It is not transmitted! 【高坂】
僕は倒れている女性を見下ろす。
「……」
特に目立った外傷は見当たらない。さっきの彼らも率先して危害を加えるつもりは無かったんだろう。
「次から次へと……全く」
女性の声はとても友好的な響きには聞こえなかった。僕を見上げつつ熱されてるであろうアスファルトに手の平を突き自分の半身を起こす。
「この辺りは犯罪者の巣窟?。レイプ犯の次は殺人犯のおでましなんて」
僕の事を知っていたんだろう。
女性は半ば呆れ顔で僕の顔を値踏みするように眺めると、大きなため息をついた。
僕と同年代か少し上に見えるその女性は、厚手のパーカーを捲りそのままの勢いでズボっと頭から脱いでしまった。
「……」
化粧……してるのか?
指輪に、ズボンのポケットからはみ出した大き目の……サイフ?なんだろうこの違和感。パーカーの下はブラジャーひとつで、その下着にはレースの細かな装飾が散りばめられている。
いわゆる『普通』、隕石騒ぎ前の装いみたいに見える。
「なによ、襲うんでしょ!?着替え持ってないからパーカー破られると困るの!あなたも手間が省けていいでしょ!?」
度重なって襲い来る自らの危機に半ば自棄になっているように見える。
まあそりゃそうか。レイプされかけて次の瞬間、殺人犯まで登場となれば絶望するのも無理はない。
「どうぞ!さっさと済ませて!」
…………。
ずいと僕の眼前に立ちはだかる女性の目には、陽射しによる汗に紛れて涙が滲んでいた。気は強いようだがコレは鼻っ柱が強いと言われる類の、言ってしまえば蛮勇と呼ばれるもので……あまりポジティブな意味では無い。
「早く服着て逃げたほうがいいですよ」
僕は手にしていた鉄棒をカランとアスファルトに放り投げながら女性に声を掛けた。
「……え?」
「仲間がどこかにいたら戻ってくるかも知れないし、僕だって何度も助けられないかも」
再度レイプ犯登場となれば相手も武装してくるだろうし、そうなれば勝てる自信なんか無い。格闘技をかじったとは言え、あくまでもその手の技術と言うのは『制圧するための手段』でしかない。凶器を持った五分の殺し合いで、しかも人数的にも不利だとなればこれはもう逃げるしか無いだろう。
それだけ言って遠見さんのところへ戻らなければ、そう思った瞬間。
「……言い訳あるなら聞きますけど?」
「っ!?」
僕の背後20メートル程離れた電柱の影から聞き覚えのある声が僕に投げられる。
「……ナんで女の人、脱がしてるんですか高坂さんっ!」
「いやいやいや!ちが……ちょ」
遠見さんは電柱の影から弾かれたように飛び出し、定規で引いた線のように真っ直ぐ僕に突っ込んできている。その表情は前髪に隠れて確認できないが、喜んでいる訳では、絶対にないな……うん。
「遅いから心配して様子見に来たのにぃっ!!そんなにおっぱい見たいのっ!?呆れました!!」
アメリカンフットボールのような、自分の肩を相手のみぞおちにぶつけ対象を転倒に追い込むタックルをかまして来る遠見さん。
しかし150センチに満たない身長の遠見さんの質量ならば。
「っ!?」
僕は小さなラインバッカーを正面から受け止める。
突撃してくる遠見さんをキャッチした僕はじたばた暴れるのを制しながら説得を試みようと……
「は……離れなさいっ!!あなた、そんな子供に手を出して人間として恥ずかしくないのっ!?」
「……」
僕が遠見さんをキャッチして背を向けている間に、抜け目無く僕の捨てた鉄棒を拾った女性は僕に向けて鉄棒を構えていた。
「ほらこっち!はやく!!その男は殺人犯なの!!危険なのよっ!!」
手にした鉄棒をたどたどしく振り回し、僕を威嚇する女性の目は真剣そのもの。どうやら凶悪な殺人鬼からいたいけな少女を救うつもりらしい。
「……」
僕は小脇に抱えた遠見さんと目が合った。
遠見さんは抱えられた格好のまま僕を見上げながら、自分の頬をポリポリと掻き
「どっちかって言うと、いま高坂さん襲ったの私なんだけどなあ」
「思い込みが激しい人でね。僕が自分の事を襲うって信じて疑わないから困ってたトコ」
僕と遠見さんはなんだか居心地の悪い空気を感じつつ、未だに服を着ようとしない女性の方を見る。
「その子、はは離しなさいよっ!!」
「……」
こんなことしてていいのかなあ、と。
僕は真剣にそう思った。




