自覚【高坂】
「お二人はどんな関係なんです?」
保健室に向かう僕と琵琶さん。割れたガラスが散乱し、そこに陽射しがキラキラ反射していて僕の目にはなんだか綺麗に映った。
「会ったばかりですよ。遠見さんはあんまり人見知りしない性格みたいで」
そうみたいですね、と可笑しそうにクスクス笑う琵琶さん。
ココに来て初めて見た琵琶さんの素顔はガラスの反射でちょっと眩しかった。
「あの格好は?何かあるんです?」
ピンクのパジャマの事を言ってるんだろう。確かに異彩を放つ格好ではあったが、天狗の面ほどインパクトは無いと思うがなあ。
その感想をやんわり伝えると照れた笑顔で琵琶さんは言う。
「奈奈に見せたら笑うんじゃないかって思って。私たちには……あ、もう誰にとってもなんですが、残された時間ってほとんど無くて」
「……」
泣いた後から琵琶さんの表情は今日の天気のように陰が無くなっている。
それが良い事なのかどうなのか僕には判断できないで居た。
「ちょっと楽しんじゃってるんです私。奈奈の事も隕石の事も……多分さっきの事だって」
「……そう、なんですか」
「でも……やっぱりダメですね。私はお二人のように……ええと、この表現が合ってるか分からないんですけど」
「?」
「『ああ、自然だなあ』って。そう見えたんですお二人が。で気が付いちゃいまして。私ってなんだか爪先で立ってるんだなあって」
彼女の雰囲気はあくまで翳らない。
廊下を歩く琵琶さんの髪は熱気を孕んだ風に揉まれフワフワと揺れながら、恐らくは意識的に僕の前を歩いている。
廊下窓の外には校庭、その遠く町並みがひしめき……強い日差しに照らされるような巨大な隕石の白い影。
誰もが待ったナシの精神状態を抱え、それでもなんとか生きている。
まだ……生きている。
「……高坂さんって」
「はい?」
「ううん、ごめんなさい。なんでもないです」
ふ、と思う。
僕が死刑囚だと琵琶さんは気が付いたのかも知れない。
でも幸か不幸かは分からないが、そんなことは彼女にとって余り憂慮する事態では無かったように見える。
その背中に陰は無く、だからこそ哀しくも見えた。
「高坂さん達はこれからどちらに行くつもりなんです?」
「さあ?」
「さあって……決めてないんですか?」
完全にノープランであることに遅まきながら余りにも考え無しだと気が付く。まあ何処に言ったって構わないし、結末にそうズレは無いのだからそれで良いと言えば良いんだが。
「凛子、さんと一緒にどこかで終りを?」
「他に予定も無いしね。遠見さんが嫌がらなければ、の話ですけど。一緒に来ます?」
「遠慮しておきます。馬に蹴られたくないですし……奈奈が居ますから」
「ここで?」
「多分そうなると思います」
琵琶さんは先程の男性をそこまで当てにしてはいない様だった。
か細い紐であっても掴まらざるを得ない、そういうことなんだろうが。
「……」
しかし今前を歩くこの女性の佇まいからは若干違和感を感じるのも事実だ。そこまで『生』に執着している様にはどうしても見えない。
ならば、なぜ。
「私、ここで凛子さんと高坂さんに会えて良かったんだと思います」
振り向き、屈託の無い笑顔。
ああ、そうか。
この表情は。
全部を受け入れた自分を誤魔化す事無く、破滅を自覚した者の笑顔。
それは物凄く乾いていて、物凄く優しい笑顔だった。