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聖竜騎士と幼妻  作者: 外宮あくと
Ⅰ ヘタレ少年騎士と天然鉄壁少女の場合   一章 なんでこうなった?
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第5話 やきもちではないぞ ※イラストあり


 マルゴはグスタフの説明をし、切々と主人の身の潔白を訴える。そして、主人はレオンを心から慕っておいでなのだと告げるのだった。

 それをレオンは、椅子にふんぞり返り瞑目して聞いていた。もう疑う気など無かったが、いくらなんでもぬいぐるみとは幼すぎるのではないかと、別のイライラが湧いていた。直ぐそばで聞こえる、ティーナのすすり泣きが実にうっとおしい。

 嘆願を終えたらしい侍女に、レオンはうっすら目を開け言った。


「マルゴ、この小娘のおしめは取れているのか?」

「まあ! なんてことを!」


 マルゴはキッとまなじりを釣り上げて反論する。


「ティーナ様はれっきとしたレディーでございます! いくらレオンハルト様でもそのような侮辱はティーナ様に失礼ですわ!」

「レディー……な。毎夜ぬいぐるみを抱いて寝ているのにか?」

「そ、それはもうご卒業あそばされました……」

「……なるほどねー」


 そっぽを向いて無感動に相槌だけし、話を打ち切ろうとした。

 嫌味な自分が情けなかった。勝手に勘違いして、大声上げて騒ぎたてのは自分なのだ。赤っ恥を晒した上に嫌味を言う、自分の小者感が全く情けなくてたまらない。

 情けないと思うなら、ここでティーナに「勘違いして、怖がらせて済まなかった」と一言いえばよいだが、小者ゆえに意地になって仏頂面を続けてしまうのだった。


――俺は誰に怒ってるんだ? ティーナか、自分か? とりあえずグスタフはかなり目障りだな……


 レオンは、マルゴが抱いていたグスタフを取り上げると、しげしげと眺めた。モフモフ感が絶妙にいい感じで頬ずりしたくなる欲求を誘う。抱いて寝るには確かに最適だなと思った。

 こいつが毎晩、ティーナの腕の中にいたのかと思うと、ちょっとムッとした。


――別にやきもちではないぞ。


「グスタフゥ……」


 ティーナはまだグズグズと鼻をすすっている。

 チラリと彼女を見て、レオンはグスタフの頭をボフボフと嬲った。


「ああ……グスタフ」


 イヤイヤと頭を振るティーナ。レオンが更にボフボフを続けると、大粒の涙をポロポロと流し始める。


――もっと泣かしてみようか……


 グスタフの両手をグイグイと引っ張った。そしてティーナの反応をチラ見しながら、ブルンブルンと振り回す。


「…………あの、レオンハルト様」


 マルゴの冷たい視線が、少々痛い。お前、何ぬいぐるみに当たってるんだ、と彼女の目が言っている。

 ちっと舌を打って、そら、とグスタフをティーナの胸に押し付けた。


「もう、いい。俺は寝る!」


 立ち上がり部屋を出ようとすると、レオンの背中にマルゴが問いかけた。


「どちらへ?」

「ここで寝られると思うのか?」


 振り返るとティーナが目に入った。彼女は涙を拭き拭き首をかしげ、そして恐る恐るレオンに近づいてくる。


「レ、レオン様。申し訳ありませんでした。怒らないでくださいまし……」

「……もう、いいと言った。怒ってはいない」

――一人になりたいだけだ。

「でも、出ていこうとなさってますぅ……」

「客間で寝るだけだ」


 そう言うと、ティーナは両手を口に当てて、またイヤイヤと頭を振った。

 そして慌ててグスタフをマルゴに押し付けると、涙を目にいっぱいに溜めて、行かないでとレオンを見上げた。


 レオンは眉をしかめた。

 愚かにも剣まで振り回すという大失態を犯し、自己嫌悪の極みなのだ。もう、放っておいて欲しい。

 それに、なんで引き留めるのだろうとレオンは首をひねる。普通なら「レオン様ひどいっ! 野蛮よ! 大っ嫌いっ!」となる場面ではなかろうかと思うのだ。

 謝罪の一言も言えない奴に、彼女が謝る必要もないと思った。

 先ほどマルゴは、彼女が自分を慕っていると言ったが、もしかして本当にそうなのかと思うと、落ち着かずそわそわとしてきた。


「お許し下さいまし……ふ、ふえぇ……もう、グスタフと寝たりしませんから、怒らないで……」

「別にもう怒ってない」

――これ以上恥をかきたくないだけだ。


 プイッとレオンは背を向けた。


「ふえぇ……レオン様ぁ、行かないで下さいましぃ」


 ティーナが背中にピトっとくっついてきた。柔らかな体温に、レオンはドキリとした。


――まさか、本当に俺のことを?


 不思議でならない。昨日出会ったばかりで、ろくに話もしていないのにどうしてだと思う。

 ティーナはレオンのジャケットをキュッと握りしめて、ピタリと密着してくる。ペタンコかと思っていたが、どうやら少しは膨らみがあるようだ。


「このまま……ずっと、お側に置いて下さいまし……」


 ティーナの言葉にレオンは目を丸くする。聞きようによっては、切ない告白とも取れる囁きに、レオン背中がゾクゾクと震えた。


「……お前を伯爵家に返すつもりはない。これでいいか?」


 精一杯、優しい声を出してみた。


「はい……でも、レオン様も行かないで」

「別にどこにも行かないぞ? 客間で寝ると言っただけだ」

「私と、一緒に寝て下さい。一人では眠れないのです……」


――待てぇ! この寝るは、昨日と同じ寝るなんだろう? そうなんだろう?!


「……………子どもでないなら、一人で寝ろ」

「レオン様ぁ……ふえぇ……」


 またしくしく泣き出したティーナを、レオンは焦って背中から引き剥がし、マルゴに付き出す。

 泣いてる女のなだめ方なんて知らなかった。


「マ、マルゴ、このレディとやらは、俺をぬいぐるみの代わりにしようとしているぞ……」

「申し訳ございません……」


 深々と頭を下げるマルゴだった。


――頭下げなくていいから、どうにかしてくれぇー!


 マルゴは頭を垂れたまま、そそくさと部屋を退出してゆく。後はお二人の時間です、私は邪魔しませんからと言わんばかりだ。

 ティーナは腕にしがみついてレオンを離さない。涙目で見上げている。


「おい、待て……」

――俺を助けろ!


「レオンハルト様。もう夫婦であられるのですから、何をためらわれるのです。もうひと思いに……でなければティーナ様は、お変わりにはなりませんから……レオンハルト様がぬいぐるみではないことを、よーくお教えして下さいませ」


 扉を閉める瞬間、少し顔を上げたマルゴと、目が合った。


――やってしまえと言うのか。

――どうぞ、ご存分に……。


 パタリと扉が閉まると、レオンはこれまでにない絶望的な孤独感に襲われた。

 マルゴの言うように、自分がぬいぐるみではないことを、今しっかり教えておくべきなのだろうが、うまくいく気が全くしないのだ。

 このとんでもないレディを、どうやって口説けばいいのだと、途方に暮れた。


――そしてマルゴ、何故グスタフを置いていく……


 扉の脇にあるチェストの上に、ちょこんとグスタフは座っていた。






 そして、灯りの消えたベットの上で、レオンの肩はティーナの枕にされていた。簡単に振り払えるはずなのに、レオンは全く身動きができないでいる。

 叱られて心細くてたまらないと、まるでちいさな子どものように泣くティーナ。


――どうする……どうする……俺はどうすればいい……


 もうやってしまえ、妻を抱いて何が悪い、と言う自分がいる。あの侍女も、さっさとやれよといった顔だったではないかと思う。

 同時に、こんな子どもに手をだすなんて犯罪じみていると思わないのか、このロリコンめ、と己をなじる自分がいる。

 ただじっとして、目だけをランランとさせていると無性に情けなくなってくる。枕元のグスタフに、嘲笑われているいるような気がしてならない。

 もうグスタフとは寝ないと言っておきながら、ティーナはベッドの端に彼を置いたのだ。もちろんレオンの顔色をうかがいながらではあったが。


――くそ! 俺はぬいぐるみではないぞ!


 意を決して、レオンはティーナの肩を掴んだ。


――ええい! 泣こうが喚こうが、知ったことか!


 そして彼女の顔をのぞきこむ。目は唇に釘付けだった。

 ティーナの淡いピンク色の唇が薄く開き、チロリと軟らかそうな舌が蠢くと、頭の中でなにが爆発したような気がした。

 と、一気に距離をつめ、むしゃぶりつこうとした時だ。


「ピギッ! ………スピピピ……」


 場にそぐわない、何かの声。


――……今、子豚が鳴いたか? ってか、お前ぇ! 寝付き良すぎだろぉぉ!? 


 ティーナはスヤスヤと寝ていた。時折、妙なイビキをかきつつ、幸せそうに寝ていた。


――む、無防備過ぎる……これでは、俺の立ち位置は完全にグスタフと同じではないかぁ!!


 レオンはグスタフを部屋の隅に思いっきり投げつけ、ティーナに背を向け横になる。

 かくして二連続の眠れぬ夜は、レオンをいたぶるようにのろのろと過ぎてゆくのだった。




挿絵(By みてみん)

イラスト:ふたぎ おっと様

クリストフ「貴様はヘタレか! ドMか? 子豚が鳴いたくらいで萎えるな!」

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