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フロムエンド  作者: 連打
46/50

   あと1日【前半】



どこをどう歩いたのかなど青年と少女には何の意味も持たない。

魂の抜けたような群衆から離れ2人は手頃なマンションの一室に潜り込んだ。



「……」



一階の角部屋。青年は玄関とリビングの扉を申し訳程度に空けておく。これは人目を避けるというよりはむしろ気配を察知するための準備。

逃亡より排除。

青年の元来の性質なのだろう。



「遠見さん……気分は?」



破れたカーテン越しに周囲の様子を伺いながら青年は少女に声を掛けた。

此処までの道中少女はほとんど口を利いていない。病気の症状は継続して出ているようだったが、無言の理由が病気だけではないと青年は感じている。



「……あたま、いたい」



表情をほとんど変えず少女は呟いた。

リビングの埃を被った絨毯にうつぶせになって手足を伸ばす少女。



「あたま、いたい」



もう一度繰り返す。



「頭痛薬まだある?無いなら……」



「ある」



少女はうつ伏せのまま自分のジーンズのポケットに手を突っ込み、中身を無造作に絨毯へとばら撒いた。2人が以前手に入れていた錠剤タイプの頭痛薬は、病気を治す為の物ではなくその場しのぎの市販品。『無いよりはマシ』な気休め程度の品である。



「なに拗ねてるのさ?どうした?」



「……なんでもないよー」



ずっとうつ伏せ。

青年が見る初めての少女。しかし対応しかねる現状を責められない。

青年はずっと病院で育った少女とは違う意味合いで人間関係を不得手としていた。自ら全て拒否してきた人生だったのだから。

救いも哀れみも慈悲も全て断固たる拒絶。そしてそれが自業自得であることは青年が誰より知っていることである。


加えて今までのコミュニケーションは少女の性質に頼りきった部分が余りにも圧倒的に大きい。青年はほとんど何もしなかった。少女にただ甘えていたのかもしれない。だから。



「……高坂さん」



「ん?」



「わたし……もたない、かも」



「……」



優しくかける言葉の在庫を持ち合わせていない。徒手空拳。

そしてどんな言葉を掛けたとしても少女の病気は快方には向かわない。青年はただただ黙って言葉を待つ。



・・・・・・・・・・・・・

すべてを解決するあの言葉を。



「……」



世界の破滅を待つまでもなくひとり終焉を迎えようとする少女。

その精神は一足先に崩壊へと向かう。これは、もう、抗えない。

今までの少女の在り方の奇跡と比べるまでも無く、誰が少女の変質を責めることが出来ようか?こんな世界において少女は充分戦ったのだ。

比較するのも憚られる程の狂気染みた正気、それに漫然とあやかって過ごしてきただけの存在だった青年。



そのツケを、今。



「高坂さんさ」



待つ。

いつまででも。

言うまで。

青年はここまできて尚みっともなく。



「わたしと……い、今からわたしと」



期待。

なさけない。



「一緒に」



少女も自分の言葉が溢れてくるのを止められない。

しかしそのことはいつも少女の頭に在ったもの。だから、言葉は止まらない。



「死」



「……」



「し……シ、」



「……」



青年は待ちきれなくて。

反射的に少女の両の肩に手を置いて言葉を促すようにさする。その小さな願いなら自分はすぐにでも叶えてやれる、少女の役に立てると青年は疑わない。

だから、早く。




はやく、と。






「だ、だめえっ!!」



「っ」



叫び頭を勢い良く振る少女。汗が少女の前髪をその表情にしっとりと張り付かせていた。真っ赤に充血した目と震える肩。青年は精精驚くことくらいしか出来ない。

まだこんな力が残っていたのかと。



「ぜっっったい!!ダメ!!ダメだめだめダメだめ!!」



言わない。

少女はそれを……その言葉を押し潰した。青年の期待した唯一の解決、少女の願いの成就。それを。



強靭な精神力で握りつぶしたのだった。



どこまでも少女は強い。

青年は少女のその姿を見てきたのに。



「……」



少女の言葉に……静かに落胆した自分を殺したくて仕方なかった。

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