内包する無邪気な狂気【遠見】
てってって。
さく。
『あぁああぁっ!……ぐぁあっ!』
てってって。
さく。
『ぐ……なんだあっ!?ぁ……が!』
四方から現れては消えていく子供たち。そのたびに男性のズボンが赤黒く染まっていく。
「わっ!早いよ!お腹じゃなくて脚じゃないと終わっちまう!」
二階通路で眺めていた男の子が他の子を呼んだ。
「伝えてきて!脚だって!」
「りょーかい!」
おどけるように敬礼した男の子が元来た螺旋階段に向かって駆け出す。その態度には一切の躊躇は無く、この惨劇がいつも通りの事なのだという事を物語っていた。
「ちょっと!何やってんのよ!」
私はとっさに駆け出した男の子の襟首を掴み、引っ張った。
「やめるの!みんな降りて!早くあの人助けないとっ!」
まだ息がある!
男性は低い呻き声をあげながらもまだ意識は保っているようだ。
『……ぐ……ぅ…』
「すぐ行きますから!待ってて下さいっ!」
私は一階で脚を押さえて転がっている男性に向かって叫ぶ。
まだ致命傷には及ばないようだが出血がひどい。
早く止血しないと!
カン……カン……カン。
「早く降りて!何してるの!」
通路は狭い。
皆が移動を始めないと一階に降りる為の螺旋階段にまで行けない。
カン……カン……カン……カン……カン……カン。
「おねえちゃんはさ……」
小さなパイプでカンカンと手すりを叩きながらつまらなさそうに男の子は呟く。ふてくされた横顔、不機嫌そうな態度。
ここで初めてこの子は私を見る目つきのスイッチを変えてきた。
「大人のミカタ?」
「訳わかんない事言わないのっ!敵も味方もないよ!」
カンカンカンカンカンカンカンカンカン。
「僕らはしかえししてるだけじゃん。オトナにだって負けないよ?僕らは僕らだけで暮らすんだ」
男の子がイラついているのが伝わってくる。手すりを叩く感覚はどんどん短くなり叩く力は強くなっていく。
『が、あああっ!……もう!もうやめ……』
「っ!?」
弾かれたように一階に目をやると、てってってとまた1人離れていく所だった。キャッキャキャッキャと楽しげに。
「いい加減にやめなさいっ!!こんな事して何が楽しいのっ!?」
私は目の前の男の子の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
途端、カンカンと手すりを叩く音がしなくなった。
「はなせよ」
「熱っ!」
一瞬の静寂のあと。
胸ぐらを掴んだ手にチクリと熱を感じた。きん、と鋭利な光が私の手の平で煌めく。
「僕らはしかえしするんだ。僕らを要らないって言ったやつらに」
私の手の平にぱっくりとした傷口。
男の子が持っていたナイフは私の肉を撫で切っていた。
『なんなの?なになに?』
!!
「おい!次きた!しー!しー!」
無邪気に人差し指を口元に付け声を出さないようお互いに確認しあう子供たち。今度は女性が男の子に手を引かれ楽しげに工場に入ってくる。
「おねえちゃんも声出したらダメだよ!手切ったのは謝るからさ!ごめん!」
私の手の平を切った子供は私に向けて紙より軽そうな謝罪をする。目は依然としてギラついていて、しかし表情は子供のソレ。
「しー!しー!」
「分かってるよ!」
子供たちはまた手すりに張り付く。
如何にも楽しげな笑顔で私の血がついたナイフを手にしている男の子。
手すりの間から脚を出して「待ちきれない」とでも言うように脚をぶらぶらさせている女の子。
『ちょっと待っててお姉さん』
『ここで?』
全く同じパターン。気に入れば何度でも繰り返すのが子供だ。てってって、と同じようにコンベアや機材の隙間に消えていく男の子。私は胸が張り裂けるようになるほど、深く深く息を吸う。
そして槍のようなイメージで、あの女性に言葉を突き刺すのだ。
「逃げてっ!!お願い!ここから今すぐ逃げてえっっ!!」
「ばっ……おい!おねえちゃんの口誰か抑えろ!」
わらわらと私に群がる子供たち。狭い通路で私はもみくちゃにされ、上にのし掛かられる。
『……誰?』
気付いたっ!薄暗く私の居る場所までは把握出来なかったようだが、周囲を訝しげに見回して誰かの存在を探している。
「早くここから出るのっ!!逃げて!!」
『え?なんなの?』
キョロキョロと辺りを見渡す女性は気付かない。
てってって、と近寄る小さな影に。
『お姉さーん』
……そうか。
気が付いてもダメだ。子供が駆け寄るだけで警戒するオトナなんかいない!
全く無防備!
『あ、どこ行ってたの?なんの遊び?』
5、6人が上に乗っていれば子供とは言え息が出来ない。
でも泣き言言ってる場合じゃ……
さく。
『え?……』
女性は太ももに突き立てられた包丁をまじまじ見詰め
『う……たあぁあぁあっ!?なに?……あああっ!!』
吹き出す血に驚き、戸惑い叫ぶ。
次々と現れては消える子供たち。
『はあっ!?……あがぐ……』
てってって。
キャキャッ……キャッ…キャッ…キャッ
「やめてっ!!どきなさいっ!」
早く下に行かなければ!
女性もさっきの男性も……死ぬ!
なのに。
私に乗っかる子供たちはむしろ必死な私の顔が面白いのかキャッキャと身体の上ではしゃぎ回る。
非力な自分をこれほど憎らしく思ったのは初めてだった。




