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祈りをとどけて(2)

「さて、今回の件が吉と出るか凶と出るか・・・・」


執務机の上に何度も何度も転がるサイコロ。

出目はいつも違うし時には同じになる事もある。

そんなサイコロの一つの不安定さのようなものに心酔している男が居た。

しかしその目はあくまで自分の手の内で踊るものを見ているに過ぎず、それが自分という存在の中である一定以上の楽しみになる事はありえない。いや、彼にとって全てがそうであると言えるだろう。

佐伯コーポレーション社長、佐伯村雲さえきむらくも。十代で先代の社長に代わりその椅子に座り、ありとあらゆる分野で先代を超える成果を叩き出して来たビジネス界の天才である。

その目に映るもの全ては可能なものであり、どんなに低確率でもそれが成せる以上自分にとっては大して意味の無い、興味のないことだと言えた。


「きっとこのカードはいい手になる。僕にとっても、きみにとってもね」


その傍らにはルルイエの姿があった。少年は微笑みながら窓の外の紅い光を眺めている。

ムーンドロップタワーの最上階社長室。まさにこの戦いの特等席と呼べる場所に彼らは居た。


「秋風響か・・・・俺の庭の近くでオルタナティブを起こされても困るんだがな」


「被害総額がいくらくらいになるか検討もつかないね、はは」


「金などいくらでもあるが、組織やポートアイランドを修復する時間は惜しい。そんな猶予は残されていないし、計画に支障が出ることは何よりも俺の美学に反する」


「それでもいいと思うよ、彼女。きみもきっと気に入る」


「だといいがな」


窓辺に立ち足元から立ち上る光を目にする。

その紅い光の不思議な流れを見つめながら指先でサイコロを弄り頬を引きつらせる様に笑う。


「まるで血の赤だな」


その様子がほんの僅かだけ常に退屈な青年の心を満たしているのだと、

ルルイエだけは微笑みの奥、気づいていた。



⇒祈りをとどけて(2)




「何がおきてるの・・・・?」


「てめーがあのバカ女を行かせるからこうなったんですのよっ!!」


屋上を白い兎が舞っていた。空中を飛んでいるように見えてならない。

傍らには綺羅の姿もある。少女は空中、何の頼るべきものもないまま指先を操作する。

空中に自らアレキサンドリアによって投げ出された少女はウサギを盾に衝撃波をやり過ごし、ウサギの上に着地する。

光が町の中心から溢れ出し初めても二人の戦いは続いていた。実力は拮抗しているのか、お互いに決定打に至る攻撃を決める事が出来ないでいる。

しかし綺羅の顔には色濃く疲れの色が現れはじめていた。元々彼女自身が戦闘どころかほんの僅かな動作さえ不自由な体質であることといくら彼女が優れた所有者セイヴァーだとしてもその力はまだ目覚めて間もなく、古くから理論武装を知り訓練を積んできたエルザとその耐久性に差が出てくるのは当然の事だった。

息を切らし額に球の汗を浮かべながら何とかエルザを睨み付ける。


「響が原因だっていうの・・・?」


「そうですの。まあ元々そういう作戦だったですの・・・・誰かが秋風響を拉致して、という段取りが思いっきり抜けてるけど、結果的にこれを引き起こすのが目的だったんだしよしとするですの」


「これって・・・・なんなの?」


「暴走・・・・自暴自棄になってるんじゃないですの?街中であんな暴れたらどうなるか、あいつだってわかってるはずですの。だからこそあたしたちだってここで暴走を起こそうなんて考えなかった。そんなことさえ考えられないほど、ベルヴェールをうらんでたんじゃねえですの?」


「響・・・・・どうして・・・・・」


「・・・・・・・・お前何も知らないんですのね。秋風響はあたしの師匠でもあり自分の師匠でもある先代のジャスティスを自らの手で殺してるんですの」


今までよりもいっそうに巨大な落雷の音、そして閃光に綺羅のシルエットが黒く塗りつぶされる。

光が収まると、そこには目を丸くして驚きを隠せない綺羅の姿があった。


「・・・・仲が悪そうに見えたわりには、随分ショック受けてるですのね」


「うるさいわねっ!だって、そんな、響は・・・・・どうして・・・・・響はそんなこと、好き好んでする人じゃない」


「・・・・じゃあなんで師匠に十字架ぶっさすんですの?」


「それは・・・・きっと何か理由があったのよ。でなきゃそんな事になるはずが無いもん」


「り、理由って何ですの・・・・?」


「・・・・・・・・嫌々そうしなきゃいけない理由があったのよ・・・何か」


「い、嫌々って・・・・・・・・・・・・・・」


途端、エルザの表情が暗くなる。

眉を潜めヴァイオリンを下ろし、悔しそうに歯を食いしばる。


「そもそもあなた筋違いだわ。恨むべきなのは響じゃないんじゃないの?それとも、執着があるのは正義ジャスティスの名だけで、その師匠の事はどうでもいいわけ?」


「そんな風に割り切れる程あたしは強くないですの。言葉に出来ないくらい沢山の時間の中から、何か生きていくための理由が必要ですの。事実関係はあなたの言うとおり、どうでもいいのかもしれない。でも、あたしは秋風響=ジャスティスという事実を否定しなくちゃならない。それは絶対ですの」


彼女にも彼女なりの理由があるのだろうと、何となく思った。

自分だって何故響を嫌いながらも彼女の擁護をしてしまっているのかわからない。

人間の感情というものは裏腹で時に事実関係よりも優先される事柄ということ。

今の響がそうであるように、人と人とが関わっていくということはそういうこと。

自分の中のもう一人の自分がそんな風に耳元でささやいている気がする。

こんなところで闘ってる場合じゃないよ、と。


「エルザ、とか言ったわね・・・・・あなた、協力しなさい」


「ハア?何を?」


「響を止めるわ。気絶でもさせればいいんでしょ?殴って目を覚まさせてやる」


「なんでほうっておけば勝手に自滅する敵を助けに行く義理があるんですの・・・・・?」


「放っておいたら、あなたはずっと復讐出来ないままよ?それに綺羅が見逃すって言ったら、追いかけるんでしょ?どっちにしろ同じことじゃない」


「・・・・・・・・・・・・・・・・どういうつもりですの?言っておくけど、お前らの仲間になる気は毛頭ないし、秋風響はあたしが殺す。この事実は絶対に変わりようのない決まってることですの。それでもあたしを通すっていうんですの?」


「綺羅もあなたを仲間にする気はさらさらないし、響を殺させる気もない。でもこのまま響をほうって置く気もないし、あなた如きにやられる響じゃない」


二人はお互いの瞳をじっと見つめあう。

綺羅の発言は強気だったがその瞳は不安に揺れていた。本当はどうにもならない不安に叫びだしたい気分なのだろう。

エルザはその揺れる瞳に苦笑し、それからヴァイオリンを肩に乗せて首を傾げた。


「通してくれるならあたしはあたしで勝手に響を倒すですの」


「協力する気はないってことね・・・ま、いいわ。綺羅も勝手に響を助けるから」


「余裕ぶるなら震える握りこぶしは隠しておくもんですのよ」


すれ違いながら笑うエルザを睨み返して綺羅もまた光に向かい合う。

流れ込んでくる熱い風に髪をなびかせながらその光を見つめていた。




紅い光の中心部は溶けたアスファルトと焼け焦げた大気の熱でさながら地獄のようだった。

十字架の剣を構えたベルヴェールは焼け焦げた体を引きずりながら立っているのがやっとの状態。

一方目の前の響は完全な無傷。僅かな傷をつけることすらかなわない。

そもそも剣で斬りつけても剣のほうが焼け落ちてしまうのだ。


「流石に勝てませんね・・・・・五年前も・・・・貴女には敵わなかった」


語りかける言葉の先、響は全く何も答えようとしない。

既にベルヴェールも眼中に無いのか、空を見上げながら独り言を呟いている。


「良いのですか?妹さんがこうして貴女と同じ苦しみを味わっているというのに、貴女はその手伝いをするだけなのですか?」


ボロボロに折れた剣を捨て、ベルヴェールはその場にひざを着く。

捥げた腕から流れ出す血液が固まり、低下しすぎた体温に体が小刻みに震える。

それでもその目は死んでいない。微笑だけは絶やさない。言葉は潰えない。


「フランベルジュ。貴女はそこで見ているだけですか?」


『・・・・・・・・・・・ベルヴェール』


「こうして二人できちんと話すのは随分久しぶりですね・・・こんな格好で失礼しますが」


苦笑し、口から血を吐きながらも微笑を浮かべる。


「・・・・・・・フランベルジュ。何故響を助けないのです?」


『こうなってしまったらもう止めようがないということは貴方も判っているでしょう。こうなるように仕組んでおいてよく言う・・・』


「三年前も貴女は、彼女を助けようとはしませんでしたね。あの時も貴女はディーンの後ろにただ立っていただけだった」


『・・・・・・・・何が言いたいの?』


「貴女は本当は怖いんじゃないですか?秋風響の事が」


フランベルジュからの返答はない。それが逆に答えのように思えた。


「触れるのが怖いのですか?それとも、どんな顔をすればいいのかわからない?或いは、ディーンの心を彼女に奪われてしまうのが恐ろしかった?」


『判ったような事を・・・・』


「貴女はいつもそうだ。昔からそうだった。貴女は・・・・君は卑怯だよ・・・・渚」


響が叫び声を上げ、苦しみながら頭を抱え大地に膝を突く。

放り投げられたギターは空中でその形を失い、やがて蒼いエプロンドレスの女性の姿に戻った。

ゆっくりと瞳を開いたフランベルジュは無様に地に倒れたベルヴェールを悲しげに見下ろす。


「卑怯?わたしが?」


「君は三年前も今も、いや・・・・五年前も何もしなかった。何でも出来る力があったのに、君はそれを行使しなかった。何故なんだい?今そこで君と同じように苦しんでいるのは、紛れも無く君自身の妹なのに」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


フランベルジュは秋風渚の理論武装だった。

それは、つまり彼女の心そのものだと言える。

意思を持ち、自立しその力を未だに宿しているのは、秋風渚の意思そのものを宿しているからに他ならない。

つまりまぎれも無く彼女は、フランベルジュであると同時に秋風渚本人でもあるのだ。

姿形は違ってもその在り方、心、記憶、全ての物は失われたりなんかしない。

彼女は秋風渚であり、彼女、秋風響の実の姉に他ならない。


「君はその事も響に教えてあげなかったね?彼女だって君が渚君そのものだと知っていたら、きっとこんな結果にはならなかったはずだ。それとも、妹がどうなっても君は関係ないとでも言うつもりなのかい?」


「それは違うわ・・・・・・・響はわたしにとって、すごく大事。たった一人の、妹だもの」


「でも君は助けなかった。三年前も今も」


「・・・・・・どう、助ければいいっていうの?一度始まった侵食は止め様がないことは、わたしが一番わかっているもの」


「それは違う。偽善だよ、それは」


歯を食いしばり、ベルヴェールが立ち上がる。

全身から零れ落ちる血を目にしながらも、折れそうな心を奮い立たせて立ち上がる。

肉体的に彼は既に立ち上がることなど出来るはずもない状態だ。しかしここは心理領域、心が折れない限り彼が倒れる事は無い。

そのまっすぐで怒りと悲しみに満ちた瞳はまるでディーン・デューゼンバーグのようでもあった。


「君は臆病なだけだ。君は卑怯なだけだ。君はたった一人の妹すら助けようとしない。君になら出来た。方法なんて作ればいい。なりふりかまわず君は叫んで泣いてわめいて無様に這い回るべきだった。そうしてたった一人の妹とやらを助けるべきだった。君はそれをしなかった。逃げただけだ。最初から自分で努力しようとしなかった」


「敵に説教される謂れはないわ」


「・・・・・確かに僕は敵かもしれない。でも、僕は、ベルヴェール・ロクシスは、君やディーンと過ごした日々の事を忘れたことなんて一日だって無い!」


強く拳を握り締める。溢れ出した血液が指先から焼けた大地に落ち蒸発していく。


「わたしだって忘れていないわ。わたしにとって大切だったのはあの時間だけ。彼と、きみと、一緒にいられた時間だけよ」


「君はそうやって過去に囚われ過去を取り戻す事ばかり考えている・・・・本当は君は世界の事なんてどうでもいいんだろう?妹のことも、僕の事も、おそらくこの世に住む全ての人々のことよりも、君はただディーンと一緒に居る事を選んだ。それだけが君の全てだった。君が欲しかったのはこの世界なんかじゃない。彼と過ごすための永遠だった・・・・・・・そうだろう?」


「・・・・・・・・・・・そうよ。わたしは彼とずっと一緒に居られさえすればそれでよかった・・・彼の目がわたしだけを見ていてくれればよかった・・・・・」


「だから響は邪魔だっていうんですか?世界は邪魔だっていうんですか?」


「物には優劣があるわ。優先順位も。それが彼に勝っていないというだけの話よ」


フランベルジュは振り返る。涙を流しながら苦しんでいる響を見下ろし、目を細めた。


「響のことは好きよ。大好き。彼女とずっと一緒に居られればそれでよかったと、最近は思えるようになったわ。でも・・・・」


その手で響の胸倉を掴み上げ、空に掲げる。


「彼が愛した世界を壊すと言うのであれば、わたしはそれを許さない」


空いた手で響の首に手をかけ、強く握り締める。

苦しそうに表情を歪め、悲痛な目でフランベルジュを見つめる響。

意識はないとわかっていてもその瞳に思わず胸が詰まる。

無意識のうちにフランベルジュの両の目から流れていた涙、しかしそれに気づかないまま力を強める。


「これ以上、苦しまないように・・・・わたしが・・・・・・」


ベルヴェールの目は怒りに満ちていた。

立ち上がり、走り出そうとしても体が言う事を利かない。

一歩足を踏み込むだけで全身から血が吹き出し、焼けた大地に倒れこむ。

何としてでもそんなことだけはさせない、させてはならないと手を伸ばしたその時だった。


「ふざけんなあああああっ!!!」


フランベルジュを突き飛ばし、響を抱きかかえたのは刹那だった。

焼けた大地の上に立ち、服や髪が焦げ付き舞い上がる姿さえ怒りを表現する手段に見える。

刹那の目は普段の彼からは考えられないような膨大な怒りに包まれていた。

何の身を守る手段も理論もないまま、彼は地獄のような大地に自ら足を踏み入れた。

そして今も実を焼く高熱に絶えながら響を抱きかかえている。


「姉が妹を殺すのか!? 姉貴が、妹を殺していいっていうのかよ!? おかしいだろ、アンタッ!!」


「・・・・・・・・何故ここに・・・・」


「殺すなよっ!姉貴っていうのは!兄姉きょうだいってのはっ!!妹を守るもんじゃねえーのかよっ!!!!」


刹那もまた泣いていた。泣きながら大声で叫んでいた。

おかしいと、そんなのはいけないと、全力で叫んでいた。

それはあまりにみっともなくてみすぼらしくて判りづらくて子供っぽくて情けない姿。

しかし髪を振り乱し視線を逸らすこともせずただ全力で感情をぶつける姿は誰の目からも胸に何か突き刺さるものがある。

フランベルジュはその姿に思わず息を呑み、一歩、後退してしまった。


「許せねえ・・・・・!どうしてアンタは姉貴なのに妹を助けようとしねえ・・・・どうして最初から無理だって決め付けて諦めてんだ・・・・・!?」


「わかったようなことを言わないで!きみにわたしと響のことなんかわからないわ!」


「そんなの関係ないだろっっ!!」


遮るような叫び声に思わず口を閉じた。

少年は立ち上がり、紅い世界の中まっすぐに蒼い少女を見据える。


「何のために一緒に居たんだ・・・?どうして分かり合おうとしないんだ・・・?」


「分かり合おうと、したわっ!!!!」


叫んだ。大地を見つめながら涙を零す。

一緒に生活をした。家族のように暮らした。

一緒にお風呂に入った。お料理をした。同じ布団で眠った三年前。

それは確かにディーンについていくのが目的で、響のことは本当は最初から苦手だった。


自分に期待を寄せる目。自分を信じきった目。自分は強いと信じて疑わない純粋な瞳。

その期待にこたえるためにいつも強く在ろうとしてきた。響のために生きていた幼少の時代。

いつからだろうか、その存在が重みに思えてきたのは?

そもそも二人は血の繋がった姉妹ではなかった。それを響は知らない。

響は渚の従妹に値する存在であり、響の両親が事故死した事から秋風の家にやってきたにすぎない。

その事も知らず、このままきっと知らないまま生きていくのだろう。

しかし知っている渚はそれをどうしても忘れることが出来ない。

どんなに願っても、どんなに愛そうとしても、それは結局他人であるということ。


秋風渚はある意味人格崩壊者だと言えた。

他人を愛せない。親だろうが友人であろうが妹であろうがそれは関係なかった。

生まれたときから既にそうだった。全てが空虚で人と関わることが出来ない人間だった。

だから誰からも遠い存在になるために努力してきたし、様々な才能のおかげで人に必要以上に非難されることも関わられることもなかった。

そうした日常に飽き飽きしていた。それでも彼女がたった一人だけ、優しくあろうとしたのが秋風響・・・・妹だった。

他に寄る辺のない存在は自分が孤独ではないと安心させてくれたし、何より自分が始めてその存在を愛しいと思えたのが妹だったからである。

けれども愛し方がわからない。愛そうとすればするほどその存在が苦しくなる。

やがてそれが重みになり、向き合う事が恐怖になり、いつしかその存在を疎ましくなった時。

非日常からの呼び声。それを迷うことなく手にしたのは日常があまりに空虚だったから。

それでも最後まで自分に輝いた瞳を向けていた妹が、ずっと苦手なままだった。


「分かり合おうと、したのよっ!!! 愛そうとしたっ!!!! でもダメだった!ダメなの!その子を愛せない!妹なのに愛せないっ!! その苦しみがあなたにわかる!?」


胸が痛む。どんなに触れようとしても、いい姉で居ようとしても、それは適わない。

ならばいっそ居なければいいとまで思ってしまう醜い自分が本当に嫌になる。

こんなときディーンがいてくれたら、きっと響のことも愛する事が出来た。


ディーンと一緒に居る間だけは、彼のことも、世界のことも愛する事が出来た気がするから。


「寂しいのよ・・・・・努力しても人を愛せない・・・・・ディーン・・・・・・・・・」


肩を抱きながらその場に崩れ落ちるフランベルジュ。

それを見下ろしながら刹那は響を抱く腕に力を込める。


「なら、そう言ってやればよかったんだ・・・・・・・・向き合う事を恐れていたら、何も始まらないし・・・・何も伝わらない」


その視線をベルヴェールに移し、前に出る。


「伝え合う喜びが・・・・歌声が・・・・・アンタの理論武装テイクオンハートだったんじゃないのか?」


泣き崩れるフランベルジュの横をすれ違い、辛うじて平らな大地に響を横にする。

そしてベルヴェールに駆け寄るとその体を抱え起こし、捥げた腕の切断面にハンカチを強く結びつけた。


「な、何故私まで?」


「・・・・・あんたも死ぬな。あんたは響のために叫んでた・・・・あんただって本当は悪いやつじゃないはずだ。こんなとこで、こんな風に決着つけても誰も喜ばない」


「・・・・・・・・・・・そうかもしれませんね」


響の下に駆け寄るとその肩を揺さぶり声をかける。


「響!おい、しっかりしろ!」


必死で肩を揺らす。光を放っている左目を何とか抑えようと触れた瞬間、信じられない高温に思わず手を引っ込めた。


「くそっ・・・・とまれええええええええーーーーーーーーーっ!!!」


焼けるような熱さの左目を手で覆う。

その苦痛に歯を食いしばりながらもなんとか響を助けたい一心で祈る。

何の力も無い、何の抵抗力もないただの人間が、居るだけで死ぬかもしれない場所で暴走する膨大な力を止めようとあがいていた。

その姿をベルヴェールは黙って見守っている。フランベルジュもまた、その姿を目に焼き付けていた。

何故誰もそうしなかったのかと、今更ながらに思う。

いつだって世界を変えうるのは本当に心から何かを成し遂げたいという強い想いだ。

三年前響を救ったのもディーンの優しさと強い意志だった。

何故無様でもいい、誰もが声を上げて叫ばなかったのだろう。

人は多くの感情や境遇や運命に流され、それらによって思うように動けないで生きている。

そうしたものは大人になればなるほど増えていく。きっとそれは決して悪いことでもいけない事でもなく、仕方のない事で。

だからどんどん大事なものを守るため、沢山のものを手にするために人は身動きが取れなくなる。

もしこうして何かを伝えたいと叫ぶことが、何かを助けたいとあがく事が出来たとしたら、

きっと世界はもっと違った景色を彩るのではないだろうか。


特別な力なんて必要ない。強い想いさえ、信じる世界さえあれば。


「・・・・・・・・・う・・・・」


「響っ!」


光が収まり、焼け焦げた手のひらでその体を抱きしめる。

虚ろな瞳でゆっくりと刹那の横顔を見つめ、それから目を閉じ、頬を寄せた。


「・・・・・暖かいよ」


白い光が立ち上る。

まるで全ては夢であったかのように、銀色の風が赤熱した世界を解かしていく。

壊れた町も、傷ついた人々も、全てが何事も無かったかのように元通りになっていく。

暴走が収まっていく。暖かい光と風の中、舞い上がる様々な思いの中に溶けて行く。


「私・・・・・何か、夢を見ていた気がする・・・・・お姉ちゃんと、一緒に居る夢・・・・」


その言葉にフランベルジュの表情が強張る。

肩を震わせながら、何度も何度も頭を横に振り、涙を零す。


「お姉ちゃんに、会って、お礼を言いたかった・・・・・・私には、お姉ちゃんしか、いなかったから・・・・」


「今のお前には仲間が居るだろ?オレも、綺羅も、空也もるるるも、伊織も・・・みんな仲間だ」


「お姉ちゃんが寂しいのわかってたのに、傍に居て上げられなかったのが・・・・本当に・・・・本当に悔しくて・・・私・・・・・っ」


「もういい・・・・・いいから・・・・少し休め・・・・・・・」


「・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・」


意識を朦朧とさせながらも目を閉じ、体重を預ける響。

それを抱きとめながら振り返り、フランベルジュに目を向ける。


「・・・・アンタは・・・・・こんないい妹まで・・・愛せないっていうのか?」


言葉にならなかった。様々な悲しみや喜びや寂しさが入り混じって、フランベルジュは声を失っていた。

その場に崩れ落ちて涙を零すことしか出来ない。それ以外に出来ることなんてなにもない。

ただ声を殺して泣いていた。その様子を傷を治したベルヴェールが見下ろしている。

振り返り、刹那と目を合わせたベルヴェールは歩み寄り、


「貴方の名前は?」


「・・・・・・・・刹那。結城刹那」


「そうですか・・・・・・救世示に誘いたいところですが、勿論断るのでしょうね」


「アンタのことはそんなに嫌いってわけじゃないけど、今はこいつをほっとけないから」


「そうですか」


穏やかな微笑みだった。それが恐らくベルヴェールという青年の本当の笑顔なのだろう。

しかし次の瞬間には冷静な、リーダーとしての表情に戻っていた。


「しかし少年、私の計画に彼女の存在は必要不可欠です。渡してもらいますよ」


「渡すわけないだろ。 響はレクイエムに持って帰る」


「ええ、ですからそれはどうぞ。今回は響さんのことは諦めますから」


「は?いや、じゃあ何を・・・・」


「私が言っているのは、彼女の方ですよ」


ベルヴェールが指差す方向、流れ出した暖かい風により収縮する紅い光があった。

それは一点に集中し、やがて紅い球体へと変化する。

その奇妙な存在感と言いようの無い不安な気分に思わず息を呑む。


「なん、だ・・・・・・・あれ」


球体は鼓動する。まるで息をするように。生きているように。

鼓動は早まり、やがてそこから生まれた亀裂から紅い血が大量に溢れ出す。

その鮮血の塊を突き破り、中から生えてきたのは紛れも無く人間の手だった。

白い、少女の手。幼く小さな手は球体を真っ二つに引きちぎり、血の海に足を付いた。


「は・・・・・・・?」


そこに居たのは少女だった。

その容姿は10歳前後の子供のもので、長く腰まで伸びた髪と柔らかい体のライン、そして愛らしい瞳が少女である事を物語っている。

生まれたばかりという言葉が脳裏に自然と浮かび上がる。裸の少女は大きく伸びをし、両手を広げて深呼吸すると目を開き、にっこりと微笑んだ。


「やっと出られた。世界って気持ちいいね」


誰もが言葉を失っていた。ただ唖然とする中、その少女の容姿に誰もが混乱する。


そこにいたのは、幼かったが、しかし紛れも無く・・・・秋風響。


「私を出してくれたのはだあれ?」


「私ですよ、真なる神子よ」


ベルヴェールが前に出る。そして上着を脱ぐと、そっとそれを差し出した。


「ベルヴェール、あなただったの? ふふ、ありがとう・・・・でも、いらないよ」


風が吹く。

周囲にある大地、ビル、車、標識、様々なものが瞬時に分解され、光となって少女の周囲に集まる。

指を鳴らすとそれは瞬時に服装となり、響の着用するものと全く同じものへと姿を変えた。

ただ、それら全ては小さいサイズであり、色は全て反転していたが。

右の瞳に白い眼帯をはめるとポケットに手を入れたまま響に歩み寄る。


「ママ・・・・ううん、響おねえちゃんって呼ぶべきかな? 『やっと会えたね』。」


二人の響が正面から向き合う。

その姿を見るのは初めてのはずなのに、

その声を聞くのは初めてのはずなのに、

目の前に居る少女はどこかで、そう、どこかで・・・・・・・・。






でも忘れないで・・・・私はあなたのすぐ傍に居る・・・。


いつでもずっと・・・あなたの傍に居る・・・・。


あなたが私から目を逸らすのなら・・・・。


いつかあなたの目の前に、立ってみせるから。





いつからか、

そう、恐らくは三年前から、自分の中にあったもの。

心の中にあるもう一人の自分。

それは吟示であり、自分自身であり、理論武装でもある。


その存在を知っていたのに否定し続けていたもの。それが今目の前に立っている。


漠然と感じた。これは自分の中にあった暗い感情、心の闇そのものだと。



「おはよう、響」



穏やかな微笑み。その瞳の中に渦巻く混沌とした暗闇。


目の前に立つ、自分と全く同じ顔をした存在。


「うそ・・・・・・・・・・・」




誰もが呆然とその場から動く事が出来ない中、


闇から生まれた少女は微笑を絶やさず風に吹かれていた。


もう30章いくのかー・・・。

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