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聖竜騎士と幼妻  作者: 外宮あくと
Ⅰ ヘタレ少年騎士と天然鉄壁少女の場合   一章 なんでこうなった?
3/57

第3話 あえて例えるなら、タンポポか?

――ああ、あのまま時が止まっていれば……


 レオンは、クリストフを恨めしげに見上げながら、昨日の栄光の時間を思い出して肩を落とす。


 国王ヨハネス手ずから、竜の意匠の短剣を賜り、レオンは人生最大の感激に胸を震わせたものだ。

 聖竜騎士とは、その昔この国を蹂躙していた魔物を倒した英雄的騎士の逸話を元に、名称がつけられたものだ。その騎士は魔物と共に死したものの、その身は聖なる竜として蘇り、以後この国を守護するようになったという伝説があるのだ。

 聖竜騎士団は、かの騎士のように国の守護を担う最強の戦士集団だ。

 その聖竜騎士の証として授けられる短刀は、レオンの一生の宝となるだろう。


 王妃からは賛辞を、小さな王子と王女からは祝いのキスを、そして廷臣たちの拍手、見守る両親の感涙、最後に遊び人の友人たちのやっかみを受け取った。

 レオンは晴れやかな笑顔で王に最敬礼をして、そして居並ぶ者たちに短剣を掲げて見せた。至福の時だった。感動と誇らしさに浸り、瞳を輝かせていたのだ。

 この後、人生最大の難問を与えられることになるとは露知らずに。



 それは任命式に続いて行われた、祝賀会でのことだった。

 王弟クリストフが、両脇に麗しいご令嬢二人を従えて近づいてきたのだ。

 レオンが三人に向かって礼をすると、彼は無駄に魅惑的な笑顔を振りまいた。両脇の二人は頬をバラ色にしてフラフラと後退り、遠巻きに彼らを見ていた女性たちも、一斉にああと悩まし気に桃色のため息をついた。


――来たな、女たらし……。


 流し目一つで女を腰砕けにさせるのが、クリストフの最大の質の悪さだと思うレオンだった。しかし、数多の男に女たらしと罵られていることなぞどこ吹く風と、クリストフはにこやかに話しかけてきた。


「おめでとう、レオンハルト。これで貴様も晴れて私の麾下きかになったということだな」


 肩越しに目配せすると、彼の後方に控えていた従者がそっと出てきた。その腕には一羽の鷹がとまっている。


「これは私からの祝いだ」

「ありがとうございます」

「後で屋敷に届けてやる。既に仕込んでいるから、すぐにでも使えるぞ。今度、私の鷹狩に付き合え」

「はい!」


 立派な若い白鷹に見惚れながら、レオンは素直に答えた。前々から良い鷹を手に入れたいと願っていたのだ。クリストフのめがねにかなった鷹ならば、きっと素晴しい鳥に違いないと、レオンは心から喜んだ。


 従者とご令嬢二人を下がらせたクリストフは、すっとレオンの肩に腕を回してきた。彼は時折、不必要にレオンに接触してくる。そういう時は、得てして良くない事が起きたものだった。

 だから、この時もレオンは反射的に眉をしかめた。だが何故かこの時のレオンは素直で、彼はただ祝ってくれているだけだ、勘ぐるのはやめようと思ったのだ。

 恐らく、二杯三杯と重ねた酒のせいだろう。判断を誤った瞬間だった。

 クリストフはレオンと肩を組んで、広間を横切るように誘導してゆく。


「レオンハルト、貴様は聖竜騎士となった。ここで、一つ貴様の心構えを確かめておきたい」


 レオンは頬を引き締めて頷いた。クリストフに期待されているのだ思うと、誇らしい気分になる。彼の女癖の悪さは既に国辱の域だと思っているが、騎士としてのクリストフはずば抜けた技量の持ち主で、決して王弟の地位を利用して、聖竜騎士団の長に治まったわけではないのだ。

 彼に連れられてテラスにでると、華やかなご令嬢方がそこかしこで微笑んでいた。


「貴様は騎士としての自分には、どのような剣が相応しいと思う?」


 クリストフはご令嬢に愛想を振りまきつつ、レオンをそっと前に押し出した。

 レオンは目の前に居並ぶ美女たちに、ドキリと息を呑む。


「剣、ですか……」

「口で答えなくていい。頭の中で思い浮かべろ」

「はい」


 レオンの頭には、今腰にあるものが浮かんでいる。ずっと愛用してきた剣で、手にも馴染みがよく、切れ味もいい。今後もこの剣を使うつもりだったが、問われたということは、この剣では騎士の責務を果たせないということだろうか。


――考えてみれば、この一年でまた背ものびたしな、今の剣では少々小さく重みも足りないのかもしれない。


 レオンはふむふむと軽く頷きながら、チラチラと麗しいご令嬢たちを眺める。


――どんな剣がいいか。やはり腕と一体化するような、俺の分身になるような剣がいい。


「時に、レオンハルト。我々の前に美しい花が咲き誇っているが、この中に貴様が思い浮かべた剣に似合う花はあるか?」

「え? ……花? 剣の話しは……」

「ほらほら、よく見て」


 クリストフは、自分を振り返ろうとするレオンの頭を、グイと無理やり前にむけた。


――痛いって。ったく、なんの話なんだ……。騎士の心構えがどうとか言って、次は剣に似合う花はあるかとか……


 レオンは令嬢たちをサラリと眺めた。まったく意味が分からない。


――ああー、薔薇、蘭、カトレアにダリア……そんな感じか?


 美しい花が豪華絢爛に咲いていると思う。だが、いくら美しくても大して興味は引かれなかった。いや、女性が嫌いなわけではない。年相応に女性への興味や、お近づきなりたいという欲求もある。

 だが、見目麗しき王弟クリストフを目の前にした彼女らの、媚を売るような笑みや、寵を競って牽制し合う視線は、レオンには不気味にしか見えなかった。


 何が言いたかったのか知らないが、クリストフの問が段々と不快に感じられてきて、レオンはプイッと令嬢たちから目を逸らせた。

 と、そこで彼の視線が止まった。


――あ、雑草……


 あえて例えるなら、タンポポか?

 小柄な少女がお付きの侍女の持つパラソルの下で、おどおどとうつむいていたのだ。年端もいかぬ少女は、この場いることも落ち着かぬ様子で、侍女のスカートをキュッと握っていた。

 どちらかと言えば、侍女の方が令嬢のような堂々とした雰囲気を持っている。

 少女は上等なドレスを身に着け、着飾ってはいるのだが、どうにもこうにも彼女自身に華やかさが足りなかった。彼女は、周りと比べると可哀想になる程、地味で貧相な花だった。


 彼女が一瞬ちらりと顔をあげた。

 特別美人ではないが、彼女のエメラルドのように輝く緑色の瞳にハッとなり、レオンの視線は固まっていた。こんなに美しい瞳は見たことがないと思っていた。

 見つめること十数秒、どこにでもあるつまらない花なのに、なぜか目が離せなくなっていた。

 彼女の名を知るのは、この数時間後のことなのだが、これがレオンとティーナの出会いだった。


「ほお、カレンベルク伯のご令嬢か……なるほど、これは面白いな……」

「は?」


 クリストフは、レオンの肩をポンポンと叩くと、白い歯を陽光に輝かせて呆れるほど爽やかに笑って背を向けた。


「では、レオンハルト行くぞ」

「え? あ、はい……どこにでしょう」

「私の執務室で少し待っていろ」


 そう言うと、クリストフは兄である王に向かって足早に歩いていった。

 こちらを見ていたらしい王の顔が、何やら険しいのが気にかかったが、レオンは言われた通りクリストフの執務室へと向かった。


 しばらく部屋で待ちぼうけを食らったが、クリストフが再び現れてからの展開は、驚くほど早かった。大司教に会いに行くから正装しろと、慌ただしく着替えさせられ、教会につくとまずサインしろと、ペンを突きつけられた。

 クリストフは何枚もの書類をバサバサと並べて、こことこことここだとサインする箇所を指差しレオンを急かせた。古めかしい羊皮紙にまでサインさせられた。


 目がぐるぐるとまわっている。彼を待つ間に、聖竜騎士の先輩方が入れ代わり立ち代わりやってきては祝杯をかわしたためだった。

 一体何にサインしているのか分からないまま、思考停止状態のレオンは次々にペンを走らせた。

 ふと見上げたクリストフがニンマリ笑っていて、思わずゾクリとした。何だか邪悪な笑みに見えたのだ。


 そして運命の時が来た。

 扉を開けると、あの雑草いやタンポポ小娘が、純白のドレスに身を包んでいたのである。一瞬、何故かチリッと胸が痛んだ。


――結婚式か? 何故か知らんが、この小娘の結婚式に俺も招待されていたのか?


 酔ったレオンは、正装させられたことをそう解釈した。

 そしてクリストフが、満面の笑みを浮かべた。


「レオンハルト、こちらはアルベルティーナ・フォン・カレンベルク嬢、貴様の花嫁だ!」

「………………は?」

「結婚、おめでとう!」


 クリストフは先程サインした書類をピラピラと振り、ウインクをかましてきた。


「はいぃぃぃぃ?!」


 頭に靄をかけていた酒が、今度は一気にレオンの胃を締め付けてきたのだった。酔いなんか吹っ飛んでいた。

 焦って教会内を見回すと、両親をはじめ見知った顔がゾロゾロと立ち並んでいる。聖竜騎士の一団もにっかり笑って立っていた。ヤツらもグルだったのだ。

 既にクリストフに抗議できる雰囲気でもなく、もちろん逃げられるはずもなかった。連行される囚人よろしく、神の御前にて永遠の愛を誓わせられ、式が終わるといきなりクリストフの馬車に拉致されて、屋敷のベッドルームに直行だ。


 ここまで思いだしてレオンはギリギリと歯噛みする。


――恐るべし、クリストフ……僅か数時間であそこまでやるとは。


 レオンは、この扱いに怒りを覚えない人間がいたら、お目にかかりたいものだと思う。が、すぐに力なく頭を振った。いるのだ。全く怒っていない人物が……。


――ティーナ、何を考えてるんだ?






「どうした? 半魚人がこわいか? 童貞さえ捨ててしまえば、どうということもあるまい」


 クリストフがバカにしたように笑って言う。

 はっと我に返ったレオンは、軽く頭を降って、それから軽口を言う彼をにらみ返した。


「殿下! 怖くなぞありませんし、童貞は関係ありません!」

「ふん、半魚人より、幼気いたいけな妻の処女を奪う方が余程怖いというわけか。青いなあ」


――青くて結構! あんたみたいに、汚れた桃色に染まりたくはない!


 ヒヒと下品に笑う王弟殿下を、レオンは軽蔑の眼差しで見つめるのだった。


「貴様が選んだのだぞ?」

「……選んでなんておりません!」

「じっと見つめていたではないか」

「たまたまです」

「好みなのだろ?」

「ち、違います!」


 話にならないとレオンは頭を振る。あんなの見合いですらないではないかと思う。あの時の女たちはてっきりクリストフを目当てにしているとばかり思っていたから、目が滑ってろくに見てもいなかったのだ。

 確かに彼の言う通り、ティーナにだけは目が留まったが、豪華な花の中で雑草が珍しかっただけなのだ。


「まあいい。カレンベルク伯も喜んでいるし、政治的にも無難だし、貴様の意思も尊重できたし、めでたいことだ」


――いやいやいや、尊重してねぇだろぉ!


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