天狗【遠見】
意外に学校はすぐに見つかった。
小高い丘のてっぺんに誰の目にも明らかにソレと分かる校舎。
そういえば病院の窓からも見えてたっけ。学校っていうのは分かり易い所に建てなくちゃいけないキマリでもあるんだろうか?
私はワクワクしながら(高坂さんは陽射しに顔をしかめてたケド)校庭を大股で横切る。
さー私の青春カムバック!
「……元気だね」
なんだその呆れ顔は!?
「ちょっと!学校で気安く話しかけないでくれる!?」
「……まだやるんだその設定」
すると。
玄関の門のガラスに大げさに入った亀裂、倒れた大きな靴箱。
退廃感が凄まじい入り口を前にしばし立ち止まる。
じりじりと急かすような陽射しを背中に受けながら高坂さんは静かに言った。
「シェルターの人達もそうだったけど、あまり人間と会うのは得策じゃないよ」
荒れ果てた状況に何かを感じたのか、神妙に呟く高坂さん。
「でも……学校行きたいし」
「注意は怠らない方がいいって事。止めてるわけじゃない。僕は君がどうなろうと基本的にはどうでもいいから」
「……はいはい」
悪ぶっちゃってさー。
『どうなっても構わない』人間にここまで付き合いのいいお節介さんも中々いないと思うんだけど。
私は高坂さんの世迷い事を軽く受け流すと、倒れた靴箱の上をぴょんぴょんと跳ね侵入する。
「……ふあ」
ずっと校舎の中は影になっていたらしく、廊下のタイルは所々剥げているものの外とは比べ物にならないほどヒンヤリと心地よい。
私は背が低いので『1―A』とか『社会科準備室』とかの札を見上げるように歩いていると、
「あの……」
「?」
不意に後方から声をかけられた。
「お願いが……あるんです。聞いて頂けますか?」
その瞬間、声の主と私の間に割って入った高坂さん。物凄く機敏な動きだったんでちょっとビックリした。
「……天狗?」
へ?テング?
私は高坂さんの脇からひょいと顔を覗かせ声の主を確認すると……
「天狗だね」
私と高坂さんは同じ感想を口にした。
だって誰が見てもあれは天狗なんだもん。
怒ったようにディフォルメされた赤い顔。突き出した鼻。
「あの……あ、コレは違うの!違うんです!」
慌てて後頭部に手をやり縛ってあるヒモを解こうと焦ってジタバタしている。
声からして女の子のようだけど。
シャツにジーンズ、真夏の定番スタイルで慌てふためくその女性……いや、まあね。お面付けてるけど誰が見たって女性なのようん。
汗で張り付いたシャツはその下にあるブラの存在感を際立たせていたから。
ってか、白いシャツに黒下着ってどうなの!?しかもかなりデカイしさ!
「……逃げる?」
高坂さんは私の顔を困ったようにチラリと見る。
「でもなんか話あるって言ってます。聞いてあげましょうよ」
わたわたと中々外れないヒモと悪戦苦闘する天狗の女の子。
「今の時期にシェルターにも行かずこんな所でウロウロしてる理由が分からない。もうすぐ隕石落ちてくるのを待ってる人間がどんな理由があれば天狗の面被るのさ?マトモじゃない、に一票」
「マトモじゃ無くたって面白いじゃないですか?突発的に発生するイベントも学校生活の醍醐味です!」
はぁ、と私に見せ付けるように溜め息を吐き出した高坂さんはテクテクと廊下を歩き、私もその後ろをワクワクしながらついて行く。
「……後ろ向いて」
高坂さんは天狗の女の子にぶっきらぼうにそう告げる。
「え?あ……はい、すいませんお願いします」
「学校で何してたんですか!?あ、私凛子って言います!そっちの無愛想なヒトは高坂さんです!で、なんで天狗なんですか!?何考えてるんですか!?」
見れば見るほど違和感がある。
こんなに立派なプロポーションの天狗はいない。いや、もちろん元々天狗は居ないんだけど。
「何食べたらコレはこんなに育つんですか!?シャツ一枚で汗かいてるから透けてます!エロいです!イヤミですか!?」
だんだん腹が立ってくる私。
きっとこの天狗私より年下だ。なんとなく声で分かるもん!
飽食ニッポンの弊害がここに(メツボーするけど)!このチチに凝縮されてる気がするよ!
「遠見さんなんでイライラしてるの?」
「泣いてないもんっ!負けてないもんっ!」