登校【遠見】
……。
……ダルい。
昨晩寝床を探してウロウロと車で徘徊していた私達が見つけた隠れ家。
シャッターが半開きになっていたドラッグストアに勝手に侵入、中にあったレトルト食品を暴食したのがいけなかったかな?
病院食しか食べたことの無かった私は『胃にもたれる』という症状を初めて身を持って経験していた。
しかし、とてもとても……素晴らしく美味しかったので後悔はしてない。
「よくボンカレーばっかりこんなに……」
空き袋を指先で摘みながら呆れ顔で漏らす高坂さん。
「おはようございます高坂さん!今日もいい天気です!」
大きなガラスの向こうには真っ青な空が広がり、道路上は蜃気楼がユラユラと揺れている。
「体調は?ここにある薬は役に立ちそう?」
無人のドラッグストアを昨日物色したのだが専門的な知識なんか無いので正直判別出来ない。
「頭痛薬くらいですかねぇ。ま、なんとかなりますよ」
「そか」
あと一週間。
それだけ保てばいいのだから何とでもなる。
高坂さんも私も口には出さないけど、そういうことだった。
「高坂さん高坂さん!」
「?」
賞品棚に残っているシャンプーの類を物色中の高坂さんを呼び止め今後について提案する事にした。
「学校行きませんか?」
「なんの?」
「なんのって。高校でも大学でもいいです!私行った事無いんです!」
「行って何するの?」
「もちろん『青春』です!」
私は握り拳を突き上げながら『青春』とか『プラトニックな恋愛』について力説する。
ここはスルー出来ない!
しちゃいけない!
多分!
「……はぁ」
高坂さんは頭をポリポリ掻きながら溜め息混じりに私の方を向いた。
「青春なんてモノは無知と欲望で固めた只の黒歴史だよ?」
……なんたる暴言!
高坂許すまじ!
「それは高坂さんが偶々そうってだけじゃないですか!それに高坂さんって幾つなんです?随分達観してますけどまだ若いですよね!?」
「……24」
「ほらまだ若い!今からでもしましょうよ『青春』!」
「誰と?」
「私と」
「生理は?」
「きてません……って、関係ないです!それ絶対関係ないですから!プラトニックでどうかひとつよろしく!!」
冗談だから、と高坂さんは言うが……私の心にはしっかりと刻み込まれた。
この男必ずやひどい目に合わせてやる、と。
私と高坂さんはドラッグストアの中でイメージトレーニングをすることにした。何事も準備が大事、備えよ常に!である。
特に私は学校なんて行ったこと無いからこのシミュレーションに入る力はジンジョーでは無い。
さあ、やるぞー!
「もう、また遅刻!?毎朝起こしてあげてる幼なじみの私の立場も考えてよ!」
「……?」
「せっかく毎日お弁当作ってあげてるのに!もう作ってあげない!」
「…………??」
高坂さんの眉間によるシワが何に起因するのか、うっすら分かっては来ているのだけど……そのままGOを出す私。
今更私は止まれない。暴走するハタチの青春はノン・ストップ。
「え?……付き合ってないよ!コイツとはただの幼なじみ!アンタも黙ってないでなんとか言ってよ!」
「ちょ……ちょっといい?遠見さん」
頭を抱えながらシミュレーションを中断する高坂さん。せっかくいい感じだったのに。
「……君は学校を履き違えてる。幼なじみが弁当作ってきたり毎朝起こしに来たりしないよ。一般的じゃない」
眉間を押さえながら低い声で呟く高坂さん。
「そんな事ないです!お金持ちのお嬢様とかやたら強気の生徒会長とか、あ泣き虫で巨乳のクラスメートも!」
「何を根拠にしてるのかは敢えて聞かないけど……その類いの設定は完全にフィクション。創作物なんだよ。ハリーポッターと変わらない」
「じゃ、じゃあ金髪の巻き髪は!?」
「僕は見たことない」
「ピンクの髪の」
「いない」
あれが……病院でこっそり深夜に見ていたあれが全て『ウソ』なんて。
恐るべしイマジネーションだ。
せっかく学校に行けるのに、やる事無いじゃん。
「基本的には勉強するところだから。ほとんどは授業だよ」
「あ!子供みたいな先生は?」
「い な い」
そうなのか。
どうやら私は『学校』という異空間に対して偏見を持ってたみたい。
いや……高坂さんが知らないだけでひょっとしたらどっかに居るんじゃ?
宇宙人とか魔法使いとか中二病患者とか。
「なんでにやにやしてるかは聞かないけど。で、どうする?」
「え?」
「せっかくだし行ってみる?」
「うん!行く!」
私は高坂さんと共に『学校』なるものをこの辺で探索する事にした。ひょっとしたらどこかに……
「いないから」
「むが!」
夢の無い人だ。