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聖竜騎士と幼妻  作者: 外宮あくと
Ⅰ ヘタレ少年騎士と天然鉄壁少女の場合   一章 なんでこうなった?
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第6話 恐ろしい女

 最悪の朝だった。

 レオンは、ガバリと起き上がると、傍らのティーナを苦々しく見下ろした。

 ギンギンに目が冴えて、明け方まで起きていた記憶はあるのだか、ついには睡魔に負け少し眠っていたらしい。そのわずかな睡眠の間に非常に不愉快な夢を見てしまったのだ。

 まだスヤスヤ眠っているティーナの顔を見ていると、ついさっきみた夢がまざまざと蘇り、ムラムラとしてくる。


――おのれ、グスタフ!


 サッとベッドを降りると、部屋の隅で転がっているグスタフを、ボフボフと踏みにじった。


――貴様、ぬいぐるみの分際でティーナにのしかかり、あまつさえ腰を振るとはぁー!! このケダモノめぇ!


 完全なる濡れ衣であり、言いがかりであると承知しながら、哀れなグスタフをボスボスと踏みつけるのだった。

 そして、ええい我慢ならんと、グスタフを投げつけると扉にボンとあたり、ブホンと落ちた。

 そしてギギっと木の軋む音がして、扉が開いた。


「……失礼いたします。どうかなさいましたか?」


 マルゴだった。

 レオンと違って、既にきっちりと身なりを整えている。

 飾り気は無いが髪を結い上げ、キリっとレオンを見つめるマルゴにはクールビューティーという言葉が似合う。甘ったれたティーナとは対象的だ。年の頃は二十歳前といったところか。

 ティーナと並べば、侍女と令嬢いうよりも、素敵なお姉さまと、それを慕う親戚の子どもといった構図の方がしっくり来そうだ。

 彼女は足元に転がるグスタフを見、そしてムッスリと不機嫌なレオンを薄目で見つめて、大きなため息をついた。


「……やはり、まだ、ですか」


――やかましいわ! やはりとか、まだとか言うなぁ!


 レオンはつかつかとマルゴに歩み寄り、ちょっと来いとあごをしゃくって寝室を出た。

 続き部屋のソファに乱暴に腰掛け、マルゴをにらむ。

 そんなに、自分とティーナを結びつけたいなら、侍女である彼女にはするべき仕事があるはずだと思うのだ、


「なぜ、ティーナを前もって教育しておかなかった」

「恐れながらレオンハルト様、ちゃんとお教えしております」


 マルゴは臆することなく、胸を張って答える。

 レオンは露骨に顔を歪めた。教育して、あれだというのが納得いかない。


「おい、俺が言っているのは、男女の閨の話だぞ」

「はい、その閨でのことは、ちゃんとお教えしております」


 再びマルゴは胸を張る。

 だが、レオンは舌を打つばかりだ。


「……どうせ、ぼかして曖昧なことを言った程度だろ」


 鼻で笑うレオンに、マルゴは心外ですとばかりに反論してきた。


「いいえ! はっきりきっちり、お教えしました。ティーナ様は、曖昧な説明では色々と誤解をなさってしまうお方なので、図解入りで丁寧にお教えしたのです!」

「…………」


――ず、図解ぃぃ?! ど、どんな?! そんなものどこから調達してくるっ?! まさかお前が描いたのか?


 サラリと言うマルゴを、レオンは恐ろしいものを見る目で見上げた。

 彼女はあごに手をやり、小首をかしげる。


「それでも、理解なさっているか不安なのですが……」

「り、理解してないのではないか?」

「……やはり、使用人に実演させて見学して頂くべきでしたか……」


 マルゴは口惜しそうに言った。


――お、おい! 実演って……実演って……本番? ……ってそうじゃなくて、いくら使用人だからって、命令だからって……


 アホ面よろしく、レオンは目を見開き口をぽかんと開けているのだか、それに気がつく余裕などなかった。

 他家での教育法などレオンに知る由もないが、彼の家としては全くのノータッチだった。男なら勝手に外で勉強してこいということらしい。

 だが、女はそうもいくまい。もしも自分が女だったら、図解や実演を見せられていたりしたのだろうかと思うと、嬉しいような怖いような複雑な気分だ。

 そして、それを男の前で、平然とさらりと言ってのけるマルゴは……


――お、恐ろしい女だ……。


 こいつは、敵にまわすととんでもない相手ではないのかと、レオンは言葉を失うのだった。

 マルゴは大きなため息をついた。


「何にせよ、ティーナ様はレオンハルト様は紳士だと信じてらして、そのような行為は絶対しないと思いこんでいらっしゃるのですわ。紳士でもいたしますと申し上げていますのに……」


――いたすのに、紳士も下衆もないのは確かだが、いたし方に差はあるかもしれん……って、そんなことどうでもいいわ!


 レオンはここで、ふと疑問に思った。自分のことを紳士と思うのはティーナの勝手だが、そう思うに至った理由が見当たらないのだ。

 あの見合いもどきの場で顔を合わせた次はもう教会で、ろくに会話もしないままにベッドルームに直行だ。しかも昨夜は剣を振り回す大騒ぎまでした。

 紳士と判断する要素がない。むしろ、軽蔑、警戒すべき相手と断じる方が妥当だと思う。

 そこで、はたと気付いた。


「……もしかして、俺のことを前から知っているのか?」

「まあ………」


 マルゴが呆れかえった声を上げる。そして、わざとらしいほど肩を落とした。


「もしやとは思っていましたが、やはり覚えていらっしゃらなかったのですね」


 恨みがましい言い方が癇に障る。だが、ここは敵に回さぬようにせねばと、レオンはごほんと咳払いをして、落ちつきを取り戻そうとするのだった。


「はっきりと言え」

「一年ほど前のことでございます。クリストフ殿下主催の狩りでのことです。どこぞの未熟者が獲物の鹿を射損じ、見物のご婦人方のところへその鹿が飛び込んだのを、覚えていらっしゃいますか?」


 マルゴの言葉に首をかしげるレオンだったが、すぐにあの時か思い出した。そして頭の中に、その狩りの光景が蘇ってきた。

 それはレオンすぐ側で起きたことだった。犬と勢子せこに追われた鹿が藪から飛びだしてきた。誰かは知らぬが、勢子の主が鹿を仕留めるのをレオンも見物するつもりだった。

 だが、矢は鹿の尻をかすめただけだった。そしてパニックに陥った鹿は、途端に方向を変え婦人方へとむかったのだった。


 レオンは咄嗟に馬を走らせた。怯える婦人方を守るべく、鹿の前に立ちふさがり剣を振るった。鹿はどっと地面に倒れ伏し、喝采がおこった。

 レオンは馬を降り、鹿に止めをさした。と、直ぐ後ろに腰を抜かした子どもがいるのに気付いた。ガタガタと震える少女を、レオンは抱き上げて木陰につれていってやったのだった。


――あれがティーナだったというわけか……すっかり忘れてた……。顔なんかまるきり覚えてなかったぞ。


 ティーナが自分を慕うのは、この出来事のためだとわかったが、たかが鹿を倒したくらいでなぜそうなるのかは、理解できなかった。


――そんなことで、慕うことができるのか? 鹿を倒すくらい誰にでもできることだ。あの射手が下手くそ過ぎただけだ。


 レオンはムスッと立ち上がる。


「ティーナが俺をどう思っているかは、もうどうでも良い。対外的にグライツ夫人として振る舞えればそれでいでいい。できるのか?」

「もちろんでございます。ゆくゆくは侯爵家へ嫁ぐべく教育を受けて来られたのです。侯爵様をお支えし内助の功となるべく、侯爵様のお為にご勉学に励まれ、侯爵様の為にご教養深め、侯爵様の為に努力してこられたのですから」


――くそ、侯爵侯爵と皮肉か!


 グライツ家とカレンベルク家では、同じ伯爵家といっても全く格が違う。

 そもそも、グライツ家はレオンの両親が結婚する際に、男爵から伯爵へと爵位を引き上げられた家なのだ。王の妹である母の嫁ぎ先として、グライツ男爵では格好がつかなかったためだ。

 激しい恋に落ちた二人はというか、恋に狂った母は、周囲の反対を押し切り無理を通して思いを叶えた訳だった。


 対してカレンベルク家は由緒正しき家柄で、代々重臣として働いてきた王の覚えもめでたい家である。伯爵家の中でも一番格上の家なのだ。

 マルゴにしてみれば、「うちの大事なお嬢様をこんなガキに嫁がせるなんて、キー!」というものかもしれない。


「……伯爵で悪かったな」

「グライツ伯爵が、代がわりされるのはまだまだ先の事だと思われますが」


――わかっとるわー! 俺はまだ伯爵ですらないわー! 人の言葉尻を、この女はぁ!


「ともかく! 俺は半魚人狩りがあるんだ。今夜は帰らん。ティーナにはぬいぐるみ部屋でもなんでも、好きな部屋を用意すればいい。家令に命じて、部屋を分けろ!」


 半魚人狩りは騎士としての初仕事だ。気合を入れたい。これ以上マルゴやティーナに付き合ってはいられなかった。


「お部屋を別にしてお休みになるということですか。ティーナ様を遠ざけると……」

「そうだ! 俺は子守をするつもりはない!」


 レオンは立ち上がり部屋をでてゆく。背中に付き刺さる視線が、なかなかに鋭くゾクリとする。


「チッ」


 扉が閉まる瞬間に聞こえた舌打ちには、心底寒けがした。


――コイツ……俺に敵意もってないか? なんか恨みでもあるのかよ……


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