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カメの恩返し  作者: ばけのかわ
7/19

ダメなメンズと書いて、だめんず

  コースケは、いい奴だった。

 再会したら、なんかコソ泥みたいな挙動をする酔っ払いになってたけど。

 あいつは、伊達に俺みたいな卑屈ダークマターと親友じゃない。掛け値なし、文句なしの良いやつだった。

 コースケだけじゃない。

 ケンシンもイッチーも、アイカワもサネムラも、あと、本当はニシダも、いい奴だった。

 みんな、どうしようにも無いほど馬鹿で、お調子者で、頼りなくヘラヘラと笑っている奴らだった。

 よくアダルトヴィデオ、貸し借りしたし。

 重要だよ? ブラザー。


 それでも、俺たちは友達だったし、イッチーは俺が風邪をこじらせて三日ほど学校を休んでいるときにコッソリ見舞いに来てくれたし、ケンシンは課題につまづいている時に必ずと言っていいほどアドバイスや、解答の手ほどきをしてくれた。

 コースケは、俺と違う大学に通っていたのに、俺が大学でつまづいて、周りから浮きまくっていてゼミに行きづらくなり、欠席し続けるうちにいよいよ、このままでは留年だという時に、何故だか連絡もしないのに察知して、こっそりゼミ合宿から抜け出して俺の泣き言に一晩中付き合ってくれた。

 俺が女だったら惚れてる。

 しかし俺はY染色体の持ち主だ。残念だったな、コースケ。


「別にいいだろ、なんかもう違うんだよ、大学とか入ったら世界が変わるみたいに教わったけどさ、結果なんも変わんなかったんだよ」


 酒と自分に酔って、ブダブダと言い訳を重ねる俺の前で、コースケは空き缶のプルトップをいじりながら、ただただ黙って、俺の話を聞いていた。


「良いじゃんか、だってこんな世の中だぜ? 頑張ったってたかが知れてるっつか、見向きも報われもしないじゃん、馬鹿馬鹿しいんだよ、もう」

 吐き棄てるように言った俺に対し、コースケは、そこでようやく口を開いた。「そうか」

「そうか、じゃねーよ、何だよ、さっきっから黙りこくって、わけ知り顔で頷いてよ、コースケに何がわかんだよ、俺の何がわかんだよ」

「わっかんねーよ」

「あ?!」

「分かんねーけど、お前が、本当はそんな奴じゃ無いって事は知ってる」

「んだよ、それ」

「お前が、自分のみっともなさを周りのせいだって責任転嫁するよーな奴じゃ無いって事は知ってる。俺だけじゃない、ケンシンとかニシダも知ってるよ」それだけ言って、立ち上がった。「んじゃ、帰るわ。夜中に邪魔したな。そろそろ寝ろよ」

 そう言って、合宿所にとんぼ返りした。

 けど、俺は結局、大学を留年、そのまま中退した。



 あいつらは、世間とか社会とは違うと思った。

 ニュースだ何だで報道されている、嘘っぱちのインチキで、ずる賢く「みんな」を支配する「世の中」とか「社会」とは違う。

 あいつらは、自分の頭で物を考えて、自分だけの答えを一つ一つ持っているんだと思っていた。

 けれども、大人になって、気がついたら、あいつらは「世の中」とか「社会」になっていた。

 俺たちが学生の頃、「ああいう風にはなりたく無いよね、何、あの典型的な、他人のゲスな話題を蜜の味って楽しむ、スポーツ新聞のエロ面に鼻を膨らませてる親父とか、化粧を人生の一番の仕事だって考えてるオバハンとか」ってあざ笑っていた、『ああいう風』に、みんながなっていた。

 なりたくてなった奴らは一人もいない。

 と、思う。たぶん。おそらく。

 でも、なった。

 気がついたら、みんな、自分の頭で考えて、 自分だけの事だと思って、同じ様な事を同じ様な口調で、SNSに投稿したり、居酒屋で話したりしていた。


 みんなと違うことは、そんなにいけないことなのか……?



 季節は春先、桜のつぼみが膨らんで、いつの間にやら、昼間など半袖の方が過ごしやすくなっていた。

 気分は高揚、浮かれ気分で頭にネクタイを巻いたアッパーな方々を見かけるのも時間の問題だろう。

 生き物たちも恋の鞘当て、モンシロチョウがつがいで菜の花畑の上を舞っている。

 そんなさなかに黒一点、俺は最近、どうにもこうにも自宅にいづらい。


 小町というサディスティックアカミミガメが人間の姿となって、既に三ヶ月は経とうとしているのに俺は自分の部屋に、自宅に居づらいという、どうにもこうにもままならない日々を胃を痛めつつ過ごしていた。

 幸い、小町が買ってくれた小綺麗なスーツ(もしくはワイシャツ)を、ここのところの外出着に選んでいるので街中にいても平気、というかバイト先のミスズさんなど「へぇー、凄い、お洒落に見えますよ」などと言い出していて、おい、俺、これまでどんな無残な姿に見えていたの? と社会的評価の低さに驚きおののかされているのだが、とりあえず洗顔やら髭の手入れなどに気を付けていれば、外見だけで悪漢に思われないようなので、外出の億劫さは減った。

 が、部屋に帰って小町と顔を合わせるのがシンドい。


 あの日、このスーツ一式を買ってもらった以来、何か俺の中で大切な何かが下がった気がした。

 下がった?

 おいおい、とっくに同世代カースト圧倒的底辺にいる事は確定しているのに、今さら何を惨めに思う事があるのだ、と思うのだが、分かっているけど認めたくない。

 カメのヒモになってしまいそうだったのだ。

 俺は、俺なりに毎日頑張っているつもりで、そのつもり、が俺を、押し寄せる自意識の不良債権雪崩から守っていた。

 しかし、「頑張らなくても小町に頼れば良いじゃない、毎日ダラダラしても生きていけるんじゃない?」と、頭の中の黒い俺が単純に言い出した途端に、白い俺は悲鳴を上げて悶絶した。

 単純な誘惑は、存外魅惑的だった。


 小町に文句があるわけじゃない、主人への心遣いは問題なし、と言うか多分に過剰。掃除と料理が好きで、裁縫も出来て資金繰りの才能まである、おまけに美人。跳満じゃん。

 口癖が泣きたくなるほど悪いけど。


 そんな人が、いやカメが俺を慕ってくれているのだ、何の文句があるのだ。

 文句があるのは俺の方で、ダメダメな所、人として治さなきゃアカンだろ其処は、というところしかない。

 なのに、小町はそんな俺を好きだという。

 すると、俺の真にダメなところが発露してしまい、小町の好意に甘えて、というか言い訳にして、自分のダメさを認めて治そう、という気力すらなくしてしまう。

 頭の中の白い俺が懸命に叫ぶ「底辺にいるのに向上心が消えたらマズイでしょ。後がない人間が頑張らなくてどうする!」などの発奮も、小町の笑顔を見ているとそれだけで満足してしまう。

 少し、怖い。


 今日も今日とて、日勤のバイト先から帰って来たのに、「終わったよ」との連絡も入れずに家の前まで来て、アパートの付近で悶々と時を過ごしている。

 連絡などしていないのに、日が暮れた安アパートの、表に面した台所では換気扇がまわり、肉じゃがらしき香り、暖かく、食欲をそそる匂いを放っている。


「お帰りなさい。飢えた仔犬に放置プレイをした気分はいかがですか、タクミ様」

「全部突っ込めるけどね、とりあえず君は犬じゃないよね。ただいま」

「そうですね……では、首輪でもして見ましょうか? 家畜扱い、案外そそるかも」

「ノーサンキューすぎるから! そそるのは食欲だけで良いから!」

「お帰りなさいませ、だワン」えー。

「ただいまー、おー、ヨシヨシ、小町は偉い子だなー」

「気持ち悪い、ウザい、ダサい。アウト三つでチェンジです。0点。生まれ変わってやり直してください」

「ダメ出し長いね?!」


 帰ったら、小町はきっと、そんな会話で迎えてくれるだろう。

 何だか、想像の中でさえイジられてる図が浮かんで悲しい。


 帰りたい。

 帰って、エプロン姿の小町に「おかえりなさい」と迎えられたい。ひざ枕に甘えたい。

 けれども、それは。

 うががががが、と浮かんだ考えを振り切る様に頭をマラカスのように振ってシェイク、きぃぃぃぃぃぃいっと壁に頭を打ち付けて壁ドンならぬ壁ガン、したいが血みどろになり周囲にあらぬ疑いをもたれるのでストップ。

 だって、それじゃあ、あまりにも一方的過ぎるんじゃないのか?

 何で、俺ばっかり奉仕されてるんだ?

 おかしな話じゃないっすか。ご飯を作ってもらえる、掃除もしてもらえる、家でゴロゴロしていても文句を言わない、ヤッてはいないけど頼んだらほぼほぼオッケー、小金も稼いでくれる。

 なんじゃそりゃ。

 お母さんか。

 未来の国から来た青いメイドロボットか。

 良いじゃん、誰かに養われる生活、サイコー。

 ふざけんなっつの。

 都合良すぎだよ。俺に。

 おかしな話だよ、全く。『斜陽』を、あの破滅的な小説家目線で書いたくらいおかしな話だ。妻子がある自分を好きでいてくれる若い女がいる。しかも妊娠してオッケー、一人で育てます、とか言う年下の女の人が。

 あーダメダメ、都合よすぎます。

 そう言うのは相手が言い出して初めてセーフで、かず子目線で書かれているから『斜陽』は傑作なの。

 何だよ、ひたすら愛されてるとか。

 ラブドールかよ。

 などと電信柱に寄りかかりつつ、出口のない思案に暮れていると、角のコンクリート壁で人影が踊って何か隠れた。うねうねと得体の知れないイモムシのように蠢いている。

 当人は隠れているつもりなのかも知れないが、ど阿呆、街路灯が影を地面に落としていてバレバレどころかムシロ目立っているっつうの。

 ははーん、さては小町が買い物に出た姿でも見かけて、「こんなボロ屋にベッピンさんがいるとは、生活も苦しくて援助などすればコロッとこませるやろ」などと考えた助平であろう、と誰に頼まれてもいない正義感を発した俺がズンズン角まで進んで、この助平の顔でも見たろ、と思ったら、其処にいたのはコースケであった。

 なにやら表情のない笑顔を俺に向けた。

 実に業務的な笑顔だった。


 えーーー。

 お前もか、ブルータス。


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