リンゴの武器としての在り方【遠見】
頭がクラクラする。
これは本当の出来事なんだろうか?
「……」
もう女性は動かなくなっている。あの出血、太ももの動脈に裂傷を負ったのかも知れない。その女性の周りに群がりなぜか衣服を剥ぎ取っていく子供たちが、もはや私の目には人間に見えなくなりそうだった。
「エロ!エロだ!あいつらパンツまで取ってる!」
「エーロ!エーロ!」
バカヤロウだ。
ふざけてる。
なんなんだこのガキ共は。
「おい!また来た!今日のれくれーしょんすげえ!」
「っ!?」
真夏なのにフードを被った痩せぎすの男性が女の子に手を引かれ工場内に入ってきた。
「みんないけ!もうめんどいからみんなでいっぺんに片付けよう!」
てってって、と男性の周りに子供たちが駆け寄る。
「……っ」
こんなに……居たの?
わらわらとゾロゾロと、機材の陰やダクトのした……コンベアの脇から。
禍々しい小さな影が無数に這い出てくる。
「逃げて……逃げて下さいっ!」
逃げ場なんて無い。
そして無防備なのだ。
いきなり子供が刃物で襲い掛かってくるなんて予測しようが……
「逃げてって。せっかく迎えにきたのに」
え?
一階を注視した私は見知った男性を捉えた。
「リンゴあったよ」
コンビニの袋を掲げて私のいる二階に腕を伸ばす……高坂さん。
高坂さんっ!
「逃げて高坂さんっ!その子たちは……」
私の声を聞く前にぶぉん、とコンビニ袋を一回転させた高坂さんは一番近くにいた男の子の頭に思い切りリンゴを叩き付ける。
ごしゃ!と鈍い音がして殴られた男の子はベルトコンベアに頭を打ち付けた。
「……」
呆然とする私に高坂さんは言う。
「リンゴ無くなったからまた取りに行かなくちゃ」
頭をポリポリ掻きながらごめん、と呟く高坂さん。
「なんだあんた!何すんだよ!?」
「ヒドいよ!オトナのクセに!」
ピクピクと痙攣する子供の脇で高坂さんを糾弾する子供たち。突然の暴力にヒステリーを起こしているようだ。
「みろよ!カッチャンピクピクしてるじゃんか!」
高坂さんのリンゴアタックをモロに喰らったのは「カッチャン」らしい。
「やっちまおうぜこんなヤツ!僕らはながごっっ!」
必死に糾弾していた男の子の顔面に足の裏を突き出した高坂さん。男の子はその場でほとんど一回転する勢いで工場の壁に叩き付けられた。
……容赦なさすぎて笑ってしまいそうになる。
「責任は取ってもらうぞガキ共。遠見さんまで傷付けやがって」
全員覚悟しろよ、と高坂さんの静かな言葉が底冷えするように。
工場にゆったりと広がっていった。




