死神先輩と、花言葉
……
§§§
きっと明日は報われる。前に、彼女は僕にそう言った。
美しい記憶に浸りながら、インクの載った再生紙に規則正しく形を付けていく。
…………………………格好つけすぎたかな?
ようはぼんやりとしながら、僕は淡々とチラシを折っていく。明日、つまりは学園祭当日に、校門で配る為のものだ。内容は、学園祭での出し物について。
じゃんけんで負けたとはいえ、随分と退屈な作業を押し付けられてしまった。単純作業は本当に精神に来るものがある。
しゅっ、しゅっ、と紙の上を指が至極なめらかに滑る。かれこれ一時間は動かし続けている手を止めて、未だ山と積まれている折り終わっていないチラシの内、一枚を取り上げた。
チラシには、簡潔な売り文句と店の概要、それに店の位置が記されていて、それと共に薔薇の絵がとても綺麗に描かれている。誰が描いたんだろう。何にせよそれは、僕の最近の記憶を呼び起こした。
それじゃあ、休憩がてら話そうか。僕の連綿と続く記憶の、その一欠片。
美しい薔薇と共に現れた、彼女の事。
そして、死の恐怖に囚われた、僕の事。
§§§
唐突に聞くが、薔薇の花言葉を知っているだろうか。相当に色々有るが、有名なのは『愛』や『幸福』等だろう。まあ、知っている人も多いと思う。
では、青い薔薇はどうだろう。青い薔薇には確か、『不可能』や『奇跡』等の花言葉があった筈だ。
では、十三本の薔薇は? こうなると大多数は一気に分からなくなる筈だ。『永遠の友情』という花言葉がある。
薔薇には色や本数によって各々違う花言葉が存在する。もしかしたら他の花もそうかも知れないが、僕は薔薇についてしか知らない。
じゃあ寧ろ、なぜ薔薇については知っているのか。それこそが、僕と彼女の出会いに直結する。
……時は、およそニヶ月前に遡る。
四月、桜舞い散る心地のよい季節。現在高校一年生な僕だが、すると勿論四月は入学仕立ての時だ。
「ねえ、そこのあなた」
凛としていて、それでいて妙に暖かさを湛えた声に、僕は机に伏していた顔を上げた。場所はクラスの教室で、朝休みの筈のそこに漂う空気はまだ固いものがあった。
当然だ。高校に入学してまだ僅かに数日、ここで爛々と高校生活を満喫出来る奴は余程の剛の者か阿呆だ。後者の可能性の方が高い。
顔を上げると、目の前に青い瞳の少女が居た。美しい黒髪は肩ぐらいまで。セーラー服の胸元に一本、縦のストライプがあって、その色から一つ上の先輩だと分かった。
驚くべきはその顔だ。可愛い、いや美しい。二次元の中からそのまま出て来たみたいだ。
手には小さな鞄を持っている。革製の鞄だ。
「……聞いてる?」
「あ、はい」
しまった、ぼんやりとしすぎた。何しろまだ寝ぼけ眼だろう。焦点すら合ってない。先輩は少し不満そうに僕の顔を見ていたが、すぐに機嫌を直したように『ま、いいわ』と言った。
「それで、何か用ですか?」
「ええ、あなた……えっと、トリツキ、……取月くん、よね」
「はい、まあ」
「じゃあ、これあげる」
そう言って先輩は手に持っていた鞄から、何かを取り出した。
「……バラ?」
先輩が取り出したのは、赤い薔薇だった。しかも二本。
薔薇を受け取り、……これが何だって言うんだろう。
「ねえ、取月くん。薔薇の花言葉って知ってる?」
「ええと、愛とか、恋とか……ですか?」
答えながらふと周りを見渡すと、随分とクラス中から注目されていることに気が付いた。野次馬根性溢れる連中め。暇なのかお前ら。散れ。
「うん、正解。じゃあそれが二本になるとどうなるか、知ってる?」
僕は手に持つ二本の薔薇を見た。二本の薔薇の花言葉。一体何だろう。想像も付かない。
「いえ、知りませんけど……」
「花言葉は、『この世界には貴方と私だけ』」
クラスの空気が氷結した。
まさに絶対零度。クラス中の視線が、僕に向けられている。そしてそこで固定されている。
確信した。次の僕の一言によって、今後の僕の学園生活が決定する。ここは何としても切り抜ける必要がある。
一つ、花言葉繋がりで話を逸らしてみるか……。
「……では、三本ならばどうなりますか!?」
「三本? 三本なら……」
先輩は鞄からもう一本薔薇を取り出すと、それを軽く振りながら答える。
「……『愛しています』ね」
スリーアウト。これではまるで先輩に告白されるに留まらず、それに告白で返事したようなムードになってしまっている。
終わった。僕の学園生活が完全に終わった。
クラスの連中の目は好奇と嫉妬のそれに変わっている。脳内ではデパート閉店時に流れるようなベルが無限ループ中だ。
「まあとりあえず、取月くん」
「…………はい」
「? どうしてそこまで沈んでいるの? 良く分からないけど、今日の昼休み、体育館の裏に来てもらえない?」
「すいません先輩、放課後でいいですか? 昼休みは確か、」
先輩の誘いに、クラス中を見回しながら答える。
「……先約が入っていたので」
「ええ、構わないけど……。出来れば、昼休みが良かったんだけどね。じゃあまた、放課後に」
そう言うと先輩はくるりと踵を返して、教室から出ていった。後ろ姿も実に綺麗だ。見とれてしまいそうになる。だけど、今はそれどころじゃない。
さて、と。
僕は立ち上がると、クラス中をもう一度見回した。一部の男子からの殺気が痛い。実に痛い。『死ね』と耳元で言われているような心地になってくる。
「昼休み、体育館裏に来いよな、取月」
「少し俺達とお話しような? ……百発殴られた後で」
「お前の事情も、少しは聞いてやるからな? ……縛り上げた後で」
このクラス、もしかしたらかなりバカばっかりかも知れない。なんでこんな高校に入ってしまったんだろう。
取り敢えずは、この『先約』達の猛攻をどう切り抜けるかが、今日の僕の最大のテーマになりそうだ。
§§§
放課後。僕は教室で一人、机に座って呆けていた。
昼休みは何とか乗りきった。具体的にどうしたかといえば、昼休みの間中、延々とクラスの連中(十人くらい)の拳から逃れ続けた。実に疲れた。
何か知恵を巡らして、例えば体育教師を何とか体育館裏に誘導しても良かったが――それは避けた。まだトイレの場所も全ては把握しきれていないような学校内、つまりは見知らぬ地で、自分の浅知恵が通じると思うほど僕は馬鹿じゃない。
「さて……と」
先輩との約束がある。放っておいて帰っても良いが、人付き合いが悪いと後々苦労する。行った方が良いだろう。
何よりあんな綺麗な先輩との約束をすっぽかしたとなれば、またクラスのバカ達、或いはバカ達+α(他クラスや上級生)に囲まれかねない。
「しょうがない。行くか」
ガタリ、と椅子を引き、鞄を背負った。バカ共も、流石に先輩に迷惑を掛けるようなバカはしまい。それはつまり、体育館裏に向かう道筋で襲われるような事は無いだろうということ。
入学一ヶ月も経たぬ内に、厄介な事になったなあと僕は少し考えていた。明日からどうしよう、なんて。
そう、この時までは。未だ、死の恐怖など考えずに居られたのに。
§§§
「うへー……じめじめしてる」
来るのは二度目だが、相変わらず体育館裏は狭い空間だった。
一方を体育館の壁に、もう一方を学校をぐるり取り囲む高いフェンスに塞がれていて、フェンスの向こうの小さな森のせいで薄暗く薄気味悪い。校舎や部室棟からも離れていて、人通りが極端に少なそうな場所だ。
「あ、良く来たわね」
そこで先輩は、どこにあったものなのか、木の椅子の上に座っていた。手には朝と同じ革製の鞄を持っている。
「はぁ……、で、用件は何ですか?」
「そう急かない急かない。まだよ(・・・)」
そう言いながら先輩は、また昼間と同じ鞄の中に手を突っ込んでいた。そして、また何か花をするりと取り出した。
それは、黒い薔薇。
「これは……」
「綺麗でしょ? 妖しいイメージが強いかも知れないけれど、よくよく見ると品性が感じられる。派手な見た目に反して、どことなく控え目な印象を受けてしまう」
先輩はその花に軽くキスをしながら、うっとりとした様子で語った。
「僕は……、」
そうは思いませんが、と言おうとして止めた。言われてみると、そんな気がしないでもない。きっと気のせい何だろうけど。
「はい、これもあなたにあげる」
そう言うと先輩は、黒い薔薇を僕の方に放った。ぱしり、と掴むように受け取って、その棘が手のひらに突き刺さった。
「薔薇って本当に不思議な花だと思わない? 花の色、本数、果ては蕾の数で、様々に花言葉を変える」
「へえ。初めて知りました」
「プロポーズで一〇八本の薔薇を贈る、というのもそれに基づいているわ。その場合の花言葉は、『結婚してください』」
「実にストレートですね……端から見て、気恥ずかしくなる位には」
「熱いわよね。私もそんなプロポーズされてみたい……」
先輩はそこで言葉を切ると、『そろそろかしらね……』と小さく呟いた。……一体何がそろそろ何だ?
「本当は、昼休みに伝えておきたかったの。備える時間があるから。でもこうなった以上は、ここで凌ぐしかないわね……」
「何の事ですか、先輩?」
「こっちの話よ」
先輩はふるふると首を振ると、立ち上がり、
「そしてあなたにさっきあげた、その黒い薔薇」
僕が右手に持つ黒い薔薇を指差してきた。
「その薔薇の花言葉は、少し不吉で。黒さが妖しさや危なさを思わせるせいだと思うのだけれど」
ふと遠くから、車の走行音が聞こえてきた。僕は何故か、それに不安を覚えた。まあ走行音が聞こえる事自体はあまり珍しい事ではない。この学校の裏には小さな森があり、その森の向こうには道路が通っているからだ。だが……。
「黒い薔薇の花言葉は、」
僕が走行音を気にした理由。それは、段々とその走行音が大きくなっている気がすることだ。酷く嫌な予感がする。
先輩が不吉と言った事も含め、異常に不安な気分だ。もしかして、いやきっと、この薔薇の花言葉は。それは……、
「『死』よ」
先輩のその言葉と、ほぼ同時に。
ガジャアン! と豪快な音を立てながら、一台の傷だらけのトラックが学校を取り囲むフェンスを突き破り、こちらに突っ込んできた。
「なっ!?」
回避行動を取ろうと、身構える。しかし、
(これ、無理だわ……)
思考がすぐに諦めた。あまりにも、あまりにもトラックとの距離が近すぎる。これでは、横に走ろうと転がろうと車輪にぶち当たる。そのまま轢き潰される。ミンチだ。かといって、このままでは撥ね飛ばされる。
終わった。ジ・エンド。欠片の希望も存在しない。
が、しかし。そんなとき、誰かに右腕を掴まれた。
「!」
「……だから昼休みが良かったのに!」
掴んできたのは果たして、先輩だった。先輩はそのまま、僕の右腕を両手で掴むと――、
「はあああぁぁあ!」
少女とは思えない、凄まじい力で僕を引っ張った。あまりの力に、僕の身体は、宙に浮いた。
「へ?」
急速に回転する視界。左足に鈍い衝撃が走ったと思ったら、地面に叩きつけられた。肺の空気が一気に抜ける。
「ごはっ!」
そして僕が叩きつけられるのとほとんど間を置かずに、トラックが体育館の壁に激突した。コンクリートと金属が衝突して、不快な音を立てる。ガラスが割れる音と、何かが融けた嫌な臭いがした。
どこか遠くから悲鳴が聞こえてくる。あまりの豪快な音に驚いた誰かのものだろう。
そしてその悲鳴を切っ掛けに、段々と、視界が霞む。――勿論、本当は悲鳴が切っ掛けだったなんて事はなく、単にタイミングが良かっただけなんだろうけれど。
「あ……う…………」
口から、言葉にならない言葉が漏れる。 見える世界は徐々に狭まり、それと共に少しずつ明るさを失っていく。
「…………取……く……ん! まさ……また……!?」
誰かが、僕の名前を呼んだような気がして……、
僕はそれに答えられないまま、意識を失った。
§§§
「…………う、……」
気が付いた時にまず目に入って来たのは、白い天井と眩しい程の蛍光灯の光だった。
嫌な薬臭さが鼻を突く。――多分、病院だ。
「あ、起きた?」
枕のすぐ近くで声がした。
「先輩、ここは…………いづっ!」
「っとと、起きちゃダメよ。怪我人なんだから、安静に、安静に」
身体を起こそうとして、すぐに全身の筋肉が悲鳴をあげた。先輩からたしなめられて、起こしかけた身体をベッドに横たえる。
「ここは病院よ。あなたは今は、そこの入院患者。覚えてる? 六時間前に、トラックに轢かれかけたこと……」
「ええ」
病室に静寂が宿る。先輩はベッドの横で、小さな丸椅子に座って気だるげに本を読んでいた。
遠くから、リノリウム張りの床を叩く足音が聞こえる。話し声も聞こえてきた。この病院の、他の患者のものだろうか。或いは、医者のものだろうか。それは、分からないけれど。
先輩が本のページを捲る音だけが生まれるだけの病室で僕は少し、今日一体何が起きたのか考えて――、頭の中を整理して、それから、先輩に問い掛けた。
「先輩。説明して貰えますか」
「……左足の骨折と、全身の軽い打撲。後遺症は残らないらしいわ。ただ、頭も打ってたみたいだから、一応精密検査をするそうよ」
言われて、左足が包帯でぐるぐる巻きにされた上、吊るされているのに気が付いた。
でも、違う。
「怪我の事を聞いているんじゃありません」
「……トラックの運転手は居眠り運転をしていたらしいわ。軽い怪我で済んだそうよ。他に死傷者はいないらしいし」
違う。そんな事を聞きたいんじゃない。
「事後の報告も不要です」
「大丈夫。あなた、保険に入っているから――」
「先輩!」
思わず、大声が出てしまった。
先輩は口をつぐんで、それから一つ、溜め息を吐いた。そして、
「――なに?」
観念したように、笑顔で訊いてきた。笑顔には悲しみが滲んで見える。
「先輩は、気付いていましたね? トラックが来ること。僕が死にかけること」
「正確に言えば、トラックが来ることまでは知らなかったわ。私が知っていたのは、あなたが死にかけること……」
先輩は本を閉じると立ち上がり、そっと僕の顔を覗き込んだ。そして、僕の右頬に優しく手を当てると、小さく僕のおでこにキスをした。
自分の顔がふーっと赤くなるのが分かる。
「んなっ! な、何を……」
「しょうがないわ。聞いてくれる? 私の悩み……能力……」
「悩み? ……能力?」
先輩はこくり、と一つ小さく頷いた。
「ねえ、信じられる?」
先輩は僕の目をまっすぐ見つめながら、語りかける。僕の顔の近くに先輩の髪が垂れて、とても良い匂いがした。
「信じますよ。ですから、話して下さい」
先輩は僕の言葉に少し言葉を詰まらせて、それから、
「物心付いたときから、私には嫌なオプションがついていたわ。知らなくて良いことを知れてしまう、嫌な、嫌なオプションが」
ねえ、取月くん。本当に、信じられないかも知れないけどね。
「……私には、人の死を視る事が出来るの」
囁くように、そう言った。
§§§
「人の死を……? 予知夢とか、そういう類いの、ですか?」
僕の言葉に先輩はふるふると首を振ると、そんなに正確に分かるなら良いのにね、と言った。
「どういう死に方をするのかまでは分からないの。ただ、顔を見た人が今日か明日の内に死ぬかどうか、そして死ぬ大体の時刻が分かるだけ」
「どういう死に方か分からない……?」
「例えば、前にあった例では……大雨の日の夜に、私の親友が死ぬ未来が見えたの。雨の日だし、雷か交通事故が原因と予測した。だから、私の家に閉じ籠もるよう言った。だけど……」
「けど?」
「滑稽よね。……予知の時刻丁度ぐらいに、強風で飛んできた看板が窓を破って、親友に突き刺さったの。即死だったわ。助けようも無かった……」
「……それは」
想像を絶するに違いない。目の前で親友に、予知通りに死なれたのだ。死ぬ事は分かっていながら、原因迄は分からない。自分の手の届かない場所で進行する偶然という現象、その結果が分かっているだけ、手の届かないのはもどかしい事だろう。
「でも、僕みたいに助かった人も……」
「初めて」
「え?」
「累計、十八人。十八の予知の中で予知を逃れたのはあなたが初めてよ……」
ぽたり、と僕の頬に暖かい雫が落ちた。ぽたり、ぽたり。一粒、二粒、沢山。雫は次々に降る。
「助けられなかった……! 私、彼等が死ぬことを分かっていながら、誰一人も、助けられなかった!」
先輩は、ぼろぼろと涙を溢しながら泣いていた。
なんてことだ。
先輩はきっと、毎回、僕の時みたいに対策を立てていたのだろう。死なないように。それでいて、相手に不安を抱かせないために、堂々と花言葉の話なんかして。
もともと、予知は一日二日先までしか知り得ない。そんな限られた短い時間の中で、一人奮闘して。
それでも毎回毎回、十七人も連続で、死なれた。自分の予知通りに。
それはきっと、先輩の中に巨大な罪悪感と後悔を生んだに違いない。
「みんな、みんな苦しそうだった。辛そうだった! 何で!? 何で視えるの……この目は……」
「先輩……」
「この目さえ無ければ!」
「先輩! やめて下さい!」
また大声が出てしまった。僕らしくもない。まあお陰で、先輩は口を閉じてくれた。
先輩は、どこか勘違いしているようだ。間違いを正してあげるのは、後輩としての義務だろう。
「自惚れすぎですよ」
「……え?」
「自惚れすぎです。人のそういう死に方は、人には決められません。勿論、目にも。偶然的な事には、人は介入出来ません」
「でも……」
「先輩の目はただ、その偶然を垣間見せただけです」
「でも……!」
「それでも責任を感じるというなら、僕は止めませんよ。でも、先輩のお陰で助かった僕がいる事、その事も少しは考えてみて下さい」
先輩は僕の言葉を呆然と聞いて、目を擦った。そして、
「…………取月くん」
「はい」
「少しだけ、胸と、手を貸して」
先輩は僕の胸のあたりに顔を埋めると、僕の左手を強く握って、声を殺して泣いた。自分の眼によって救われた僕の存在を確かめるように、強く、強く握って。
それからおよそ十分ほど、医者が病室に入ってくるまで、先輩は泣き続けた。
§§§
そして、月日は少しだけ流れ。病院を退院した次の日。久しぶりの登校日。その、昼休み。
「あの、先輩」
「なあに、取月くん」
「……何で弁当を、ここに持ってきて食べるんです……?」
先輩は僕の机で弁当を食べていた。
ついでに、僕は椅子も奪われていた。なんてこったい。座る場所が無いやい。
「別に、特に意味はないけれど。はい、この花あげる」
「これは?」
「ロベリア。花言葉は、悪意」
「本当に悪意丸出しだよ! どいてくださいよ!」
「いやーよー」
「なんでだよ! 構ってちゃんか!」
駄目だこの先輩。人間としての基幹が崩壊している気がする。
「……おい、取月のヤツ……死神と話してやがるぜ」
「一度死にかけたのにな……」
同時に、クラスでは先輩と僕が話していても前のように嫉妬や好奇心を多分に含んだ視線を向けられる事は無く、代わりに危ないモノを見るような眼を向けられるようになった。
断片的に聞こえてきた話を繋げれば、先輩の近くに居る人はみんな死んでしまうから、先輩は死神と呼ばれているそうだ。実に不謹慎かつ失礼なので朝キレそうになったのだが、
『良いのよ取月くん。実際、その通りだし』
という先輩の一言で怒るのを止めた。本人の決定にいちいち口出しするほど、僕は世話焼きではない。
「それにしても不思議なのは、今までどんなに入念に対策を立てても助けられなかったのに、あなたは……」
「ほとんど対策無しに助けられた、と」
「ええ。もともと、あなたの死を予知したのは、あなたの死亡予定日の朝、登校中の事だったから。対策を立てようにも立てられなかったのよ」
「へえ……。やっぱり奇跡だったんですかね?」
「いえ、多分……」
「?」
「……何でもないわ。はいこれあげる」
そう言って先輩は、何か差し出してきた。
「爪楊枝なんて要らないですよ!」
何にしても、まずは早いところこの悪意の塊みたいな先輩を追い返さなければいけないようだ。
「おい、でも何だか羨ましいな、取月のやつ」
「いくら死神とはいえ……女子と……」
「一応、半殺しにしとくか……」
「「「賛成!」」」
あと、後ろでこそこそと何やら話しているバカどもも同様に。何が賛成だアホ。
あまりにも聞き苦しいのでツッコミの一つでも入れようと振り向いて、僕は絶句した。
……………………あれ、なんか人数が前の倍ぐらいに増えてる? 何があったんだ……?
§§§
キーンコーン、カーンコーン……。
……げ。
チャイムが鳴り響く。しまった。記憶に浸りすぎていて、時間が経つのを気にしていなかった。
チラシはまだ山のようにある。幸い、明日の準備の為、校内には深夜まで残ることが許されている(勿論届けを出せば、だが)ので、まだなんとかなるが。
と、廊下からどやどやと複数名、こちらに歩いてくる足音や声が聞こえてきた。
そして、ドアがガラガラと開いて……。
「取月、チラシ折り終わったー……げ! まだ一杯残ってんじゃん!」
「あ、ごめん! うっかり寝てた!」
「コノヤロ……ま、手伝うさ。さっさと終わらそうぜ」
五人ほど、同級生が帰ってきた。他はみんな、外で看板やら何やらの仕上げをしている筈だ。この五人は買い出しに行ってきたチーム。
改めて教室を見回すと、内装はもうほとんど終わっている。明日の開店は問題ないだろう。
「よしみんな、気合い入れて行くぞ!」
「「「おー!」」」
§§§
チラシを一枚一枚折っていく。正直そのまま配っても良くない? と思うんだけど。
それにしても、まだまだ語り足りないなぁ。
僕がクラスに打ち解けた経緯とか、死神先輩(今では僕もそう呼んでしまう)が立ち上げた部活に入った事とか、クラスのバカ達のその後の事とか、
……僕もまた、ちょっと『特別』だった事とか。
それに、いくら先輩が『死を視られる』とはいえ、……あまりにも、先輩の周りでは命が散りすぎている。その理由についても……。
色々語りたい記憶は有るけれど、それはまた今度の機会に。今はチラシ折りやら明日の学園祭で頭が一杯だ。
……え、もう会えないんじゃないか、って?
うーん、そうだなぁ。それじゃあ、一つ簡単な約束をしておこう。大丈夫、きっと。
「じゃあまたいつか、どこかで。」
§§§
これは、死神先輩と僕の物語。
僕の美しい記憶の一欠片。
Fin.
あとがき
短編です。
ただし話分け版を読んでいる人には形式上は連載です。でも短編です。
一応長編にも出来る設定での、短編です。
万一、これを長編で読みたいっていう酔狂な人がいるなら、感想に一言下さい。場合によっては考えます。
……ま、そんな人はいないだろうケド。心折れそう。
それはそうと、想定の二倍くらいになりましたよこの短編。結構書くの楽しかったけど。
主人公の能力って何でしょうね。唯一死神先輩の予知を外れたあたり、相当怪しいと思いません? あと、十人の攻撃を昼休みの間中かわし続けるっていうのも、中々普通じゃないですよね。まぁ、昔喧嘩ばっかやってたら出来るかも知んないな。
あと、全体的に理論構築やら場面展開が雑なのは許してね。勢いで書いているから。
それじゃ、また会えると良いですね。さいなら。