TRY AGEIN(2)
「今月号の記事が全部ボツ!? 一体どうして!?」
都内某所。 とあるオカルト雑誌の編集部が存在するオフィスビルの一階に男の声が響いた。
古いデスクを力強く叩いた男は編集長に顔を近づけてにらみつける。
「そういわれてもなあ・・・・・上の指示でな・・・・どうにもならんのだよ。 困ってるのはワシのほうだ、冬樹」
冬樹誠司。 オカルト事件などを専門に調べるフリーの記者である。
高い情報収集能力と行動力を持つが眉唾物しか調べないことで業界では有名であり、ここ最近はずっと各地の気力喪失事件を調査していた。
ある程度資料がまとまったので雑誌に提供したところ、この有様である。
萎れた煙草に火をつけて悪態をつきながら煙を吐き出す。
「くそったれが・・・・! 一体どうなってる・・・・! 道理でどこも気力喪失のことについて詳しく調べてねえわけだぜ・・・・」
「あれはなあ、うちも調べたいんだがどうにも手を出すとロクなことがないというもっぱらの噂でな」
小太りな編集長はメガネを拭きながらため息を付く。
実際彼はなんら悪くないと言えた。 問題は今この会社で何が起きて、どうなったのかということである。
彼はこの大スクープ間違いない冬樹の記事を高く買っていた。 冬樹もまたその対応に満足していたし、ここならばと期待していた。 しかし結果的に何らかの圧力により情報が公開できないで居る。
灰皿に煙草を押し付けながら冬樹は携帯電話を開く。
「編集長。 あんたには感謝してるしあんたまでやばい橋を渡る必要はないが、これだけは聞いておく・・・・一体どこの差し金だ?」
「ううむ・・・・・なんら詳しい事は一言も聞いておらんのでわからんが・・・・業界の噂では佐伯社の社長が口止めしているというものは聞いたことがあるな」
「佐伯社!? なんでそんな大手がこんなくそくだらないオカルト情報を嫌がってんだ・・・?」
「くそくだらないって君ねえ・・・・まあいい。 ともかくそういうことだから残念だけど・・・・って、冬樹君!?」
男はさっさとオフィスを出ると携帯電話の番号をプッシュする。
長いコール音の後、電話先の相手の声が聞こえた。
「もしもし? 俺だ。 一つ分かった事があるんで報告しておく。 ああ、詳しい事はこっちでまた調べてからになるが・・・・・」
男は空を見上げる。 白い雲が流れていく今日はまさに快晴である。
その空の続く場所、遥か彼方海を越えた大陸で電話相手は携帯電話を手にしていた。
「もしもし? もしもーし? げっ、切れてるし・・・・・何が国外対応機種よ・・・・はあ」
空から降り注ぎ続ける白い雪。 大地を埋め尽くす白い景色の中、恐ろしく寒い気温に近藤伊佐美は震えていた。
隣では頭の上に雪を積もらせた御堂鶴来が人形のように立ち尽くしている。
電話をしまった伊佐美は帽子の上に積もった雪を払いながら周囲を見渡した。
しかしどっちを向いても雪景色。 生えているのは木ばかりであり、目の前にあるのは恐らく森だと思われる。
震える肩を両手で抱きしめながら盛大にため息を付いて鶴来に視線を向けた。
「で・・・・・本当にここに吟示の起因があるんでしょうね?」
「恐らくな・・・・・本部からの指示だ、間違いはないだろう・・・・」
本部からの指示。 つまり伊織からの指示なわけだが、伊織の命令で伊佐美の傍を離れられない事になっている鶴来にしてみればこんな海外まで来てこんな場所で仕事をしようにもあまりに不自由すぎる。
それにこのままいけば伊佐美に裏側の世界の事を知らしめることになりかねない。
しかし鶴来はそれでもいいと考え始めていた。 伊佐美と過ごした数年の間に彼女の知りたいという気持ちを汲んであげたいと思い始めていたのだ。
それ以前に彼女はなんだかんだで優秀だった。 才能はきっと皆無なのだろうが、それを補って余りある努力と根性を備えている。
自分ひとりではわからないことも彼女と居ればわかるであろう。 気づけば二人はパートナーとして立派にお互いをフォローできていたのである。
そんな自分たちの奇妙な変化に思わず鶴来はため息を付いた。
「この先に・・・・・初めて吟示が現れた場所がある」
「雪国くんだりまで来てハズレだったらあんたぶっ飛ばすからね」
「何故・・・・・・・」
既に文句を言っても仕方ないことは理解しているのでせめてもの抵抗で呟いておいた。
本部では響の事件の影響で色々と大変だろう。 それに比べれば自分は幸せな方だと言い聞かせる。
それにしても本当に何も話していないので伊佐美は響の現状を理解していない。
秋風響の情報に関してはトップシークレットもいいところなので全くもって話す事は出来なかった。
それでも共にここまで付いてきた伊佐美の根性はやはり凄まじいものだといわざるを得ない。
認めるしかない。 彼女もまた、この世界の裏側に立ち向かう人間の一人なのだと。
「ほら、さっさといくわよ。 とにかく屋根のあるところにいかないとこのままじゃ死にそうだわ」
それは大げさだと思ったが実際このマイナスの気温の中ここでじっとしているのは得策ではない。
その先に何が待っているのか想像も付かない鬱蒼とした森。 それを見つめながらぽつりと呟いた。
「まるで、旅人を飲み込む迷いの森だな」
ここが旅の終着点なのか、それとも・・・・。
何はともあれ歩き続けなくては。
これまでもそうしてきた。 そしてこれからも・・・・・。
⇒TRY AGEIN(2)
「しかし、よくもまあまた闘う気になってくれたものよね」
組織本部地下。 隊員たちの戦闘訓練に使用される四角い巨大な箱の中のような部屋がある。
広さは全ての部屋の中で最も巨大であり、最も何も無い。 塗装も何もなく鋼の質感がむき出しになっている。
そんな場所を特殊なプラスチック板ごしに眺める事の出来る見学室で折紙劉生は湯飲みを手に呟いた。
隣にはハデにきしむ古いパイプ椅子に伊織が座っている。
「そうね・・・全くその通りよ・・・・どうして自ら・・・戻ってきたのかしら」
伊織は腕を組みながら盛大にため息をついた。 その視線の先には組織の制服に着替えた響が空也と模擬戦を繰り返している。
あれから刹那と響は自分たちの足できちんと組織に戻ってきた。 あの夜を越えて二人は強くなったのだろうと伊織は考えている。
しかしまたこんなにすぐに戦いに前向きになれるとは思っていなかったのだ。
「フランベルジュの凍結を聞いても驚かないし・・・・それは、刹那君は事情を知ってるからいいのでしょうが・・・」
「どういうことなのかは、本人に聞いてみないとわからないわねえ。 それに響ちゃん、もともと何を考えているのかわからないところあったもの。 ある意味底が知れないっていうか」
緑茶を飲みながら劉生は微笑む。 気楽な態度に伊織はため息をさらに追加し、視線で響を追う。
響が戻ってきてくれたことは素直に嬉しい。 しかしあのまま響と刹那が戦線を離脱していたら、とも考えてしまう。 そうなったら響はきっともう傷つかなくて済むだろう。 これから先自らが逃げたという十字架を背負って生きていかなくてはならない事を踏まえても、刹那とともに安全な場所に居て欲しかった。
何せこのままいけば響は全ての中心地、謎や陰謀、傷や血の蠢く場所に向かわなくてはならないのだから。
親友が傷つく姿を見る度に、耐え難い痛みに伊織は襲われる。 それは彼女が響の事を本当に大事だと思っているからであり、しかしそれは組織の長としては在り得ない選択でもあり・・・。
揺れ動く心に決断が下せず、だらだらと迷ってしまう自分に嫌気が差していた。
「くらえ! ロケットパンチ!!」
空也が放つ中距離用攻撃。 腕部パーツを射出する事により敵を攻撃する強烈な一撃。
それを響は巨大な鎌、黒月で一刀両断していた。
「・・・・・・無為ノ声の調子が良くなってる気がするけど・・・・」
眼帯を外した響は左目を手で抑えながら息を呑んだ。
左目は徐々に影を濃く引くようになっていた。 残像のように残る黒い影が浸食の悪化を物語っている。
理論武装をぶったぎられて慌てていた空也も響に駆け寄り様子を伺う。
「大丈夫か? もう二時間くらいこうしてるんだし、少し休んだほうがいいぜ」
「あ、うん・・・・そうだね・・・・・ふうっ」
その場に座り込んだ響は慌てて眼帯を当てる。
全身にぐっしょりと染み込んだ汗を気持ち悪そうに確認しながら上着を脱いで放り投げる。
るるるに差し出されたスポーツドリンクを受け取りストローで飲みながら左目を眼帯の上からなぞってみる。
湊、という少女が生み出されてからか、浸食は休息な悪化を見せていた。
浸食、つまりオルタナティブである。 理論が外道に犯される事により発生する何らかの異常。
今までそれが安定していたのは、フランベルジュが傍らに居た事、そしてやはり湊が彼女の中に居たためなのだろう。 様々なものを失い、コントロールが難しくなっているのだ。
元々響は無為ノ声を直接発動はしていなかった。 フランベルジュを介することでその反動を抑えていたのである。 しかしそのリミッターの役割を果たすものは既に居ないのである。
浸食が悪化すれば、その存在は徐々に現実から乖離していくことになる。 一般人からは認識されない亡霊のような存在に、響もまたなりつつあった。
いまや彼女と関われるのは多くの人々ではなく、同じくもう一つの世界を知る人間だけになりつつある。
だというのに刹那が彼女を認識できているのはお互いの事を見詰め合おうとしているからに他ならない。
しかしそれもやがて浸食が進んでいけば響は何の力も持たない刹那からは見えない存在となる。
そうなる事は知っていた。 だからあんな夜があってもいいと思えた。
だからこれから頑張っていける。 少しだけ、誰かに弱音を吐いても歩いていける。
「響〜ちょっとい〜い〜?」
「あれ? アリスちゃん、どうしたの?」
眠そうな顔で現れたアリスは恐らく本当についさっきまで眠っていたのであろう。 寝癖の付いた前髪を執拗に直しながら響に小包を差し出した。
「あけてみればぁ? けっこー頑張ったから・・・・ねむ・・・・・」
頷いて小包を開くと、そこには新しい眼帯と、何か呪文のようなものが描かれた包帯が入っていた。
「劉生ちゃんと共同作業したのよお。 そっちの眼帯は通常用〜、包帯はプライベートでつけるといいかもお。 両方とも浸食を抑える概念を打ち込んであるから、少しはラクになると思うわあ」
「概念を打ち込んであるって・・・・えっと、どういうこと?」
「・・・・・詳しい話は劉生にでも聞いてよだるいから・・・でもま、一言で表すと・・・・あたし、魔術師なの」
「それは知ってるけどー」
「そうじゃなくて。 本当に、魔術師。 つまり、魔法使いみたいなもの」
「まほう・・・・へっ?」
「じゃーがんばってねえー」
それだけ告げるとアリスは去っていってしまった。
取り残された響は首をかしげながら眼帯を付け替えると、そのあまりの違いに驚く。
全身を包んでいた気だるさも吹き飛んでしまったようになくなってしまった。 こうしたものがあるとないとでは大きく違うだろう。
どうもこちらの包帯は浸食された部分に巻いて痛みなどを抑えるためにあるらしい。
「でも魔法使いってどういうこと・・・?」
「さあ・・・・? アリスのやつ昔から意味不明ってかちょっと頭にキてるやつだったからな」
タオルで汗を拭きながら空也が答える。
「それより、室長が今後の方針について話したいから二時間後にミーティングだってよ。 どうする?」
「うーん・・・・・じゃあ、もうちょっとだけ付き合ってもらおうかな・・・・いいかな?」
「あ、ああ・・・・・しかしタフだなお前・・・・」
やはり武器の中では長物のほうが使いやすいのか、響は再び黒月を構築し手に取る。
眼帯をつけていると無為ノ声の能力は著しく軽減される。 しかしこの状態でも戦えるようにしておかなければ完走できずに終わってしまいそうだった。
だからこの状態でも戦って勝てるだけの力を手に入れなければならない。 なんとしても。
「行くぜ!」
「うんっ!」
そうして響が訓練を続ける中、刹那は食堂でスープをじっと見つめながら考えていた。
「兄さん、食べないの?」
「ん? あ、ああ・・・・」
隣の席に座った綺羅は輸血パックにストローを挿して血液を飲んでいる。 なんとなくその顔を正視できず目を逸らした。
組織に戻ってきた。 勿論綺羅を置いていく気なんて毛頭なかったし最初から出て行くつもりなんてなかったのだろう。
しかしそれでも戻ってくれば解決できない問題が山積みであり、綺羅ですら力があり何かが出来るというのに何一つ出来ない自分がなんとも場違いな気がして居心地が悪くなっていた。
るるるは戻ってくるみんなを待つことだけでも意味はあると言ってくれたが、そうではなく自分も綺羅や、響を守るために闘いたいのだ。
しかし理論武装は都合よく目覚めるものではないし、そんなことはわかりきっているから煮え切らない気持ちなのである。
そんな兄の心境を妹は見抜いていた。 だからこそ兄をこうして食事に誘ったのである。
「兄さんも・・・・理論武装が使いたいの?」
「そりゃ、な・・・・。 でもどうにもならないってわかってる・・・・どうすりゃいいんだかな」
「兄さんまで闘う必要はないよ? ここには強い人が沢山いるんだし、兄さんのことは、綺羅が守るもん」
腕にしがみつきながらほお擦りして微笑む綺羅。 その頭に手を乗せ、刹那は苦笑する。
「妹に守られてる兄貴なんて情け無いにも程があるな・・・・」
「闘いが世界の全てじゃないよ? 綺羅はるるるの言うとおりだと思う。 待っていてくれるから、闘えるんだよ」
「・・・・・・・ありがとな、綺羅」
「えへへーっ」
今まで何度もそうしてきたように綺羅の頭を少し乱暴にくしゃくしゃと撫でる。
しかしそれでも胸のもやもやは消えないまま、どこか納得がいかないまま、そうするしかないと思い込もうとしている自分がいた。
それでいいのだろうか? 納得行くまでやるだけやってみないで、それで後悔しないのだろうか・・・・?
「綺羅、これからミーティングだそうだ」
食堂までわざわざ呼びに来たのか、ルクレツィアは腕を組んだまま刹那を見下ろす。
「少し妹を借りるぞ」
「ああ・・・・綺羅、いい子にしてるんだぞ」
「もう子供じゃないんだからそんなこと言われなくたって大丈夫だもん!」
椅子から車椅子に移動してやると綺羅はほっぺたを膨らませながら言った。
苦笑するルクレツィアがその椅子を押していくのを見送ると、ぽつんと・・・・一人だけこの世界に取り残されてしまったような気持ちになる。
深くため息を付いて椅子に腰掛けなおすと冷めてしまったスープに口をつける。
「オレ・・・・戻ってきても何も出来てないじゃないか」
立ち上がり、食堂を出る。
鉄の通路を何も考えず歩き続けていると普段は立ち入らない医療ブロックにまでやってきてしまっていた。
まだ組織の中には立ち入ったことの無い場所などが多く存在している。 気にせず歩き続けていると、ある病室の前で足が止まった。
「ディーン・デューゼンバーグ・・・・」
そこはかつてジャスティスを名乗った男が眠る部屋だった。
扉に手をかけようとして、しかし手をポケットに突っ込んだ。
かつてジャスティスだった男。 響の輝いている思い出のほとんどを知っている男。
なんとなく、胸がもやもやする。 ディーンに一言文句を言ってやりたい気もするが、顔を見るのも怖い。
響は彼のコートを刹那に預けたままだった。 今では刹那は日常的にそれを着用している。
それが響からもらったものなのか、はたまたデザインが気に入ったのか、それともディーンのものなのかはわからない。
なんにせよ、きっと自分はディーンのことが気に入らないだろうと思った。 理由はよくわからないが、無責任だと思う。
それだけじゃないのは気づいていた。 しかしそんなことをいえるはずが無い。 何の力もない自分が、住む世界の違う自分が。
気づけばその扉を開いていた。 足が震え、思わず生唾を飲み込んだ。
そこには長髪の男が眠っていた。 美しい金髪、肌蹴た胸元、白いシーツに入り込んでいるいくつかの管。
点滴がゆっくりと雫を零し、その音とも取れぬ音だけがその部屋の全てだった。
大きくため息を付いて額に手を当てる。
「何やってんだ・・・・オレは」
パイプ椅子に腰掛けてディーンの顔色を伺う。
ずっと、眠り続けている。 起きる気配は微塵も無い。 きっとこれからも眠り続けるのだろう。
そうしてしまったのは彼女だ。 それは知っている。 そして彼女を捕らえ続けている過去の人。
こんなものがいるから、こいつが無責任だから、響は自由になれないんじゃないか?
そんな風に考えてしまう。 考えるように、なってしまった。 そんな自分が嫌になる。
最初は敵意だった。 妹を脅かす脅威に過ぎなかった。 それがいつからだろうか? どうにか助けてやりたいと思うようになったのは。
それは間違いだったのか。 それともそうなるべくしてなったのか。 どちらにせよ、自分の手には余る出来事。
思い知らされる。 深く。 世界とは自分にはどうにも出来ないものであり、手の届かないものであり、また自分は無力であると。
救いたいと願うのは、助けたいと求めるのは、それは果たして何故なのか。
理由も自己も判らないまま、一体何を救いとするのか。
あの日の夜、雪の中微笑んでいた姿が目に焼きついて離れない。
それは恋と呼べるほどの物ではない。 ただ、一方的に、彼女を守ってやりたいだけなのだから。
「でも・・・・・・・・・・・本当は・・・・・・・・・・・」
立ち上がる。 眠ったままの男に馬乗りになり、両肩に手を置く。
「あんたが・・・・・・・・・・」
あんたこそが。
「あいつを、守ってやらなきゃいけなかったんじゃねぇのかよ・・・・・ッ」
わかっている。
響の心にあるのはいつでも過去の出来事だ。
どんなに必死にあがいても、誰かのために闘っても、それは取り戻すための戦いであって、前に進むためのそれではない。
そこにあるのは、巨大な鎖は、この男そのものに他ならないのだから。
「どうして・・・・・あいつの周りはそんなやつばかりなんだ? 実の姉に殺されそうになったり・・・・どうしてこんなに不公平なんだ?」
肩を揺さぶる。
「答えろよ、ディーン・・・・ッ! どうしてあんたはリタイアしたんだ!? なんで最後まであいつを守ってやらなかったんだッ!?」
強く揺さぶる。 何度も、何度も。
「ダメなんだよオレじゃ!! オレじゃあいつを守れないッ! あんたじゃなきゃあ、ダメなんだよッ!! どうしてそれが判らない・・・・ッ!!!」
息を切らし、その手を肩ではなく首にかける。
このまま強く手を握り締めれば・・・いや、このつながれている無数の機器を停止させてしまえば、この男は死ぬだろう。
あっさりと。 なんの力も無い自分にすら殺せる。 そんなものが、その程度の存在が、一体なんだというのか?
ディーンが死んだのなら、彼女はどんな顔をするのだろうか?
自分が殺したといえば、彼女はきっと自分を憎むだろう。 恨むだろう。 けれど過去は断ち切れるのかもしれない。
そうだ。 自分はただ、救うとか守るとか偉そうなことはいえない。 ただの人間である自分に出来ることなど高が知れている。
だから、ならば、自分はただの剣であればよかった。 過去を断ち切る剣になれればよかった。
彼女にとってそんな存在になれればよかった。 しかし何をどうすればいいのか検討も付かない。
何故自分には力がないのだろうか? 震える拳をポケットに突っ込み、ベッドから降りた。
「力を持たない人間なんていない。 それはただ、君が自分の力に気づいていないだけさ」
思わず驚きの余り目を見開いた。
すぐ隣、つい一秒前まで何も居なかったはずの場所に、見知らぬ少年が立っていたのだから。
その不敵な笑顔に思わず警戒心を強める。 少年と少年は初対面。 しかし刹那は何か言いようの無い不安を感じ取っていた。
「誰だ・・・・・あんたは」
「僕はルルイエ。 一応ナンバーズだけど、まああまり僕には関係のない話かな・・・・」
「ナンバーズ・・・・? じゃあ、ディーンの見舞いか何かに?」
「そんなところだね・・・・君は? なんのためにこの部屋に?」
「あ、いや・・・・・見舞い、みたいなもの・・・かな」
思わず言葉を詰まらせる。 自分でも何をしにきたのかよくわかっていないのだから。
そんな刹那の仕草にルルイエは微笑むと刹那と向き合い、
「君も理論武装が使えるようになりたいんでしょ?」
「・・・・・は? ああ、まあ、そうだけど・・・・どうしてそれを?」
「さあ、どうしてかな? でもね、君が望むのならばそれは可能なはずなんだよ。 逆に君はなぜ理論武装が使えないのか考えたことはあるかい?」
「いや、オレには才能がないんじゃないのか?」
「才能ね・・・まあそういう表現も可能だろうけど。 理論武装というものはね、どちらかというと人間の心理のマイナス面を特化させたものなんだよ。 だからほら、この物語の登場人物は大体後ろ向きっていうか、みんな嫌な過去を持っている。 それを乗り越えられないからこそ、理論武装が使えるんだよ」
理論武装。
そもそもそんなものは、強い人間には必要がないと、あえて断言しよう。
それは理論武装であり、理論武装であり、理論武装であり、理論武装である。
そんなものは、要らない。 本当に強く、揺るがない意思の前では無意味だ。 だから強靭な意志を持つ使い手には、それ相応の強さがある。
本当に心の底からの真実の強さがあるものは、誰かに対しての言葉すら強い効果を持つようになる。
しかし『使えない』ということは、本当は誰も傷つけたくないという事に他ならない。
「言葉・・・理屈や理論、人の想いというものは、否、それ以前に誰かと関わるという事は、お互いに傷を付け合うってことに他ならない」
「傷つけあう・・・・?」
「そうだよ。 それが恋や愛であれ、友情であれ・・・・人というとてもデリケートなものは、少し触れ合うたびにきしきしと、傷をつけあってしまう。 触れ合うたびに傷を増やし、そうして生きていく。 君が理論武装を使えないのは、そうした人との傷つけあいを恐れているからさ」
「当たり前だろ・・・・? 誰も苦しまず、悲しまず・・・それが一番いいに決まってんじゃねえか」
「本当にそうなってしまったら、君は何を基準に愛や優しさ、安らぎを感じるんだい? 痛みがあるから人は人でいられるんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・でも、オレには出来ない。 大事であれば大事であるほど傷つけたくない。 そんなの当たり前だ」
それが少年の本質だった。 だからこそ理論武装なんてものは必要ない。
彼は彼の中にある世界を信じている。 自分が無力だと知っている。 だから抗うための言葉も己を守るための言葉も誰かを傷つけるための言葉も必要ない。
ある意味彼は響と全く同じタイプの人間だと言えた。 彼女はその身が犯した罪と過去を償うために他のものを傷つけるため言葉を選んだ。
しかし彼には己を縛るべきものが存在しない。 過去がないということは限りなく自由であり、無限の可能性を秘めている。
それが仮に敵であれ、傷つけることに痛みを感じる彼は、最後まで、ぎりぎりまで、自分が傷つくだけでなんとかなる手段を探してしまう。
それは響も同じだった。 違ってしまったのはその身に起きてしまった過去だけで。
だからこそ二人は似たもの同士であり、お互いが辿らなかった未来の姿でもある。
故に守りたいし、その姿から別の未来へと提示してあげたいと考えるのは、刹那にとっては当たり前のことだった。
「でもね、人の心というのは穏やかさだけでは強さにならない。 人は痛みと闇を抱えて初めて本当の強さを手に入れる事が出来る。 憎しみや恨み、悲しみや絶望を抱えていればいるほど、何かを手にする喜びや幸せを実感できる。 人は何かと何かを相対的に比べなければ実感を得ることが出来ない愚かな生き物だからね。 だからこそ理論武装というものを具現化するには、闇と、それを克服したいというトラウマと、目指すべき光が必要なんだ」
「それがないから・・・・オレには使えない・・・・ってことか」
それが綺羅と刹那という兄妹を隔てたものでもある。
綺羅には歩けないなどの強烈な劣等感と兄への依存があった。 その中で理論武装を構築するだけの条件が成立したのである。
しかし刹那にはそれがない。 だからこそ理論武装として構築されない。 ただそれだけのことなのである。
「簡単な事だよ。 そこの彼を恨めばいい。 君が彼を恨めば恨むほど、響を好きになれば好きになるほど、理論武装に近づけるよ」
「下らないことを言うな。 オレは恨まない。 恨むくらいなら自分でやってやるさ」
即答だった。 刹那はいかにも退屈そうに少年から視線を外すと扉に手をかけた。
「ただ、アドバイスにはなった。 でもオレはこういう生き方を変えるつもりはないし・・・・その予定はこれからもない」
「・・・・・・・・・・そっか。 君は君らしく、君の道を行けばいい。 その先に何か、君にしか見えないものがあるかもしれないからね」
穏やかに微笑んだルルイエの笑顔。 それは最初のそれとは違い、確かに穏やかなものだった。
部屋を出た刹那は歩きながら結局ルルイエとは何者だったのかと考える。
しかし組織の一員か何かなのだろうと考えていた刹那はそれ以上深く考えることはしなかった。
その少年こそ、彼の運命を左右する存在だとも知らずに。
「とりあえず今後のレクイエムの方針と現在の状況を再確認しておくわ」
室長、伊織の執務室。 水中に存在するかのようなガラス張りの壁から差し込む蒼い光に照らされながらナンバーズたちが顔をそろえている。
伊織は執務机に腰かけ、足を組みながら目を細めた。
「まず、前回の戦闘におけるポートアイランドの被害だけど・・・・事後対応がスムーズに行われたお陰で被害は最低限に抑えられました。 心的ショックを受けた被害者がほとんどですので、病院で療養中とのことです」
「ご、ごめんね伊織ちゃん・・・・・・」 と、申し訳なさそうに頭を下げる響。
その仕草に伊織は慌てて首を横に振り、フォローの言葉を並べた。
「と、とにかく・・・・問題はこの事件そのものよりもこれがなんであったのかを気にする人間が増えてきたという事よ。 同時に説明したいんだけど、これを見てもらえるかしら」
空中に巨大な立体映像が浮かびあがる。 そこにはポートアイランドらしきものの構図がいくつか浮かび上がっていた。
「現在二番、三番のポートアイランドが建造中なの。 この話は知っている人もいると思うけれど、一応説明しておくわね」
現在レクイエムは世界中にその支部を持つ巨大な組織になりつつある。
特に吟示被害の多い先進国にはそれぞれの支部が配置されており、この日本支部、つまり一番ポートアイランドもそれに当たる。
それぞれの支部の活動は個別に行われているため干渉しあうことは余り無いが、今回日本での被害増大が加速するにつき、それに対処すべく支部、つまるところ基地の増設が決定したのである。
これは三年前のベルヴェール・ロクシスのポートアイランド襲撃事件に始まる様々な敵勢力の活動などにも影響されており、一番ポートアイランド以上に強固な防衛手段を持つ要塞を想定している。
しかしながら日本は非武装国家である。 そんな機動要塞を建造するわけにもいかず、このポートアイランドが都市という形をとっているように、二番、三番ポートアイランドは海洋プラントなどの名目で建造される予定である。
「吟示被害がここ数年爆発的に増えているのはみんな知ってるわよね? この本部から各地に人間を送るのでは既に対処不能なの。 かといって単独行動しているとナンバーズは敵勢力・・・救世示の襲撃を受けることになったわけだし、どうしても安全な活動元というのは確保したいところなのよね」
「何故ここにきて他のポートアイランド建造を急ぐのか解せない部分もある。 佐伯社は他の企業より一歩前に出たいということか?」
ルクレツィアの懸念もその通りである。 ポートアイランド一基の建造には莫大な資金が必要である。
近未来都市としての利益も当然発生するのであろうが、佐伯社がその資金源である以上強引さは否めない。
しかしながらレクイエムという組織はいくつかの企業がバックにつく、つまりスポンサーとして活動することで運営されている。
佐伯社は日本支部に対して最も発言力を持つスポンサーであるがそれでも全スポンサーの中では一般的なスポンサーに過ぎない。
ここで日本での吟示対応に意欲的な姿勢を見せることが最もな理由なのかもしれない。
何はともあれ建造が開始された第二、第三のポートアイランドが完成すればある程度活動はラクになるであろうということだった。
「現在はイゾルデが他のポートアイランド建造の護衛や指示に出向いているらしいけど、近いうちにうちのメンバーもばらばらになるかもしれないわ」
「ん〜・・・戦力の分散は痛いわねえ。 まあ勿論、今後の敵の動きにもよるんでしょうけど・・・」
「劉生の言うとおり、これによる敵の動きですが・・・・響から出現した『新型吟示』、呼称タイプ『湊』がどのようなものか現在調査中であり、その結果如何によってはあれを追撃、討伐するのが主な任務になりそうね」
「伊織ちゃん、自分で出しておいてなんだけど、あれって吟示なの?」
「そう捕らえると近いでしょうね。 恐らくあれは一般人には干渉できない存在だと思うの。 独立して行動している事とか、それそのものが力を持っていることからしてその性質は吟示に非常に近いから」
「吟示に近いっていうか、あれは・・・・」
誰もがその言葉の先を理解してはいた。
その性質は、まるでフランベルジュに近い。 つまりそれは、フランベルジュもまた吟示だったのではないかということでもある。
「それで、フランベルジュの凍結処分はいつまで続くの?」
「・・・・それはわからないわ。 佐伯社の指示だから。 理由の追求とかはこっちでもしているけど、とにかく向こうは凍結処分の一点張りだから」
「つまりしばらくは人の能力を借りて闘うしかないってことかぁ・・・・ちょっときついかな」
能力が半減しているとは言え、響はそれでも十分過ぎる力を持っている。
今までが尋常ではなかったのである。 命と心を消費して使う力など、強くて当たり前だ。
これからはそうした消耗を押さえ暴走を未然に防ぐ必要がある。 それは響自身が一番理解していることだった。
こうして状況確認が終了すると、一行はそれぞれの役目を果たすために部屋を出て行った。
「・・・・・・・・・・・・・ルクレツィア。 お願いがあるんだけど・・・・」
「なんだ? また追加のお願いか・・・・伊織のお願いはハードルが高くて困る」
「からかわないでよ。 ちょっと・・・・行ってきてもらいたいんだけど・・・・」
「どこにだ?」
「二番ポートライアンド。 イゾルデと合流して、ポートアイランドを調べて欲しいの」
「・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
部屋を出て行くルクレツィアの背中を見送りながら椅子に座る。
大きくため息をついた伊織の予想が正しければ、これらは全てがなんらかの偽装。
「何をしようとしているのか、そろそろ確かめさせてもらうわ」
「さあ、そろそろ計画を進めようか、ディーン」
男の病室。 眠り続けているディーンの傍ら、ルルイエはその手を男の額に翳す。
浮かび上がったのは奇妙な呪文だった。 黒い光を放つそれをディーンの額に押し当てていく。
「僕の計画に君はどうしても必要なんだ・・・・・・・・だから可愛そうだけど、もう少しだけ・・・・・頑張ってもらわないとね」
瞬時、黒い光が部屋全体を包み込んだ。
眩い閃光が引き、浮かび上がった呪文がゆっくりと消えていくと、ルルイエは微笑んで声をかける。
「調子はどうだい? ディーン・デューゼンバーグ」
「・・・・・・・・・・・ああ、まあ、悪くはねぇな・・・・・」
さも、それが当然であるように。
男は上体を起こし、首を鳴らしながらにやりと笑った。
「おれを起こしに来るのは響かフランベルジュだと思っていたんだがな・・・・・またどうしてお前かね」
「時間が来て、役目がある。 運命がそう囁く以上、僕は僕の仕事をこなすだけさ」
「・・・・・・・・・・・・はっ、そうかい・・・・で、おれに何がしてほしいんだ?」
ルルイエが微笑む。
その笑顔は、刹那に向けたものとは違う。
どこか不気味で、暗い闇を彷彿とさせるような、そんな笑顔。
闇が渦巻く。
それぞれの思惑を乗せたまま、ゆっくりと運命は動き始めた。
すいませええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええん!!!!(全力で)
ものすごく間が空いてしまいましたがそれは何故かは各々推測して罵倒でもしてくださいすいませんでしたまじで!!!
はあはあはあはあはあ・・・・次はもっと早く投稿します・・・ちょっと・・・暇がなかったもので・・・・・すいません・・・すいません・・・。