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龍神様は引っ張り出されたくありません  作者: 夜野 天
第一章
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プロローグ

 お初にお目にかかります。

 天と申します。


 更新不定期になる予感ビシビシですが、ご意見ご感想、お優しいアドバイス。

 お待ちしています。


 楽しんでいただけたら幸福です。


 


 寂しかった。

 ただ、それだけだった。



 早朝から、あらかじめ決められていた時刻に起き出し、しっかりと清浄な水で(みそぎ)を行う。


 やり方は知っていた。

 半年後にこの儀式を受けられる廉条(れんじょう)家のお嬢様のお手伝いをするために、と、一通りの方法を先日教わったばかりだったから、迷わず出来た。


 冷たい水で濡れた着物のままでいるのはとても居心地が悪かったけど、決して不快では無い。私は、微塵(みじん)の罪悪感も感じず、むしろ変な安心感すら感じていたことを不思議なほどによく覚えている。

 そこまで広くは無い儀式の間。


 ただ、棒で(つか)えただけの簡単な木の扉を僅かに開け、隙間から身体を滑り込ませる。


 本来ならば、選ばれた人間しか入ってはいけないそこは、廉条本家の敷地の中でも奥の方に位置しており、且つ、只人(ただびと)が入室することを公然と禁止している。


 一族の人間ならば家族や親戚等にそれとなく教えられ『入る』という概念すら、恐れ多く感じるようになるため、まさか親も親戚もいない、血の繋がりが僅かにあるだけの傍系の幼子が入り込むなど、誰も想像することが無かった。


 広い板の間の最奥に、仰々しいまでの祭壇があり、少女は迷う事無くそれに近づき、蓋を開ける。


 

 この頃は、ただ自分の気持ちを抱えるだけで精一杯で、他のことに構っていられるような状況じゃあなかったけれど、今の私には考えられない暴挙だったと言うことはよくわかる。



 もうすでに身体の出来上がった大人ならばいざ知らず、幼い子供がやっと一人で抱えられるほどの大きさの丸い水瓶(みずがめ)の中には、一目で清らかだとわかるほどに美しく澄んだ水がなみなみと満たされている。


 気持ちは凪いでいた。


 緊張も不安も、少女の中には何も無く、ただ自分が成すことの手順だけが、整然と頭の中にある。


 水瓶の隣に飾られていた(さかき)を一本手に持つと、青々とした葉の茂った枝先をたっぷりと水の中に漬け一寸(ちょっと)の間で引き上げる。


 葉や枝に絡まりついた水が水滴の粉となり床を濡らす。


 少女はそれを、(うやうや)しく両手で持ち上げると祭壇から数歩後退しつつ、床に水を振りかけ始める。

 足を止め、さらに自分を中心にして円を描くように枝を振り雫を満遍(まんべん)なく振りまいた。

 これで、外に()が漏れぬように結界を張るのだ。


 廉条家、廉条一族の属性(・・)は水。


 傍系と言っても、少女も一応は廉条の端くれ。


 『廉条』としては可も無く不可も無いそれなりの霊力は持っていた。


 目を閉じ、指先に込めた力を持っている榊に通し、最後のひと振り分に力を浸透させる。


 朝の静謐(せいひつ)な空気の中、凛とした清い光が室内を満たし、次の瞬間には上に蓋のある円筒形の結界が少女の周りを囲んでいた。


 けれど、少女は渋い顔を浮かべる。


 気付いてしまったのだ。

 無事に結界を張ることには成功したものの、まだ幼い身の上。


 霊力の制御が上手く出来ておらず、結界に力を注ぎ過ぎてしまったのだ。


 これでは手元にほんの僅かな力しか残っていない。


 自分でもわかるほどの少なさに、これで来て(・・)くれるのだろうかと不安にはなったものの、()めようとは思わなかった。 

 ここで止めて、もう一度こんなにスムーズに事は運ぶ機会などあるのだろうか。

 今度こそ、誰かに見つかるかもわからない。


 少女は幼心に、二度目が無いことを知っていた。


 だから賭けた。


 この機会に自らの願いを。



 自分にとっても暴挙だが、一族にとっても暴挙だった。良く知らないながらもこの行為がやってはいけない事だと私は気付いていた。

 けれど、やらずにはいられなかったんだ。

 私は今でも思っている。大変なことをした。



 祭壇まで歩を進めた少女は、榊を再び水瓶の水にくぐらせ、送り込んだ霊力を水に(にじ)ませると引き上げ、瓶の上に乗せ手を離した。


 少女の霊力を滲ませた水は、淡い光を立ち上らせ線となり、祭壇の上に(まつ)られている御神体の鏡へと伸びる。


 その光景を見ながら口にした。


 難しい言葉なんてわからないから。


「来て下さい」


 どうか神様。来て下さい。


 そして、どうか叶えて下さい。



 ……



『私を呼んだのは、お前かい? 娘』


 目を閉じ、ただ無心に願っていた少女に酷く不思議な声がかかったのは、その時だった。


 男のような、女のような、若いのか、老いているのかすらわからない。

 けれど、その全てを詰め込んで、捏ねくり回してエコーをかけたような声だった。


 自分にかけられた声だとわかったから少女は急いで上を向く。


 見えたのは、何とも言えない不思議な(もや)


 表現のしずらい、……、酷く(まと)まりのない何か、としか感じられなかった。


 これが私の願った神様なのだろうか?


 首を傾げたが、声は確かにその靄から聞こえた気がした。


 もう一度、よく見ようと目を凝らすと、やはり声はそこから聞こえる。


『私を呼んだかい?』


「……神様……、ですか?」


 恐る恐る問いかけてみると、再び声は少女に降り注いだ。


 『そう。私は神と呼ばれる存在だよ。君が私を呼んだのだろう?』


 そうだ。呼んだ。少女が呼んで、来てくれた神様だと言うのなら、どうか。


「神様、お願いです。私のお父さんとお母さんを生き返らせてください!」


 言葉にするだけで、涙が滲む。


 必死で(こぼ)れそうになるのをおさえて、少女は言う。


「返して! 千世のお父さんとお母さん……!!」


 いなくなってしまった大好きな二人。

 でも、どうしても嫌なんだ。

 二人がいないのは、どうしても嫌。


 頭を撫でてくれる大きな手をしたお父さんも。

 温かく抱きしめてくれるお母さんも。


 千世の前から、どうしていなくなってしまったの?


 寂しい。

 すごく寂しい。

 寂しくて寒くて、冷たくて堪らない。


 神様。どうかお願いです。

 他に何も欲しくない。

 何もいらないから。どうか千世に二人を返して。


 涙を落とさないように、顔をしかめる少女に、掛けられた言葉は無情だった。


『それは出来ない』


「……っどうして!?」


『死者を生き返らせることは、誰にも出来ない。生きているモノは死ぬものだ。斯く言うこの私もね。

 同じようなものが出来たとしても、それは君のお父君とお母君では無い。別のものだよ。

 そんな事を望んだわけではないだろう?』


 とても柔らかくて、優しい口調だったから少女にもわかった。

 わかってしまった。

 どうにもならないことなんだと。

 決して、少女の元に両親が戻ることは無いのだと。


「う、……っあああああああぁぁぁああああっっ!!! ああああぁぁあああああぁああっっっ!!!」


 もう止められなかった。

 

 両目から出て来る雫を、もう抑えられるわけがなかった。


 ボロボロ、ボロボロと涙を零し、少女は泣いた。


 声を上げて、どうにもならない現実に、あるのは途方もない絶望だった。


 千世の小さな世界では、両親こそが絶対であり、世界であったと言うのに。


 あの温かさが、もう二度と戻らないと言うのなら、これから自分はどうすれば良いのだ。


 この寂しさを。


 この果の無い寂しさを。


「……っ! さびしい……、よぉ……!!」


 もう嫌だ。

 耐えられない。


 これからもずっと、こんな気持ちが続くのか。


 どうして誰もいないんだ。どうして皆、一人にして行くのだろうか。


 どうして。

 どうして。


 どうして私は一人なのだろうか。


「一人にしないで……! もう、嫌だっ!! ひとりはいやだ……!! いやだよぉ……っっ!!」


 足に力が入らなかった。


 その場にずり落ち、少女は泣いた。

 丸く小さく背を屈め、抗い難い喪失感に、ただただ床を叩いた。


「一人は、もういやだ……っ、おとうさん……、おかあさんんっっ!!」



『……傍に、いてあげようか?』



「……ぇ……っ?」


『君のお父君と、お母君の代わりにはならないが、私で良ければ君の傍にいてあげよう』


 幾筋も涙が流れ、ぐちゃぐちゃになった顔と視界のまま、少女は再び顔を上げる。


 確かに望んでいたけれど、形を変えて少女の前に示されたそれは、少女にはとても突拍子の無いことのように感じられたからだ。


 傍にいてくれるというのか? 神様が? ……神様なのに?

 

 とてもではないが信じられない言葉。


 でも、だけど、本当に?


 本当に、千世の傍にいてくれると言うのか?

 傍にいて、この寂しさを埋めてくれると言うのだろうか。

 神様なのに、優しいと感じることのできる、こんな声を持つ存在が、傍にしてくれるというのなら……。


「ほ、……本当?」


『もちろん。でも、いくつか条件がある。君が了承してくれたら、という話になるけれど……』


「りょうしょう……、条件って……?」


 そうして、少女は……私は、神様からの条件を、何度かの質問を繰り返しながら理解して『了承』した。


 今、あの時のことを思い返しても、つくづく自分は大変なことをしてしまったと思う。


 たった数年、『じぃじ』に傍にいてもらうために私は『人間』という存在を放棄することとなり、さらに『廉条』から神様をも奪ってしまったのだから。


 けれど、もしこの儀式を私が横取りしていなければ、私は確実に心を病み、自分を保てることなど出来なかっただろう。


 わかっていたから。だからかな。


 こんなに大それたことをして、無くしたものもたくさんあって、気持ちのままに馬鹿なことをしたものだと今でも思う。


 廉条に罪悪感が無いわけではない。


 けれども、私は、過去を振り返って現在に至るまで、後悔をしたことはただの一度も無い。




 

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