笑えないラインの遥か彼方【遠見】
鼻血もヒト段落した私は呑気に芝生で寝転がっていると近づいてくる小さな影に気が付いた。キャッキャと私を取り囲んでぐいぐいと袖を引く子供たち。私は直接触れないよう腕を袖の中に引っ込める。
影はみるみる数を増やし私が昔病院の窓から眺めていた集団で登校する一団のようで……なんだかちょっと楽しくなってきた。
ってか、駄目だ駄目だ。
高坂さんが帰ってきたときに私がいないときっと心配する。
「ちょっと、どこまで引っ張ってくの!?」
パジャマの袖がちぎれてしまう。コレしか着るもの無いのに。
「工場だよ!僕らそこにいるんだ!仲間だってたくさん!」
後ろを走っていた男の子は楽しげに私にそう告げる。
「おねえちゃんはオヤに捨てられた?」
私の前で腕を引く女の子がニコニコしながら問う。私二十歳なんだけど。
「んん~。まぁそうかな」
私の顔を見てシェルターに引っ込んでしまった母の顔を思う。やはりあれは捨てられたんだろうか。
かと言って私は別に恨んでいる訳では無い。
確かに感染の危険はあるし、何より私はずーっと家族に助けられて生きてきたから。
「やっぱり捨てられたんだ!でももう寂しくないよ!みんな仲間待ってるんだ!」
ばあっと表情を明るくして話す様は、私を励ましてるんだろうか?
「みんな捨てられたんだ!だからおねえちゃんも仲間だね!」
「みんなは工場で暮らしてるの?ちゃんとご飯食べてる?」
シェルターからはじかれた子供たちの共同生活。
考えられない話じゃない。
基本的にシェルターの人達は非情だし、そうしないと規律が保てないんだろうな。
「大丈夫!食べ物はいつもたくさん置いてあるんだ!」
!
食べ物!
高坂さんも食料集めに苦戦してるかも知れないし、この子達にちょっと分けて貰ってみるのもいいかも知れない。私もたまには役に立ちたいしなあ。
誇らしげに食料の事を告げた男の子は周りの子供たちに「なー!」と促すと全員から「なー!」と声が上がる。
「それよりさ!今日はれくれーしょんがあるよ!きっと面白れーよ!」
「そうだ!れくれーしょんだ!」
れくれーしょん?
「週に一回やってるんだ!楽しいんだよ?」
「あ、レクリエーションね!ふうん。そんなのやってんだ。楽しそうだね」
こんな世の中でも子供たちは楽しみを見つけ、朗らかに暮らしているようで。
手を引かれながら,
なんだか私は嬉しくなった。
「……」
私は多少息切れしつつもなんとか子供たちについていく。
到着したのは街の中にある大手メーカーの洗濯機工場。
そこが子供たちの隠れ家らしく『山』とか『川』とかベタな合い言葉を言い合い中に入る事を許される。
「こっちだよ!」
と手を引かれ、ダクトの下とか外付けの螺旋階段をずんずん進んでいく。
私は背が150センチしかないので(四捨五入アリ)やっとついていけるような子供らしいコースを辿り着いた場所は
工場の二階部分の壁に設置してある連絡通路だった。
「ここ特等席なんだ!」
男の子が二階の手すりから身を乗り出すように下を指差して笑う。
一階のベルトコンベアやライン作業の施設が一望出来る。まさに特等席。
「って……一階でなにかするの?」
「まあみてなよ。面白いからさ!」
いつの間にか同じように登って来ていた子供たちも手すりにかじり付くように一階を眺めていた。
「きた!しー!しー!」
私を先導していた男の子が自分の口元に人差し指をかざし他の子供たちを制する。
『なんだ?なにがあるんだ?』
階下のフロアから聞こえる声。
30代くらいの男性が2人の女の子に手を引かれ入って来ていた。
キャッキャと楽しげな女の子に連れられ男性は困惑しながらもまんざら無理やりでも無い、と言った表情。
……ロリコン?
『ちょっと待ってて!』
『目開けちゃダメだよ!』
子供たちの無邪気な声ににこやかに対応する男性。元来子供が好きなんだろう、遠目からでもその表情は終始笑っているように見えた
『ここに居れば良いのかい?』
うん!と元気に頷くと男性から手を離し2人の女の子はベルトコンベアをくぐり抜け走り去って行った。
「?」
なにやらイタズラする気なんだろう。
二階の手すりにかじり付いている子供たちの目は好奇心とイタズラ心でキラキラしている。
子供ってのはやっぱりこういった行為が大好物らしい。
ロリコン男には気の毒だけど、ちょっと引っかかってもらおう。
何が起きるのか少し楽しみになってきた私は他の子供たちと同じように手すりに顎を乗せ、一階を息を殺して見守る。
『わあー』
てってって、と二年生位の男の子が声を上げてロリコン(?)に走り寄る。
全力疾走というよりは、誕生日プレゼントに駆け寄るようなノホホンとした接近。
『え?なに?』
一瞬狼狽えるが笑顔のロリコンは腰を曲げて出迎える。
……脅かすには失敗?
『ひ』
?
様子が……。
『ひやあぁあああぁっ!!』
てってってと帰る男の子。
手には鈍く真っ赤に染まった大きな包丁から血が滴り落ちていた。




