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私、判っちゃいました!(1)


例えば、そこに何かを縛り付ける制約は存在しなかった。


自由な空。 灰色の城。 或いは死の神や鎧の騎士、とにかくなんでもありだった。


何も知らなかった時、世界はあれほど輝いて見えた。 まだこの物語が誰の悲しみも知らなかった時、それは限りなく自由に見えた。

少なくとも少女、秋風響にとってその男は灰色の世界に吹き込んできた一陣の風のようだった。

自由に、あるがままに、意味不明、しかしちょっと素敵で、ほんの少しあこがれる、そんな生き方。


―――お前ら、音楽は好きか?


唐突に、何の前触れも無く、しかし確実に運命に導かれ男は現れた。

彼には彼なりの思い、そしてその彼が歩む道は誰かに想いを与えていく。

切り開かれた道は後に続く誰かのための光となり、そのものを導いた。

それは何も彼に限った話ではない。 人はそれぞれが相互的にお互いに干渉している。


――一人でいいなんて寂しいこと言わないで。あきらめたりしないで


男に変えてもらった少女は、いつしか誰かに手を差し伸べることが出来る強さを手に入れた。

勇気はまるで伝染するようにそれぞれの心に灯を点し、誰もが何かを変えていく。


―――そう、それは、『この世界全てを認め、受け入れる心の強さ』


ある男は彼女をそう表現した。 しかしそれは本当にそうだったのだろうか。

彼女は全てを受け入れたわけではなかった。 だからこそ受け入れられないものに反発した。

今思えばそれは子供のワガママのように、ただ認めたくないと、理想的な世界を崩したくないと、そうだだをこねていたのかもしれない。

少女は悲しみと怒りの矛先を、憧れの人物に向けた。


―――わたしを・・・・・裏切ったの・・・・・?



―――ごめんな




まだ世界を何も知らなかった頃。

そこは限りなく広く、しかし目に見えるものは狭く、そこに吹き込む誰か他人の価値観に憧れ、それに胸を躍らせていた。

風は吹く。 しかしそれは所詮通り過ぎていくものに過ぎない。 風は自分を必ずいい方向に導いてくれるとは限らない。

少女は苦悩した。 自分自身の愚かしさに気づいた時、少女の世界は閉ざされてしまった。



まだ、世界を何も知らなかった頃。


あの頃に戻りたいと願っても帰らない。 夕暮れの空やコンクリの大地、いつか見たグラウンドを走る友の姿や転んだ土手。

何もかもが戻らない。 手の届かない場所にある。 どうしようもないということ。 しかしそれは決して不幸ではない。


―――今度は・・・・あんたのことちゃんと守ってやるから


何もないわけではなかった。 誰も彼もまだ諦めたわけではなかった。 もがき、間違いながらも、笑っていられる未来を模索した。

だからそれは当然のことだった。 それはまるで運命の悪戯だった。 誰もがかみ合わず、悲しみだけを繰り返しているように。

だからそれはきっと何も知らなかった頃、彼女が閉ざされた世界に居た頃と同じ事だった。

気づけば世界は変わる。 何か切欠さえあれば世界は変わる。 ほんの少し、後押ししてくれる・・・追い風があれば。



―――でも・・・・・時々、頼ってもいいかな・・・・?そしたら私、がんばれる気がするんだ




風が吹けば世界は動く。


それは至極当然のように、まるで運命の悪戯のように。


鮮やかな、色合いで。



⇒私、判っちゃいました!(1)




「ふわあっ!? 何事っすか!?」


自室で眠りについていたるるるが飛び起きた理由、それは近くで強烈な『力』の反応を捕らえたからであった。

時刻は既に午前0時をまわっている。 こんな時間まで訓練しているのは響くらいのものだろうが、それとも違う力。

どこかで感じたことのある色合いなのだが、それがなんなのかはっきり掴むことが出来ない。

パジャマ姿のまま部屋を飛び出し伊織の執務室に向かいながら無限音階シンフォニーバケーションを発動する。

光の鍵盤が現れ、ヘッドフォンを耳にすると何者かが地下に向かって強引に突き進んでいる事がわかった。

強引に、というのはつまり壁やらなにやらを破壊しながら直進しているということであり、かなり進行スピードは速い。

地下に何かあるということは聞いていないるるるにしてみればその行動は不可解極まりなかったが、何らかの異常事態であることは明瞭である。


「室長っ!! 地下に異常反応が!」


「るるる・・・・ええ、判っているわ。 私の自由ノ空ロマンス・フライも察知したんだけど・・・・一体この反応は何?」


自由ノ空は形状、組み合わせを変化させることで様々な状況に対応できる理論武装である。

その形状変化をもってすればるるるには遠く及ばないものの通常の所有者セイヴァーよりも探索範囲が広くなる。

しかし伊織にはこの反応が何であるのか判断できずにいた。 それも仕方のないことである。 その反応はるるるにも理解し難いものなのだ。


「よくわからないっすけど・・・・少なくとも理論武装は使ってないっすね。 心理領域みたいなものは発生してるっすけど・・・」


「理論だけを具現化して身体能力を強化しているということ? 随分器用な発動が可能なのね・・・・今ルクレツィアとシュズヴェリイがエレベータで向かっているわ」


「・・・・またハードな二人を向かわせたっすね・・・・」


るるるが苦笑していると背後の扉が開き、何故かまだ制服姿の空也がずるずると響を引きずって入ってくる。


「伊織、強引に持って帰ってきたが・・・・どうする・・・・起きる気配がねえぞ」


「くかー・・・・」


よほど昼間の訓練で疲れていたのか、制服すがたのままベッドの上に転がっていた響は起きる気配が全く無く、仕方なく空也が長い廊下を引きずってきたわけだが、それでもまったく目を覚まさないという図太さである。

元々響にはそういうマイペースさがあることは知っていたものの、この緊急事態にこうなるとは空気の読めない女である。


「ちょっと響さん・・・・・緊急事態だから今すぐ地下に向かって欲しいんだけど・・・・」


「う〜ん・・・・・・なまはるまき」


「前々からそうじゃないかと薄々感じてはいたんだが、こいつバカなんじゃないか?」


「せっ、先輩なんてことを・・・・! とにかくなんとか起こしましょう」


「ええ」


二人は我が目を疑った。

唐突に響の顔に手を当て引き寄せた伊織はそのまま響の唇を奪ったのである。

唖然とする二人。 しかも長い。 かなりの時間二人は唇を重ねている。

やがて苦しくなってきたのか、響の眉がもぞもぞ動き始め、やがてうっすらを目を開いたが目の前には伊織の顔。


「〜〜〜〜〜〜っ!?」


必死で暴れているのに目を閉じてキスを続行している伊織。 空也とるるるはしばらくの間目を逸らす事にした。


数分後。


「なぜこんなことに・・・・・・」


床に座り込み口を押さえている響を無視して伊織は話を進める。


「地下に恐らく敵勢力と思われるセイヴァーが現れたわ。 今はシュズヴェリイとルクレツィアが対応しているけど、私たちも至急現場に向かいましょう」


「う、うん・・・・それはいいけどさっきのは・・・いや、忘れたいからいいや・・・・・・」


とぼとぼ部屋を出て行く響の背中を見送りながらるるるは苦笑する。


「それじゃあ、わたしたちはこっちに残ってオペレートするっす」


「お願いするわね」


部屋を飛び出した伊織は響の手を引き廊下を走っていく。


「それで、恐らく敵勢力と思われる、って何? かなり不明な言い回しだけど」


「文字通り恐らく敵勢力と思われる、よ・・・・ここはレクイエム本部なんだから、レクイエム所属のセイヴァーじゃなければ敵でしょう」


「レクイエム所属のセイヴァーがやってるって線は?」


「ないわね。 所属セイヴァーはそもそもそんなに多くないし、所属している分の旋律ならるるるは記憶しているもの。 つまり未登録」


「なるほどね・・・・それじゃあやっぱり敵・・・救世示、なのかな?」


エレベータに乗り込みカードキーとパスワードを入力し地下フロアのボタンを押す。

本来、ポートアイランドの機関部でもある地下エリアへは一般セイヴァーは勿論室長である伊織ですら立ち入ることが出来ない。

有事ですら基本的にナンバーズ以下の隊員は立ち入る事が許されていない禁断の領域である。

わざわざ指揮官でもある伊織が自ら出向いてきたのにはもう一つの理由があった。

地下でフランベルジュが凍結処分を受けているということはナンバーズならば周知のことであるが、彼女はその地下に一度立ち入った事がある。

地下にあった凍結室。 地下にある施設はまだそれだけではないはずである。

このポートアイランドというものが、レクイエムというものがどういうものであるのか・・・あわよくばそれを確かめる事が出来るかもしれない。



一方その頃地下フロア。


「てれってってーん・・・ズドーン!!」


鋼鉄の扉を蹴破って進む長身の男の影。

元ジャスティス、ディーン・デューゼンバーグ。 とりあえずこっそり奪い取ってきたレクイエムの制服に着替えた男は口笛を吹きながら歩いていた。

カードキーとパスワードを入力しなければエレベータは地下フロアには向かわない。 しかし彼はそんなもの知らないし、カードキーも持っていない。

故に地下に向かう手段は他に思いつかず、とりあえず蹴ってみたら床も壊れたのでこのままいけるのではないかと進んできた。

しかし地下フロアに到達するや否やそれぞれのフロアを隔てる床や天井が厚くなり砕けなくなった。 しかし地下フロアと地下フロアは階段などで行き来できるため閉鎖されているシャッターウォールを破壊して歩いていけばいずれは目的地に到着できるであろうという算段だった。


「しかし相変わらず地下フロアはまるで迷路だな・・・まあ実際侵入者への対応策としてこうなってるんだろうけどよ」


何枚目か判らない鉄の壁を素手で粉砕する。 人類である以上は不可能であるそれを彼は平然と成していた。

三年という歳月で伸びに伸びまくった長髪を靡かせながら男は歩いていく。


「止まれ! どこのどいつだかは知らんが、そこまでだ!」


「お? その声は・・・・シュズヴェリイじゃねえか! 相変わらずきみはちっこいな」


背後から聞こえた声に笑いながらディーンは振り返る。

その笑顔に追いかけてきた騎士と死神は呆然と手にした理論武装を下げた。


「・・・・・・じゃ、ジャスティスッ!? な、何をやっているんだ貴様!?」


「いや・・・起きた・・・・」


「そんな申し訳なさそうに言っても無駄だぞ!? 貴様はもう目覚めないんじゃなかったのか!?」


「いや目覚めちゃったんだから仕方ないだろ」


「くううう・・・・このバカにされている感覚、間違いなく本人だが・・・・っ!!」


拳を震わせながら頬をひきつらせ笑うシュズヴェリイ。 ルクレツィアは剣を突き出し、ディーンをにらみつける。


「ジャスティス・・・いや、ディーン・デューゼンバーグ。 何故平然と起きている? ぼくたちにわかるように説明しろ」


「相変わらずお堅いやつだな・・・・別に死んでいたわけじゃねえし唐突に復活してもおかしくはねーだろ」


「・・・・・・・・それはどうだかな・・・・・貴様が偽者と言う可能性も・・・・あるっ!!!」


ExcVエクスカリバーを発動し、光の剣を振り上げ前に突き進む。

神速の一撃、しかしそれをディーンは見極め回避すると振り下ろしたその剣をブーツで地面に叩きつけ突き刺し、動きを封じた。


「いきなり切りかかってくるとは・・・・猪突猛進さが増したか?」


「くっ・・・・黙れっ!!!」


鎧を纏った足の蹴り。 背後に跳躍して回避しやディーンはポケットに手を突っ込んで微笑む。

ExcVを引き抜いて構えなおしたルクレツィアは顔を紅く染めながら歯軋りする。


「くそ、紛れも無くジャスティスらしいな・・・・あのふざけた態度・・・・ぼくは大嫌いだ」


「それは同感だが・・・・ジャスティス、貴様何をするつもりだ? このまま地下に向かってどうする?」


「ん〜・・・・・まあ色々やりたいことはあるが・・・・・とりあえずはフランベルジュを奪い返す。 凍結処分になってんだろ? あいつ」


「フランベルジュを・・・・? そんなものは凍結処分が解除されるのを待てばいい事だろう! 何故わざわざ施設を破壊してまで今なのだ!?」


「今すぐフランベルジュに会いたいからだッ!!!」


空気が死んだ。

ディーン本人は至極まじめに会話しているつもりなのだが、女性二人は目つきを鋭くし、武器を手にゆっくりと歩み寄る。


「おかしいな・・・どうしてそんな怖い顔をしているんだ・・・・・」


「そんなふざけた理由で・・・・」


「ぼくたちの基地を破壊するなッ!!!」


二人とも個人的な理由でディーンをボコボコにしたいと考えていたので行動は早かった。

鎌と剣が交互にジャスティスに降り注ぐ。 ナンバーズの中でも武闘派である二人の攻撃を見事にいなしながらディーンは進んでいく。

その余りの手ごたえの無さに二人の中に焦りや戸惑いが生まれた。 この男と直接刃を交わしたことは無かったにせよ、ここまでの力を持っていただろうか?

振り下ろした黒月タナトスの刃を横から蹴り弾き、その影から鋭く切り込んだExcVを真剣白刃取つかんでうけると剣を奪い取り手にしたExcVで黒月を再び弾いた。

その一連の動作が余りにも壮絶であり、一瞬の出来事。 相手は武器すらろくに持っていない生身の、しかも三年のブランクのある男だというのに、現役の最強クラスのナンバーズが手も足も出ない。


「バケモノか・・・・!?」


「ジャスティスッ!」


シュズヴェリイの叫び声に笑顔で答えると男は手にした剣で壁を一刀両断し、剣を廊下に突き刺した。


「いい剣だな。 まっすぐで迷いの無い剣だ。 でも次はもう少し加減して踏み込んでもらいたいもんだな」


「無傷で何を言う・・・・! 馬鹿にしているのか!? まじめに戦え!!」


「なんでおれが女子供をイジメなきゃならないんだ? カンベンしてくれ」


先ほどExcVであけた壁を乗り越え、ディーンは走っていく。


「参ったな・・・・何故ジャスティスがここに・・・・・それよりこの実力差・・・・本当はあいつもしかして強かったのか?」


「ぼくに訊くな・・・・それより追うぞ。 目的を突き止める必要がある」


二人がジャスティスを追って走り始めた頃。

地下フロアに響と伊織の姿があった。 るるるからの報告で地下へ向かっているのがディーンであることを知り、驚きを隠せない。


『・・・・という報告をルクレツィアさんから受けたんすけど・・・・あの、響さん? 響さーん?」


「あーしたー・・・はれるーかなー・・・・・・」


「え・・・・響しっかり! どこを見ているの!?」


放心状態で明後日の方向を見つめながら微笑んでいる響の肩を揺さぶり起こす。

正気を取り戻した響は両手をばたつかせながら口をぱくぱくあけたり閉じたり、そして涙目で足踏みしている。


「落ち着いて! まだ本物かどうかは確認できていないんだし・・・・!!」


『ジャスティスさんの病室には空也先輩が確認に向かってるところっす。 確認とれしだい連絡するっすね』


「わかったわ。 響、とりあえずあなたはこのままディーンを追って。 私は彼の目的地だっていう地下の凍結室に先にエレベータで向かって待ち伏せるわ」


「挟み撃ちってことか・・・わかった、行って来る!」


強く大地を踏み込んだ響は一瞬でマックススピードまで速度を上げ、自動車か何かのような速度で廊下を走っていった。

その余りのスピードに翻るスカートを押さえながら伊織は目を白黒させる。


「心理領域の使用による部分的な身体能力の強化・・・・響さんも使えたのね・・・・・」


それは心理領域発動中には誰もが無意識に行っていることだが、範囲で発動してしまう心理領域より消耗を抑えるその行動は難易度が高い。

無論今の伊織どころかほとんどの人間が不可能であるそれを平然とやってのけるあたり、さすがとしか言いようが無い。


「やっぱり天才なのよね・・・彼女は」


エレベータに舞い戻り、さらに地下へのボタンを押した。



「ジャスティスが地下に向かってる!?」


一方、医療フロアでは空也と刹那が鉢合わせしていた。

ディーンの病室に確認に向かった二人は中に誰も居ないこと、昼間には確かにジャスティスが居た事などを話した。


「ということは本物・・・・・? なんでまた唐突に目がさめたんだ、あいつは?」


刹那には心当たりがあった。 それは唐突なんかではない。 今まで目覚めなかったものが目覚める理由など一つしかない。

そう、あの少年だ。 あの少年が何かをした。 そのお陰でジャスティスは目を覚まし、そして今地下に向かっている。

しかし何故? 目が覚めたのならば響にまず顔を出すのが筋というものではないのか?

理解不能な苛立ち、そして今度こそジャスティスに一言言ってやら無いと気がすまないと思ってしまった。


「・・・・・・・・オレは追うぞ」


「はあ? あのなあ刹那、地下にはカードキーとパスがないと入れないんだぞ」


「だったらジャスティスはどうやって地下に入ったんだ?」


「そりゃ床をぶちぬいて・・・・あ、そうか」


「そこを通ればいける。 通ったあとは明確なんだから迷う事も無い。 急ぐから、じゃあな」


「あっ、おいこら! ・・・・・・ったく、行ってどうする気なんだか・・・・」


呆れる空也を跡目に刹那は床の亀裂へ飛び込んだ。

次から次へと続いているその穴から穴へと飛び込んでいく。

あの少年が何かしたのであれば、今のジャスティスは何かおかしくなっているのかもしれない。

何にせよ響がもう一度あの男と顔をあわせた時、今度こそ何かあったら再起不能になりかねない。

何としても二人の出会いに干渉し、それを中和する必要があると考えた。


「頼む響・・・・・追いついてくれるなよ・・・っ!!!」


高所からの飛び降り。 鉄の廊下を転がりながら着地すると少年は慌てて駆け出した。



「黒月・・・・ッ!! 心理領域・・・発動ッ!!」


両手で構えた鎌に紅い瞳の模様が浮かび上がり、少女の両腕から首、顔まで赤い呪文が浮かび上がっていく。

一瞬周囲の空間がねじ切れるほどゆがみ、直後黒い空間が圧倒的スピードで広がっていく。

それは彼女の心理領域、不死ノ泉レーベンスボルン。 心理領域は通常空間とは別空間に展開される。 つまり心理領域にジャスティスを捕らえてしまえばそれ以上逃げられることもなくなると考えたのだ。

実際心理領域はルクレツィアとディーンを巻き込み完成した。 漆黒の空間、空には紅い月が浮かんでいる。

黒い、しかし鏡のように光沢し全てを映し出す大地の上、赤い光を乱反射させながら鎌を構える。


「もう逃がさんぞジャスティス・・・・・! これ以上勝手を許してたまるか!」


鎌を器用に回転させ、両手で直上に構え唱える。


「我が言葉のろいは全てに死を与え全ての死を喰らう・・・・!」


本気だった。 金色の瞳が揺らめき、少女の構えた鎌から黒い半透明の腕が無数に生えてくる。

それらは全て鎌を覆う鎖のように肥大化し溶け合いやがてさらに巨大な鎌を作り上げた。

不気味でまがまがしいそれを下段に構え、爆発的スピードで突進する。


「ディイイイイイイーーーーーーンンンッ!!!」


「ひいっ、おれを殺す気か!?」


黒い怨念を引く鮮やかで禍々しくしかし美しい軌跡。 円を描くそれをディーンはかわしたつもりだった。

確かに回避には成功したものの、振り回された怨念は痛みや苦痛、ダメージそのものを空間に伝染させディーンを吹き飛ばす。

その一撃そのものが通常の黒月の一撃に匹敵する威力を持つ。 黒い怨念に弾き飛ばされたディーンはしかし無傷で鏡の大地に着地した。


「長い事見ていなかったんですっかり忘れてたな・・・・黒月タナトス、やっぱりバカ強い理論武装だよ」


「ルクレツィア! 心理領域の中だ、多少の怪我は問題ない・・・! 気絶させてでも連れ帰るぞ!!」


「そのつもりだ」


ExcVを構え、走り出す。 剣そのものが光を蓄え、空に放たれた剣戟は大気を伝う衝撃となり、光の刃がディーンに向かう。

それは必殺技と呼ぶに相応しい威力を持っていた。 並の吟示なら消し飛ぶような破壊の光。 それを男は片手で無力化する。

しかしそれも騎士には予想できていた事態だった。 追加で放ったもう一発の光に隠れ、剣を構えて突撃する。

ディーンが無傷なのは強力な意思で己を覆っているからだ。 今までも彼はきわめて狭い範囲、自身の周囲30センチほどしか覆っていないが心理領域を発動させていた。 身体能力が向上していたのはそのためであり、目に見えないバリアのようなものを張っていると考えてよいだろう。

同時に自分自身の理論で身を覆うことにより防御能力を特化させている。 つまりは強力な意思の結界。

収束させれば光の刃すら指先で無力化するその理論を突破するためには直接的な全力物理攻撃しかない。


「もらった・・・!」


突き出した剣が男の腹部を突く。 しかしぎりぎり30センチの部分で止められてしまうその刃の先端に光が収束する。


「二段式ExcV(エクスカリバー・・・・貫通しろっ!!」


刃の先端からゼロ距離で発射された光の刃。 剣そのものを防ぎきったとしても、追加で即座に放たれた光の刃を防ぎきる事は出来ない。

制服の胸元が引き裂けはだけながら僅かについた傷を抑え後退する。

しかし下がった先には鎌を振り上げたシュズヴェリイの姿がある。 振り下ろされる刃は怨念をまとっているとは言えまだ回避可能。

横に跳んだ男にすぐさま鎌が投擲される。 それは通常ならばどうということはない不出来な投擲武器である。

しかし怨念の刃を纏ったそれはみるみる肥大化し、巨大な円盤は絶対的な殺意を以って男を追い詰める。


「うおおおおおおおそれはあたったら絶対死ぬ!!!」


直径10メートルを超える巨大な紫の円盤は自らが作り出した鏡の大地すらバターのように引き裂き空中を舞うと主の下へと帰還を果たした。

凄まじい攻撃。 いくらディーンといえども本気で攻撃してくる二人を相手に反撃せずに逃げ回る事などできるはずがない。


「しかし、おれには奥の手があるのだった」


空間に手を伸ばしたディーン。 指先が何かに触れた瞬間、ガラスに入るようにヒビが空間に走った。


「忘れたのか? おれはどんな心理領域も自由自在に行き来できるだぜ?」


それは彼がまだジャスティスだった頃行使していた正体不明の力。

ナンバーズの強固な意志が作り上げた巨大な心理領域すら彼の前では無意味だというのか。

指先をパチンと弾くと同時に広がっていた黒い空間はまるで何事もなかったかのように消えうせた。

崩れていく黒い空間だったものの破片の中、二人は呆然と男を見つめている。


「何者なんだ・・・・こいつは・・・・・・?」


笑顔を浮かべた長髪の男は変わらない姿で言う。


「ただのジャスティスさ。 今はもう、引退した身だけどな」


振り返り、凍結室に向かおうとするディーン。 その背後から疾風のように飛び込んできた何かに反応に、男は振り返りそれを片手で受け止めた。

目の前にいたのは秋風響。 新旧のジャスティスは静止したようにゆっくりと流れるコマ送りの景色の中、髪を靡かせ見詰め合う。

その瞳にあるのは互いに驚きだった。 二人の金髪が対照的に揺らめき、響の初撃である放たれた蹴りは無力化された。

この時、男は手加減をするのをやめた。 全力でやらなければいけないと思った。 なぜかは判らない。 ただ、今は目の前の少女から視線を外せない。

少女は自由になった右足を軸に体を捻り、壁を蹴って空中を縦回転、男に踵を振り下ろした。

受け止めて男は足を掴み放り投げる。 すぐさま追いかけ、無防備な背中に蹴りを放つが、少女は空中で体位を変え、上下さかさまのまま男の足をいなし、その足の上に腕で着地すると頭部に向かい蹴り、回避されたところを下段、中段と蹴りを放ち、あらゆる思いを込めてガードの上から殴り飛ばした。

それは理論で覆われていた男の体に直撃した。 あらゆるロジックを無視し、少女の拳は男を面白いように吹き飛ばしたのである。

僅か数秒のうちに行われた二人のやりとりは区切りを見せた。 男はじんじん痛む腕を下ろし、少女に微笑みかける。


「こいつぁびびったな・・・・随分とまあこれは・・・・・・・強くなったもんだな・・・・・響」


「ジャスティスさん・・・・・なんですか・・・・・・・?」


俯き、肩を震わせる。 男の顔を直視できない。

震える拳を強く握り締め、そしてあろう事か響はジャスティスに向かって駆け出した。

それは、本当にまるで時間が止まってしまったかのような感覚。

様々な思いがあった。 言いたいことが山ほどあった。 けれどそんなものはどこかに吹き飛んでしまった。

何も考えられない空っぽの頭のまま、少女は無為ノ声ヴァレンシアを発動しその手に理論を練り上げる。

男はそれに対し素手、しかし全力の意思を持って迎え撃つ。 少女が理論を作り上げる前にそれを潰すため前に出る。

長い、長すぎる足が伸びるように少女に迫る。 それを空中で防いだのはベルヴェールの十字架だった。

それが目の前に現れたことによりディーンは一瞬、ほんの一瞬だけそれに驚いてしまった。

わかっている。 響がそういう力の持ち主だということは。 しかしそれを使うということは、それを使ってでもということは。

無数の十字架が廊下を舞う。 その影に隠れ自由ノ空ロマンス・フライが予測不能な動きでディーンに迫る。

十字架を弾き、ことごとく突っ込んでくるフライトユニットの上に飛び乗り、空中を回転しながら男は少女に向かう。

両手にExcVエクスカリバーを創造し、光の刃を十字に放つ。 しかし無力化。 次に黒月タナトスを手に取り、増幅した怨念をさらに上乗せし撃ち込む。

男は片手に全ての理論を乗せ、その膨大すぎる同時の威力を相殺した。

眩い光と轟音、密閉された空間である地下の通路を暴風が突き抜けた。

靡く髪、しびれる両手、じわりと厚くなるその指先に感じる。


「ジャスティスさん・・・・・ですね」


「当たり前だろ・・・・・どこからどう見ればおれがジャスティスに見えないんだ? まあ今は・・・・きみがジャスティスのようだがな」


男は笑う。 少女は苦笑。 それはいつしかの景色のようであり、少女は何度も手を開いたり握ったりしながらその感覚の余韻に浸る。

目の前に居るのはジャスティス。 それはきっと紛れも無いことだった。 理論武装を使い、触れ合った。 お互いの言葉をぶつけ合えばわかる。

ゆっくりと、胸が温かくなるような感覚。 言葉に表せないような嬉しさと安堵。 少女は涙を流すでも怒鳴るでもなく、静かに微笑んだ。


「私・・・・・・ジャスティスになったんです」


「みたいだな。 うまくやれてるか?」


「まだまだです・・・・・みんなに迷惑をかけまくって、この間も散々だったんです」


「でもどうだ? この世界は。 いろんな奴と関わってみて、お前はどう思う?」


「さあ・・・・・そんなのわかりませんよ。 今まで考えたこともありませんでしたから。 でも・・・・・」


顔を上げ、どこか吹っ切れたような真摯な目でジャスティスを見る。


「もう一度頑張るって決めたんです。 だから・・・・・今はそれでいいと思います」


「はははは、そうかそうか・・・・いやあ、三年も経てば立派にもなるか・・・・・」


笑いあう二人をルクレツィアとシュズヴェリイは呆然と見つめていた。

唐突なハイレベルの戦闘から何故いきなり仲良くおしゃべりになるのかさっぱりわからない。

二人の笑いが収まると、男はまじめな顔つきで振り返った。


「この先に居るんだな、フランベルジュ」


視線の先にはさらに地下へ続く階段がある。

ポケットに手を突っ込んだまま男は顔だけ振り返り、三人に告げた。


「ここまで来たんだ、ついでみたいなもんだろ・・・・・ついて来いよ、お前らだって見たいだろ?」


「・・・・・・・・・・・・・・」


言葉を失う三人を跡目に男は階段を下りていく。

その先に何が待っているのか、最初からわかっているかのように。





「計画には少し早すぎるが、異例の事態も面白みの一つだ・・・・享受しようじゃないか」


ムーンドロップタワー佐伯社社長室。 男は白黒のチェス磐に駒を並べながら退屈そうに目を細める。

その磐を挟んだ向かい側、ルルイエはコーヒーを飲みながら微笑んでいる。


「ディーン・デューゼンバーグの目覚めは想定していなかった。 一体何が原因だか判るか?」


「うーん、そうだね・・・・・」


ルルイエはいつもどおり、彼にとってはそれがごく自然な、安らかな笑顔を浮かべる。


「どうしてなのかさっぱりわからないね」


その笑顔の裏にどんな真意が隠されているのか男は知らない。

しかしそれでもかまわない。 全てを知らないほうがゲームは楽しめるものだと男は理解しているから。

少しくらいはだまされているくらいのほうが心地よいのだ。 少なくとも自分のような天才は。 そう考えている。


「なら駒を並べよう。 開始のコールに間に合うようにな」


コトン。 駒がチェス磐に並ぶ。

クイーンの駒を指先でもてあそびながら男は退屈そうに呟いた。

その姿に少年は微笑み、何も告げない。

少年にしてみればそれは大して興味のあることではなかった。

だから何もしないし何も告げない。 いわばそれは軽い気まぐれのようなものだから。

少年にとってこの世界は、


彼が退屈そうに眺めているチェス磐にも等しい、下らぬ茶番なのだから。


「今日もいい天気だ」


「そうだな」


磐の上を動く駒眺め、少年は目を細める。


まるで世界そのものを、見下すかのように。


前の更新がえらい間隔あいちゃったのでがんばって書きました。

ほめてほめてー。


すいません・・・調子乗りました・・・。

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