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フロムエンド  作者: 連打
17/50

諦観【高坂】



僕が保健室の扉をスライドさせると、相変わらずベッドの上で奈奈さんの髪を弄っている遠見さんがこちらを見ずに言った。


「おかえりー!ほらオカエリーって」


奈奈さんの手を持ってプラプラと揺する遠見さん。

2人は本当に対照的で……外傷は無いが感情も無い奈奈さんと、深刻な病気に犯されつつも元気一杯の遠見さんはタチの悪い冗談のようだった。


「ってか、高坂さんはどこいってたんですか!?辛気臭い顔でうろうろしないで下さい!」


まだ機嫌悪いのか。


「奈奈の面倒見てもらってすいません」


にこにこと琵琶さんはベッドの縁に移動し遠見さんに声を掛ける。


「いいんですよそんなの!ねー」


奈奈さんは遠見さんにされるがままに頭を撫でられている。


「……」


綺麗なシーツ清潔な枕。

奈奈さんの髪はさらさらと風になびき、着ている物だって汚れひとつ見当たらない。

これらは全て、当然琵琶さんの世話に拠るものだろうが……いったい彼女はどんな気持ちで生活していたのか。

なんの反応も無くなってしまった妹、終わる世界、変わっていく倫理や道徳。

狂気染みている、そう感じた。


「あ、そうそう。私凛子さんに言わなきゃいけない事あったんだ」


ぱちん、と両の手の平を合わせた琵琶さんはベッドの横に備え付けてあった鍵付きのキャビネットを開け中を探る。

笑顔を絶やすことなく流れるような動作、琵琶さんはこのとき既に。



「出てってくれませんか?じゃないと撃ちますけど」


何かが欠けていたのかもしれない。

琵琶さんが持っているのは誰がどうみても拳銃、あまり口径の大きくないリボルバータイプ。警察官が携帯するもののようだった。


「え?と、び……琵琶さ」


「おもちゃじゃないですよ」


遠見さんの声に被せる様に呟いた琵琶さんは銃口を天井に向け躊躇うことなく引き金を引いた。


極短い炸裂音、悲鳴を上げる時間も無い。

保健室に漂う微かな鉛の焦げた匂いが真夏の熱気と窓から入ってくる風と共にうねる。


「ね?」


パラパラと天井の弾痕から舞う細かい粉をその身に受けつつ、琵琶さんは乾いた笑顔で遠見さんを見た。


「拾ったんで護身用に持ってたんですけど、私そそっかしいから忘れてて」



いたずらを見つかってしまった子供のような照れ隠しの笑顔。

僕は琵琶さんを刺激しない様にゆっくりとした動作で遠見さんの手を取ると、出入り口までの目算をする。

僕らを殺すつもりは無いだろうが油断はしたくなかった。


「高坂さん」


ぎゅ、と汗ばんだ手で僕の手を握り返す遠見さんは琵琶さんから目を離せないでいる。


「あんまり凝視しちゃ駄目だよ。ああいうのは目の毒」


僕は小声で遠見さんにそう告げると琵琶さんと対峙する。

挨拶もナシじゃ礼儀に反するからね。


「ふ、ふふ。ひどいです高坂さん。さっきはあんなに優しかったのに」


ベッドの上の奈奈さんは何の反応も示さない。

発砲時でさえ。

この……献身的な姉の変わり果てた笑顔を見て尚、奈奈さんの髪は優雅に揺れるだけ。


「撃つ気無いんでしょ?そろそろ僕ら行くけど」


よし。

遠見さんはもう出口に後一歩、琵琶さんと遠見さんの直線状に僕の体が入っている。

今撃たれても遠見さんは多分逃げられるな。


「会えて良かったです高坂さん。でも……ちょっと恨んでる、かな」


「恨んでる?覚えが無いよ」


「もう私が限界なんだって……あなたが教えてくれたんです。ありがた迷惑ですよホント」



その時琵琶さんは泣いていただろうか?

それともやはり壊れてしまった笑顔のままだったろうか?

ただ、分かるのは奈奈さんの目はガラス製のままだったってことぐらいだろうか。


「迷惑かけたね」



僕はそれだけ琵琶さんに告げると遠見さんを保健室から押し出し、自分も早々に退場することにした。


その時見た琵琶さんの表情は窓からの逆光で確認できなかったが、恐らく笑っていたんだろうと思う。


「びび、琵琶さんどうしちゃったんですか!?私なんかまずいこと……」


廊下を慎重に進みながらうろたえる遠見さんはチラチラと保健室の方に視線を投げる。


「遠見さんは何もしてないよ。言ってたろ?むしろなんかしたのは僕」


「でもでも!会えてよかったって!」


「言ってたね」



果たして良かったんだろうか。

僕には分からないし、分かったところで何も変わらない。

琵琶さんはもう決めてしまったのだし、今の世の中その決断を誰が責められると言うのか?





     


       ぱん






                ぱん








僕らが校舎内の倒れた靴箱をよじ登り、校庭に出る頃2発の銃声が遠くに響いた。それはすぐにセミの声に紛れてしまうほどささやかな最期の響き。


琵琶さんと奈奈さんの僕らに対する別れの挨拶のようだった。



「……高坂さん」


遠見さんは僕の袖を引き保健室が在った方を振り返りながら言う。


「なんで……琵琶さん急にあんな」


急にじゃない。

哀しむのも違う気がする。


「遠見さんはあまり分からないほうが良いんだと思うよ」


「え?」


遠見さんは自覚に著しく欠けている。

自分の在り方がほとんど奇跡的だということに。

終盤に向かう世界で遠見さんのように自然体でいることがどれほど困難かということに。



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