邂逅【高坂】
目的地は無い。
どこへ行こうと何をしようと一週間もすれば全部が終わる。
取りあえず着るものを調達しようとぺたぺた徘徊する。
「……」
拘置所は意外と街中にあり見渡せばそれらしい店舗も散見できる。
そして、自分の予想通りの光景に満足した。
誰もいない。
ガランとした車道の脇にはクルマが夥しく並び、誰一人として乗ってない。
住民は民間のシェルターに避難したのだろう。そしてそのシェルターは山間部に設置されていたはず。
今頃市街地を彷徨いている人間などいないようだ。
「……あっちぃ」
アスファルトからの照り返しに焼かれジリジリと焦げる。
真夏の太陽光でビニールのサンダルと僕の足が汗を潤滑油にしてツルツルと歩きにくい。
「……」
ガードレールを跨ぎ車道の反対側へ。
むっとした空気の中、僕は少しだけ考える。
今更シェルターへ逃げ込んだところで何になるのか?
隕石激突後、運良く地面が残ったとしても洪水とその後に来る氷河期。
環境に殺される。
散々拘置所内のラジオで流れていたし、雑誌にも事細かに書かれていた。
国民性というものだろうか?
目立ったパニックも無くせっせとシェルター造りに明け暮れたらしいが、中国や韓国では略奪や暴動で隕石を待たずにかなりの人口を減らしたとか。
でもまあ。
いくら誇ってみた所で結果は同じ。みんな死ぬ。
なら、狂騒に溺れ訳が分からないまま死んでいく方が素直な気さえする。
つまりは、ざっくりした諦観によって残された日々を過ごすしかない。そういう事だ。
いっそこのまま死んでしまおうか。
「……」
たらりと流れる汗を拭きながら太陽を見た。
ムリだ。
僕には能動的に『死』に対峙する気概が致命的に欠けている。
要は根性ナシなんだ。
「……」
手近な店舗で適当なシャツとジーンズを着込んだ僕は再度太陽に身を晒す。
なぜか誰もいない街中がとても居心地が良いと感じていたのだ。
隕石が来るまでの時間ここで彷徨いているのもいいかも知れない。
人が作り上げたコンクリートの巨大なオブジェクト。それは作品展のように無機質に並べられていて、その冷徹さに心が落ち着いていく。
「……」
僕は相変わらず目的地を決めないままビルの影と太陽の光を交互に浴びるように歩き出した。
呆れるほど青い空。
開き直ったような白い雲。
よく出来ている。
そう、感じた。
子供の頃のようなむせかえる暑さ。いや、別に昔の方が気温が特に高かったという訳ではないのだろうが。
背中を伝う汗もそれ程不快に感じないような感覚。不自然な高揚。
「……?」
汗を拭いながらちんたら歩いていると……真夏の蜃気楼に揉まれる様に紙が一枚道路を挟んだ位置で舞っている。
それを追うピンク色のパジャマの少女。
その紙切れはゆらゆらと流れ僕の足元へと落ち着いた。
「……」
ヒョイと拾い上げ書かれていた文面を覗く。僕は基本的に活字が好きなのだ。
里沙子へ
○○町のシェルターで待ってます
愛してる
必ず会えると信じてる
祐二
「……?」
書き置きのようだがあのピンク色のパジャマの女の子が『里沙子さん』だろうか?
いや、違うか。いくらなんでも子供にこんな文章はそぐわない。
「里沙子さん?」
僕は一応そう呼んで紙切れを渡そうとパジャマの少女に歩み寄る。
なぜ歩み寄るのかと言うと、パジャマの少女は路上で両手を付き肩で息をしていたから。
「り……里沙子さんじゃない……です。彼氏いない……んで」
それはそうだろう。
どうみても中学生か下手をすれば小学生くらいか。
『愛してる』などといった文面から見てもこのパジャマの少女には似つかわしくない。
「日陰まで……連れてって。お願いし」
言葉途中でガクリと力尽きる少女。
日射病だろうか?
確かに顔色は著しく悪いように見える。
「……」
僕は一度空を見上げ、くるりと身体を反転させると散歩を再開する。
はずだったが足が動かない。
「世間が厳しいのは……日差し込みで、思い知りました……なんとかリトライの……チャンスくださいい」
弱々しい言葉とは裏腹にしっかりと僕のジーンズの裾を掴んで離さない少女。
「……」
ジリジリと照りつける太陽だけが印象的な真夏の午後だった。