療後【遠見】
まぶたに眩しい人工的な光で目を覚ます。
「……んん?」
私は寝ていた。
ピンク色のパジャマから延びた棒のように細い腕には点滴のチューブが刺さっている。
はて?
私どうなったんだっけ?
手術するんじゃなかったっけ?
じわじわとゆっくり染み込むように記憶が溢れてくる。
殆ど成功例の無い手術。
私は多分家族の為にと思い承諾した。
生まれてから私は生活の全てを病院内で過ごしていた。
そんな私を見捨てもせず両親は雨でも雪でも病院に通い続ける。
自分の生死などはもうどうでも良かったんだと思う。
ただ……『生きたいのに上手に生きられない悲劇の娘』の看板を降ろす事が怖かった。
『死んでもいい』なんてセリフは、それこそ死んでも口には出来ない。
両親に申し訳無さすぎて。
だから手術をする事にした。
すがりつく思い出も持ち合わせておらず、未来への希望もどこかに置いてきたような私の独り善がりな恩返し。
VS,両親。
それだけだった。
……なんだけど。
「……ほっ!くっ!はっ!とおりゃっ!」
私は四苦八苦の意味を噛み締めながら足掻く。自分の半身が起こせない。
「フんにゅっ!」
七転八倒!七転び八起き!信じる者は起死回生!
プルプルと震えるか細い私の腹筋さん!なんとか頑張って私を起き上がらせて下さい!
「にゅうぉっ!」
瞬間ぷっ、と……鼻の付け根から何かが破裂したような短い炸裂音。
私の身体は上半身を起こすことに成功した見返りとして血を差し出す事にしたようだった。
「あらら」
白いシーツに広がる鼻血。
『意外とマトモな色してる』なんて思う。
「……」
私は病室でマッチョ漢の漫画を読んでいて『てめえらの血は何色だ』という台詞にドキッとした覚えがあった。
薬の漬け物みたいになってる私の血は果たしてちゃんと赤いのか?
そんな不安にかられたのだった。ほあた。ひでぶ。
今更だが……首を捻る。
一体何があったのか?なぜ誰もいないのか?
「……あのう」
控え目に声を出してみた。
「えっとですね……」
うぅん。言葉が見付からない。
空虚で無機質な病院内に躊躇いがちな声が木霊する。
キョロキョロと辺りを見渡すが人影はやはり無い。
「え?ウソ?私……死んだ?」
ここ天国なの!?
やはり返事は無いのであった。
両方の鼻の穴にティッシュをねじ込み鏡の前でしばし立ち尽くす。
「……おおぅ」
確か私は今年で17歳になったはず。身体の都合上殆ど食べられなかったケーキには確かにロウソクが17本刺さっていたのだ。
「……」
やはり。
肩あたりで綺麗に整えられた髪型。
看護士のお姉さんが喜々として手を入れてくれていた。
『せっかく可愛いんだから勿体無さすぎ。ちゃんとお手入れしないと』
そう言っていた。
でも。
やはり。
「ふむむ」
どう見ても鏡に映るのは、中学生の女の子のようだった。
150センチに満たない身長。
ぺったんこの胸。
鼻に刺さったティッシュ。いやこれは自分で差したんだけど。
しばらく鏡を見てなかったから期待したのに、やはり知らないうちに憧れのムチムチボデーになるにはちょいと栄養が不足していたようだ。
「んん」
ポリポリと頭を掻く。
病院内に誰もいない。
こんなこと有り得ない。
有り得ないけど……現に誰もいない。
廊下には所々に割れた注射器やストレッチャーが無軌道に散見し、退廃的な空気が充満していた。
「……」
私は自分の手の平でハートを作り鏡に向かってウインクしてみた。勿論片目を閉じて舌を出しながらだ。
様式美、ってヤツ?
「……」
さて。
現実逃避もこなしたところで、今後の方針を考えよう。
別にツッコミ無いから寂しい訳では断じて無い。
断じて、無い。
「むむむ」
外に出る。
それは魅力的な考えだ。
しかし私みたいな薬漬けの虚弱少女が世間の荒波を乗り越えて往けるのだろうか?
「……」
ムリ。
怖いもん。
正義の味方も私を助ける暇があるなら他のもっと元気なコを助ける気がするし、万が一助けて貰っても対応に困る。
んで、遠慮してたらヒャッハーなんて叫ぶトゲバイクに乗ったモヒカンにさらわれる気がした。
やはり単純に私は病院から出るのが怖いのだ。
でもでも。
いつまでも誰もいない病院でハートを作っていても、誰かが来る保証は無い。
「……よしっ」
私は水道で手の平を濡らし自分の髪の毛を逆立ててみた。
せめてもの威嚇としてモヒカンっぽくしてやろうと試みたが、猫っ毛で腰の無い私の髪はへにゃりと寝そべってしまう。
「……」
とりあえず、誰かいないか探しにいこ。