Would you call me if you need my love(2)
爆風に靡く髪を片手で軽く押さえながら男はネクタイを緩めポケットに手を突っ込む。
佐伯社社長、佐伯村雲。男は誰からもその思考を読む事の出来ない薄く濁った無機質な瞳でそれを眺めていた。
自らがその手にし、自らが巨大化させ、自らが支え、自らが育ててきた自らの組織を男は何の躊躇もなく片手を振るだけで滅ぼす事が出来る。
ポートアイランド地下入り口付近。かつて響と刹那が星空の下話し合ったフェンスをバックに男は歩む。
その目に映るものすべてが余りに退屈で余りに無意味。こうなることもこうすることも特に突発的なわけではない。
機会があればそうするつもりだった。ただその機会が唐突に、しかも彼の予想外に巡ってきたというだけのこと。
重火器で武装した私設部隊の兵士たちが次々にレクイエム本部に突入していく。
銃撃と爆発の音に耳を傾けながらそのあっけなさすぎる組織の終わりに思わずため息を漏らす。
「こんなものか・・・・余りにも・・・・余りにも・・・・」
その言葉の先は紡がない。危険だと判っている前線、基地内部に向けて足を踏み出した。
バリケードを張り内部の組織構成員と銃撃をしていた跡。倒れている隊員の死体。どれもが戦うことを前提としていない非武装人員。
男はそれを避けて通る。しかしそれは慈悲や無礼を通す心の葛藤からではない。ただ靴が汚れると、その程度の話に過ぎない。
「社長、地下一階のエリアはほぼ制圧が完了したとのことです。しかし非武装院が食堂に立てこもり応戦しているそうですが」
「ロケットランチャーでもグレネードでも時限爆弾でも何でもいいからこじ開けて掃討しろ。手間を取らされすぎて計画に狂いが出たらどうする」
「は・・・・しかし相手は非武装員ですが・・・・・・」
「それがどうかしたのか?」
「は、はい・・・・・すぐに対応します」
「社長!」
先ほどの兵士が慌てて去っていくのとすれ違いに負傷した兵士が駆け寄ってくる。
「地下二階の連絡通路中央部にて複数の所有者を確認・・・・通常武装では全く歯が立ちません・・・・!」
「量産型吟示で対応しろ」
「それが・・・・ハイブリッドでも全く手が立たない手馴れのようでして・・・・ハイブリッドが既に数十機撃退されています」
「わかった、俺が行くまで時間を稼げ。あとはこちらで対処する」
「了解しました・・・・ところで社長」
「まだ何か?」
「は、はい・・・・いくら『世界を救うため』の戦いとは言え、非武装員まで射殺するというの・・・はっ」
床に小さな音を立てて薬莢が弾む。
村雲が手にした銀色の拳銃が彼に異議を申し立てた兵士の脳天を撃ち抜き、地面に転がる死体を一つ増やしていた。
腰のホルスターに拳銃を戻し何事も無かったかのように歩みを進める。
その様子に背後で待機していた兵士たちは息を呑み、その後姿に恐怖を抱く。
「人間じゃねえよ・・・あの社長・・・・・」
「ああ・・・・・眉一つ動かさず人間を殺せるなんてな・・・・・俺たちだっていやだっていうのに・・・・」
「ひでえもんだよ・・・あの人が歩く場所はいっつも血まみれだ・・・・」
煙草を取り出し火をつけそれを咥える。
周囲の人間が何を考え殺し殺され恐怖するのかそんなことは彼には興味の無い事。
専ら彼の思案の先はずっと連絡の付かないルルイエにあった。
彼からの連絡により『計画の遂行』に絶対的に必要だったフランベルジュ、その精神体が奪われてしまったことを知った。
村雲が急遽計画を繰り上げ即座にレクイエムの排除を始めたのはそれが理由として大きい。
何よりも必要であるからこそ凍結処分にし地下に押し込め誰からの目も届かない場所に封印したというのに。
しかし彼の中で計画には寸分の狂いもない。遅れたスケジュールは早めればいいだけのことだ。
大手を振るい周囲の兵士に叫ぶ。指揮官らしく、この出来事の終末を宣言する。
「片っ端から殺せ。この組織は完全に無かった事にする。誰一人生かすな。誰一人逃れられると思うな」
拳銃を真上に向け何度も発砲し、その爆音に僅かながら口元を緩ませる。
「全員全員全員が、最早逃れようのない革命だ。一人残らず死んだつもりで付いて来い。世界は我らと共にある」
整列し、銃を構え突入していく兵士の群れ。
男はただその流れの中、一人退屈そうに微笑んでいた。
⇒Would you call me if you need my love(2)
「どうしたんだい?もしかして力を加減しているのかな?まるで手ごたえがないよ」
漆黒の剣が波打ちシュズヴェリイの体を容易に弾き飛ばす。
氷の大地と血の赤に染まった空の下、死神と運命の戦いは続いていた。
一進一退の攻防。しかしそれは傍から見ればに過ぎない。お互いに手加減をし、力を拮抗するようにあわせているだけのこと。
しかしその力は明らかにシュズヴェリイが劣っている。ルルイエは余裕を持って彼女に実力を合わせてあげているだけに過ぎない。
その事実を誰よりも少女は理解している。プライドと疲労の責め苦の中、歯軋りをしながら大地に着地した。
「君ならもっと強い力を持っているはずだ・・・何せ僕と君は双子・・・同等の力を持っていて当然なんだからね」
空中を悠々と歩きながらその手に握った剣から放つ漆黒の刃を飛ばし氷の大地と鉄の壁を引き裂いていく。
「なのにこれじゃまるで一方的だ。どうして本気を出さない・・・・ああ、そうか・・・随分と昔の事ですっかり忘れてしまっていたよ」
わざとらしくたった今思い出したかのように微笑む。次の瞬間には少年の姿は消え、少女の真後ろに現れていた。
反応するなんて出来るはずがない。ついさっきまで確かの正面に居た。それが消えて背後に立っている。
振り返ろうとする少女の体を背後から抑え、信じられない怪力で動きを完全に封じ込める。
「ぐっ・・・・・!?」
「君の事を『死』から開放してあげたのに・・・まるで人間みたいな戦い方をするんだね、シュズヴェリイ」
「やめ・・・・ろ・・・・っ」
必死で抵抗するも体はぴくりとも動かない。
ルルイエは少女のマントを引き裂き、全身を覆う長袖のシャツのボタンをゆっくりと外していく。
「君と僕は同じもののはずだった。だから君は僕と一緒に来るべきだったんだ・・・なのに君は僕ではなく人間を選んだ・・・・」
僅かに笑顔が崩れる。少年が今までどんな状況でも崩さなかったその笑みが。
少女の服装の下、地肌に直接巻かれた無数の包帯。全身をグルグルと拘束するようなそれに目を細める。
「どうしてその力を受け入れようとしない?不死であり永遠の命を生きることが出来るのは僕と君だけなのに・・・君は力を受け入れない」
「誰が永遠の命など欲した・・・・!?それは貴様の勝手なエゴだろう・・・・っ!!!」
「酷いな・・・・でもまあ確かにそうかもしれないね。今の僕なら、君を強引に僕のものにする事も不可能じゃないし・・・・それもかまわない」
解かれていく包帯の下、浮かび上がる無数の赤い紋様。
呪いのように、生きているかのように、うっすらと輝き鼓動するそれは少女の首から下全身を覆い塗りつぶしている。
「やめろ・・・・見るな・・・・っ」
「人間と一緒にいるためにこの力は邪魔だったかな?だから隠し、覆い、誰にも見せなかった・・・・いや、君は僅か数人心を開いた人間にこのことを打ち明けているね。そう、例えばディーン・デューゼンバーグとか・・・・」
「くうっ・・・・」
「でもそれは無駄な事だよ。君と一緒に生きられる人間なんてどこにもいない。僕と永遠を生きることが出来るということは、僕以外とは誰とも一緒にいられないということでもある。でもそういう風にしたのは君だし、君が今更あがいたところでどうにもならない」
羞恥と悔しさ、悲しみや後悔、様々な感情に歯を食いしばり涙を目に溜め必死で抵抗を試みる。
何故ここまで力が違うのか?いや、それは思い込みに過ぎない。力は同等、ならば振りほどけて道理。
それを成さないのは彼女がまだ人でありたいと願うが故。過去の過ち、そしてその結果を少女は今目の前にしている。
少年は笑顔に戻る。微笑みながら少女を背後から突き飛ばした。
100メートル以上、ただっ広い氷の大地の上を転がり裸同然のぼろぼろの格好で鎌を手に立ち上がる。
「やはり貴様か・・・・貴様がディーンを目覚めさせたんだろう・・・いや、それしかなかったのも事実だ・・・・・貴様以外の誰が、消滅してしまった魂を取り戻すなんてことが出来るのか・・・・最初からそんな手段は存在しないしあったとしても行ってはならない。響がどんなに探したところでその手段は最初からたった一つだった・・・」
少年を睨み付け、少女は鎌を構える。
「貴様と言う神以外に、死者を蘇らせるなどと言う事が可能な筈がない・・・・!」
神。
それは比喩であり比喩の領域を超えている。事実少年が望めばこの死者は蘇り生者は死に絶える。
それだけの力を持っている。攻撃も受け付けない。存在も不確定。場所も時間も関係ない。そういうふうになっている。
悠久の時を行き続けなお不死。終焉を存在から排除し因果の外で踊り続ける少年。
その存在を神と呼ばずしてなんと呼ぶのか。その言葉はおおよそこの世界に他に存在しない。
神。
組織が、救世示が、ただ一心に倒そうと願うモノ。
「そうだね。神様というものが本当に存在するのなら、きっと僕のようなものなんだろうね」
少年は微笑む。
力の波に揺れるシャツの襟、ゆるくウェイブした髪。美しく、繊細な姿を保ったままの少年の姿で。
「・・・・・・元よりただ貴様を殺すためだけに永らえてきた命だ・・・・そう、貴様が与えた『死神』と言う肩書きに則ってな・・・・ッ」
全身の赤い紋様が光を増し、ぐにゃりと、歪むように鎌が揺れ、巨大化し、その禍々しさを増していく。
赤黒い闇を纏い、死を与える絶対的なイメージで神と呼ばれたものを両断せんとその輝きを溢れさせる。
「頼む黒月・・・・・・少しだけ・・・・力を貸してくれ」
少年にも、自分にも聞こえない優しい声。自らの心に呼びかける。
鼓動が、世界が、自らが信じる全てが、己の中で結論し、形となり、描かれた時。
漠然としたイメージは徐々にその輪郭をはっきりとさせ、キャンパスに描かれたグラフィックはより強固に変化する。
徐々に、しかし確かに黒月は変化していた。否、彼女の周囲にあるもの全てが書き換えられ、浸食されていく。
黒い闇と月。既に悪意という名の心理領域が発生しているその場において少女はそれをさらに食いつぶしていく。
「心理領域・・・・・・・我が言葉と想いと真実の力を前に・・・・・その本当の姿を現せ」
あえて言おう。
今までに様々な闘いがあった。
歴史の上で人類は戦いを繰り返し、そして現代心理領域と呼ばれる力を手にし世界を変えるだけの力を宿し。
秋風響のように周囲の全てを破壊し浸食しつくすようなそんな驚異的力があった。
だが、それを超える密度と想いとイメージの中、少女の鎌は従来の理論武装と呼ばれているものの限界を超えていた。
所詮それは漠然としたイメージ、所有者の心の中にある負の感情や心の葛藤から生み出される自己防衛の手段に過ぎない。
故に度を越えた相手、格上には無力化され言葉は届かず傷つけることすらかなわない。
だがそれは違う。何が違うのか、厳密にそれを表現する言葉は今この世界に存在しない。
だから少女は口にする。己が知る限り数名しか口にしなかったその言葉を。
「真理領域・・・・・黒月」
赤い紋様が世界に奔る。
何もかもを書き換え消滅させていく嵐のような暗闇の中、少女は手にした巨大な刃を握り閉め自らの身すら引き裂く風の中、ゆっくりと目を開いた。
その瞳も、表情も、全ては全てを理解しきっている、何もかもを受け入れた姿。
「・・・・・・・・・・・最悪だな。君みたいなのが『そっち』に目覚めるなんて・・・・・がっかりだよ・・・・本当に」
先ほどまでの余裕は完全に消滅していた。ルルイエは増幅され巨大化した剣を縦に振るう。
まるで迫り来る巨大な破滅の塔。それを難なく少女は弾き飛ばし無力化し落ち着いた瞳で少年を見る。
「我が身に宿す六百六十六の死と夜を以って貴様の命、この刃に引きずり込む」
「本当に最悪だ。退屈にも・・・・程がある」
激突する光。あふれ出す様々な理論、いや、それはただの人の想いに過ぎないのかもしれない。
それでも世界は震えていた。ただ一人の少女の叫び声に振るえ、涙を流すかのように空間を軋ませる。
その戦いの傍、氷に包まれて封印された少女は目を開く。目の前の戦いを見守るように。
決着がつくはずもない。何故ならば二人の力は互角。
ならばもし決着をつける要因があるとしたら、それは互いの想い次第。
振るうは武器ではなく想い。削るは肉体ではなく魂。手向けるは言葉ではなく痛み。
そうして人類は分かり合ってきた。
少なくとも、彼らは。
静止した世界の中、二人の踊りは続く。
まるでしかしずっと停止していた時間を、ゆっくりと動かしていくかのように。
「もうちょっとだから、しっかりしろよ・・・・・死んだりすんじゃねえぞ・・・・!」
地下二階、通路。敵味方の死体や多くの吟示の残骸が転がる中、空也は血に染まった手で少女に呼びかける。
壁に寄りかかったるるるは血が溢れる腹部を押さえながら息も絶え絶えに微笑む。
「大丈夫っす・・・・・ちょっとかすっただけなんで・・・・」
「くそ・・・・なんなんだ・・・・どうして心理領域の中に居るのに銃が食らうんだよ・・・・なんなんだよ、この大量の吟示は・・・・」
四本足に長い首。犬のような、それでいて長すぎる首と凶悪すぎる顎が文字通り怪物じみている吟示。
振り返りその残骸をにらみつけながら空也は歯軋りする。
「なんなんだよ!!なんでこいつら、みんな同じデザインしてやがる!?」
そう、そこに転がる吟示は全て同じもの。倒しても倒しても湧き出てくる。限りがあるとは思えない。
吟示とは人の想い、個性の結晶。全く同じものなど在り得ない。それが何故こんなにも大量に存在するのか。
るるるを抱き起こし背負うと少年は背後、仲間たちを逃がした方向に走り始める。
「わけわかんねえよ・・・・なんで・・・なんでここが攻撃されるんだよ・・・・・何で・・・・ッ!くそ、くそ、くそおっ!」
「・・・・・・・・・・ごめんなさい、先輩・・・・わたしが無限音階を使えたら、状況が把握できるのに・・・」
傷を負い、集中が出来なくなったるるるは無限音階を封じられていた。
元々他の理論武装より大量の集中力を使うもの。僅かな負傷や同様で精度がガタ落ちする。
それに精神集中している間は完全に無防備となる。だからこそ安全な場所で今までサポートに徹してきたのである。
それが敵の集中的なるるるへの攻撃により負傷、能力が使えないままじりじりと後退を強いられてしまった。
「あいつらお前の能力知ってんだよ・・・いや、多分俺の能力も・・・・・やっぱり見間違いなんかじゃねえ、あいつら佐伯社の・・・」
「・・・・・・・・・・・地下にもいくつか・・・・緊急脱出路があるはずっす・・・表示は出来ないけど、案内は出来るから・・・」
「わかった!しっかりしろよ頼むから・・・・もう嫌なんだよ・・・・仲間が死ぬとか、そういうのは・・・・!」
進行方向に数人の兵士が現れ鉢合わせする。
その事実に思わず一瞬判断が遅れるが心理領域を発動し飛んでくるアサルトライフルの弾丸を弾き飛ばす。
しかし本来ならば完全に無力化できるはずのただの鉛弾が心理領域を削り、精神にダメージを与える。
るるるを背後に下ろし、理論武装を構築し一瞬で兵士を撃退するも、息は上がっていた。
「っつう・・・・!?だからなんでただの銃弾でダメージくらってんだよ・・・・」
「多分・・・・・・その弾丸そのものに何らかの・・・・理論干渉のロジックが打ち込まれてるんすよ・・・」
「はあ!?じゃあなんだ・・・吟示や所有者にも通用する弾丸ってことか!?」
「恐らく・・・・こちらが所有者の集まりである事を知っているんだから、それくらいの装備がないと制圧なんて無理・・・っつううっ」
「ああ、わかったわかったから・・・・もういい、早く行こう・・・・・」
「・・・・・・・先に逃がした人たちは・・・・・?」
「・・・・・・・・・・」
逃がした方向から兵士が走ってきたという事実。
それが導き出す答えを認められないまま、少年は道を変える。
「絶対に生き残るんだ・・・・響や室長と合流できれば何とかなるから・・・・頑張れ、るるる」
奔る。鉄の廊下を。ポートアイランドの地下全体にまで広がるその無数の網目のように広がる通路を必死で走る。
どこか、どこでもいい、敵の居ない場所・・・せめて地上に出ることさえできれば・・・・。
「先輩・・・・・なんか、昔に比べて大きくなったっすよね」
「は?」
背中にしがみ付いているるるるの腕に篭る力が少しだけ強くなる。
耳元で囁かれる言葉に呼吸を乱しながら、前を向きながら、少年は首を傾げる。
「三年前は・・・・先輩もわたしも、まだ子供で・・・・・なつかしいっすね、一緒に響さんの部屋を覗いたり・・・」
「そうだっけか?あんときは俺がゴーグル忘れてお前が貸してくれなかったんだろ?勝手に美化すんなこら」
「あはは・・・・そうだったかも知れないっすね・・・・でも、響さんや・・・みんなと一緒に戦うようになって・・・わたしたち、変わったっすよね」
「そうか・・・?いや、そうかもな・・・・少なくとも俺たちは二人きりじゃなくなったしな・・・・ああ、なんか今無性におっさんの顔が見てえや」
苦笑しながら笑い飛ばす空也。その背中に顔を埋めながら少女は微笑む。
「こんな事になるなら、もっと色々やっとけばよかったっすね・・・・・」
「何いってんだよこれから忙しくなるだろうが。こんなわけわかんねえ攻撃してきやがって・・・ぜってえ潰してやるこの会社」
「ここには沢山想い出があるじゃないっすか・・・・あの会社を・・・研究所を出てから・・・ずっとここで・・・・・」
「・・・・・・・・・」
思わず言葉を詰まらせる。それは少年にとっても少女にとってもタブーのはずだった。
だからこそ何か少女の異常に感づき始める。不安が胸に渦巻き、振り返ることも出来ない。
「先輩・・・・・・背負ったままじゃ逃げ切れないっすよ・・・・ここに置いていってください」
「ばっ・・・・・馬鹿かお前!?そんなことできるわけがねえだろ!?」
「でも・・・・」
「でももクソもねえ!また言ったら今度は泣かすからな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
少年の背に温もりを感じる。
しかし少女はわかっていた。完全に発動してはいないとはいえ、所有者の存在を感じ取ることに優れた少女だから。
周囲から無数に迫ってくる何かの反応。不気味で、無機質で、酷く寂しげな魂の鼓動。
少年はきっと気づかない。気づかないまま奔り続けるだろう。しかしそれもまたある意味かまわないと思った。
今は少しだけ、少年の背中の暖かさを感じていたい。
「先輩・・・・・わたし・・・・・」
言葉が最後まで紡がれる前に、少年は足を止めた。
行く先にはレクイエムの制服を着た人間が三人。三人とも巨大なゴーグルのようなもので顔を覆っている。
その手に握り締められているのは一振りの長剣。どれも全く同じデザインであり、無機質でシンプルな形をしている。
何よりその異常な雰囲気に思わず立ち止ってしまったのである。しかしそれは正解と言えた。
今までの敵とは違う何か。少女を下ろし、夢ノ英雄を構築、拳を構える。
「なんだこいつら・・・・?レクイエムの制服着てるけど、レクイエムじゃないよな・・・・・」
「この感じ・・・・・先輩気をつけて、この人たちは・・・・」
三人の姿が揺れる。
直後、少年に三つの影が迫っていた。高速で振り下ろされる刃を何とか受け止め、防ぐもののその違和感にすぐさま気づく。
「なんだこいつら・・・・・!?あの剣ただの武器じゃねえ・・・・・!?」
「理論武装っす!!!」
三人の所有者は三方向から同時に少年に切りかかる。
しかし空也もまたこの組織では指折りの実力者。降り注ぐ刃の雨を交わし、左右から斬りかかる所有者を巨大なロボットアームで壁に叩きつける。
背後から迫る三人目。両手のアームを分離、機械の足を構築し刃を蹴り飛ばし、素手で殴りつける。
同時に三人を撃退するものの、倒れたその所有者の顔を見て唖然とする。
「なんだこいつら・・・・・・・・・・子供じゃねえか・・・・・・・・・・」
気絶した三人ともまだ年端も行かない少年少女。気を失うと同時に刃は消え去ったところを見るとあれはやはり理論武装。
何故同じ理論武装を持った人間が三人も居るのか。混乱する頭を抱えながらるるるの元に駆け寄る。
「なんだかわからんがやばいことが起きてる・・・・今までの理屈が通用しないことが多すぎる」
「先輩・・・・・あっ」
少年のすぐ背後、剣を構えた所有者が立っていた。
手加減していた。けれど骨くらいは折れただろうし、すぐ立ち上がれるほど加減は出来なかった。
だというのにその年端も行かない名前もわからない少女は血を流しながら無機質な表情で剣を振り上げていた。
何が起きたのか一瞬理解できず少年に出来たことはただ少女を庇ってその小さな体を抱きしめることだけだった。
「せんぱ・・・・・・・・?」
「じゅ・・・・ブ・・・・・・・・・・ナアアアアアイルッ!!!」
切り裂かれた背中。血を流し痛みを堪えながら少年は少女を全力で殴り飛ばす。
死んだかもしれない。でもそこまでしなければ意味がないと気づかされる。
先ほどまで倒れていた残りの二人も立ち上がる。既に立ち上がれる体ではないはずなのに。
まるでここで戦って死ぬことが自分の運命であり使命であるかのように剣を構築し、苦痛に顔を歪ませながら構える。
「下がってろるるる・・・・・ここを突破する・・・・」
「先輩、背中・・・・血が・・・・・っ」
「いいから任せておけ・・・・・見てろよ、絶対に俺がここから連れ出してやるからさ・・・・・」
両手に構えた鋼の拳を突き合わせる。
球の汗を額に滲ませながら少年は理論武装を構築する。
腕、足、胴、全身を覆う機械の装甲。少年の持てる本気、全力の力で眼前の敵に向かい合う。
だというのに何故だろうか。先ほどから攻撃する事に酷いためらいがあるのは。
もしこのためらいがなく最初の接触で倒してしまっていればこんな余計な傷を負う事も無かったというのに。
苦笑する。それは勿論、過去の自分たちを重ねているからだ。自分たちもまた、こうして理由も知らず戦っていた。
「行くぞ・・・・・!」
駆け出す。拳を振るう。
三人を倒しても、正面の通路から次々に所有者が現れる。
どれも皆自分たちより年下の子供たち。同じ剣を持ち、同じようにただ剣を振るう。
それが納得がいかない。躊躇する。倒したくない。戦いたくない。
そんな迷いが体に傷を増やし、理論を緩ませる。
「うおおおおおおおおおおあああああああーーーーーッ!!!」
1VS6の戦い。所有者同士の戦いとは思えない壮絶な争い。
四方八方から飛んでくる剣を弾き、防ぎ、反撃し、かわし、少年は戦い続ける。
声をあげ、倒しても倒しても挑んでくる子供たちをなぎ払い、しかし止めを刺す事も出来ないまま。
傷は増え疲労は蓄積する一方。しかしそれでもその歩みだけは確実に。
少女は背後で少年を見守る。戦う事も出来ず、守る力もない少女にとってそれが精一杯の出来ることだから。
「くそお!!お前らもうやめろ!!これ以上やったら本当に死んじまうぞっ!!?」
呼びかけに答えない。傷だらけの子供たち。歯を食いしばり、その無機質な刃をにらみつける。
「誰がやった・・・・・・こんな風にしたのは・・・・どこのどいつだ・・・・・!?なんでこんなことしたぁああっ!!!」
両手のアームパーツを射出するロケットパンチで突破口を開き、るるるを抱えて走り出す。
これ以上戦うことも出来ないのに、武器も持たずに追いかけてくる子供たち。
「なんであんなになるまで・・・・」
「知らねえ!ただこんな風にしたやつのことは全力でぶっ飛ばす・・・・それだけだ・・・・!!」
通路を走っていく。もうすぐ地上に出られる。地上は夜なのか、暗闇がぽっかりと空に向かって開いている。
駆け抜ける。追いつかれる前に。何がなんでもたどり着かなくてはならない。少女を逃がすために。
「ほう、ここまで来られるとは驚きだな」
地下一階。緊急脱出路を目前にした場所。ここにきて、ここまで来て、少年は歯軋りする。
「佐伯村雲・・・・・・テメエが・・・・テメエがこんなことを・・・・・」
村雲は眉一つ動かさず少年の背後を必死で付いてくる子供たちを一瞥する。
「使えんな。なんとしても目的を排除しろと教育したはずだが・・・・」
「あんたは・・・・!あんたはあれからずっと同じ研究を繰り返していたってのか・・・?俺やるるるにしたように、自分の都合のいい兵器を生み出すために、今までと・・・いや、今まで以上のことをあの子たちにしたっていうのかよ!?」
「理論武装など、要は切欠と決意さえあれば引っ張り出せる。自意識が平坦でこちらが用意したものならば同じ武装になり性能も安定する・・・・これから先の未来、吟示や所有者に対応できる兵士でなければ意味がないからな」
「人間を兵器扱いするんじゃねえ・・・・相変わらず腐った野郎だな・・・・」
「口を慎めよ兵器の分際で。貴様ら所有者など所詮人間を辞めた人の形を保っている兵器に過ぎない。人間様に偉そうな口を叩くんじゃない」
その言い草に思わず殴りかかろうとする空也だったが、るるるが必死でそれを止めた。村雲の左右、二対の巨大な砲台がそこに鎮座していたからだ。
直線に続く通路を真っ直ぐに砲撃するための掃討兵器。当然あの対所有者用の弾丸が装填されているのだろう。
飛び掛れば一貫の終わり、今すぐ横道に逸れなければ死は免れない。
「くそ、あんなもんで出口をふさぎやがって・・・・・おわっ!?」
気づけば追いついてきた子供たちが折れた手足で空也を抑え付けていた。
振りほどくことは余りにも簡単。少年は一度はそうして振りほどこうと考えた。だが・・・・。
「・・・・・ああ・・・・・・冗談だろ・・・・・・・・・くそ・・・・」
通路に、直線に、身動きも取れないまま倒れている自分の部下がいるというのに。
村雲は平然と砲台を起動させる。
「先輩避けてっ!!!」
「るるるーーーーーーーーーッ!!!」
るるるを横道に放り投げる。
次の瞬間、一瞬で降り注ぐ千を超える弾丸の嵐が少年に降り注いだ。
避けることは出来なかった。何が何でもこれに耐えなければならない。
背後には傷だらけで今にも死にそうな子供たちがいるのだ。避けたら全員死んでしまうだろう。
それでも躊躇無く、無慈悲に男は引き金を引いた。そうなることを少年は知っていたから。
「がああああああああっ!!」
理論武装を最大限に発動し壁となり背後の子供たちを守る。
自分自身何をしているのか良くわからない。それでもこの子たちを殺す事なんて出来ない。
だって自分と彼らは同じだから。ただ時代と運が違っただけで、自分もあそこにいたかもしれないから。
そんな子供たちを殺す事なんて出来るはずがない。見殺しにするなんて出来るはずがない。
「さっさと逃げるんだよおおお!!死にたいのかああああっ!!!」
少年の声に子供たちは反応しない。そんなことは判っている。それでも声を上げる。
殺傷能力の嵐の中、少年は拳を前に突き出し崩れていくその理論武装で必死に歩みを進める。
「生きるんだよ!生きて生きて、そうすりゃいつか・・・・いつか笑える日が来る・・・だから、こんなところで死ぬんじゃねえ・・・・!」
通路が、床が、全てが崩壊していく絶対的な滅びの中、少年は両手を広げ後に続くものを守る。
「頼む・・・・・・・頼むから逃げてくれ・・・・・・・頼む、から・・・・・・・」
嵐は止まない。崩れていく肉体をとどめる手段はもうない。
横道に転んでいるるるるに視線を向ける。少女は唖然としながら少年を見つめていた。
その瞳が涙に潤み、何かを叫んでも銃弾の風の中にいる少年には届かない。
全てがゆっくりと緩んでいくように感じる。何もかも全身を覆っていた装甲が消え去っていく。
その前に、あとわずか、銃弾の雨が切れたらあの男を殴り飛ばすんだ。
前に、前に。背後に続く者を殺させないように。銃弾の雨はもうすぐ止む。気合と根性で、覆せる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・むら・・・・・くも・・・・・・・・・・・・・」
覆せる・・・・・・そう信じていたのに。
轟音を上げていた砲台が停止する。
残されたのは破壊しつくされた通路と血まみれで床に倒れた少年、そしてその背後で無傷の子供たちだけだった。
自らの靴を掴んだまま動かない空也の体を蹴り飛ばし、村雲は舌打ちする。
「下らない手間を・・・・・おい、ここは片付けておけ」
「は、はい・・・・・」
砲台を操作していた兵士が頷く。子供たちは傷だらけの体を引きずりながら村雲に続き奥へと進んでいった。
「・・・・・本当に化物だな、あの砲撃の中ここまで歩いてくるなんて・・・・・原型保ってるだけでもたいしたもんだよ」
「こんな子供がなあ・・・」
「せんぱいっ!!!」
飛び出してきたるるるは倒れたままの空也の背中にしがみ付き涙を流しその手をきつく握り締める。
「うわあああああっ!!なんで・・・・どうしてなんすか・・・・あんなこと・・・・ばか・・・ばか・・・・ばかあああ・・・っ」
泣き喚く少女の姿にうろたえる兵士たち。しかし命令に逆らっては自分の命がないことを兵士たちは知っている。
だから否応無く銃口を少女に向けるしかなかった。
「せんぱい・・・・・・っ・・・やさしく、てっ・・・・・・・・・・ばかだから・・・・でも、そんなせんぱいのことが・・・・・・」
血の海に頬を寄せて少女は目を瞑る。兵士はお互いの顔を見合わせながら引き金に指をかける。
「・・・・・・・・・・・ごめんなお嬢ちゃん・・・・・・これも世界のためなんだ」
銃声が聞こえる。
「医務室・・・・・なんて、もう行ってる場合じゃないか・・・・・」
血と硝煙のにおいの中、響は伊織を背負って地下二階に足を踏み入れた。
「伊織ちゃん、待ってて・・・・みんなも・・・・・私が絶対助けてみせるから・・・だから・・・・・」
駆け出す。その先に待つ戦場の景色も知らぬまま。
終わり行く世界の中、少女は何も知らないまま進む。
聞こえるのは銃声と爆音。
消え行くのは僅かな安息の地。
時間かかったわりにあんま量なかったですね。