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フロムエンド  作者: 連打
32/50

You order 【高坂】


あれこれと2時間は続いたファッションショーであるが、結局遠見さんが選んだのはなんの飾り気も無い襟の付いた真っ白なシャツと申し訳程度にダメージの入ったジーンズだった。


「シンプルだなあ」


「似合うでしょ?」


只でさえ幼い感じのする遠見さんはこれ以上ゴテゴテと飾ってしまうと本当に子供のように見えてしまう事だろう。そういう意味じゃ賢い選択だと思う。


「……あのさ。変な事聞いてもいい?」


「んん?」


スキップするように前を歩いていた遠見さんは上半身を捻るようにして僕に振り返る。機嫌は良さそうだし、僕は思い切って聞くことにした。


「ブラジャーは付けてないの?」


気が付かなかったがひょっとしてパジャマの時からそうだったんだろうか?

真夏の陽射しで早速汗ばんだ背中を晒していた遠見さんだったが、どう見ても何も付けていない様に見える。


「今なら聞かなかった事にしてあげますが……どうします?」


「その方向でお願いします」


「ど……どうせおっぱい無いよ!だってアレ暑いし蒸れるし面倒なんだもん!だからって面と向かって聞くことないじゃんか!高坂さんはデリカシーとか思いやりとかどこに落っことしてきたのさっ!!」


全く聞かなかった事にはならず、猛然と僕に非難を浴びせる遠見さん。気にしていたのだろうか?

遠見さんはむぎぃ、と僕の頭に飛びつき髪の毛にぶら下がるように暴れる。


「ごめっ、いでで。リンコ、ちょ」


「せっかく新しい服でリニューアルしたのに感想がソレって本当にどうかと思いますっ!反省しなさいよっ!!」


僕は。


「きゃっ!?……え?」


「静かに」


ぶら下がっていた遠見さんをそのままの格好で抱きかかえ、手近な店舗に滑り込む。誰かの声が聞こえた。

男が2名、女1名。


「っ。ろ、ろーしたの?」


遠見さんは顔をしかめながら自分の鼻をつまんでいる。たまたま入った店舗は青果店だったらしく、メロンやリンゴに蝿がたかり腐敗で物凄い悪臭を放っていた。


「声がした。なんか言い争ってたみたいな」


「へ?」


じわじわとアスファルトから立ち昇る熱気に混じり下品な罵声と短い悲鳴。

僕らが進んでいた方向から聞こえてくるようだ。なにぶん街中なので路地も多くそのどこかに居るのだろう。


「あ……ホントだ。聞こえる」


さて。

鉢合わせは避けたい。来た道を戻ってもいいが……この時期単独で動く集団が居るだろうか?遠見さんには言っていなかったが僕はこの街中で4つ死体を確認していた。もうこの世界では何の制約も無いのだから、自衛は必須。


「……」


ここは相手がどこかへ消えるのをここで待つのが正解だろう。


『きゃぁ……や』


明らかに女性が襲われている。

下品な笑い声の混じる喧騒、僕の手の平は汗が滲んできていた。この類の無法は……キライなのだ。どうしても姉と両親の顔がチラついてしまう。

ギリ、と歯を食いしばるがどうにも頭に血が昇りそうだ。


「……」


落ち着け。


落ち着け。


今僕が出て行ったら遠見さんは誰が守る?一緒に連れて行く?それこそ在り得ない。僕はここで息を潜める、それが正しい選択だ。


「すぅ……」


「?」


隣で座っていたはずの遠見さんは、いつの間にか青果店の出入り口まで移動していて……ささやかな胸を思いっきり張り。


「こおおおおおらああああああああぁぁぁぁっっ!!」


自分の声を力いっぱい押し出すように悲鳴が聞こえる方向に向かって叫んでいた。


「なにしてんの遠見さん!?」


「助けましょうよ女の人!」


「危ないってば!まだどこかにアホ共が居るかもしれないでしょ!」


「でもきっとスカっとするよ?こんなとこでハエにたかられてるよりは!」


僕は遠見さんに表情を見られていたんだと思う。でも……こんなムチャしなくても。僕は遠見さんを危険に晒したくはないのだ。


「……」


僕は遠見さんの腕を掴みそのまま店の奥へと引っ張り込む。裏口くらいあるはずだ。土足のまま畳を踏みしめなるべく音を立てずに、出来るだけ早く。


「こ、高坂さん?」


「あいつらが来るなら声の方へ来るしかない。僕は裏からぐるっと回って背後から襲撃するから遠見さんはどこかに隠れてて」


僕はそれだけ言うと遠見さんの手を引きつつ店舗にあった手頃な鉄製の棒を掴む。先がくるんと曲がっているその棒は、恐らく店のシャッターを降ろす為に引っ掛けるものなんだろう。


「……にひ」


「?」


「危なくなったらちゃんと逃げなきゃダメですよ?」


「2人くらい大丈夫。奇襲の上に凶器付きだからね」


「手段を選ばない非情なヒーローだ!」


「もうそれはヒーローとは呼ばないと思うよ」


「万が一、高坂さんがもし死んだら私もここで死ぬからねー」


……は?


遠見さんは台所のシンクに落ちていた錆びた包丁を手にニコニコと僕に手を振る。


「私が焚き付けたんだからその位の覚悟はしてるよ。高坂さんは私の命も賭けて責任もって暴れてきて」


にひ、と笑う遠見さん。

いつも死が身近にあった女の子はいともたやすく僕に自分の命を差し出す。多分本当にやるだろう、そういう目をしている。


「……今回は、行く。絶対負けないからね。でもこんなことは二度としないと約束しないと行かない」


「約束する!でも破ったら、ごめんなさい」


かつてこんなに頼り無い誓いがあっただろうか。

僕は遠見さんがシンクの下の棚に入るのを確認し、裏口へと歩を早める。


「……」


命がどんどん軽くなっていくこの世界、僕はちゃんとした命の使い方が出来ているのかという重たい問いは常に心に沈んでいる。


でも。

遠見さんなら間違えたら蹴飛ばしてくれるだろうな。


……全く。



手段を選ばないのはどっちだよ。





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