装飾【高坂】
「妹に……会って頂けないでしょうか?」
天狗のお面を外した女の子は礼儀正しく「お願いします」と頭を下げる。
「えと……僕ですか?」
遠見さんはなぜかいじけているようで、しゃがみ込んで廊下のタイルの継ぎ目をほじくっていた。
「お二人に……駄目ですか?」
「理由を教えて貰っても?」
人を陥れるタイプの人間ではなさそうだが、あいにく僕は気安く人を信用出来るタイプの人間でもない。
我ながらイヤな奴だとは思うが用心するに越した事はないだろう。
「お二人が……とても楽しそうにしてるから。きっとあのコも喜ぶんじゃないか、そう思ったんです」
「……要領を得ないな。わざと曖昧な話し方をすると信用されなくなりますよ」
「いえ、そんな……」
うつむく天狗の女の子は顔を真っ赤にして汗を拭う。どんな用件だか知らないが僕の不信感はどんどん募っていく。
「こんな時期に楽しそうな人間が珍しいのは分かるけど、妹さんに会わなきゃならない理由は無い」
天狗の女の子は僕の言葉を頭のつむじ部分で聞いているかのように顔を上げない。
「言い方がキツいよ高坂さん。別にいいじゃないですか」
しゃがんだまま僕を見上げる遠見さんは天狗の女の子に気を使っていた。
さっきイラついていた事などすっかり忘れているのだろう。
「妹さんは近くにいるの?」
遠見さんは膝に手をつき立ち上がると、見知らぬ女の子に問う。
「あ……はい!保健室にいます」
ぱっと顔を上げた女の子。
さっきはあまり気にしていなかったのだが、人の良さそうな少しだけ垂れ気味の大きな目にスッキリと素直に伸びた鼻筋。
10人いたら8人は美人と答えるだろう。
背中まで伸びた髪は、お面を付ける為なのかどうかは知らないが後ろでざっくり束ねてあり健全な雰囲気だ。
「行こうよ高坂さん!別に用事も無いんだし!」
「……」
確かに用事は無い。
無いんだが、反面『こんな事してていいのか?』と言う焦りも若干ある。
しかし……僕の沈黙を了承と受け取った遠見さんは女の子に向かってニコリと微笑むと
「胸何カップ?」
とワケの分からない事を質問した。
「え?……胸?ですか?」
「うん!ソレ!その極悪!」
「えと……F……です」
「……謝って!」
「えっ?」
「謝ってください!」
「ご、ごめん……なさい?」
「うん!じゃ保健室行きましょ高坂さん!」
なにが『うん』だ。
遠見さんは満足げな表情で僕の腕を取ると保健室へと引っ張っていく。
ひやりとした廊下を3人で歩いて程なく『保健室』と書かれた札のついた部屋の前に到着した。
ガラリ、とスライドドアを滑らせるとパイプベッドに少女が1人此方を向いて座っている。
「妹の奈奈です。……あ、わたしは琵琶っていいます」
紹介された女の子は僕らに視線を寄越すでもなく、自分に掛けられたタオルケットのシワを黙って眺めていた。
2人分の自己紹介を済ませる琵琶さん。
ぬるい風をはらんだカーテンがゆっくり揺れて妹の奈奈さんの顔に当たる。
「はじめまして凛子です!」
遠見さんは相変わらず元気に奈奈さんに話し掛け反応を伺うが、返事はいつまで経っても無い。
「あ……すいません。妹は……その……」
ガラスの目。
大きな目は確かに遠見さんを映し出しているのだが、知覚出来ていない。
「感情が……出せなくなってるんです」
生きてはいる。微かにピクつく瞼や、サイドテーブルに置かれた食器。
風に乗りふわふわとなびく髪も綺麗に手入れされている。
「ココロのヤマイってヤツ?」
遠見さんは奈奈さんの顔を覗き込むと眉間にシワを寄せて考え込む。
「で……僕らは何を?」
僕は医者でもなければ宗教家でも無い。感情を失った少女相手に何をすればよいのかさっぱり分からない。
「少しの間でいいんです。妹と話してあげて頂けますか?」
「……なぜ?」
あまりキツい言い方はしたくないのだが、僕はこの姉のしようとしてる事がイマイチよく分からない。
「もう!高坂さん!」
「いたっ」
遠見さんは僕のスネを蹴っ飛ばすと、自分の頬を膨らませて僕を睨み付ける。
「奈奈ちゃんは話し相手が欲しかったんだよ?無愛想な高坂さんには期待してないからせめて大人しく待ってなさい!」
「なんで?なんの反応も無い人形みたいなコ相手に話しって……」
「高坂さんっ!」
「いだだっ!ちょ」
遠見さんは僕の髪の毛を両手で鷲掴みにすると、勢い良く振り回す。
「高坂さんは黙ってて!無愛想の上に冷血だったんですね!」
「わかったわかった!もう言わない!」
「奈奈ちゃんに謝ってください!ちゃんと目を見て!」
ぴょんぴょんと小さくジャンプした遠見さんは器用に僕の襟首と髪を掴むとぐい、と妹さんの眼前に顔を突き出す。
「ほら!高坂さん!!」
ほら、って。
何も映さない瞳はガラスのコップと大差ない。
光の反射を映すだけの飾り物のようだ。
「……ごめん」
「高坂さんっ!」
「いだっ!ちゃんと謝ったじゃないか!」
プチプチと頭皮の悲鳴を聞いた気がする。
「心が籠もってない!」
「……無愛想で冷血だからな。君が言ったんだろ?」
プチプチプチプチプチプチ
「いだだだっ!」
「屁理屈言わないっ!怒りますよっ!?」
とっくに怒っている遠見さんは目が血走っていた。