あと3日【後半】
青年が公園を後にしようと少女に声を掛ける。
見つけておいた食料がある気安さから焦ってはいない。雨こそ降ってはいないが、次の瞬間の天候でさえ今までの経験則では計れない異常気象の只中である。
外敵の人間に見つからない壁、天候を緩和できる屋根、あと僅かな日数を過ごす為の水を確保したいのは当然だった。
「ボンカレーでいい?ご飯はないけど」
そう言って振り向いた青年は目を疑っただろう。
公園の芝にうずくまる少女の痩せた背中を呆然と眺めてしまっている。
「遠見さんっ!!」
弾かれたように駆け寄る青年。
汗を掻くでもなく苦痛の表情を浮かべるでもなく……少女はただずしりと、重力に押し潰されているようにへたり込んでいた。
「遠見さん!!どうした!?」
粘性の高い汗と言い様の無い不安が体中に纏わり付く。
この世界において少女は青年の『意味』であり『理由』であり『推進力』だった。
それほど青年は少女を必要としていた。
「……」
どうすれば、なんて考えも及ばない。ただただ願うだけ。
死ぬな。まだ死ぬなと。
細い少女の肩を包むように抱えた時、青年は初めて自分の手が震えているのに気が付く。いや、手だけでは無い。体中の筋肉が細かく静かに暴走している。
「ぁ……うあ」
完全に無力である自分を恨んでみたところで事態は好転などしない。青年が自分が歩んできた人生から学んだ数少ない教訓だった。
願いは叶わない、希望は実らない、誰かは誰かを救わない。
つつ、と青年の横顔に大きな汗粒が伝う。
またか……そう思いつつ祈りを止める訳にはいかない。
この少女だけは青年にとっての完全無欠の『異物』なのだから。教訓に当てはまらない、世界に当てはまらない、唯一の
「だ……大丈夫ぃ」
「と、遠見さんっ!!」
関節が頼り無く曲がったぎこちないブイサイン。しかし確かに生きている。青年は肌寒い異常気象の中に在ってひとり、どしゃぶりの只中にいるような汗を拭っていた。
「急に……久しぶりだったから」
「しゃべらなくてもいい!」
即座に移動させることは危険と判断した青年はその場でゆっくりと抱えた少女を公園の芝に横たえる。
「えと……もうちょっと、寝かしといて」
「分かった」
確かに少女の胸部は上下していた。しかしそれは明らかに通常では在り得ない程早く短い。浅い呼吸を繰り返す少女の息に無意識にも合わせてしまった青年はその息苦しさに、静かに驚愕する。
少女が死ぬ訳は無いと、そう思っていただろう。ここまで来て病気で途中脱落など青年は想像も出来ていなかった。
「……」
青年は無言で空を見上げる。
神など存在しようが無い、この禍々しい空。それでもこの少女だけは譲れない。癒しなど救いなど安らぎなど欲しがらないから。お願いだからと。なにかに祈らずにはいられない。
「こ高坂さん」
少女は先程よりははっきりと言葉を口にした。
「死にたく……ないよう」
そう言った少女は涙を隠さなかった。
「大丈夫……死なないから」
そうだ。
少女は生きるべきなのだ。なぜこんな事に?幾ら考えても答えは出ない。この先3日間は少女にとっても青年にとっても意味のあるものであるべきであるはず、そう信じて疑わなかった青年の思考は止まる。根拠も無く思っていた光景が点滅する。
なにがどんな権利があってこんな事態を招いているのか。
しかしやはり青年はとっくに知っているのだ。
そんな『意図』など存在しない、と。
世界は最期まで世界でしかないのだと。
「……」
青年の思考は怒りでギチギチと嫌な音を響かせている。




