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祈りをとどけて(1)

「         」


真っ白い空間に浮いていた。

目に映るもの全てがゆっくりと流れていくようで、瞳に映っても頭に入らない。

何を考えているのか、何を思っているのかもわからない。

やがて目を閉じ、そこが白い場所ではなく、本当は自分が何も見ようとしていなかったことを知る。


大地に立ち、歩く。

何もないわけじゃない。いつもそこには進むべき道があった。

何かをなくしたわけじゃない。まだ自分は何も手に入れてなんかいない。



『響』



白い、レースのカーテンがはためいている。

窓辺に座って、誰かが本を読んでいた。


「       ?」


歩み寄る。

それが自分が嘗てみた記憶だと気づくのにそう時間は要さなかった。

秋風渚、彼女の実の姉は風にその髪を靡かせて微笑んでいた。

窓の向こうには果てしなく広がる空が見える。

高層ビルの影にさえぎられ、しかしそれでも広がることを辞めない空。


「          !」


涙が零れた。

ずっとずっと会いたかった。夢の中でも会うことの出来なかった最愛の姉。

何から話せばいいのかわからない。でもきっとずっと自分の事を待っていてくれていた。

駆け寄って飛びついた。大声で泣いて、その胸に顔をうずめて叫んだ。

渚は何も言わず、微笑んでその体を抱き寄せていた。






「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ・・・・ッ!!!」


爆雷と全てをなぎ払うような衝撃の嵐。

周囲は既に地獄の景色と化し、誰もが逃げ場を求め彷徨っている。

ある人はその景色から目を逸らすことが出来ずその場に立ち竦み、

ある人は失った人のために涙を流し叫んでいた。

金色の髪を靡かせ、十字架を投げつける長身の男は、

全身から血を流し、その腕を失いつつもしかしなおその瞳に諦めの色は無く、

ただ目の前に居る神に等しい力を持つ何かに対し必死で抗っていた。

秋風響と呼ばれたものは確かにそこに形式上は立っていたが、既にその意識は無く、

気づけば無意識のうちに暴走した様々な感情の渦の中、虚ろな眼で立っていた。

真紅の瞳はその輝きを増し、ぶつぶつと何か戯言のように繰り返している。

審判ジャッジメントの男は判っている。勝ち目はもちろん最初からなかった。

それでも彼がここに居るのは、少なくとも自分の責任を果たすためなのかもしれない。

壊れた大地を蹴り、無数の十字架を放っても、

それは響に触れる事も無く分解され、燃え尽きる。

触れる大地大気全てのモノを焼き落としながら秋風響は歩いていた。

翳した指先が閃光し、激しい衝撃がベルヴェールを襲う。

十字架で防御し、しかし吹き飛ばされ、空中で十字架に着地し、すぐさま反撃する。

ベルヴェール・ロクシスは賞賛されてしかるべきだった。少なくとも彼はこの悲惨な状況下、その戦いにより一般人が避難する時間を稼いでいたし、何よりその鬼気迫る強い意志は何物にも代えがたい財産だと言える。

奇跡的なことにベルヴェールはこの絶望の中、ばけもの相手に渡り合っていたのだ。


「はあっ・・・・はあっ・・・・ハアッ・・・・くっ」


顔を上げ、響を見据える。

口元から零れる紅い鮮血も気にせず、男は立ち上がる。

秋風響は泣いていた。涙を流しながら全てを破壊していた。

紅く立ち上った光。やがてその両の背から生えた漆黒の光の翼が羽ばたき、全てを吹き飛ばしていく。


「本格的に、始まりましたか・・・・・」


これまで何百放ったかわからない十字架を展開し、敵を見据える。


「・・・・・・・・・・貴女が倒れるのが先か、私が倒れるのが先か・・・・・」


眼を閉じ、深呼吸する。

ベルヴェールの胸のうちにあったのはいつも嘗ての日々の記憶だった。

ディーン、そして渚と共に会った僅かな日々の幸福な記憶。

それを破壊したものへの怒り。

そして、自分の誓いを思い出してはその身を奮い立たせる。

どんなに勝ち目のない闘いでも、どんなに絶望的な状況でも、諦めない力をくれる。


「神よ・・・・・・・・・」


そして呟く。


「神よ・・・・・・・・・・・・・・ッ!!!」


十字架は光を増し、やがて剣へ変化する。


「私に力を与えたまええええええええーーーーッ!!!」



白い光が舞う。


命を燃やしつくし、世界さえ燃やしつくし、


ではいったい、この場所に何が残るというのだろうか。



⇒祈りをとどけて(1)




「暴走っ!?」


無限音階シンフォニーバケーションに出た解読不能な反応に思わず叫び声をあげた。

『暴走』。そう表現するしかないほどの力。三年前のケースとは比べ物にならないほどの。

鍵盤を叩き、必死で何がおきているのか分析しようとしてみるが一行に理解できない。

一体何がどうなればこうなってしまうのか。それとも最初からこうなる運命だったのか。

歯を食いしばりながら必死で鍵盤を叩く。


「みんな、他のナンバーズと交戦中で響さんを止めに行けない・・・・!ううん、止めに行ったとしてもこんなの止められるわけがないっす・・・・」


「おい、何がおきてるんだ!?なんだこの地震は!?」


ポートアイランドはそれそのものが巨大な城だと考えていい。

判りやすく言えばそれはある種シェルターのような構造をしており、特に地下部分にいたっては大抵の衝撃では傷一つ負わせる事が出来ない。

そんな頑丈な構造のはずの組織本部にまで揺れは響いている。

その揺れとるるるの必死な表情から何かまずいことが起きたのは刹那でも理解出来た。


「響さんが・・・・いや、正しくは響さんの心理領域が暴走したっす」


「暴走・・・・って、なんだ?まてまて、心理領域ってのは本人の心そのものなんじゃないのか?」


「だからこそっすよ・・・・響さんの精神状態は非常に不安定なんす!三年前、先代のジャスティスさんを気力喪失にしちゃってから・・・あっ」


余計な事を言ってしまったといわんばかりに両手で口元をふさぐるるる。

刹那は展開するシンフォニーバケーションの鍵盤から身を乗り出し、るるるに顔を近づける。


「殺したっていうのか!?あいつが、前のジャスティスを!?」


「あうあう・・・・でも今も生きてるんすよ・・・・・響さんは、失ったあの人の心を取り戻したくて戦ってきたんす・・・・・でも・・・・」


そんな方法はありはしないということ。

その矛盾に常に響が苦しんでいたということ。

表面上は誰とでもうまく付き合っているようにみえて、本当は誰にも心を開かなかったこと。

ベルヴェールがそのカタキであるということ。

暴走の結果、最終的に響の心は壊れてしまうと言う事。


「・・・・・・・・・おい・・・・なんとかならねえのかよ・・・・」


「な、なんとかっていわれても・・・あうあう」


「何かあるだろ一つくらいっ! おい、何とかならないのかよ!?」


「・・・・・響さんの気を失わせて強制的に暴走を止めるか、響さんが自分の意思で暴走を止めるしかないっす・・・・後者は三年前のケースっすね。でも、そうするために三年前は一人の犠牲を必要としたっす」


「そもそもなんで暴走してるんだ・・・・・?どうして現実を否定するんだ、あいつは!」


「・・・・・・・・・・・・・・響さんには、拠り所がないんすよ・・・」


ぼそりと、呟くようにるるるが言う。


「わたしには、空也さんがいたっす。ここのみんながいたっす。理論武装の使い手は一人じゃ勤まらないんす。誰かと心を支えあっていないとすぐ暴走してしまうから・・・だから通常、数名のチームを組むんすよ。綺羅さんだって、あなたという心の支えがあるから暴走しないでいられるってだけ・・・・」


「・・・・・・・・・うそだろ?」


「響さんには何もないんす・・・・・・元からあの人、三年前から本当に一人ぼっちだったんす。たった一人、彼女を理解してあげた人物が・・・・」


「先代のジャスティス・・・・・?じゃあ、そいつは響の心を安定させるために?」


「この島にやってきたのかも、しれないっすね。そして、その身を犠牲にしてまで彼女の力を止めた」


息を呑む。

そのジャスティスのことは知らないが、それでもその男がどれだけ凄い男なのかはなんとなくわかった。

こんなところで何も出来ず覚悟も決まらず見ているだけの自分とは大違いだ。

強く拳を握り締め、無限音階の映像に出た響の姿を見つめる。


「今はみなさんを信じるしかないっす・・・他のナンバーズを倒して、響さんを止めてくれるように」


「・・・・・・・・・・・・・・・オレ、行ってくる」


「ど、どこへっすか?」


「決まってるだろ・・・響の所だ」


言葉にした瞬間拳の震えも迷いも何もかも吹き飛んだ気がした。

かえってすっきりした気分の中、深呼吸し、前を見る。


「い、いってどーするんすかっ!あなたは何の力も無い一般人なんすよ!?都合よく力が目覚めたりするはずないんすから!!」


「わかってるよそんなことは・・・」


でも、だからといって、

このまま響が誰も信じられないまま、一人ぼっちのまま、

あんなふうに泣きながら、迷子になった子供みたいな状態で、

消えていってしまうなんて、あんまりにも寂しすぎる。


「誰かが止めればいいんだろ?だったらオレが行く。オレしか手が空いてないんだから」


「危ないっす!絶対死んじゃうっすよ!アレ見てくださいっす、近寄る前に死んじゃうっす!!」


「るるる」


その頭にポンと手を乗せ、微笑んだ。


「ありがとな」


そして振り返り走り去っていく。

その背中に何も言葉をかける事が出来なかった。


「・・・・・刹那さん・・・」




西区、共同学園アイランドスクール校庭。

黄金の光が一線、大地から空へと引かれた何かのラインが直後爆発し、雲すら消し飛ばしていく。

校庭の中央に立った白衣のメイド、エミリア。その両手には黄金に輝く篭手ガンドレッドが眩い光と周囲の大地すら溶かすほどの高温を持ち陽炎の中ゆらめいていた。

高熱で解けた大地の線を挟むようにしてルクレツィアと劉生は立っていた。


「しかし驚きねえ。まさかあのエミリアとこうして戦う事になるなんて」


「ぼくは前に一度戦った事があるから特に驚きはないがな」


「アンタ本当にいちいち引っかかる奴ね・・・・でも、アレどうなの?」


エミリアの手が黄金に輝き、周囲から収束した光が手の平から一気に放出される。

それは一閃の光となり共同学園の校舎を焼き飛ばしていく。


「ビームじゃないあれ。」


「何を当たり前な事を言っている・・・・あれがビームで無いならなんだと言うのだ阿呆」


所有者このしごと長くやってるけど、ビーム撃ってくるのに遭遇したのは始めてよ・・・世の中広いもんねえ♪」


「悠長に構えている場合か・・・来るぞ」


二人が同時に大地を蹴る。

しかし逆方向に散開すべきところ、二人は何故か同じ方向に飛んでしまい空中で顔を見合わせた。


「ちょっと!?」


「何故お前もこっちに飛んでいる!?」


「アンタこそなんでこっちに・・・・ちょ、あぶなっ!!!!」


空中で飛んできたビームに二人はお互いを突き飛ばし回避した。

光線は直撃すれば即死の威力を持つ超攻撃だがその動きは直線的極まりない。

回避するのは容易だが、あの速度を見切れるかどうかが問題になる。

せっかく二人居るのだから出来るだけ霍乱したいところなのだが・・・・。


「ええい!ぼくまで殺すつもりか!?死ぬなら勝手に一人で死ね、オカマ!!」


「ンだとゴラァッ!?テメェあんま調子乗ってんじゃねえぞオォッ!?」


エミリアそっちのけでにらみ合う。

何故こんなときばかり気があってしまうのかさっぱりわからない。

それでも空中で回避するなどその反応はまさに歴戦の戦士そのものなのだが。


「・・・・・・・・本当に闘う気があるのですか?」


「あるにきまってるでしょっ!でもこの男女が邪魔するのよ!」


「おとっ・・・男女・・・・・っ? 女男には言われたくないがな・・・っ」


再び冷たい笑顔でにらみ合う。ひくひくと額の青筋が動いているのは言うまでも無い。


「情けない・・・・・障害として認定するには役不足です」


両手から放たれるビーム。

二人は慌てて回避するが。ビームは二人の後を追ってくる。

光線が直線的なのはその進路だけだ。発射元であるエミリアがその手を動かせばビームは用意にその位置を変更する。

光線というよりは巨大な光の剣と表現したほうが近いのかもしれない。数百メートル離れた場所で必死で攻撃を回避する二人は一行にエミリアに近づく事が出来ない。

嘗て最強クラスのナンバーズと呼ばれた赤銅にエミリアの実力は健在なのだ。


「何かせめて隠れられる場所があればいいんだけど・・・」


「隠れたところであの出鱈目な理論武装の前では意味が無い・・・・文字通り真っ二つだろう」


汗を流しながら二人はエミリアを見つめる。

エミリアの理論武装、執行者エクスキューショナーは両腕を覆う黄金のガンドレッドである。

その形状は腕から肩に広がる鎧そのもので、背中には光を収束し集めるためのエネルギー供給システムが付いている。

つまり外部から何らかの理論などを吸収し圧縮、光線化して打ち出すという仕組みのものだ。

故にある程度発動すれば外部からの供給による隙が生まれる。出なければあれは反則的だが。


「にしてもあれだけバカスカうって弾切れにならないって、すごい貯蔵量ねえ・・・・」


「だからなんでお前はぼくの傍にくるんだ。近寄るんじゃない」


「あんたが来たんでしょうがっ」


二人の言い争う様子に呆れたようにため息をつくエミリア。


「あなたたちはここに何をしに来たのですか・・・?」


白い蒸気が執行者から排出される。


「もういい、消えなさい」


再び放たれた閃光。しかしそれは今までのものとは違っていた。

片手五本ずつの光。つまり、指先から放出された細く鋭利なビームが網目のように校庭全体を包み込み、引き裂いていく。

逃げ場の無い絶対的即死の網。二人は避ける間もなく網の光に消え、校庭が爆発した。


「・・・・・・・・・他愛ない」


仮面を付け直しながら眼を伏せた。

もう少し手ごたえのある相手だと思っていただけにこの幕引きはお粗末過ぎる。

ナンバーズ二人係でもこの程度、ということか・・・。


そう思い、振り返ろうとした時だった。


「勝手に勝ったつもりにならないでくれるか?」


「まだ勝負は始まったばかりだろうが、アァ?」


爆散した大地の陰りが徐々に晴れるとそこには無傷の二人の姿があった。

あの攻撃を受け、五体満足だった敵が現れたことにエミリアも驚きを隠せない。


銀色の剣。そして銀色の鎧。

恐らくあの光を受けきったであろう、ルクレツィアの理論武装が砂埃を引き裂いて姿を現す。

聖騎士の理論武装、ExcVエクスカリバー。鎧、そして光の剣をセットにした機械鎧。


「オカマ・・・・提案がある」


「何かしら?」


劉生の手には巨大な扇が握られていた。

それこそが彼の理論武装、唯我独尊ゆいがどくそん

金銀の刺繍と派手な孔雀の羽で飾られた扇を閉じ、腕を組んで首を傾げる。


「どうやらぼくたちの力はあの女になめられているらしい。このままではぼくのプライドが許さない」


「同感ね。アタシも舐められっぱなしは好きじゃないの」


二人の言葉を待たずして放たれた二閃の光。

二人はそれをお互いの得物で叩き伏せ、弾き飛ばした。


「認めさせてやる!」


「共同戦線だゴラァッ!!」


「それでこそ番号入ナンバーズ・・・・・来なさい」


「『偉そうにッ!!』」





「シュズヴェリイッ!!響がやばいって、るるるが!」


「そういわれてもな・・・こちらも、手一杯だっ!!」


東区、倉庫が立ち並ぶ人気の無い場所で黒月タナトスを振り回す。

死の鎌は一撃必殺。両断した敵は次から次へと消滅していく。

しかしきりがない。もうどれだけの数、倒したかわからない。

無限に沸いてくるのは吟示。セイヴァーではなく、ばけもの。

まるでそこは地獄の底のように暗く、果てなく響く笑い声と苦悶の声に満ちていた。

周囲全てが暗くどろりとした湿った空気に覆われ、まるで異界に迷い込んだよう。

既に夢ノ英雄ジュブナイルを両腕に展開した空也と背をあわせ息を整える。

周囲には二人を取り囲むように無数の吟示が蠢いていた。

その一つ一つが同じ形状ではなく様々な外見とそれぞれ違った能力を持つ。

それゆえにあまりに厄介。もちろん吟示などナンバーズの相手ではないが、これだけの数がいるとなると体力的な問題で苦戦を強いられる。

それにどこまで倒してもキリがなく終わりが見えない戦いというのは精神的にも人間を追い詰める。


ちりん、ちりん。


鈴の音のような、この地獄の景色には似合わない澄んだ音色が響く。

ぼんやりと浮かび上がったのは籠だった。それ自体はそれほど大きなものではなく、鳥かごのようなものであると言えた。ただしその形状は不気味であり、中に蠢くのは囀る小鳥ではなく深遠の暗闇であったが。


「お気に召したかい?俺様の冥界パンデモニウムは」


暗闇の中、浮かび上がったダークスーツに身を包んだ少年。

実体が不確かなのか、その存在は暗闇に溶けるようにして滲み浮かび上がっている。


「ジョシュア・ハーベンハイト・・・皇帝エンペラーだ。噂に名高い死神ちゃんと会えるとは光栄だぜ」


にやりと、暗闇に浮かぶ不吉な笑み。

それを鋭い視線でにらみ返し、シュズヴェリイは鎌を突きつける。


「最初から狙いは秋風響一人だったのか?だが、ベルヴェールも響には勝てないぞ」


「・・・・・・・旦那は勝ち目のない闘いだからって諦めたりしねえ。だから俺様たちもあの人を信じて付いていくことが出来るんだ」


「フン、下らんな!いたずらに世界に混乱をもたらす男など信頼に値しない!」


「別に理解してもらえるとは思ってねえよ。俺様はここで・・・・・」


周囲を取り囲む吟示が一斉に動き始める。


「邪魔者を消しておくだけだっ!!」


「笑わせるッ!!!その程度の言葉おもいがわたしに通じると思うなっ!!」


振りかざした鎌。黒月は一撃で周囲の吟示を一刀両断に切り裂いていく。

たった一振り。たったそれだけで何体の吟示が死に耐えたことか。

吟示たちが爆発し冥界を僅かに明るく照らす中、死神はジョシュアを見据えている。


「本気でやったらどうだ?足止めのつもりなら無駄な事だぞ」


「ハッハ!!そうらしい、なっ!!!」


冥界パンデモニウムの籠が開き、そこから巨大な獣の爪が現れる。

それはシュズヴェリイに向かい凄まじい速度と爆発的な力を以って振り下ろされた。


「俺を無視して話を進めるな!」


籠より現れた巨大なマンティコアの両の爪を二つの機械の腕が受け止めていた。


「シュズヴェリイ・・・・これでも俺は、足手まといかよ?」


にやりと笑い、ジュブナイルの両腕に内蔵されたエンジンをフル活動させる。

激しい機械音と共に吹き出した蒸気、そして力はついに獣を超え巨体を放り投げた。


「必殺!ロケットパンチ!!!」


爆発音と共に両腕のアームユニットが放出され、獣の巨体に直撃し、粉々に粉砕した。

アームはバーニアで自動航行し、主の下に戻ると元の形状に収まった。


「さあ、次は何を出してくれるんだ!? サーカス野郎!」


「ろ、ロケパン・・・・かっこいいな・・・・・・」


何故かジョシュアの目が輝いていたが気を取り直し背後に移動し籠を構える。


「空也・・・・・その技のセンスはどうかと思うぞ」


「うっせーなー・・・強いんだからいいじゃねえかよ。古今東西スーパーロボットのお約束はロケットパンチと決まってんだよ。お約束ってのは理論武装では強いの!」


それは実際にそうだった。特にロボットは子供たちの中ではまさに最強の象徴、ヒーローそのものだと言ってもいい。その最強の象徴の技なのだから出来る限りコテコテのほうがいいのである。

しかしそれを恥ずかしげもなく放つ十七歳の空也はどうなのかとシュズヴェリイは苦笑した。


「まあいい・・・・さっさとコイツを倒して響を救助に行くぞ、空也!


「速攻でケリをつけてやる!かかって来いよ!!」




「なんでやねーーーーーーーーんっ!!!」


南区、オフィス街の高層ビルの合間を飛んでいたのは何故か硬球だった。

硬球、つまり野球ボールである。

無数の硬球はビルの合間を飛翔する影を追尾するように移動し、空中で爆発した。

その黒い煙の中から飛び出してきた何かは太陽を背にまるで翼を広げるように空中に停止した。


「早すぎて一行に当たる気配ないやんか!反則やろそれ!!」


「そういわれても・・・・困りました」


伊吹伊織は空中に停止したまま腕を組んで苦笑した。

その腰から下には鋼のスカートが淡い光を放ちながら揺らめいている。

理論武装、自由ノ空ロマンス・フライ。その形状の本質はスカートではなく腰周りに展開する八本のレッグユニットスタビライザーである。

鋭い剣とも取れる形状のそれらは様々な形状を作り出し、翼として無重力を作り出し空中に滞空することも、地上を高速で駆け回ることも可能である。

一方、ビルの屋上から金属バットで硬球を放ってたメガネをかけた茶髪の少女は歯軋りしながら地団駄踏んでいる。

皮のジャケットを羽織い、丈の短いやはり皮のミニスカート、ヒールの高いブーツを履いている。

メガネの奥に潜む瞳は既に据わっており、小刻みに動く眉毛と額に浮かんだ青筋からしてかなりお怒りだと伺えた。


「きゃっははははは☆ おーはーずれー♪へったくそー☆」


眼鏡とは反対側のビルの屋上に突然笑い声が響いた。

『何も無い空間』を引き裂き、まるで最初からそこに居たようにアリスが降り立ったのだ。

その手にはやはりゴシックロリータ調のシルクハットがあり、頭の上にそれを乗せて微笑む。


「りーだぁー、一人で勝てちゃうんじゃないのお?」


「な、なんやてー!?きっしょい格好しといて何生意気いっとんのやあの小娘え!!」


「いけてない服装の人の嫉妬ってホント恥ずかしいよねえ〜」


「あ、あかん・・・キレそうや・・・・・あのバカ女本気でキレそうや・・・あかん・・・・」


「あまり遊んでいる時間はないのよ?秋風さんが危険な状態らしいから」


空高くに飛んでいる伊織には見えていた。

町の中央、光っている紅い世界が。

その中心部にきっと響がいるであろうことも、わかっている。

今すぐ駆けつけたい。しかしリーダーとしての責任を放棄する事は出来ない。

拳を強く握り締め、敵を見据える。


「一応、名乗っておきましょうか」


ワイシャツの胸元のボタンを外し、そこに浮かび上がった文字を見せ付ける。


隠者ハーミット、伊吹伊織・・・組織レクイエム室長、リーダーは私です」


「え?りーだーって、隠者だったの?」


「言っていませんでしたっけ?」


「いってないいってない〜・・・・なあんだ、リーダー強いんじゃなーい」


「・・・・・なんたそこのニワトリ女!!乳がでかいからって自慢しとるんやないでっ!!」


そんなつもりはないのだが、そういわれると恥ずかしくなり慌ててボタンを留めた。


「ま、ええわ・・・・うちは八神遊馬やがみゆまスター所有者ナンバーズや!どや、そこの乳女より番号上やでーざまーみいー!あーっはっはっはっはっはー!!」


数の大きさは関係ないのだが、そんなことも知らないのだろうか?とアリスと伊織は首を傾げる。


「かわいそうな子ねー?」


「ふざけている余裕はないわ・・・・行きますよ」


背後に飛翔し、アリスの傍らに舞い降りた伊織は遊馬を見据え指し示す。


「行きなさい!」


八本の足が伊織の体を離れ、それぞれが意思を持つように高速で飛んでいく。

それらはビルの壁や飛んでくる硬球すら貫通し、鋭利に一点、遊馬を目指している。


「なんやそらっ!?ファン○ルやんかそれっ!? おまえはア○ロかっちゅー・・・のおっ!!」


飛来する無数の刃。それをバッドで必死で打ち返す遊馬だったが、いくら打ち返したところですぐに自由ノ空ロマンス・フライは体勢を立て直し再び遊馬に向かって飛んでくる。

眼鏡の向こうに光る冷静な瞳でその一つ一つの動きを見切り、回避し、弾き飛ばしていく。

その冷静な対処、動き、無駄の無い行動ひとつひとつが遊馬は見かけ以上に頭の切れる人物であることを物語っている。


「ねーちゃん、これあんたが自分で動かしてるんやな。ほんま大したやっちゃ・・・ほな」


腕を振るう。その残像をなぞるように空中に無数の硬球が現れた。

それらは一つ一つ的確に次に刃が飛んでくる場所に配置されており、それを貫いた瞬間爆風と黒煙が舞い上がり、ビルの屋上一帯を包み込んでしまった。


「っ、自爆!?」


「ちゃうわ。これも作戦ってやつやで?」


カキーーーーン、という快音。

黒煙を突き破り内部から飛び出してきた無数の硬球はロマンス・フライを戻していない生身の伊織に向かって的確に進んでいく。

全く視界が開けない、目が頼りにならない状況、自爆とも取れる事前行動から生じていた一瞬の油断ともいえない隙を突き、遊馬はボールをかっとばしたのである。

黒煙が晴れた中、目を閉じてバットを構えている遊馬の姿があった。


「見もしないで・・・・・まさか、音で?」


にやりと、遊馬の頬が歪む。

ロマンス・フライを装填していない状態の伊織は高速移動も勿論飛翔も不可能。

ボールは逃げ場を計算しそれら全てをふさぐように異常な精度で伊織に迫る。

避けられない。そう判断した頃にはすぐ目の前にボールが迫り、


「たーまやー! なんやあっけないもんやな、組織のセイヴァーっちゅーのは」


バッドを肩に乗せ、口笛を吹いて見下すように鼻で笑う。

対岸の屋上では派手な爆発による黒煙が巻き起こり、その爆発の規模を物語っている。

いくら所有者とは言え、あの規模の爆発をなんの防御もせず受けたなら木っ端微塵に、


「なんやと」


黒煙が晴れるとそこには今まさにロマンス・フライを装填している伊織の姿があった。

確かに刃を戻すだけの時間はあったが、それ以前に先ほどの攻撃をどうやって防いだのか。

考える。伊織に隠された能力があるとしても所詮彼女の能力はこの八本のマニュピレーターによるものが全てであろう。全く違った方向性の能力は一人のセイヴァーに開花することはない。

となると、自然な考えで・・・・。


「あのきっしょいねーちゃんの能力ってことになるわな」


いつのまにか伊織の傍らにはアリスの姿があった。

いつ咥えたのか、棒のついた飴を舐めながら伊織の手を取り引き起こす。


「りーだー無事い?」


「ええ、ありがとうアリス」


立ち上がると煤で汚れた頬を袖で拭い、遊馬を見据える。


「何したんや、きっしょいねーちゃん」


「さあ、何をしたのかな〜?」


シルクハットを指先でクルクルと回転させながら微笑む。


「あたしは魔術師。摩訶不思議なマジックショーにネタバレは禁物でしょお?」


「・・・・・ええわ、そのマジックのタネ、うちが暴いたる」




「はあ、はあ、はあっ」


刹那は町を走っていた。

多くの人々が逆方向に逃げていく中、ただ一人その中心部に向かって走り続ける。

町中から聞こえてくる悲鳴。怪我をした人々。中には死んでしまったものも居るかもしれない。

この町全体を覆っている巨大な心理領域の存在に徐々に気づき始めていた。

信じたくない。これが響の仕業だなんて。こんなひどい事になるなんて。

しかし今自分がその事実から目を逸らしてしまったら、だれが響を見てやれるというのか。


「覚悟を決めろよ、結城刹那・・・・・!」


何としても、響を元に戻してみせる。


「必ずだ!」



行く先は紅く、まるで異世界。


足取りは軽く、まるで別人のもののよう。


それでも走る。取り返しが付かなくなってしまう前に。



自分だけでも、彼女を信じていてあげられるように。



遊馬の関西弁、かなりてきとーです。


ごーじーじーごーくー。

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