄はとても優秀で、この内戦が短期間で収まったのもこの2人のお陰だった。


「ああ、方々に手を回してね。やっと見つかったよ」


 最後の戦いから2ヶ月、ファクスの行方は中々分からなかった。戦いの最中に敵部隊から離脱していったのは見えた。それっきりだ。


 叔父は捕らえて閉じこめてあるが、叔父よりもやっかいな息子のファクスが残っているのはさすがにマズい。


「兄上、イグニスに任せるのは危険じゃないですか。ここは俺が」


 フランマ兄上がカロル兄上に語りかける。


「だがね、今回の事はイグニスが適任なんだ」


 カロル兄上が困ったように言う。


「どういう事ですか兄上達」


 俺だけ話が見えないのが何だか置いてきぼりのようで嫌だ。


「実はね我らが従兄弟殿はある学園に入学されてね。まあ、それはいいんだが、そこはどの国も手出しが出来ない治外法権の場所なんだよ」


 カロル兄上がゆっくりと話してくれる。


「つまり、我々としても強引に捕まえるわけにはいかないんだ、これが」


 フランマ兄上も困ったように補足してくれる。


 ある学園? 治外法権? そんなとこそうそう有るわけがないが、イグニスの記憶にぴたっと当てはまる場所が一つだけある。


「ケントルム学園?」


 俺の言葉に2人の兄が同時に頷く。


 俺たちの国はある大陸の上にあった。


 国は全部で4つ。火の国、水の国、風の国、土の国。


 俺の国は火の国と呼ばれている。その4つの国の中心に中立地帯が存在している。そこには魔法が使える少年少女達が集められ、その術に磨きをかけている。


 ケントルム学園。


 この世界で魔法が使えるのは王族、貴族が多い。血筋のようだ。だから、その学園に集まるのは大体将来国を背負っていく様な大物が多いらしいが、ぶっちゃけ魔法が使えれば誰でも入学できるのだ。内戦の首謀者だろうが、殺人犯だろうが、過去は問わないというある意味恐ろしい場所だ。


「まあ、カロル兄上も俺もケントルムの出身だけどな」


 そう、謎の多いケントルム学園だが、うちの兄上2人もそこの卒業生だったりする。だがこの2人はあまり学園の事は話さない。


「だったらやはり俺が適任ですね。丁度学園に入れる歳になるし」


 ケントルムの入学は最低15歳から。俺はいま14歳だから、後半年で入学の資格が出来る。丁度ケントルムは新学期になる。


「従兄弟殿はなんと途中入学らしいよ。優秀な人間だからねー」


 フランマ兄上が暢気に言う。犯罪者入れるなよケントルム!


 全く厄介な事になってしまった。まあ、考えようによっては国外逃亡されるよりはまだましって事だよな。


「……ファクスの目的は逃亡の為だけでは無いと思うんだが」


 カロル兄上がじっと考えている。逃げ込んだだけではないのか?


「あの学園はおかしな噂が数知れずですからね」


 フランマ兄上がため息を吐いている。結構めちゃくちゃな学園のようだからな。


「イグニス、かの学園に入学して従兄弟殿の目的を探ってくれないか?」


 カロル兄上が考えた末結論を出した。


「もちろんです、兄上。俺が目的を探り出してきます」


 俺の言葉に兄2人は頷いた。


「あ、ティービアも魔法が使えたな。彼も付けとくか。保険に」


 フランマ兄上が無責任に言い放つ。兄上、保険て何ですか保険て。


 まあ、でも止めても付いてくるから一緒か。


 俺なりに納得し、二人に挨拶して部屋を後にした。





「ようこそケントルム学園へ」


 あれから半年が過ぎ、とうとうケントルム学園に入学する日が来た。


 目の前には大きな門。この向こうが学園の敷地になるのだろう。


 隣には保険でついて来たティービアがいる。


「門をくぐる前に注意事項が一つあります。この門をくぐれば学園です。門をくぐった先では家名を名乗ることが出来ません。これからは名前のみで呼ばれることになります。準備はよろしいですか? ではどうぞお入り下さい」


 身分に関係なく学園生活を送る。それがケントルムの掟だ。例え王族でもこの学園の中では唯の一学生になる。


「ティービア行くぞ」


 開かれる門の中がゆっくりと見えてくる。中には真っ直ぐに延びる道が見えるのみ。建物は何も見えない。


「何キロ歩けばいいんだ」


 俺はウンザリしながら門をくぐった。途端に風景が変わる。


 目の前には巨大な石造りの建物。広場には噴水。後ろを振り返ると門が閉まるところだ。その向こうの風景は俺たちがやってきたものだ。


「ちょっと待て、何だこのデタラメな構造は。幻を映し出しているのか?」


 隣のティービアもさすがに驚いている。


「変な感覚だったな。船酔いの様な感覚が一瞬した」


 確かにそうだ。体が一瞬ぐらっと揺れた。何が起こったのだろう。


 さすが兄上達がデタラメな場所だと言うはずだ。


「ようこそ、ケントルムへ。新入生はこちらへ」


 眼鏡をかけた女性が俺たちを講堂らしき建物に促した。





 そこには同じ歳位の少年達が集まっていた。ざっと30人位いるか。


「これが全員魔法使い……」


 ティービアが呆れたように言う。


「うえー、見事に男ばっか。女子の学園は隣らしいが、敷地が広大すぎて、何処か分からないよなー」


 高校は共学に通っていた俺にとって、この光景は異常に映る。


「ここいいかな?」


 隣から少年の澄んだ声が聞こえてきた。


 見るとちょっとサイドの髪がピンピンと跳ねている元気そうな少年が立っていた。


「どうぞ、空いてるよ」


 俺は隣の空席を示して少年に座るように促した。


「有り難う。僕はルーメン。えーと、ここでは名前しか名乗っちゃいけないんだよね」


 ルーメンは人好きのする笑顔で自己紹介し、隣に座った。


「俺はイグニス。こっちはティービア。よろしくな」


 俺も笑って自己紹介した。ティービアはそっぽを向いているのでまとめて紹介した。意識だけは こっち向いているんだけどな。人見知りな奴だから。


「どうしよう、僕は学校って初めてなんだ。こんなに沢山同じ歳位の子を見るのも初めてなんだ」


 ルーメンがワクワクしているのが隣の俺にも伝わってくる。面白そうな奴。


「俺も学校に通うのは初めてだ。大体教師がしろ……家に来ていたから」


 危ない危ない。ここでは身分はあまり出さないようにしないと。いくら身分に関係なくっていう学園でも、さすがに王族は別格だ。


「そうなんだ。僕は師匠が色々教えてくれていたから他の人がどれだけ勉強が出来るのか分からないんだ。もし、遅れそうになったら教えてくれないかな?」


 ルーメンが真剣な顔で頼んでくる。ホント会ったばかりなのに憎めない奴だ。


「俺で良ければいつでも。と言っても俺も何処までやれるか分からないけどな」


 俺とルーメンはそれから取り留めのない話を暫くして時間を潰した。


「さて、皆さん。注目して下さい!」


 いつの間にか壇上に一人の女性が立っていた。先ほど講堂の前で俺たちを誘導してくれた女性だ。


「私はこの学園の教師の一人、ニクスです」


 ニクス先生はゆっくと頭を下げた。丁寧な先生だ。


「これから君たちは3年間の学園生活を送ることになります。今まで共同生活を送ったことがない人も多いでしょう。徐々に慣れていけばいいので、分からないことがあれば遠慮なく聞いて下さい。この学園は勉強面、技術面でかなり厳しいので、一人でも多くの生徒が卒業できるように努力して下さい。以上です」


 次に何故か5、6歳位の子供が教壇によじ登って来る。何処の子供だよ。


「えー、理事長です」


 その子供の第一声に大半の生徒はずっこけた。何の冗談だ?


「まあ、見た目は若いですが、年齢は結構いってますので、大丈夫です」


幾つだこいつ! そっちの方が気になる。

 周りを見てみると、表情で同じ事を思っている事が分かった。何だか軽く一体感。


「皆さん、これからの学園生活を唯一人の生徒として楽しんで下さい。この学園には身分のしがらみはありません。それは絶対の掟です。君たちは家に頼ることなく、自分で判断し生活して下さい。これからの人生、きっとその事が役に立つことも有るでしょう。それでは、君たちに幸多からんことを祈ります」


 あ、ずり落ちた。どうもここでは俺達の常識というものは通用しなさそうだ。


 それでは、寮に案内します、と端に控えていた上級生らしき生徒が新入生を誘導する。


 俺もティービアとルーメンと共に席を立った。


「この学校の寮は第一寮から第三寮まであります。今は第一寮が3年生、第二寮が2年生が使っており、君たちは第三寮に入ることになります。毎年入れ替わりますので、ハッキリ言ってややこしいです。よって、この学校では第一寮を青、第二寮を赤、第三寮を緑の学年カラーで表しています。君たちのカラーは緑ですね」


 そう言ってスカーフの真ん中の宝石を指し示した。俺達のスカーフ留めの宝石は緑、今説明してくれている上級生の留め金は赤。つまり彼は2年生と言うわけだ。確かに分かりやすい。


「寮は原則2人1部屋。つまり相部屋になります。その人物と基本卒業まで同じ部屋になりますが、合わない場合はすぐに申し出て下さい。その時点で別の人物とチェンジします」


 まあ、寮生活は何とかなりそうだな。一緒の部屋になる奴次第だが。


「俺じゃない場合はすぐにチェンジしろ」


 隣でティービアが声を潜めて言ってくる。


「お前な。この学園では我が儘は言わないよ。さすがに上級生のファクスと同じ部屋になる事はないだろうけど、なったら即チェンジするわ」


 そのまま国に連れて帰れ、とかティービアが物騒な事を言っている。まあ、隙あらば処刑してやるぐらいのつもりだがな。


「ねえねえ、この部屋僕の名前とイグニスの名前が書いてあるよ。もしかしてイグニスと同じ部屋なのかな?」


 先に歩いていたルーメンが嬉しそうに部屋のネームプレートを指さしている。確かに俺とルーメンは同室だ。


「じゃあ、元気でなティービア」


 俺はティービアにゆっくりと手を振った。うわー、怖い顔してるわ。


 しかし、ティービアはそれ以上は何もいわないで自分の部屋を探しに行った。たまには俺以外の人間とも触れ合え。


「んじゃ、入るか」


 俺は扉に手をやった。が、引いても全くビクともしない。まさか、魔法じゃないと開かないとかの仕掛けがあるのか。さすが魔法学校。


 俺が扉の前で考え込んでいると、隣からルーメンが手を伸ばし、


「これ、多分押すんだよ」


 そして、扉は何の抵抗もなく開いた。

 ……ちょっと恥ずかしかった。





「中は結構広いね」


 中央にベッドが二つデンっと置いてあり、左右の壁に机が一つづつ置いてある。机を並べて勉強するイメージしてたのに、ちょっと残念だ。


「見てよ、こっちはお風呂とトイレがある」


 右側にあるドアを開けて、ルーメンは歓声を上げていた。


「おお、一部屋に風呂トイレ付きとは豪勢な」


 俺の感想を聞いて、ルーメンはくすくす笑う。


「イグニスってお金持ちの貴族の坊ちゃんに見えるのに、結構庶民的な事いうよね」


 まあ、実際王族なんだけど、中に入っている人間は普通の男子高校生やってたから、一部屋に風呂トイレ付きなど夢みたいな話なのだ。


「ルーメンはどうなんだよ。こういうのは慣れているのか?」


 彼の素性はよく分からないが、ちゃんとした教育を受けているのは分かる。


「慣れるも何も、初めてな事ばかりだよ。まず、この学園みたいな大きな建物は初めて見るし、薪で焚くんじゃないお風呂を見るのも初めてだ。みて、このトイレ水洗だよ!」


 ルーメンは意味もなく水を流してハシャいでいる。まあ、俺もこの世界のトイレが水洗なのはビックリしたけど。


 仕掛けとしては簡単で、ポンプやガスの代わりに魔法石という魔法を充電した石を使う。トイレには水の魔法石、お風呂には火の魔法石という風に使い分けているのだ。


「そういや、あっちにも扉があったよな」


 俺は入って左側の扉の中を覗いてみた。


「あれだ、ウォークインクローゼットってやつだな」


 そう、中はまさしくそれだった。服を掛ける場所、荷物を置く棚が三畳ほどの大きさの部屋に備え付けられていた。多少の荷物を持ち込んでも何とかなりそうだ。


「僕にはあまり必要ない広さだよね。だってバッグ一つで来たし」


 そう言えば、俺の荷物は部屋の隅に箱が積み上げられていたが、ルーメンの荷物はバッグが一つ置かれていただけだった。


「お前、それだけで大丈夫なのか?」


 何だか心配になって聞いてみる。


「うん、だって大体制服で一日過ごすから、パジャマと数枚着替えがあれば何とかなるよ」


 ある意味潔い奴だ。俺なんか、兄上達にこれもこれもと持たされて、まるで嫁に行くような荷物の数になっていた。これでも半分置いてきたんだぞ。


「足りないものがあったら言えよ。分けられるものは分けてやるから」


 俺の言葉にルーメンは嬉しそうに笑う。


「同室がイグニスで良かったよ。本当は他人と一緒に生活するのが凄く不安だったんだ」


 まあ、何だ。こいつとなら3年間やっていけそうだな。と、考えて俺は自分の思考に待ったをかけた。俺、学園生活満喫するために来たんじゃないんだけど。そう、ファクスの企みを暴くために来たんだよな。


「仲良くやろうね、イグニス」


 ルーメンは嬉しそうに右手を差し出してくる。


 ……ま、いっか。その時はその時だ。今はちょっとぐらい学園生活楽しんでもいいよな。初めの世界で高校は途中で行けなくなったし。


「よろしくな。楽しくやろう」


 俺はしっかりとルーメンと握手した。ヤバい、何だかワクワクしてきた。





 そろそろ食事の時間になったので、俺とルーメンは食堂に向かった。


 広い食堂は長テーブルがいくつも置かれていて、何より広い。


「すごーい、ひろーい。こんな広い部屋で食事するの?」


 部屋に入った途端ルーメンが驚いている。城で生活していた俺にはそんなに感動する程の広さではないが、清潔感があるのには満足していた。


「イグニス。ここだ」


 横からティービアの声が聞こえてきた。そちらを見ると、ティービアと水色の髪の綺麗な少年がいた。髪があごの下程で切りそろえられていて、軽くウェーブが掛かっている。


「ティービア、そちらは?」


 俺は水色の髪の少年に軽く頭を下げながらティービアに聞く。


「俺の同室になったレグルスだ。紹介しておく」


 紹介されたレグルスは軽く頭を下げてきた。うーん、何だか引っかかるんだけど。俺はレグルスの魂の色をそっと覗き見た。


 この魂の色は、まさかのまさか……葵だ。


 この世界に来て早々に見つけてしまった。ちぇー、今回は男の子か。まあ、綺麗だけど。


 俺は即座にティービアに言うべきかどうか悩んだ。ティービアの中にいるのは晶と言う始まりの世界からの俺の友人であり、今目の前にいるレグルスの中にいる葵の弟だ。だがしかし、葵の方は普通の魂として転生しているので、俺や晶の事を覚えていない。しかも、晶は葵の事をあまり良く思っていない。本当の双子の姉なのに、結構冷たいのだ。今までの晶の態度を考えてみて。


 ……結論。面白いからほっとこう。


「何だ、同室の奴と上手くいっているみたいじゃないか。良かったな」


 まあな、と面白くなさそうな顔でティービアは返事した。


 周りを見ると同じ学年の生徒ばかりだ。ファクスとは学年が違うので寮が別になってしまった。良かったのか悪かったのか微妙だが、こちらの動きが筒抜けにならないのはありがたい。

 どうせ俺が入学した事などファクスはとうに承知しているだろうからな。


「イグニス、明日からどう動くつもりだ」


 食卓についてレグルスとルーメンが挨拶している間にティービアは声を潜めて聞いてきた。


「そうだな、当分は様子見だ。俺達より先に入学したファクスの方がこの学園に詳しい分有利だ。出来るだけここに慣れてからの方が行動しやすい」


 俺の言葉にティービアが頷いた。


「ねえねえ、レグルスって水の国出身なんだって。髪が青いからそうだと思ったけど、見るのは初めてなんだ。綺麗な髪の色だね」


 ルーメンが嬉しそうにレグルスの髪を誉める。あ、レグルス照れてる。顔だけ見てると女の子みたいに可愛い。


「ルーメンは金色の髪をしているが、何処の出身なんだ?」


 レグルスが逆に質問を始めた。


「うーん、気がついたら師匠と旅してたから。師匠が言うには風の国で拾ったって言ってたんだ。いい加減な所があるから本当かどうかは分からないけどね」


 ルーメンがさらりと恐ろしいことを言う。本人全く気にしていないようだが。


「ひ、拾われたのか?」


 レグルスが恐る恐る聞く。


「うん、小さい頃に」


 動じずにルーメンは答える。この態度から、その師匠という人と仲良く暮らしていたことが伺える。絆ってものかな。


「その師匠は魔法が使えたのか?」


 俺の質問にルーメンは頷いた。


「うん、僕は師匠から魔法を教わったんだ。でも、他の人がどの位使えるか分からないから、この学校でついていけるか不安なんだ」


 そう言われてみれば、俺も誰かと比べた事は無かったな。


「一回どれ位のものか試しに使ってみないか?」


 俺は他の3人に提案してみる。3人は互いの顔を見合わせて頷いた。そう、俺達のように魔法を使える人間はどの国を見ても少ない。更にそれを使う機会に恵まれる事もあまりない。先の内戦の時でも魔法で味方まで巻き添えにする恐れがある為、おいそれとは使えなかった。つまり、他人が魔法を使うところを見ることはほとんど無かったと言っていい。


 俺の二人の兄は魔法の力がハンパなく強いため、比較の対象にならない。いずれお前もこれぐらい出来るようになると言われたが、ハッキリ言って普通に生活する分にはいらない力だ。つーか、出来ればあの二人には大人しくして欲しい。危うく城が焼けるところだった。ぶっちゃけビビった。


「だが、学園内でぶっ放す訳にはいかないぞ。学園生活始める前に、学園が無くなったら洒落にならん」


 ティービアの言葉に俺達は考え込んでしまった。さすがに俺の力はそこまでないが、何かの拍子に学園に被害を与えるかもしれない可能性はゼロではない。


「まあ、1日で退学になるのは嫌だな」


 レグルスの言葉に4人は黙り込んだ。あー、魔法使いが危険人物扱いされている訳だ。


「授業で使う機会もあるだろう。それまでお預けと言うことにしといた方がいいな」


 俺達はティービアの言葉に同時に頷いた。当分は大人しくしておこう。



「さて、俺が魔法実技の教師になるゼロだ。得意魔法は火。他にも土魔法に風魔法を少し使える」


 今日は授業一日目。空は青く、風は気持ちいい。今日初めて見るゼロという教師は、ハッキリ言ってやる気があるように見えない。その割には魔法のバリエーションがデタラメに多い。普通は使える魔法は1種類か2種類。それも光属性は光属性内、闇属性は闇属性内の魔法と決まっているのに。


「あー、魔法を使えるお前達は気づいていると思うが、俺は光属性も闇属性も使える。まず、光属性は基本風と水。闇属性は火と土がある。通常どちらかのカテゴリーのみ使えるのが普通だ。俺は特殊だから、お前達の常識から外しとけ」


 なんつー節操のない魔法の使い方だ。俺なんか火の魔法しか使えないっていうのに。俺、マジでこの学園ついていけるのかな。


「イグニス、大丈夫だ。周りを見てみろ。全員驚いているということは他の連中も俺達と同じようなものだということだ」


 確かに全員真っ青な顔している。非常識教師だと思っているのは俺だけじゃないようだ。


「じゃあ、まず始めに全員一発づつかましてもらおうか」


 教師らしくない表現でゼロ先生は俺達の度肝を抜いた。


 俺達はそれから場所を移動し、四方を壁に囲まれた広場に連れて行かれた。上を見ると青空が見える。


「この場所は魔法を拡散するよう作られている。多少の力なら大丈夫だから、一人ずつ魔法を思いっきり使ってみろ」


 俺達生徒は10人程いる。これが1クラスの人数になるそうだ。今年の新入生は32人。大体10人毎に1クラスらしい。うちのクラスが一番少ない人数になる。


 ゼロ先生に言われて1人目の生徒がゆっくりと広間の真ん中に進んでいく。そして構えた。


「どれ位の威力があるか分からないから、俺の後ろにいろ」


 ティービアが俺を庇うように前に出た。


「危ないぞティービア。俺なら大丈夫だ」


 そう言って前に出ようとするが、ティービアは絶対に動かない。まあ、こいつ意外と心配性だから、大人しく後ろにいよう。


 下がろうと思って後ろを見ると、レグルスが腕を組んで立っていた。


「お前、全然ビビってないな」


 俺の言葉にレグルスは、


「ふんっ、ここまで届くかどうかも分からないものにビビってられるか。来たら来た時だ」


 なんつーかさすが葵。俺よりも男らしいわ。隣ではワクワクしながらルーメンが広場の中心を見ている。もしかしてビビってるの俺だけ!


 周りを見回すと、残りの生徒は皆青い顔をしている。良かった俺が普通なんだ。


 一人目の生徒が腕を前に出して構える。炎が伸ばした手のひらの延長線上に現れる。そして、急速に手のひらから離れていく。


 離れてしばらく飛んで……壁に当たって消えた。


 おおっ!!


 周りから感嘆の声が聞こえる。


「ティービア、何がおお、なんだ?」


 俺は周りの反応についていけず、冷静な幼なじみに意見を求めた。


「今のでこのクラスのレベルが大体分かった」


 ちょっと待て、あの実戦では脅し程度にしか使えなさそうな魔法で何故どよめきが起きるんだ。まさか今のはかなり手を抜いていて、他の生徒は彼の実力を正確に読みとったのか?


「ま、こんなもんか。次」


 淡々とゼロ先生が記録をつけていた。


「イグニス。お前もあの程度だとか言わないよな?」


 後ろからレグルスの呆れたような声が聞こえてきた。


「やっぱお前もそう思った? 俺ここに来て自分の常識が他と違うんじゃないかって疑いっぱなしなんだけど」


 レグルスの隣でルーメンが首を傾げている。


「今のは何? あれぐらいの力を出しなさいって事? あそこまで力を押さえる方が難しいんだけど」


 どうしよう、何故か俺の周りだけクラスの奴らと常識が違うようだ。


 喜んでいいやら、悲しんでいいやら。



 目の前でレグルスが構える、空気中の水分が一気に収束され、レグルスの周りに集まっていく。レグルスの周りに可視化されるようになった水が渦巻いて、壁にぶつかる。他の生徒が口を開けたまま固まっている。


 次にルーメンが風の固まりを壁に叩きつけ、ティービアが土の固まりを槍のように尖らせて飛ばした。


 もう他の生徒のガッカリっぷりったら見てて気の毒になってきた。


 俺の前に珍しい黒髪の少年が力を使うために壁に向き合っていた。髪はおかっぱなのかと思ったら、後ろに二本きっちりと纏められている。腰位まである長さの黒紙だ。随分と整った顔をしている。


 腕から炎を巻き上げて壁に向かって放った。強烈な反動が返ってくる。俺とタメを張れそうな強力な炎だ。


 その黒髪の少年が俺とすれ違う。


「お前も火を使うのか。俺はイグニス。お前は?」


興味がわいて俺は話しかけてみる。そいつは大して興味がなさそうに俺を見て、


「ルナだ」


 一言名乗るとそのままクラスの生徒から少し離れた所に立つ。まあ、無視されないだけマシか。



 さて、俺の番だが、本当に本気で撃っていいのか迷う。


 周りを気づかれない程度にそっと伺うと壁の隙間から別のクラスの生徒が見ている。


 スカーフの宝石は赤。二年生だ!


 そして、その二年生の中に……ファクスがいた。


 俺の方をじっと見ているのが分かる。


「どうした、イグニス。トイレにでも行きたいのか?」


 ゼロ先生が暢気に聞いていくる。それに乗っかってトイレに行ってもいいが、さすがに逃げたと思われるのは腹立たしい。


 俺は腕を壁に向かって伸ばし、最大火力で撃ち出した!


 炎を壁が吸収しきれず、四方に飛び散った。後ろから悲鳴が聞こえる。しまった、やりすぎたか!


「おーおー、やっぱ兄貴達と同じように無茶苦茶な魔法量だな。先に力を見てて良かったわ」


のんびりとしたゼロ先生の声に振り返ると、巨大な土の壁が出来ていた。一瞬で作り出された割には頑強な壁が、他の生徒を守っていた。


「すいません、あまり使うことなかったので、加減が分かりませんでした」


 裏切り者の従兄弟の登場にムカついて、とは流石に言えない。


「まあ、いい。出来れば俺の居ない所であんまりぶっ放すな。さすがのこの学園でも吹っ飛んじまうかもしれないからな。明日から毎日青空教室になっちまう」


 土の壁を元に戻しながら、ゼロ先生が注意する。もう少し教師らしい注意をして欲しいんだが。


 俺は先ほどファクスがいた場所をもう一度見た。そこには従兄弟の姿はもうない。今に見ていろ、必ず倒してやる。


「何をムキになっている。憎い馬鹿面でも見えたか」


 いつの間にかティービアが側に来ていた。


「やっぱり気づいていたか。ファクスの事」


 注意深いティービアなら気づいていてもおかしくない。


「お前の魔法に乗じて俺の魔法をぶっ放そうとしたら、あの変な教師に止められた」


 入学早々退学にされそうな事しようとしたな、こいつ。


「いきなり騒ぎは起こすなって」


 俺の言葉にティービアが怖ーい笑顔を見せる。


「お前に手を出すものは、この世の地獄を見せてやる」


こいつ味方で良かったわ、ホント。やるっつったら絶対やるからなー。


「イグニス大丈夫?」


 炎の放った俺を逆に心配してくれる声がする。


「ルーメン心配かけたな。お前こそ怪我ないか?」


 俺の言葉にルーメンはにっこりと笑った。ティービアと正反対の清々しい笑顔。ちょー癒される。


「師匠の酔っぱらった時にデタラメに放たれる魔法に比べたら全然大丈夫だよ」


 あのー、こいつの師匠ダメダメじゃねーか。


「派手にやったな。面白くなってきた。次は負けないからな」


 レグルスまで寄ってきた。そして何気にライバル宣言。


 そのレグルスの後ろから強烈な視線を感じた。俺は思わずそちらに視線をやった。先ほどの黒髪の少年がじっと見ている。


 俺の視線を感じるとすぐに向こうを向いてしまったが、彼にもライバル認定されてしまったのだろうか。


「よーし、じゃあ講義室に行くぞー。今から魔法の基礎を一応勉強する」


ホントーにやる気のなさそうな教師に連れられて、俺達はゆっくりと講義室に移動した。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第2章 ケントルム


「講義って言ってもな、全員大体魔法は使えるわけだ。やれることといったら、魔法量を増やすことと魔法の質を上げることだな」


 つまり、改めて講義という形でやるほどの事はないということか。いいのか、それで。


「魔法量を増やすのも、質を上げるのもぶっちゃけ精神力が大きく影響する訳だ。元々の資質というものはどうしようもないから置いとくとして、後はひたすら精神集中とイメージ修行だな」


 指先に得意な魔法を集中させ、同じ勢いを1時間持続させる。結構地道な作業を俺達はやらされている。


「こんなショボイ事を何でやらないといけないんだ?」


 それ、俺も思ったけど流石に口には出さなかった。体裁気にしない晶ならではの感想だ。


「俺だってこのまま寝てしまいたい位退屈だけどな。今教師に目を付けられるのはめんどくさいんだ。大人しくしてろって」


 隣の晶しか聞こえないようにこそこそ話していたつもりだったんだが、


「おい、聞こえてんぞ。何企んでやがんだお前ら」


 すぐ横にゼロ先生の顔があった。


「あ、いえ、別に。真面目にやってます……」


 いきなり隣にいた先生に、心臓飛び出すかと思った。俺は一番目の世界で男子高校生やってたけど、真面目だったんだぞ。晶と葵のせいでいろんな事に巻き込まれたけど。


「先生、イグニスと近いんで、もう少し離れてもらえませんか?」


 戦闘態勢バリバリのティービアが今すぐに魔法を発動しそうな勢いで先生を睨みつけている。今さっき言ったよな俺、問題起こすなって言ったよな!


「なあ、イグニス頼むわ。大人しくしていてくれ。お前んとこの兄貴二人にはヒデー目に遭ったんだわ。あれ、人間じゃなく悪魔だよな。あいつらには常識全く通じないんだわ。お前んとこの兄貴達ともう一人が揃ったときはマジ学園から放り出そうと思ったわ。だからな、頼むからお前は真面目に頑張ってくれ。よけいな苦労を俺に背負わせないでくれ」


 ……兄上、二人とも一体何をしてくれてんですか。俺思いっきり動きにくくなってるんですけど。


 先生の目が血走ってるんですけど。


「先生、うちの兄上達がお世話になったみたいで。でも、俺は真面目なんで大丈夫ですよ」


 取りあえず、隣のティービアを手で制しつつ、ゼロ先生に微笑んでみる。困ったことが起きたらまず笑顔だ! 晶と葵に関わっていた俺が身につけた護身の一つだ。


「そうか、3兄弟の中でお前が一番穏やかだと聞いていたから、まあ大丈夫だと思うが、頼むぞ」


 テキトーそうな教師に必死に頼まれている俺も何だか情けないが、その原因がうちの身内だと思うと更に情けない。


 ほっとしたようにゼロ先生が教卓の方に戻っていく。


「内戦で敵部隊を容赦なく吹っ飛ばすような奴の何処が穏やかだっていうんだ?」


 ゼロ先生が去った後、ティービアが困ったような顔で言ってくる。


「言ってただろ、3兄弟の中でって」


 俺の言葉にティービアはうーんと唸り始めた。ティービアの中の記憶を探って納得しているのだろう。


「殿下達、一体何したんだろうな」


 ティービアの素朴な疑問が俺の思考とリンクしたが、


「……ティービア、世の中には知らない方が良い事もあるんだよ」


 俺の言葉にティービアは大人しく首を縦に振ってくれた。


「あれー、わわわ」


 その時前の方から変な声が聞こえてきた。どうもルーメンのようだ。


 そして、爆発音。


「おーい、前の方の奴ら吹っ飛んだぞ」


 そう、ルーメンを起点として強烈な風が起こり、周りの人間を吹っ飛ばした。


「ごめーん、最近なんだか制御が難しくて」


 周りの生徒に謝りつつ、助け起こしている。どうやら被害は大したことないようだ。


「ルーメン。お前は魔法の威力は強いが、制御がイマイチだな。当分は一人で制御の練習をしろ。出来るまで授業に参加しなくて良い」


 ゼロ先生が呆れたようにルーメンに言い渡す。ルーメンはショボンとして教室を出ていった。


 授業に単位というものは無いが、毎年自信を無くしてこの学園を去っていく生徒はいるらしい。肩を落として教室を出るルーメンを見ていると、ちょっと不安になってきた。後で様子を見に行ってやろう。





「ルーメンは何処行ったんだ?」


 俺は授業が終わった後、ルーメンを探していた。


 隣にはティービアと何故かレグルスがいる。


「あの爆発騒ぎを起こした後なら、多少魔法を使っても大丈夫な場所に居るんじゃないか?」


 レグルスが的確な意見を出してくれた。


「と、言うことは、朝に行った壁のある広場だな」


 そう、あそこなら多少魔法を失敗しても被害が出ない。


 俺達はさっそく広場に向かってみた。


 ……予想通りルーメンはそこにいた。


 そして何故かもう一人いた。



「違う、押さえ込むイメージ」


 ルーメンの隣にいる、確かルナっていった少年が魔法制御のコツらしきものを教えているようだ。


「うーん、それが難しいんだよなー。ちょっと前までは何も考えなくても出来ていたのに……」


 思ったより落ち込んでいないルーメンが必死に考えている。


「よう、大丈夫そうだな」


 二人の練習の邪魔にならないようにしようかと思ったが、俺も何かルーメンの力になりたかったので思い切って声を掛けた。


「あ、イグニス。来てくれたんだ」


 嬉しそうにルーメンが笑いかけてくる。……声かけて良かった。


「魔法制御の練習だろ。なんかアドバイス出来ればいいんだが。ティービア、お前思いつくことあるか?」


 後ろからついてくるティービアに尋ねてみる。


 ティービアはじーっと右手を見て暫く考え込んでいたが、ゆっくりとルーメンに近づき、頭を上から押さえ込んだ。


「え、ティービア、これ何?」


 上から頭を押さえつけられたルーメンは地面を見ながらわたわたしていた。


「イメージ的にはこんな感じだ。無理矢理押さえつける感じ」


 ティービアにしては珍しく、真面目に伝えようとしているようだ。


「あー、何となく分かったかも」


 ゆっくりと頭を上げたルーメンが暢気にティービアに答えている。


「こうだよね!」


 いきなりルーメンが魔法を発動した。が、今回は暴走する事無く風がルーメンの周りを回っている。


 これはあれだな。言葉で言うより感覚で伝えないと分からないタイプだな。ある意味天才肌ってやつかもしれないが。


「僕の教え方が悪かったのかな……」


 ルナがショックを受けて立ち尽くしていた。


「いや、つまり、ルナの教え方は頭の良いやつ用で、ティービアの教え方はそれとは正反対のやつ用なんだ」


 俺は落ち込んでいるルナの肩に手を置き、ゆっくりと説明する。


「……つまり、ルーメンは頭悪い、と」


 俺がボカした所を一緒に来ていたレグルスが鮮明にする。


「え、僕って頭悪い?」


 うーん、そうではないんだがどうも説明しづらいなー。あえて言うなら、


「鈍い?」


 あ、思いついた事そのまま言っちゃったよ。


 目の前ではルーメンが仰け反っているし、ルナとレグルスは小さく吹き出している。ティービアはいつも通り無表情だ。


 初めてルナを見たとき、少し取っつきにくいなと思っていたが、どうもそうではないらしい。


「人見知りなんだ。本当は君とも話してみたかったんだけど、どうもそういうのが苦手で」


 あまり友好的でなさげな顔でいうものだから、言ってる内容を疑ってしまいそうだ。


「なあ、ルナ。表情と言っていることがバラバラなので、分かりづらい」


 俺の直球の物言いにルナが途端に落ち込んだ。じっくり見ると割とわかりやすいのかもしれない。


「そうか、でも苦手なんだ。どうすればいいのか……」


 戸惑い気味のルナを見ていると誰かに似てるなーと思ってルナの隣を見ると、仏頂面のティービアが立っていた。ああ、こいつに似ているのか。


「ルーメン見てみろ」


 俺がルーメンを指さすと、皆がゆっくりとそちらを見た。


 そこにはすでに先程のショックを乗り越えてにこやかに笑っているルーメンがいる。


「あんな感じだと、世間的には良い感じになる」


 俺の言葉にルナは嘆き、レグルスは頷き、ティービアは無表情だった。


 皆の反応を真正面から見ていたルーメンは、


「ねえ、やっぱり僕って馬鹿ってこと?」


 ちょっとだけ寂しそうな顔で皆に聞きまくっていた。



「魔法使いってさ。あんまり普段の生活では必要ないよな。どっちかって言うと魔法石の方が使い勝手が良い?」


 夜の食堂で俺は思った事をつぶやいてみる。


「まあ、そうだね。持続して使えるし、誰でも使えるしね」


 ルナが斜め前で食事をしながら同意してくれる。


「だがそのせいで魔法石を戦争に利用しようという動きも出ていた」


 そう、過去の歴史の中で大事件としてイグニスも家庭教師に習った。


「だがそれを見越して国際条約でそれは禁止された。全ての国の王が一同に会して調印したんだ」


 レグルスが過去の大きな歴史の出来事を説明する。


「人間は便利な道具が出来たらすぐに戦争に利用しようとするな」


 ティービアが無表情で食事をしている。食事を作った人が見たら作る気を無くしそうな無表情だ。


「どうしてだろうねー。酷いことに利用するより、楽しいことに使った方がいいのにねー」


 暢気そうにルーメンが意見を述べる。


 どうでもいいがこのメンバーは個性ありまくりだな。おかげで食堂で浮きまくっている。


 まあ、内容は至極真面目な事を話しているのだが、さっきからこの会話で何かが引っかかっているんだなー。


「……そうか。魔法石は使用規制が入るけど、人間は入らないんだ」


 そう、魔法石は戦争利用してはいけない。しかし、魔法使いは魔法を使ってはいけないという法律はない。何故だ。


「人間を縛る方法が無いからだ。魔法石には戦争利用されないように魔法を施す事ができるが、人間にはそれが出来ない。魔法使いは魔法使いが律するしかないんだ」


 俺のすぐ後ろから声が聞こえてきた。


「ゼロ先生」


 レグルスが食事を手に持って歩いてくる先生の名前を呼ぶ。


「面白い話をしているな。丁度いい、俺も混ぜろ」


 ゼロ先生が俺達と同じ机についた。


「つまり、明確な法律らしきものはないと言うことですか?」


 レグルスが俺達を代表して聞く。


「無いな。作ろうとはしたようだが、なんせ魔法使いは人数が少ない上に、隠されると一般人と区別がつかない。作ったとしても遵守せずに使われたら防ぎようがない」


 そう言われりゃそうだ。自分より弱い者にその力を使うなと制限されても、抑止力にはならない。


「でも、結構均衡はとれているし、あまり大事にはなっていませんけど?」


 俺は浮かんできた疑問を素直にゼロ先生にぶつけてみる。


「良いとこに気がついた。流石に何の制約もなしで魔法使いを野放しにするのはマズい。だからといって規制もかけられないとすると、もう魔法使いのほうに常識を理解させるしかないということになる。つまり、お前と同じような魔法使いは他にもいる。無茶するとそいつらが止めに来るぞってな」


 世界では本当に人数の少ない魔法使い。それも産まれる条件は特になく、王族に産まれたり平民に産まれたりと様々だ。それでも血や遺伝子は多少は関係するのか血の濃い王族には産まれやすい。


 それはそれで困ったことになる。王族なんて人の言うこと聞かないやっかいな人間が多い。つまり、身分に関係なく魔法使い同士にその存在を確認させられる場所……。


「……そういうことか、だからこの学園があるんだ」


 俺はゼロ先生の言葉からその答えを導き出した。周りをみると、ティービアもルナもレグルスも同じ答えに思い至ったようだ。


「正解。この学園は魔法使いに互いを認識させ、魔法の真の使い方を教える場所だ」


 家名を名乗ることを許さず、魔法を使えれば誰でも入学できる。その条件付けに疑問を持っていたが、やっと答えを得た気分だ。


「で、結局どういうことなの?」


 約一名が最初から特に何の疑問も持っていなかったようで、不機嫌そうにフォークを口にくわえたまま聞いてきた。


 ルーメン、お前ちょっとは頭使おう。


「うわー、真面目にゼロ先生が先生やってる。いつも怒り狂って俺達を追っかけまわしてきたのにさー」


 ゼロ先生の後ろからこの前まで毎日聞いていた声がした。しかし、今は国にいるはずなんだが。


 ゼロ先生の拳が小刻みに震えている。


「おかしいな……悪魔の声が聞こえる。もう二度と聞きたくない声の一つなんだが」


 ゼロ先生がぶつぶつ言いながらゆっくりと後ろを向いた。


「やっほー、先生。来ちゃった♪」


 満面の笑顔で手を振っている俺の二番目の兄フランマがそこにいた。


「何故いるー!! 帰れー!!」


 ゼロ先生が頭を抱えながら叫んでいる。こんなに嫌がられているのに、フランマ兄上は楽しそうにしている。


「いやだな先生。連絡行ってないですか? 女性の先生が一人産休に入るから、代わりに1人入るって」


 先生の顔色が真っ青になっていく。どうやら事情は飲み込めたようだが、誰が来るかは知らされていなかったようだ。他の先生方、もしかしてわざとか。


「俺は休みに入る。そう、産休だ。今日からだ」


 ゼロ先生は食事が途中であるにかかわらず、必死でこの場から逃げようとしている。


「えー、先生オメデタなんですか? 誰の子? 早速カロル兄上とラクス様に知らせないと」


 嬉しそうに手をたたいているフランマ兄上。カロル兄上とその友人の名前を聞いてゼロ先生の顔色がさらに悪くなる。


「ちょっと用事が出来たから俺は理事長の所に行ってくる……あいつ、シバく!」


 最後にとんでもない台詞がぼそっと聞こえたが、俺もこの歳になれば、真面目に聞く事と聞き流すことの区別はつくつもりだ。よって聞かなかった事にした。


 それよりも兄上が何故この学園に派遣されているんだ? この件は俺に任されているんじゃ。


「イグニス、ちょっといいか?」


 フランマ兄上が手招きをしているので、俺は皆に断って席を立った。


 何も言わずともティービアが後ろからついてくる。





「兄上、どういうことですか。俺では頼りにならないと言うことですか!」


 確かに末っ子で頼りにならないかもしれないけど、ここまで過保護にされるとちょい落ち込む。


「そういうことじゃないんだ。ただ、当初と事情が変わった。従兄弟殿の計画の一端が分かったんだが、それが本当ならとんでもない事になるんだ。よって俺もカロル兄上にお願いしてこの学園に来たんだ」


 どっから仕入れてきたのか、俺がまだ動く前に情報が入ってくるなんて。やっぱり俺って役立たずなのか?


「仲間を集めるとか、ほとぼりが冷めるまで潜伏とかではないのですか?」


 ティービアが俺の隣で兄上に聞く。俺もその程度の事だろうと高をくくっていた。どうやらそうではないようだ。


「俺も兄上も優秀な魔法使いのスカウトが有力だと思っていたんだが、どうやら違うみたいだ。おまえ達は光と闇の魔法を知っているだろう?」


 光は『風』と『水』、闇は『火』と『土』の魔法属性の事ではないのだろうか。


「これは一部の魔法使いしか知らない事なんだが、光と闇の魔法使いという者がこの世界には存在するようなんだ」


 魔法属性ではなく、魔法使い?


「フランマ様。それはそれぞれの属性を使いこなせる存在ということですか?」


 ティービアの質問に兄上は少し考え込んだ。


「基本そういう事らしいんだが。俺もそれがどういうことなのか、詳しくは分からないんだ。ただ厄介な事にこの魔法使い達は反発するらしくてな。その魔法が暴走すると、この世界自体が耐えられないような負荷がかかると言われている」





 それは、つまり。


「この世界の崩壊?」


 俺のつぶやきに兄上は首を縦に振る。


「光と闇どちらも1人ずつ。対でありながら反発する。やっかいな存在なんだ。国一番の占い師がその存在の誕生を予言していたらしい」


 兄上にしては歯切れが悪い。


「どうして国一番の占い師の占いが俺達王族に知らされていなかったのですか?」


 そうだ、そんな情報を秘匿してもその占い師に得はないのに。


「その占い師は叔父上と従兄弟殿の親族でね」


 弱ったとばかりに兄上が苦笑いする。


「つまり、情報は意図的に秘匿されたと」


 ティービアの言葉に兄上は再び頷く。


「叔父上を締め上げて吐かせたんだが、叔父上も詳細は知らないようだ。そちらの責任者はむしろ従兄弟殿だったそうだからな」


 ファクスがこの学園に来たって事は、この学園に光か闇の魔法使い、あるいはその両方がいる可能性が高いということか。


「この学園自体、他にも何か秘密があるんだが、在学中には探れなかった。ゼロ先生が散々邪魔してくれたからな」


 ファクスが光と闇の魔法使いを探すためにこの学園に来たとして、その魔法使いを見つけてどうするんだ? 仲間にしたとしても世界崩壊させたら何もならないんじゃ。皆で仲良く消滅しようってか? ヤケクソか?


「じゃあ、兄上。俺達の当面の行動は」


 兄上がうーんと考えて気の進まない顔を向ける。


「光と闇の魔法使いを探し出してファクスと接触させないようにするか、協力しないように説得する事かな?」


 言ってから兄上は、地味だーとか、面倒だーとかとっても嫌そうに叫んでいる。カロル兄上と違ってフランマ兄上は派手な事が好きだから、こういうのは面倒くさいらしい。かといって向いてないかと言えば、むしろ向いているんだから本人も葛藤が激しいようだ。



「兄上がおっしゃるには光と闇の魔法使いには特に何か印が現れるとか特徴はないらしいから、どうやって探そうか」


 寮に帰る道すがら、ティービアと話しながら歩いていると、向こうに火の魔法石の灯りが見えた。こちらの世界の懐中電灯の様なもので、ランプの容器に火の魔法石をはめ込んでいるのだ。


「この時間に歩いている物好きがいるんだな」


 照明はポツポツとついているが、光の届かない場所は真っ暗だ。好き好んで散歩に出たい雰囲気ではない。





「ちょっと待て、あのシルエットは」


 俺はティービアを押しのけて魔法石を持っている人物を見た。


 やはりあの影はファクスだ。


「従兄弟殿が1人でフラフラ歩いておられる。ティービア、つけるぞ」


 ゆっくりと歩いていくファクスに気づかれないように俺達はそっと付けていく。


 暫く歩いていくと学園とは違う建物が見えてきた。目を凝らして見ると、それは温室の様だ。


 ファクスはその温室の扉の前で止まった。暫くしておもむろに扉に手をかざすと、滑るように開く。ファクスはためらいもなく中に入り込んだ。


「どうする?」


 ティービアが隣から聞いてくる。俺達も入るかという意味だが、


「いや、今日は止めておこう。明日にでも改めてこよう。今俺達が追っているのがバレるのは不利だ」


 場所が分かっているなら鉢合わせして重要な物を隠されるのはマズい。後日こっそりやってきて調べる方がいい。


 魔法石の灯りがガラス張りの温室の中を行ったり来たりしているのが外からでも分かる。


「どうやら、ファクスも何かを探しているようだな。何かを隠している動きじゃない」


 俺の言葉にティービアが頷いた。


「ファクス自体もまだ見つけていない可能性が高いと言う訳か」


 そう、てっきり占い師に細かい場所や人物の特長を聞いていると思ったが、流石にそこまでは無理だったということかもしれない。彼もまた捜索中だとすると、まだ俺達にもチャンスがある。


 温室の扉が開き、ファクスが出てくる。そのまま来た道を戻っていく。寮に帰るのだろう。


「ここはハズレということか?」


 ファクスは温室へ向かうときも出て行くときも手ぶらだった。何の収穫もなかったということだろう。


「とりあえず、俺達も今日は寮に帰ろう。皆も心配しているだろうし」


 俺は寮に向かって歩き出した。ティービアもその後を付いてくる。


「光と闇の魔法使いか。どんな奴らなんだろうな」


 世界を崩壊させる程の力を持つ存在。本人もその力を望んでいるんだろうか。


「人間は過ぎた力を持つなという教訓みたいだな」


 隣でティービアがボソと呟く。人とは少し違う俺達『世界樹の旅人』が言ってもあんまり説得力無いけどな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第3章 謎の繋がり



 俺とティービアは、昨夜ファクスが調べていた温室に来ていた。


「魔法で扉が閉ざされている」


 扉を調べていたティービアが無表情ににこちらを向いた。


「ファクスの奴はどうやってここに入ったんだろうな」


 流石にこの魔法の鍵を解くのは簡単ではないようだ。大体魔法関係の鍵は一つではなく複数の魔法を組み合わるのがセオリーだ。この鍵を作った人間以外が解こうと思うと、かなりの魔法センスが必要となる。

 温室の周りをぐるりと回ってみたが、先程の扉以外に入り口はなさそうだ。


「こういうの得意なやついないかな? 適当に言い訳つくって開けてもらうのに」


 俺のつぶやきにティービアが笑う。



「中に忘れ物したからとかは止めろよ」


 俺のこと絶対バカにしているな。流石にそれは言わないぞ。


「で、何しているんだ。こんな所で」


 不意に後ろから声がする。


「誰だ?」


 俺とティービアが慌てて後ろを向くと、レグルスがじーっと俺達を見ていた。


「まさか、デートとか!」


 いきなり何言い出すかと思えば、思考がぶっ飛んでるのかコイツは。


「可愛い女の子連れてきてくれたらそれもいいかもな」


 コイツが男に生まれ変わってなければ今頃口説いていたのに。


 俺の言葉にレグルスが困ったような顔をした。


「……ここ、男子校」


 言われなくても分かってる。お前の魂が葵なのが悪い。


「俺達はここに入りたいんだが、鍵を開けることが出来ないんだ」


 ティービアが扉を指さして説明する。


「何でこんな所に入りたいんだ?」


 そう、やっぱりそう言われるよな。俺が言い訳を考えていると、


「ほら、そこから花が見えるだろう。貴香花といって、絞って香水にすると素晴らしい香りがするらしい。今では数が減って幻の花とも言われているんだ」


 ティービアの説明にレグルスが本当だ、っと言いながら温室を覗き込んでいる。


「確かに香りを嗅いでみたいよな。そうか、そう言うことか」


 もの凄く納得している。そんな花があることを俺は初めて知った。


 ティービアがこちらを向いて密かに頷いている。まあ、今回は助かったから一応感謝。


「もしかしたら解けるかもしれないけど、ちょっと時間がかかりそうだなー」


 やっぱり簡単に開くものでもないらしい。しかし、温室をこれだけ厳重に閉め切る理由があるのだろうか。


 ここは時間をかけてレグルスに解いてもらうのがいいのかな。


「そこなら俺が開けられるぞ」


 その時、またしても後ろから声がかかる。


「うわっ、フランマ兄上! 脅かさないで下さい」


 俺の声にティービアとレグルスも驚いてこちらを見る。


「悪い、悪い。なんだか真剣に話し合っているから、声かけ辛かったんだ。で、この温室に入りたいのか?」


 そう、さっき兄上はこの温室を開けられると言った。


「兄上、昨夜ファクスがこの温室を調べていたんです」


 レグルスに聞こえないように小声でフランマ兄上に耳打ちする。


「なーるほど。昔調べたときは何も無かったが、もう一度調べてみるか」


 フランマ兄上が温室の扉の複雑な文様が描かれた飾り部分に手をかざした。幾つかの魔法の行使をした後、扉を押すと、軽く開く。


 兄上、結構すげー。今何したか全く分からなかった。


「さ、遠慮せずにどーぞ」


 まるで自分の部屋に誘うように気軽に温室へ入るように進める。この人在学中に一体なにやらかしてたんだろう。


 フランマ兄上の言葉にティービアが真っ先に温室に入っていく。


「特に危険な物はないようだ」


 安全の確認をした後、俺達を呼ぶ。そこまでしなくても大丈夫なのに、コイツはこういうとこ過保護なのだ。


「ふーん、ティービアはイグニスの部下なんだ」


 バレて特に困ることはないんだが、レグルスは妙に納得しながら温室に入っていく。まさか、レグルスの奴、ティービアに興味があるとか、なんて悪趣味……ではなく、変人趣味……でもなくさすが変わり者同士。魂は元双子の姉弟。そして今は男と男だぞ~。


「なんかバカな想像しているんだろ。お前は見た目普通っぽい癖に、時々妙にバカなことを考えるからな」


 後頭部をティービアに軽く叩かれ、俺は我に返った。え、俺普通だぞ。平々凡々を地で生きてきたんだが、晶にはそんな風に思われていたのか。


 結構長い付き合いだから晶の考えている事は他の奴らよりは良く分かるが、それでも謎の部分が多かった。何でコイツは俺なんかといつも一緒に居てくれたんだろうな。葵もそうだ、俺なんか他の奴らと比べても面白い事なんか言えないし。それでも2人はいつも一緒にいて悩みを聞いてくれたり、困ったことがあったら助けてくれた。俺にはそれがずっと不思議だったんだが、いつかその答えが得られる日がくるのだろうか。


「ちょっ、イグニスなんか巻き付いているんだけど! 大丈夫か?」


 色々考えていたらいつの間にかぼーっとしていたようで、レグルスの驚いたような声ではっとした。


「フランマ様、これ害はないんでしょうね?」


 ティービアが俺の方を指さしながら兄上に問いかけている。


「うん? まあ、短時間だったら大丈夫じゃないか? 魔法力を吸うからちょっと疲れるけど、死ぬことは無いと思うよ……多分」


 兄上の言葉を聞いて慌ててティービアが俺の方に来て何かをはぎ取ろうとしている。よく見てみるとどうやら蔦のようだ。


「イグニス、ぼーっとしてないで早くはずせ!」


 ティービアが珍しく慌てているので、逆に俺は冷静になってしまい、妙に落ち着いて蔦をはがした。


「これ、吸血草じゃないのか? 別に血を吸うわけじゃないらしいけど昔の人は魔法力が吸われているとは思わなかったからそう名付けたんだろうな」


 俺から剥がした蔦をレグルスがまじまじと見ている。


「そんな植物見たこと無いぞ。水の国にはそんな物が生えているのか?」


 そう、イグニスはそんな草今まで見たこと無いようだ。記憶を探ってみるが、それらしい物は無い。


「いや、水の国にもその他の国にも今は生えていないだろう。これはもう絶滅したとされている品種だ。貴香花といい、吸血草といい、もう絶滅しているとされている種が何故ここに残っているんだ? この温室は一体」


 つまりここには絶滅種に指定されている貴重な草花が咲き誇っていると言うことか。


 様々な草花の中に見慣れた花を発見した。それはこの世界には有るはずのない花だ。


「ティービア、見ろ。あれはひまわりだ」


 そう、温室の真ん中にすっと立っているのは背の高いひまわりだった。大輪の花が誇らしげに咲いている。


「どういうことだ、ひまわりがこの世界にあるなんて」


 ティービアも驚いて俺の隣に来てひまわりを眺める。


「『世界樹の旅人』が持ち込んだのか? だがどうやって。俺達は物を持って移動は出来ないぞ。例えそれが小さな種であろうと」


 俺達は自然にそのひまわりに近づいていく。


 俺はふと懐かしい空気を感じた。一体何処の空気だったか。これはイグニスの記憶の中にあるものじゃない。刀夜である俺の中にある記憶だ。


「そうだ、アエルだ。アエルの流れの中の空気に似ているんだ」


 俺の言葉にティービアが頷く。そう、俺達がアエルの気脈を漂っていた時に感じた空気がこの場所に漂っている。


 俺は感覚を研ぎ澄ましてその空気の出所を探す。


 ひまわりの生えている花壇からその空気は漂いでているのが感じられる。ひまわりの花壇は少し高めに作られており、先程とは違う細い蔦が幾重にも巻き付いていた。


「どうした、何か見つかったか?」


 フランマ兄上が俺達の方にやってくる。


「兄上、あの下に何か有ります」


 俺の言葉にフランマ兄上はひまわりの花壇をのぞき込む。


「何か紋が刻まれているな」


 俺は兄上と協力して花壇の蔦を苦労して左右に分けた。


 そこには何故か始まりの世界で俺達の通っていた高校の校章が刻まれていた。


「桜の校章。俺達の通っていた高校の」


 ティービアも気づいたようで、俺の後ろからのぞき込んでいた。


「隣に文字も刻まれているな」


 そう、その隣には平仮名が五十音順にならんでいる。


 五十音順の上には


『校歌の1小節目の歌詞を示せ』


 なんか謎々のような文章が書いてあった。


「何の記号だ? 見たことがないものだな」


 隣からのぞき込んでいるフランマ兄上が難しそうな顔で平仮名を見ている。


「示せって事は歌えばいいのか? えーと、確か『青空高く~誇らしく』だっけ?」


 何故青空が誇らしいのかは謎だが確かそうだったと思う。


 歌ってみて暫く待ってみたが、何も起こらない。


「歌詞を間違ったか?」


 隣のティービアを見ると首を横に振っているから歌詞は合っているようだ。


 おもむろにティービアが歌詞の順に花壇の平仮名に触れていく。


「あ、文字が光っている」


 そう、ティービアがなぞると文字が一つ一つ光っていく。


 ティービアが歌詞を押し終わると花壇が震えだした。


「何をやったんだお前たち。まさかドッカーンはないよな?」


 フランマ兄上が頭上でとんでもないことを言っている。


「花壇の四角い枠の部分が光っているぞ。扉になっているんじゃないのか?」


 レグルスが花壇の一部を指さす。確かに真正面の桜の校章の周りが四角く光っている。


「開けてみる。少し離れていろ」


 ティービアが花壇の扉に手をかけた。端を掴んで引っ張ってみるが、開かない。


「駄目か。力ずくで開けてみるか」


 フランマ兄上も同じように開けようとする。


 中々開かない扉にレグルスまでが参戦していたが、


「……なあ、その扉押すんだったりして」


 俺は思いついた事を恐る恐る言ってみる。


 暫く皆固まっていたが、一番始めに復帰したティービアが扉をそっと押してみた。カチっと音がして扉が一度中に沈み込んだと思ったら、勢いをつけて外側に開いた。


 ……全員が微妙な空気に包まれた。


「な、中には何が入っているのかなっと」


 微妙な空気に耐えかねたフランマ兄上が扉の中をのぞき込んだ。


 そっと手を入れて中の物を取り出す。


「何だろうね、これは」


 フランマ兄上の手のひらの上にはうずらの卵のような形の石が2つ転がっている。


 一つは黄色のもう一つは濃い青色というようより黒に近い石だ。


「宝石のようだが」


 ティービアが片方をつついてみるが、特に何も起こらない。


「どっかにはめ込むのかもしれないな」


 レグルスが周りにそれらしい物がないか探し始めた。


 あれ、こいつに目的も何も言ってないのに疑問もなく俺たちに付き合ってないか?


 不思議そうにレグルスを見ていると、向こうと目が合ってしまった。


「何を見ている?」


 俺の方をじーっと見つめ返してくるんだが、俺は事情を話すわけにもいかず、


「いや……周りの花とレグルスが良く似合うなと思って」


 何となく感じたままを口にしてしまった。


「なっ、何を言っているんだお前は!」


 レグルスが顔を真っ赤にしてこちらか目を逸らした。


 しまった、何かヤバいこと言っちゃったんだろうか。


「おーや? 楽しそうだね君たち~」


 温室の入り口から怒りのオーラが漂ってきた。





「イグニス、これ隠していろ」


 フランマ兄上が二つの石を俺に渡す。その間にティービアが先程の花壇の校章をさっさと蔦で隠していた。ナイスチームワーク!


「やだなー、逢い引きですか? ゼロ先生」


 フランマ兄上が俺たちの前に立ちゼロ先生の視界を遮る。


「またお前かフランマ! 他の生徒もワラワラと。一体ここで何をしている」


 額に怒りマーク付けたゼロ先生がズカズカとこちらに近づいてくる。まあ、現場は何とか片づけたから特におかしな物は見つからないはずだ。


「すいません、先生。珍しい植物が見えたので、入りたいと言ったら兄上がここの開け方を知っていてつい入ってしまいました」


 俺は兄上に責任なすりつけてここは音便に済ませようとした。


「ほほぅー。ここに何か用事があったかな?」


 ちょっと迫力顔の先生が間近に近づいてきた。マジ怖い。


「外から見えた植物が珍しい物だったので」


 ティービアが後ろからすかさずフォローを入れる。


「は? お前らここにある植物わかんのか?」


 ゼロ先生はちょっと驚いたように俺たちを見た。


「はい、数点ですが。とある場所の図書館にこの植物たちの記述と図が載っていたので覚えていました」


 ティービアがさらりと答える。


 ティービアは昔から植物関係にも精通していた。その理由について尋ねた事があったのだが、その答えは飢えて何も食べる物が無くなったときに俺に食べられる植物を食べさせる為らしい……恐ろしい過保護さだ。


「そうか、たいしたもんだ。ま、お前等は後で罰で掃除でもさせるとして、お前はどうしてくれよう?」


 ゼロ先生がフランマ兄上がいた場所を振り返った。もちろんそこには兄上の姿はすでになく、現行犯逮捕はもう出来なくなっていた。


 我が兄ながら要領がいい人だ。


「あいつめ~、また逃げやがった! 何でこうも逃げるのが素早いんだ」


 先生は怒りながら俺たちに温室を出ていくように指示した。俺たちは先生の怒りがこれ以上酷くならないように大人しくその場を後にした。


 最後にそっと見たひまわりはこの旅の始まりの世界を思い出ださせ、少しだけ懐かしくそして切ない気持ちになった。


 そして、俺の頭には二つの大きな疑問が残された。


 なぜ、あるはずのないひまわりがここに咲いているのか。


 なぜ、この世界の誰も知るはずのない高校の校章やひらがなが花壇に掘られていたのか。


 今は遠い世界がこの世界とどういう関わりがあるのだろう。何かが頭の隅に引っかかっているような気がしたのだが、答えが得られる前に俺はその内そのことすら忘れてしまった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第4章 レグルス



 俺たちは今一列に並んでいた。


 俺、レグルス、ティービア。


 目の前にはちょっと怖い笑顔のゼロ先生。


「さーて、罰として何をしてもらおうかな~」


 まあ、あんなとこ見られたんだから、罰ぐらい受けても仕方ない。


 まだ謎だらけだが一応の収穫もあったし。俺はポケットに入れた宝石を握りしめた。でもぶっちゃけこれ何だろう。


 まあ、それは後で考えるとして取り敢えず言うこと言っとくか。


「あの、先生。レグルスは成り行きで一緒にいただけで、罰を受けるのは俺とティービアだけにしていただけませんか?」


 そう、レグルスは巻き込んではいけない。


「はぁ、なんか言ったか?」


 ああ、先生の目の回りに恐ろしい影が見える。何を言っても無駄な感じ全開だ。すでに自分が教師であることも忘れてるな、これは。


「いいんだ、イグニス。悪いことをしたら罰を受ける。これは正しいことなんだ」


 いや、だからお前は巻き込まれただけなんだって。ホント真面目な奴。


 ティービアはどうしているのか覗き見ていると、なんか目がキラキラしていた。


「おーい、ティービア大丈夫か? 俺たち今から罰を受けるんだがなんでそんなに嬉しそうなんだ?」


 俺が小声で尋ねると、ティービアは少し興奮気味に、


「懐かしいな。昔俺たちはよく廊下に立たされていたよな」


 始まりの世界で俺と、今はティービアに入っている晶は同じクラスだった。俺は結構真面目に生活していたのだが、晶といると何故かトラブルに巻き込まれてよく廊下に立たされた。


 俺と晶と別のクラスの葵まで何故か一緒に立っていたのだ。


「今それ思い出すとこかよ。しかもそんな思い出はそっとしまっとけ」


 こいつの性格どうにかならんか。今葵の魂はレグルスに入っている。晶には教えていないからまだ穏やかだが、それを知ったらまた一波乱ありそうなので、バレるまでやっぱ黙ってよう。葵と晶は仲悪かったからなー。


「そうだ、中庭の水やりがあったな。あれ今週俺の当番だったんだ。お前等それを代わりにやっとけ」


 きったねー。自分の当番押しつけやがった。でもそれぐらいで済むんだったらお安い御用。


「分かりました。今週中の中庭の水やりを俺たち三人できっちりやります」


俺は不満を顔に出さず、素直に頷いた。


「よし、しっかりやれ。……フランマの奴は逃げやがったからな。あいつは知らぬ存ぜぬで逃げまくるから現行犯で捕まえたかったんだが」


 ゼロ先生は俺たちに罰を与えて満足したのか、ぶつぶつ言いながら建物に戻っていった。





「で、さっそくやってるんだ」


 中庭のベンチに座ってルーメンが面白そうに見ている。


 俺とレグルスとティービアは、ホースの様な管を持って中庭にいた。


 この世界では放水管というのだ。


「仕方ないだろ。しっかりやっとけば何とかお咎めなしなんだから。って、レグルスさっさと水やれよ」


 俺は放水管をじっと見ているだけのレグルスに声をかけた。


「いや、これさっきからどうやっても水が出てこないんだ。どっかで詰まっているのかな?」


 レグルスは放水管を振り回す。コイツマジで言っているのか?


「レグルス、もしかしてそれの使い方知らないとか?」


 まさかと思ったが聞いてみる。あ、レグルスの顔が真っ赤になった。


「悪いか、城……家では植物に水をやることなかったんだ!」


 どこの坊ちゃんだこいつ。まあ、俺も王族だが庭師の手伝いとかして遊んでいたので知っているんだが、やったことなければ確かに分からないか。


「分かった分かった。いいか、まず放水管の先端に魔法石がついているだろ? それを押すんだよ。そうすると先端の魔法の膜が開くんだ」


 俺はレグルスに使い方を詳しく教えようと近寄った。その時レグルスが放水管の口を上に向けたまま魔法石を押してしまった。





「あーあ、二人ともびしょ濡れだね。風邪引いちゃうから着替えてきたら?」


 そう、俺とレグルスは水をもろに被ってしまった。


「すまなかったな。こんなに凄い勢いで出てくるとは思わなかった」


 レグルスは落ち込んだ様子で下を向いている。髪からは水がポタポタと落ちていく。


「まあ、いいさ。ちょっと着替えてこよう。ティービア、暫く頼む」


 俺の言葉にティービアが向こうで軽く手を挙げた。


「じゃあ、代わりに僕がやっとくよ。楽しそうだし」


 ルーメンが嬉しそうに俺の放水管を受け取る。


「いいよ、俺がやらないといけないんだから」


 さすがにそれは気が引けるのだ。


「大丈夫、ゼロ先生が見回りとかくるとは思えないし。ちゃんと水やってればいいよ」


 こういうところは意外と要領の良いルーメンが言うなら大丈夫か。


「何だい? 面白そうな事をやっているね」


 突然ルナまでやってきてレグルスの代わりをしてくれる事になってしまった。


「じゃあ、悪いけど頼むよ」


 俺の言葉にルーメンとルナが嬉しそうに笑った。


「任せてくれ。ところでルーメン、これはどうやって使うのかな?」


 俺はルナの言葉にずっこけそうになった。ここにも坊ちゃんがいた。





「本当にすまなかった。自分の無知さに呆れる」


 寮の廊下を歩きながらレグルスは悶々と落ち込んでいた。


「良いんじゃないか? 『自分が無知なことを知ることは、成長する一歩を踏み出したに等しい』って上の兄上が良く言ってたし。知らないことは覚えれば良いことだ」


 俺の言葉にレグルスがビックリしたような顔をする。


「それ、私の兄上も言っていた。友人が言った言葉って」


 なんだそれ、あの言葉はカロル兄上のオリジナルじゃなかったのか。なーんだ。


「そうだな。知らなければ知ればいいのか。この学園に来て良かったのかもしれない」


 少しほっとしたようなレグルスを見て、俺はちょっと嬉しくなった。そういやティービアは別として、同じ年の人間とこんなに話すのはこの学園に入って初めてだからな。俺もここに入って良かったのかもしれない。


「おっと、俺の部屋だ。シャワーも浴びといた方がいいぞ、風邪引くからな」


 俺は廊下でレグルスと別れて自分の部屋に戻った。


 軽くシャワーを浴び、予備の制服を出す。


 着替えた後に何の気なしに下を見るとゼロ先生が中庭に向かっているのが見えた。


 やばい、ルーメンとルナにまで迷惑がかかるかもしれない。


 俺はレグルスを迎えに行くために慌てて部屋を出た。





 声をかけるのも時間がもったいないような気がしたので、俺はレグルスの部屋の扉を開けて、勝手に中に入った。


「レグルス、やばいぞゼロ先生が……あれ、いない。そうか、シャワーか!」


 俺は焦りのためにシャワールームの扉を何も考えずに開けた。


 そこには、


「……」


「……」


 俺とレグルスはしばし固まっていた。


「なあ、それ本物?」


 今見たことのショックであらぬ事を口走ってしまった俺は慌てて口を押さえた。


「お、お前はー!!」


 俺は次々飛んでくる物を避けながらシャワールームから逃げ出した。


「え、なんでレグルスに胸あるんだ? ここ男子校だったよな」


 悶々と部屋で考え込んでいると、きっちりと制服を着たレグルスがシャワールームから出てきた。


「どうして、勝手に入ってきたのよ!」


 口調まで変わっている。


「なあ、レグルス、お前って女なのか?」


 見てしまったものは仕方ないので単刀直入に聞いてみる。


 俺の素直な反応に、レグルスは毒気を抜かれたのか驚いた顔をした後、ため息をついた。


「そうよ。もう、せっかく上手く男装していたのに、何でバレるのかしら」


 さっき裸を見られた事を忘れ、バレた事に苛立っている。さすが葵。


「お前、それを3年間通す気だったのか」


 俺の質問にレグルスは少し考える素振りをしたが、


「3年もここにいるつもりは無かったのよ。この学園に伝わっている伝説のたぐいを突き止められればすぐにでも出て行く気だったんだから」


 伝説ってなんだ? もしかしてファクスの探している光と闇の魔法使いの事か?


「なあ、それって一体どんな物なんだ? 俺も実は探している物があるんだがそれとは違うのか?」


 そう、目的が同じなら情報共有できる。


「同じかどうかは分からないけど、この学園には古代の魔法が眠っているらしいわ。その魔法の正体を突き止める為に来たのよ。どっかの王族がバタバタ動き出したので、兄上が私にムチャ振りしてきたのよ」


 キーっ、と怒りながらレグルスが語る。


「古代の魔法? それにどっかの王族ってどこの王族だ?」


 謎々みたいになってきたので、取り敢えず分かるところから聞いてみる。


「古代魔法は、どんな物か正確には分からないわ。ほら、この学園に来た時に門をくぐったら突然学園内に飛ばされたでしょ? あれも古代魔法の一部なのよ。そして、どっかの王族っていうのはね、イグニスあなたの事よ!」


 ああ、あの門の仕掛けは古代魔法だったのか。通りで俺にも分からないはずだ。


 そして、どっかの王族は俺か? 俺が動いたらなんかマズいのか?


「私の名前は水の国、ラクス王の妹シーレーンよ」


 いきなりレグルスが爆弾宣言をした。ラクス王ってもしかしてカロル兄上の親友の。そんでもってこの学園で一緒に悪さしてゼロ先生に追っかけ回されていた。


「……カロル兄上の悪友」


 そう、その表現がピッタリの関係だったようだ。それにフランマ兄上が加わって、ヤンチャの限りを尽くしたようだ。


「悪友って……これが正式の場なら国際問題よ」


「そのラクス王が、何故俺たちの動きに反応したんだ?」


 これはいわゆる内戦の後始末であり、いうなれば身内の不始末の片づけである。他の国の王族が干渉するどころか、妹を男子校に入れる理由にはなり得ない。


「『カロルの弟、しかも末っ子が出てきたと言うことは何か起こるかもしれない、お前面白そうだから行っておいで』そう言って私は放り出された訳」


 あり得ない兄貴だ。うちも常識外れな一族だが、やっぱ兄上の親友だ。常識外れハンパない。


「兄弟仲悪かったのか?」


 じゃなければこんなムチャ振りしないだろう……普通は。


「え? うちは普通よ。これくらいのムチャ振りいつもの事よ」


 常識がまず違うので、この話題は平行線だろう。もう、触れない方がいいのかもしれない。


 俺の中ではラクス王=鬼畜っていう構図が出来上がってしまった。できればお会いする機会がなければいいのだが、多分無理だろう……。


「しまった、忘れていた。さっきゼロ先生が中庭に向かって行ってたんだ」


 俺の言葉にレグルスは(本当はシーレーンだが敢えてレグルスと呼ぶことにする)慌てて俺の腕をとった。


「大変じゃない、早く戻らないと!」


 先程の話題は見事に吹っ飛び、俺はどうやら無罪放免のようだ。


「後でゆっくり、イグニスの探している物を教えてもらうから」


 そっちは覚えていたか。まあ、どうせなら事情を話して手伝ってもらうか。目的の一つである葵はもう探し出しているし、後は光と闇の魔法使いだ。


「分かった。でも知ったら手伝ってもらうからな」


 俺の言葉にレグルスは振り返り、思いっきり嬉しそうな笑顔を見せた。


 ……なんか俺、この笑顔だけで何でも出来そうになるわ。





「ったく、何で俺がこんな目に」


 中庭に急いでいると、ゼロ先生の声がした。


「こっちに」


 レグルスに腕を引っ張られ、俺は背の高い生け垣の後ろに隠れた。


「向こうから来たって事は中庭には行ったって事だよな」


 俺の問いかけにレグルスは隣で頷いた。


 その割には俺たちのことはバレてなさそうだ。


「なんだ、びしょ濡れじゃないか。いい気味じゃ」


 突然生け垣の向こうでゼロ先生以外の声がした。声は若いのに言葉は年寄りくさい。


「おーや、引きこもりの理事長じゃないですか! 入学式も影武者使うくらいの恥ずかしがり屋さんが、どうしたんですか?」


 ゼロ先生の言葉に毒がこもる。


 理事長? 入学式で喋ってたあの見た目子供のあの理事長か?


「だまらっしゃい。ワシにはお役目があるからの、お前のようにサボってはおれんのじゃ。<土>の場所に異変が起きたようじゃな」


 いきなりその場の緊張感が増した。


「そうだ。フランマとその弟共が揃って忍び込んでたんだよ。すぐに入って止めたから、大事ないと思うんだが」


 あー、俺たちの話題が出てきたって事は<土>の場所って言うのは多分あの温室だな。


「まあ、実際封印は無事のようじゃからいいがの、また簡単に中に入れよってからに。お前、やる気ないじゃろ給料減らすぞ」


 封印? そんなもんあったのか。何かうずらの卵っぽいアイテム手に入れたけど。どうもあれ自体は大したこと無い物って事か。


「俺が入れた訳じゃないだろ、お前等の鍵が甘いから、カロルやラクスやフランマ共に入られたんだろーが。一回やられたんなら鍵変えとけよ!」


 ゼロ先生が逆ギレ気味に反論する。そうか、昔あそこに入ったのはうちの兄二人とレグルスの兄のラクス王だったのか。そりゃ俺への風当たりが強くなるはずだ。


「変えたわい。それなのに通じないんじゃ。全くフランマの奴、とんでもない使い手じゃ。唯一ワシ等が知っている封印の場所だというのに……」


 理事長とゼロ先生のため息が同時に聞こえた。うちの兄達がお世話かけました。そして、俺も多分お世話かけます。


「取り敢えず、場所は分からんが、他の封印にも近寄らせる訳にはいかない。イグニス達をしっかり監視しないと駄目だろうな」


 うーん、まさか光と闇の魔法を探してますとか言えないしな。動きにくくなりそうだなー。


「ラクスもそうじゃ。全くあいつ等は何も知らんくせに確信をついてくるからの」


 理事長のため息がもう一度聞こえてくる。


「俺も何があるのか詳しく教えてもらってないからな。守るにしても気合いが入りようがないけどな」


 ゼロ先生が去り際に理事長に言葉を投げつけていった。


「……知らんのではないじゃろ」


 ゼロ先生を見送った後、理事長は小さな声でそう呟いて去って行った。その言葉はゼロ先生には聞こえていない。


「行こう。皆が心配だ」


 レグルスが横から袖を引いている。


「分かった。考えるのは後だな」


 俺たちはそっと生け垣から離れ、皆が待つ中庭に向かった。



「ティービア。さっきゼロ先生が来たんじゃ」


 俺は中庭で水をやり終えたらしきティービアに声をかけた。


「ああ、来た」


 俺の姿を見てほっとした様子のティービアが近づいてくる。その後ろからルーメンとルナもやってくる。……なんか笑いをこらえている風だけど。


「それがね、ティービアがうっかりした振りしてゼロ先生に水かけたんだよ。先生もビックリしてね、『先生を送っていくから、後は頼む』ってティービアが向こうの生け垣の裏にいる僕たちに声をかけてきたから、僕たちは腕だけ出して手を振ったんだ。そうしたら先生はイグニス達がいると納得して帰って行ったよ。まだ水を被るには寒いからね」


 ルーメンの説明を聞きながらルナが楽しそうに笑う。


「最後にティービアが本当に送っていこうとしたら、1人で帰れるって怒ってたな。あー面白かった」


 結構人の悪い事言ってるな、ルナ。まあ、ルーメンと楽しそうにしているから、いいけどな。


 二人と話していると、横からレグルスが俺の袖を引く。


「なあ、イグニス。なんだかティービアが期待を込めた目で見てるんだけど」


 俺の目の前でティービアがそわそわしている。ああ、そう言うことか。


「サンキューな、ティービア」


 肩をぽんっと叩いてお礼を言っとく。今回一番の功労者だからな。


 俺にお礼を言われた瞬間ティービアが満面の笑顔を見せた。


 ……あ、その場の全員がビックリした。


「え、ティービア笑えたのか?」


「今凄いの見た! 明日は雨が降るの? それとも槍?」


「ルーメン、それは失礼だよ。振っても雹ぐらいだよ」


 もう皆酷いことを素で言ってるよ。コイツだって人間だから笑うよ。ただ、滅多に人前では笑わないから誤解されるけど。


 それにしても、またややこしい事が起こりそうだ。

キャラクターの個性がどんどん出てきますので、続きも読んでくださいね。

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