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フロムエンド  作者: 連打
20/50

カンに障る嗤い声を許容すべきか【高坂】



今頃コンビニなんて行ったって食べられるようなものが残っているとは考え難いが、食料の問題はどうしたって付いて回る。なにか対策を考えなければな。



相も変わらず開き直ったような晴天だが、空気は乾燥しているので日陰は思いの外涼しい。

シャツや下着の類もどこかで調達しなくては、などと考えながら一応コンビニを目指し歩いていると途端シャッターが下りたように視界が明滅した。



「……」


全く状況が飲み込めないまま視界が白く点滅し、僕はアスファルトに押し付けられるように膝からへたり込む。首もとからバラバラと異物感を感じていたが、考えがうまく纏まらない。



きゃ……キャ……



ドロリと顔を伝い目の前でポタポタと雫が滴る。頭が、熱い。


なんだ?

僕は出血してるのか?



キャ…キャ…キャ



景色がブレる。汗と血が混ざり合って滴り落ちる。

呼吸は浅く早くなり、焦りと苛立ちが捻じれてトグロを巻いていく。



「……くっ」


耳障りな雑音がさっきからあちらこちらから聞こえていた。

笑い声……だろうか?

イラつく。


イラつく。


僕は鈍い痛みの響いている箇所、頭頂部から後頭部にかけてかきむしった。


「ぐ!」



痛い。裂傷。

上から何か重いものを落とされた様だった。

幸い傷は深くなかったようだ、から……



「……っ」


更に強くかきむしる。

痛みで全身から汗が噴き出すが視界は定まってきた。意識も戻ってきた。

目の前には陶器の破片が散らばっており、バラバラと背中に土が乗っている。破片の大きさから見てもかなりのサイズの植木鉢。殺意が無ければ出来る事じゃない。



キャキャ……キャ…



「……」


すぐ脇に1人、道路脇のマンションの上に2人、後ろにも2人。

マンションの上から落としやがった。

次第に足音が近寄ってくる。

僕は気を失ったフリをしながらナニカが僕の中に澱のように溜まっていくのを感じていた。


キャ……キャ



無邪気な声。

楽しげに笑い合っている。

足音を隠すつもりも無いようだ。バタバタと駆け寄って来ている。



キャ……キャ…キャ


「…………っ!」



溜めた何かが弾け飛び、僕はバタバタ近寄ってきた足音に向かって振り向く。



「……っ!?」



……ガキ?

中学生には見えない。

精々小学三年くらいの男の子と女の子は振り返った僕に驚き叫ぶ。




「しんでないっ!しんでないっ!キャキャ!」


バタバタと後ろから来た2人のガキは手を結びながら、元来た道を引き返していく。本気で逃げるつもりが無いのかチラチラと僕を振り返りながら楽しげに駈けていった。


マンションの上からは手を叩きかん高い声を上げてはしゃぐ、こちらもガキのようだ。


「……」


キャキャ、とカンに障る笑い声は未だにあちらこちらから響いていて、人数は見当も付かなくなっている。


「……」


僕はとりあえず歩くのを諦め這うように移動し、日差しのある軒先に背中を付けて座り込んだ。


「……いて」


意識が鮮明になってくるにつれ痛みが鋭利に頭に突き刺さってくる。

……かきむしるんじゃなかった。

陽射しによる汗と痛みによるアブラ汗が傷口に容赦なく染みこみ、じくじくとその部分の自己主張は激しさを増していく。


「……あ、あの……」


「っ!?」


完全に油断していた。

傷口に意識がいってしまっていてこんなに近くに人間が来るまで気が付かないなんて。


「……」


後方。軒先の民家の中から。

声からすると女性だった。

僕は振り向くのを止めしゃがみ込んだ態勢で接近してくるのを待つ。



「大丈夫……ですか?」


もうすぐ後ろにいる。

遠慮がちに声を掛けてきた女性に勢い良く振り返り、避けられる体制を整えて……僕は。


「いや、あんたが大丈夫?」


思わずそう聞いてしまった。

品の良さそうな30前後の女性。物腰や態度から育ちの良さを伺える『美人若奥様』といった風貌だが。

ブラウスは破け靴も履いておらず、口元には拭った血の跡。



「……私は平気です。傷を見せて頂けますか?応急処置の道具がありますので」


「あ……どうも」



手際良く包帯や消毒を並べ処置していく。自分の傷をほったらかしなのが違和感を感じた。



「子供たちを……どうか」


「?」


くるくると包帯を僕の頭に巻き付けながらぼそりと呟く若奥様。

もうさっきのガキ共はこの辺りにはいないようで耳障りな笑い声も聞こえない。


「……許してあげて下さい」


そう言って唇を噛み締めながら涙を零す。


「あの子達は皆被害者なんです。親に置き去りにされた子やシェルターから追い出された子がほとんどで」



きゅうと縛られた包帯に鈍い痛みを感じつつ黙って話を聞いてみる事にする。



「子供はまだ善悪の判断が虚ろなだけなんです。大人を傷付ける事がしてはいけない事だとは思っていないんです」



「……」



「私は教師であり、母親でした。そんな肩書きやルール全てが崩れてしまった今……あの子達は、倫理を失ってしまったんです」



「……」


肩を震わせながらそう独白する女性の傷も、恐らくはさっきのガキ共の仕業なんだろう。にもかかわらずこの女性は今、僕に対してガキ共の弁護に勤しんでいる。




私は全て許すと……だからあなたも許すべきだ、とそう言っているんだろうか?



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