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フロムエンド  作者: 連打
15/50

意志【高坂】


僕は道中にあった職員室でタバコを拾い、久し振りに煙を吸い込んだ。

なんとなく分かっていたんだと思う。

理不尽に拍車のかかった現在の世の中……甘くは無い。


「……」


裏庭にある用具入れの掘っ建て小屋。おそらく石灰やマットやハードルといった体育の授業で使われるはずの道具が入れてあるのだろう。

そこに琵琶さんは見知らぬ壮年の男と入って行った。



……。



…………合意だ。



なんら抵抗すること無く、琵琶さんは手を引かれて歩く。

濁った瞳をちらつかせ、俯いたままの背中は助けを求めていなかった。


「……」


僕はタバコを持ちながらなんら気を使う事無く小屋の前まで移動した。

物音一つ無い裏庭だ。ざくざくと僕のぶっきらぼうな足音なら聞こえるはずだろう。

日差しの遮られた湿った小屋の中の琵琶さんは……しかし何の反応も見せない。


僕は耳を澄ましながら小屋の木製の壁に乱暴によりかかり煙を吐き出す。

今日も……いい天気だ。

中に入っていった男性と琵琶さんが何をしているのか、いや、何をしていたところで悲鳴のひとつも聞こえてこないのであれば。

やはり僕にできる事なんかないわけで。


「……」


僕はため息をひとつ、次にはタバコのフィルターを咥える。

偶々だ。

僕は偶々此処にいる。ヒマだったから。

寄りかかるのにちょうどいい小屋があったから。



「……ぁ……」



じじじ、という賑やかなセミの鳴き声に紛れ込んだ琵琶さんと男性の断続的な喘ぎ声。

荒くなっていくのは男の息遣い。

僕の背中には汗がじっとりと滲む。

雲は真っ白に立ち上り、直視出来ない太陽は遠慮なく小屋の屋根に降り注ぐ。小屋の中は蒸し風呂状態であるに違いないが、お盛んな事である。


「……んぁ」



僕の背中の汗は小屋の壁を薄く染め、次の瞬間には乾燥していく。

ベタついた喘ぎ声も猥褻な物置小屋もついでにカラッカラに乾かしてはくれないだろうか?


「……」


気が付くと手元のタバコはとっくにフィルターだけとなっていた。

その頃には小屋の中の声はなにやら話し声にだんだんと換わっていき、やがて静寂が訪れる。

むわっとする熱風に煽られる小屋の脇、立ち昇る大きな雲と一筋のタバコの煙。


「……」


僕は4本目のタバコに火を付けた。


「……」


きぃ、と簡素な扉が開くと汗を拭いながら出てくる男性。

そして自分のシャツの汚れを確認しながら出てきた琵琶さんは、僕の姿にちょっとだけ動揺したように見えたが僕のことは一旦見てないことにしたらしく男性に向かって『よろしくお願いします』と頭を下げる。


「……」


男性は僕に何か言いかけたようだったが、結局何も言わず琵琶さんに『また連絡する』と短く言うと振り返ることなく去っていく。

男性の背中にじっとり染み付いた汗が、ひどく滑稽だった。



「のぞきですか?」


琵琶さんは僕に背中を向けながら意外に張りのある声でそう聞いてきた。


「偶々だよ」


琵琶さんは困ったような表情で振り返り僕に向けて手の平を差し出す。


「?」


なんだか分からない僕が琵琶さんの手の平を見詰めると


「タバコ……貰えますか?」


とニコリと笑って言った。

僕は一本抜き取り琵琶さんにライターと一緒に手渡す。


「何にも聞かないんですね」


ライターを擦りながらタバコに火を付ける琵琶さん。あまり馴れていないようなのに咳込んだりはしなかった。





「言い訳してもいいですか?」


突然明るい口調で僕の横に座り小屋に寄りかかる琵琶さん。


「……」


僕は何も応えずにタバコの煙を吸い込んで空を見上げた。

抜けるような青空が

なぜか虚しく見えた。


「わたし好きなんです」


「……何が?」


「セックスです」



じじじ、とセミの大合唱。構わず琵琶さんは続ける。



「疼くって言うんですかね……我慢出来なくてつい」


琵琶さんはテへ、とおどけた感じで舌を出し自分の頭に手を置く。

このコはひょっとすると強い子なのかもしれないが、無理をしてまで会ったばかりの僕に嘘なんか付かなくていいのに。



「相手はシェルターで発言力のある人?」


「え?」


「大方、妹共々シェルターに入れてやる代わりに自分の身体を差し出してる……ってところだ」


「なに……言ってるんですか高坂さん。わたしは別に」


「バレた時に妹が気に病まない為に嘘も吐く。お姉さんってのは大変だ」



「何言って……」



…………。



「悪い」


琵琶さんはぴたりと動かなくなる。僕は汗だけが背中を滑り落ちていた。


「なんで……高坂さんが謝るんですか」


自分がぽとりと落としたタバコには見向きもせず、琵琶さんは僕の顔を真っ直ぐに見る。救いを求めるわけでは無いその目には毅然としたナニカがグルグルとトグロを巻いている。



「僕は勝手に君が不幸だと憐れんでいたんだと思う。琵琶さんの『覚悟』に同情なんて……おこがましいよね」


「…………」


琵琶さんは何も言わず立ち尽くす。汗と一緒に全てを体外に流してしまおうとするかのように。



「う」



今日もいい天気だ。



「うあぁあぁああんっっ!!」


流せ流せ。

汗でも鼻水でも涎でも



「あぁあああっ!!」



涙でも……流せるモノは何でも流せ。



今日は物凄い陽射しであり、なんでも乾くのが早そうだし。

琵琶さんの涙だけ乾かない、なんて道理はないだろう。

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