直感【遠見】
片栗粉と意識を溶いたらこんな感じだろうか?
グルグルと昏い穴に落ちていくようで……私は少しだけ怖くなる。
ショックと失血で身体の感覚も無くなってしまったのかさっきから石の衝撃が全く無い。
ぼとぼとと私の周りに落ちる石の音……んん、アレ?
うずくまる私の前に立ち上る影。
「……さん」
ん?
私と住民達との対角線上に……背中?
その背中が私に向けられ投げられた石をほとんど防いでくれていた。
「大丈夫?」
「……ぁ」
少しだけ振り向いた横顔に見覚えがある。
「君は誰だ!?誰か知ってる者は!?」
俄かにざわめく住人達の中、一際高い声で年配の女性が叫ぶ。
「こ……高坂よ!あれ……家族殺しの死刑囚の!」
「銃を!早く持って来いっ!」
伝染する驚きと恐怖。
住人達はくるくると忙しそうに、分かり易く混乱していた。
……って……殺人犯ってホントだったのか。
「相談があるんだけどいいかな?」
不思議と高坂さんの声は混乱状態の住民達にストレートに届いたようで、もう声を発する者はいない。
高坂さんはゆっくりした動きで大きな木の陰でかがみ込み何かをずるずると引っ張り出した。
「おい……あれ」
「佐藤さんとこのじいさんだ!」
再びざわめき出す住民達に全く関心を示さない高坂さんは事務的な口調で告げる。
「このじいさんまだ息があるんだけどさー。そこでちょっと提案があるんだ」
うぅ、と小さな呻き声をあげるおじいさんの襟を掴み上げ、場違いな程高坂さんは一切の感情を無くして話を続ける。
「貴様……」
「議論はしないよ。二者択一でよろしく。じじいと交換で僕にこのガキくれないか?オーケーなら僕はすぐこのガキ連れて消えるけど」
足元で伏せていた私を見もせずに、私をガキ呼ばわりしながら顎で差す高坂さん。
「知ってんだろ?僕は殺人鬼だぞう。なんなら……別にあんたらでもいいんだけどな。僕にとって殺人は自慰行為そのものなんだから」
興味なさそうにとんでもない事言い放つ割に……そのおじいさんには骨折しているらしい左の腕に添え木が当てられており、出血部分には布が巻かれている。
…………。
「高坂さん高坂さん」
私はひそひそと高坂さんに声を掛ける。
「いま取り込み中だよ……どうした?」
矢張り高坂さんも抑えた声で返事をする。
「聞きたい事が……いいですか?」
「手短になら」
「自慰行為ってオナ」
「やっぱり黙ってろ」
は~い、と返事して私は生ぬるい草むらに顔をうずめた。
不思議と私は心がムズムズと疼いて仕方ない。
「……オナニーって事ですか?」
ぼそりと呟いてみる。
「黙っ て ろ」
怒られた。
「……分かった。さっさと連れて行け。二度とここにはくるな」
ノリと勢いで住民達から言質を得た高坂さんは私に向き直り、声を出さずに「いくよ」と唇を動かした。
私みたいなバイキン女(我ながら自虐的だと思う)と一緒に殺人男まで消えてくれるって言ってんだから、住民達にしてみれば願ったり叶ったりの提案だったんだろう。
「出血してるな」
「あ」
確かに日常生活においてはほとんど感染の恐れは無い。
しかし、可能性で言えば『血液』は直に触れればそれなりの危険性を伴うはず。
「高坂さん、触らないで。今血拭くから」
私はひそひそと耳打ちする。
「傷自体は深く無いみたいだ。街に行ったら手当てしよう」
全く私の話を聞いてない高坂さんはお構い無しにおでこの傷口を優しく調べる。
「だから、ちょ……ダメですって!感染しちゃうって」
じたばた身体をよじる私。
しかし高坂さんは半ば乱暴に言い放つ。
「どうせみんな死ぬんだ。なのになぜ遠見さんは自分の病気を責めるのか理解できない。だから君の意見は無視する事にする」
あまり似合わない控え目な笑顔でそう言うと、高坂さんは私を背中に背負いこんだ。
なんなんだろうこの人は。
私は自分で言うのもなんだが、世間知らずの役立たずだ。
なのにこの人は大した理由も無いのに……
殺人犯のくせに……
背中があったかい。
「じゃあ僕は消える。あ、このじいさん手当てよろしく」
高坂さんは住民達にそう声をかけると、返事も待たないで来た道を引き返す。
「高坂さん高坂さん」
「?」
私を背負った高坂さんは湿っぽい草むらを踏み締めながら歩く。
「あのおじいさん……高坂さんは助けたんですよね?」
「……なんでそう思うのさ?」
「だって治療してあるし。引っ張ってきた時もなんか気を使ってたでしょ」
「よく分かるね」
「ダテに病院育ちじゃないですよ」
そうじゃない。そんな理由は後付けだ。
私は、こんなに優しいヒトがおじいさんを殺すはずが無いと。
何の徳にもならないだろうに、わざわざ会ったばかりの私を助けに来てくれた事。
『どうせみんな死ぬから』と私の血を躊躇なく拭ってくれた、下手くそな優しさ。
私は高坂さんをヒトとして直感的に信じてしまっていたのだ。




