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けじめがついていないのは、俺も同じか。
「で、つぎ兄、聞いてた? 僕の提案。聞いてなかったんでしょ? 何かぼうっとしてたし」
照明の問いも苦笑で返し、卯木は正直に謝ることにした。
まぁ、理由はなんであれ、照明の話を聞かずに呆けていたのは事実なのだから。
「ああ。悪い。もう一回言ってもらっても良いか?」
「やっぱり。まぁ、いいか。つまり、月一回下される頭領達からの指令が来る前に、僕達で一回腕試しをしないかって、提案したんだ」
「腕試しを……?」
四家の将来を担う子息達が一同に介しているということもあり、月に一回、四家のそれぞれの頭領から力の修行と称して、彼らに課題が与えられる。
基本的には全員で、一つの課題を与えられるそれだが、今月はまだどの本家からも指示が出ていなかったこともあり、照明達は何もお題が与えられていない状態で、自分達がどれだけ動けるかを知りたくなったらしい。
そこで、常ならば保護者として傍観に徹している卯木をあらかじめ誘い、実力を見ようと話が進んだようだ。
気持ちはわかる。
内容の決まった指令を与えられ、それに添うように考え結果を出す。
いくら中身が難しくとも、それは上の人間から身の安全を守られた上で、力を伸ばすようにお膳立てされているということだ。
一つの指令をこなす事に、出来ることが増えても、保護者から『増やされている』現状にに歯がゆさを感じることもあるのだろう。
幼い頃から修練を行い、突発的な状況で、本当の意味での自分の実力を知りたい。
かつては自分も思い悩んだことだ。
けれども、卯木の年の離れた弟達は、思いのまま子供だけで短慮な行動に出ることも無く、しっかりと一線を引いて大人の同行を願い出ている。
まぁ、彼等にとって卯木は『兄』のような存在で、ちゃんと『大人』のカテゴリーに入っているのか疑問だが、彼等よりは経験を積んでいることは本当だ。
そんな自分に『子供の枠』を理解して自分達から進んで話を持ちかけてくるのだから、そこいらの大人よりも『大人』な子供達だと、嬉しい矛盾に卯木は苦笑した。
「それで、来てくれるだろう? 卯木兄さん」
照明の期待と、ある種の確信を持った瞳とその後ろから、又、側面から、向かいから向けられる同種の瞳に、卯木は渋々の体を作りながら一つ頷いたのだった。
◆◆◇
録音された昔ながらの鐘の音が、スピーカーから流れ出す。
間延びしたその音を合図に、担任教師が授業を切り上げ、同時に日直が号令を掛ける。
皆、大好きお昼休みの訪れだ。
教師がクラスから出て行き、途端に騒がしくなった教室内を横目に、千世子は席を立ち上がる。
千世子に声を掛ける者はいない。
彼女は自らの事情から、人と関わることを“否”としており、且つ、自らの能力もフル活用して存在感を消している。故に、いかにクラスメイトと言っても、千世子をまともに認識している者はいないだろう。
致し方のないことだとわかっているし、必要なことだとも感じている。
誰かに認識してもらっても、……深入りされても困るのだ。
なんせ、千世子は六年前、寂しさのあまり儀式を行ったあの日から、四家の一つ廉条家の守護を担う水の司、龍神となったのだから。
あの日、千世子の前に現れた黒い靄は言った。
“自分はもう、死んでいるのだ”と。
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『……、死んでるの? でも、今、お父さんもお母さんも、生き返らないって千世に言ったのに……』
『そう。生者は決して生き返らない。だから私も生きている訳ではないよ。残留思念……と言ってもまだわからないかの……、とにかく私は死に、そしてこの力を新たに宿した身体がこれから造られるのだよ。……だからその「このウソツキめっ!」って視線はやめようかの』
靄が語る言葉は、千世子にとってわからないことだらけだった。
死んでいる?
生きていない?
ざんりゅうしねん……?
つくられる……?
『……? でも、だけど千世と一緒にいてくれるって……』
生きていないのに、死んでいるのにどうして千世子の傍にいられるのだろう。
『そう。だから君に問おう。今の私は力に宿っているに過ぎない意志だけの存在だ。幸か不幸か、君は私を新たな身体の無い奇跡のようなタイミングで呼び出したのだよ。
そして、こちらは幸いなことに私の意識はまだ五、六年は保っていられることだろう。
故に、君が私を |受け入れてくれたのならば《・・・・・・・・・・・・》、私は君と過ごすことが出来る。
その代わりに私を受け入れるということは私の意志だけでなく、私の神としての力も受け入れ、「君が」私の役割……、つまり《廉条》の家の守り神である水神、水龍と成り代わることになる、ということなのだよ。
君は、人間ではなくなり神として何百、もしくは何千年もの時を生きることになる。それでも、君は私と一緒にいたいかい?』
“私と一緒にいてくれるかい?”
それこそが千世子の全てだった。
自分が神様になることも、何百年も何千年も、幼い千世子にはどうにもピンとこない中で、ただただその一文だけが心に響いた。
無理も無い。
彼女が儀式を行い、こうして守り龍たる水神を呼び出したのだって、だた一点。
その願いを叶えるためだったのだから。
だから願った。何度も叫んだその口で、もう一度同じことを。
『どうか――……』
私と一緒に。
『では、約束をしよう。私は君と一つになり、私の意識が消えるその時まで、君を守り、君と共にあることを』
声と共に、黒い靄は千世子に覆いかぶさり、そして消えた。
始まる身体の変質。漲る力。
戸惑う千世子の意志をよそに、雨宮千世子は神になった。