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闇夜に逢いましょう(4)

歌。


ゆっくりと、穏やかに、しかし力強い存在感を持っている。


歌。


流れ出し、あふれ出し、止め処なく世界を包み込む。


歌。


それは涙に似ている。叫び声に似ている。それは音であり無音の訴え。


歌。


「なんや、うちのボスはほんま危ないやっちゃなあ。ほっとくとすぐ歌いだすんやから」


「ありゃ昔からだろ・・・・ま、新参者にはわかんねーだろうがな」


「しかしほんま・・・・・腹立つくらいええ男やな、ボスは」


「ボスの顔のよさは異常だよな、ハハッ」


打ち捨てられた薄暗い闇に包まれた倉庫。

そこに差し込む一縷の光は壊れた天井からほっそりと差し込んでいる。

まるでそれを照明代わりにするように、ベルヴェールは歌っていた。

何の歌かはわからない。歌詞もない。それは歌。原始的な、魂の叫び。

ベルヴェールは歌う。いつも同じ歌を。それはいつしか友と聞いた古い音楽。

涙を流して歌う。思い出す度様々な悲しみが胸に渦巻く。

ベルヴェールは歌う。何度も繰り返し詞のない歌を。

胸に手を当て、大きく手を振るい、何かに訴えかけるように。


「しかしあれやなジョシュアはん」


「あ?」


「不思議なもんや・・・・あの人についていけば神サンだって殺せる気が本当にしてくるんやからな」


「ああ。あの人に殺せないもんはねえ・・・・・あの人の邪魔をするものは・・・」


「うちらが倒す」


「結局俺様もてめえも、救世示にいるやつはみんなボスにどっか惚れちまってんだよ」


「どっかどころかウチは本気でベル様一筋やで」


「・・・・・・・・ま、中には変わり者もいるけどな」


「エルザかいな?うちは気に入らんなーアレ。ほんま生意気やってまじで。ベル様にもえらい口の利き方するし・・・けしからんやっちゃ。そもそもなんで救世示に入ったんやか謎やで」


「エルザはベルの旦那についたというよりは、敵の敵は味方ってことなんだろ」


「・・・・・・・なんやねんそら?敵の敵・・・・?」


いつの間にか静かに鳴り止んだ歌声に振り返るとそこには涙を流しながら微笑むベルヴェールの姿がある。


「そろそろ時間だよ。さあ、始めよう」


ベルヴェールの言葉に暗闇に潜んでいたメンバーが全員立ち上がる。

目を閉じながら歩くベルヴェールに従い、ゆっくりと歩き出す。


「神殺しの槍は目の前にある・・・・さあ、Go Aheadだ」


まるで一つの音楽を指揮するように手を振り下ろす。


それが、戦いの幕開けだった。



闇夜に逢いましょう(4)




「るるる、現状を報告して」


「は、はいっす・・・・」


つい先ほどまでささやかなパーティーを楽しんでいた一行は伊織の部屋、指揮官室に集まっていた。

空中に巨大な立体映像・・・ポートアイランド全域を模ったものが現れる。


「先ほどポートアイランド内に複数の心理領域の発動を確認したっす。それぞれ東西南北に一つずつ、合計四つ・・・つまり四人の所有者が現れたと考えるべきっすね」


「ねーねー、吟示じゃなくってえ?」


「いや、この展開はどう考えても救世示メサイアっすね。何せこの四人、全員が間違いなく番号入ナンバーズっすから」


るるるの言葉に緊張が走る。

四人のナンバーズ。しかもそれが四人とも敵であるとすると、これは極端な緊急事態である。


「本格的に仕掛けてきたと見るべきでしょうね・・・・市街地の四方を囲んでの陣取り待ち伏せ・・・心理領域は侵入するよりされたものを迎撃するほうが圧倒的に有利ですし・・・・向こうはこちらが誘いに乗るのを待っている状況でしょう」


「かといって放置はできないっす。四人もナンバーズが暴れたりしたらもう大惨事っすから・・・・」


「つまりどんなに不利な状況でもこの四人、何としても倒す必要があるというわけです」


苦しい現状に全員が緊迫の表情を浮かべる中、響だけはのほほんと手を上げて質問した。


「敵の目的は?」


「現状は不明っすが、いよいよ正面衝突を望んできたとも考えられるっすね。ただ前回のケースのようにこの本部に襲撃するのが一番簡単で効果的なはずなんすけど・・・なんらかの罠だと考えるのが無難なところっす」


「ふーん・・・・・・そっか・・・・じゃあ、とりあえず劉生さんとアリスちゃん、私とシュズヴェリイちゃんで迎撃ってことですか?」


ナンバーズの相手はナンバーズでなければ務まらない。それはある種のセオリーだった。

同じ最強同士でも能力の相性などで結果はかなり左右される。極度に磨きぬかれた戦闘能力であるからこそかろうじて拮抗できるのであり、生半可な力ではナンバーズ相手には数秒と持たない。

そのことは前回の組織襲撃時に学んでいたし、今更考えるまでもない人選だった。

幸いこちらにもナンバーズがある程度集結している状態であり、対処はかろうじて可能である。


「ちょ、ちょっとまて・・・!いくらナンバーズ同士だからって、こっちから乗り込むんじゃこっちの方が不利だろ!? 俺も行く!!」


叫んだのは空也だった。彼はナンバーズではなく、その経験もまだ浅い子供である。

しかし彼は彼なりに三年間で力を磨いてきたつもりだったし、何よりもそれは響や仲間の力になりたい一心でのことだった。

だというのにあっさりと、しかもごく当然という流れで響に戦力外だと判断された事に納得がいかない。


「でも、空也君・・・・ナンバーズ相手に通用する自信がある?」


「うっ・・・そりゃ、三年前は俺・・・・ベルヴェールにソッコーやられちまったけどよ・・・・で、でも、俺だって・・・・」


「それで死んじゃったら意味ないよ」


「・・・・・・な、なあ伊織!俺も同行させてくれっ、頼むっ!!!」


「・・・・・・・・・・・秋風さん、今回は出来る限り万全の体制を取るべきです。よって、敵のナンバーズ一人に対しこちらは二名以上で当たりましょう」


「確かにそのほうが勝率はあがるはずっすけど・・・それなりの実力があって、かつ今すぐ出撃可能なセイヴァーは・・・」


「私、伊吹伊織とルクレツィア、それと・・・空也君と綺羅さんにも同行してもらいましょう」


「なっ!ちょ、ちょっとまて!?」


その言葉に一番驚いたのは刹那だった。

綺羅は確かに番号入だし、これから戦っていかなければならないことはわかっている。

しかしいくらなんでも唐突過ぎて・・・そう、それがいくら甘い考えだとしても、唐突過ぎて・・・・。


「戦えないのならここに居ても無駄です。綺羅さん、やれますね?」


鋭い伊織の視線に対し、綺羅は迷わず頷いて見せた。

それがまた刹那の胸を掻き乱す。自分はこの土壇場になっても決意が固まらないと言うのに、妹のほうはまるで最初から覚悟が決まっていたかのようにあっさりと頷いて見せたのだ。

何か言ってやりたくなったが、それすらもただの甘えに過ぎないとわかってしまう。

だから何もいえない。今まで自分が散々守るだのなんだのといってきたはずの妹が急に遠く感じた。


「って、伊織ちゃん戦えるの!?」


「何を今更・・・秋風さん、あなた私が心理領域発動するところ見てたじゃないですか」


そりゃあ見ていたが三年も前の話だし、理論武装を使えるまでにコントロールできるようになったという話は帰ってきてから一度も聞いていないわけで。

しかし自信と意思に満ちたその目を見ればそれがウソではないとわかってしまうのだから困りものだ。


「・・・・・じゃあ、それはいいけど・・・・・私のところは一人でいいよ」


「秋風さん、私の話を聞いてました?一人では勝率が・・・」


「うん、あのね、だからこそ全体の勝率を上げるために、私のところは一人でいいの。だって・・・」


胸に手を当て、静かに微笑みながら全員を見渡し、それから伊織の目を見た。


「ここに居る全員まとめてかかってきても、私には勝てないよ。」


誰もが言葉を失った。

その言葉がハッタリではなく、事実そうであることを薄々全員理解してしまったから。

秋風響という少女は、ここに居る誰よりも強く、既にその領域は果てしなく遠い。

一人で確実に勝てる駒があるのであれば、そこに回す分の戦力を他に回すべきなのも事実。


「綺羅は響と一緒じゃないと戦わないよ」


誰もが黙り込む中、胸を張って響をにらみつけている少女がいた。


「綺羅は、響と一緒じゃなきゃ戦わない。伊織、いいでしょ?」


「・・・・・・・・・・わかりました。では、チーム分けを発表します」



北区担当・・・・響、綺羅


「どういう心境の変化?」


「うるさい! いいから車椅子おして!!」



西区担当・・・・ルクレツィア、劉生


「どうしてぼくが君と組まなくちゃならないんだ・・・・」


「この配役おかしくないかしら」



南区担当・・・・アリス、伊織


「きゃははは!ねえ、伊織って戦えるのお?」


「それは現地でのお楽しみですよ」



東区担当・・・・シュズヴェリイ、空也


「リベンジマッチだ・・・・やるぜ!」


「また瞬殺されないでくれよ、頼むから」



「わたしは無限音階シンフォニーバケーションでみなさんをナビゲートするっす。位置、戦闘能力に関して判明したことは皆さんに伝えるのでがんばってください」


るるるの周囲に心理領域が広がり、巨大なパイプオルガンが浮かび上がる。

ヘッドフォンを耳につけたるるるは鍵を叩き音を奏でる。


「それでは皆さん、くれぐれも気をつけて」


伊織の声を最後にそれぞれが部屋を飛び出していく。

そんな中、一人取り残された刹那は妹を見送ることも出来ないまま立ち尽くしていた。

その場に座り込み、一人拳を握り締める。


「綺羅・・・・・」


何も出来ないということがここまで辛いなんて。

自分に出来ることが何もない。どんなに近くにいてもしてやれることなんかない。

それどころか覚悟一つまともに決められないなんて・・・・あまりの情けなさに胸が熱くなる。


「刹那さん」


るるるの声に顔を上げる。


「みんなを信じてあげてくださいっす。みんなの帰る場所、ここしかないんすから」


少女の微笑みに余計に辛くなる。

やりようのない苛立ちを拳に込め、地面に叩き付けた。




響は綺羅を乗せた車椅子を押しながら全力疾走していた。

その綺羅本人は輸血パックにストローを刺して血液を飲んでいる。

傍らには蒼い髪のメイドが走っているので、かなりシュールな光景になっていた。

もちろん現状では一般人にも目視可能であり、かなりの注目を浴びている。


「ねえ綺羅ちゃん、なんで私と一緒に来たの?」


「別に深い意味はないわ」


「・・・・・・・・・本当に?」


「いいじゃないなんでも・・・・それより敵をやっつけるんでしょ」


「マスター、目前に展開した敵の心理領域を確認しました」


「行くよ、フランベルジュ」


車椅子の前に駆け込むと手を空を薙ぐ。

まるでそこに在った境界面を取っ払うように巻き起こった風が響の進入を拒む心理領域へと吹き込んでいく。

胸に手を当て、心理領域に踏み込んだ。


「Give Me My Sword・・・・!」


フランベルジュが光に変わり、粒子が装甲を形成し、やがてそれは一振りのギターになる。

同時に心理領域に入ることにより響の身体能力が急上昇し、何度かの跳躍で高層ビルを駆け上っていく。


「あっ、ちょっと!?おいてくなー!バカーーーーッ!!!」


下方から聞こえる綺羅の声を無視し、響はビルを駆け上る。


『よいのですか?』


「正直、足手まといだしね」


『・・・・・・・・そうですか』


空中を回転しながらビルの屋上まで上り詰めた響はギターを振り回し周囲を確認する。

敵の心理領域の内部であるはずなのだが、特にこれといって周囲に変わった事はない。

本来心理領域であればその精神にのっとり風景にも変化が生まれるはずなのだが・・・。


「圧巻ですのね。他人の心理領域への強引かつ鮮やかな進入から理論武装の形成。周囲への警戒と心理領域の中和を同時に行いながらの高速移動・・・・まったく、化物と呼ぶのも甚だしい程の戦闘スキルですの」


人影は向かいのビルからやってきた。

空中を跳躍し、純白のマフラーを靡かせながら鮮やかに少女は着地する。

その手には蒼ノ詩フランベルジュのように光の装甲で覆われたヴァイオリンが握られている。

もう片方の手にはやはり紅い光を引いた弓が握られている。

蒼い光を放つギターと紅い光を放つヴァイオリン。対照的に輝く二つが向かい合う。


「お久しぶりですの、秋風響・・・・ここで会ったが百年目!」


弓を突きつけながら少女、エルザは高らかに笑う。

しかしそれに対し、当の響は、


「だれ?」


「ずこーっ!!!ですの!」


派手に転んだエルザ。それにしてもなんにでも『ですの』とつければいいというものでもない。


「余計なお世話ですの!それより秋風響!なんでもう忘れちゃってるんですの!?」


「い、いやあ・・・ものすごく物忘れが激しくて・・・・えっと、どこで会ったのかな?」


「ぶ、ぶちキレたですの・・・・ッ! ジャスティスを殺しておいて、よくもいけしゃあしゃあとっ!!」


ヴァイオリンを構え、その弦に弓を擦る。

音楽を演奏するように目を閉じ弓を動かす。

その瞬間、生まれた紅い円状に広がる衝撃が響を弾き飛ばした。


「・・・・・・っつう!」


フランベルジュをコンクリの地面に叩きつけ、機械音を鳴り響かせる。

まるで音と音が相殺しあうように二つの衝撃は空に消え去った。


「音波による破壊攻撃・・・・私のギターと同じ・・・・?」


「あったりまえですの!! あたしこそ本当のジャスティスの後継者・・・!」


再び弓を突きつけ、不吉に笑ってみせる。


悪魔デビルス、エルザ・リーゼリットですの!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


ジャスティスの後継者、とかいうわりには悪魔なんだ。

とは思ったけれどいわなかった。


「・・・・・・・・・何か今むかつくことを考えましたですの?」


「いやいや・・・・でも思い出したよ。確かに前に会った事があるね」


それは今から一年以上前の事。

まだ響が国内に戻ってくる以前、街中を歩いていて突然あのヴァイオリンによる攻撃を受けた事があった。

かろうじて彼女が『自分はジャスティスの後継者だ』と言ったところまでは覚えていたのだが、その直後ギターで一撃で気絶させてしまったのであまり印象に残っていなかったのである。

そういえばシュズヴェリイにはそんな話もしたと、そこから思い出したくらいで。


「前に会ったときはぜんぜん詳しく聞かなかったけど、どういうことなの?」


「ジャスティスは・・・・あたしにとってとても大事な人だったですの・・・・・」


マフラーを強く握り締めながら鋭い目つきで響をにらみつける。


「ジャスティスは家族もいないあたしの事を拾って一緒に旅をしてくれた人ですの。いつか、ジャスティスの後をついで、あたしがジャスティスを楽にしてあげるって・・・・そう誓い合ったんですの!なのに、なのに秋風響・・・・お前がジャスティスから心を奪った!!」


ヴァイオリンを地面に叩きつける。それそのものがフランベルジュ同様破壊能力を持つのか、大地は大きく亀裂を生み振動がエルザの髪を吹き上げる。


「あたしは認めない・・・・・・お前が正義ジャスティスだなんて・・・・フランベルジュがお前を選んだなんて!!」


「え?知り合いなの?」


『ええ、まあ・・・・・・・一緒に旅をした仲ですから・・・・・』


「んー・・・でも、私が戦いたい相手じゃないんだよなあ・・・・悪いけど、私はエルザちゃんに興味ないんだ」


「・・・・・・・・・・・・・・そのふざけた顔を苦痛に歪ませてやるですのおおおおーーーーッ!!!」


弓と本体の二刀流を構えながら響に向かって突撃する。

雄たけびと同時に迫る強烈な敵意に蒼ノ詩を構え応戦しようとした、その時。



「だから、置いて行かないでって言ってるでしょっ!?」



頭上から落下してきた何かがエルザを弾き飛ばす。

空中で姿勢を整え着地したエルザが正面をにらみつけると、そこには主を失った車椅子が落ちていた。


「車椅子・・・・?」


顔を上げる。頭上から落ちてきたのではない。これは投げつけられたのだ。

頭上の太陽を遮り、何かが落下してくる。それはまるで引き寄せられるようなすばやい動きで屋上に降り立ち、紅い瞳でエルザを睨み付けていた。


月影劇場アレキサンドリア。黒い兎の兵は片手に主を抱きかかえ大地に降り立った。


「き、綺羅ちゃん・・・・よく登ってこられたね・・・」


「・・・・・・・・・じゃ〜す〜てぃ〜すうう〜・・・・・!!」


「な、なにかなー」


凄まじく不機嫌そうな綺羅の声に乾いた笑みを浮かべるしかない。


「綺羅のこと馬鹿にしてるの?こんなビルくらいアレキサンドリアにかかれば楽勝なんだから!」


兎はコンクリにめり込んだ拉げた車椅子を引き抜くとそれをある程度矯正しそこに主を座らせた。


「あなたのその余裕ぶった態度が気に入らないのよ!何でも自分で出来ると思ってるんじゃないわよ!」


「・・・・・・・・・でも・・・・」


「・・・・・・・・・・・こいつは綺羅が一人で倒すわ」


「ええ?でもこの子結構強いよ?」


「だから、綺羅のことを甘く見すぎなの!問題なくさっさとこんなの倒しちゃうんだから!響はどこへでも好きなところへ行けばいいでしょ!」


「え・・・・・・綺羅ちゃん・・・」


歪んだ車輪を押しながら綺羅が前に出る。


「ありがとうね・・・行って来る」


綺羅の無言の答えに響は背を向けビルからビルへと飛び移っていく。


「何勝手に逃がしてんですの、このゴミクズっ!!」


再び振り下ろされたヴァイオリン。

しかしそれは綺羅には届かない。彼女の忠実な下僕がそれを片手で受け止めていた。

その事実にエルザは驚きを隠せない。そのヴァイオリンの一撃は響のギターの一撃と同等の破壊力があるはずなのだ。それがいともたやすく受け止められてしまっている。


「邪魔をして・・・!さてはてめーが裏切り者のナンバーズですのね・・・噂よりはやるようですの」


「・・・・・・・・・・・・・・はあ」


血液を飲み干し空になった輸血パックを投げ捨て口元の血を拭いながら首を傾げた。


「そんなんでよくナンバーズを名乗れるね」


月影劇場アレキサンドリアが動く。

空いている拳を振り上げ、エルザに向かって振り下ろす。

辛うじてそれを弓で受け止めたが、その衝撃に足場が崩れ骨が軋む。

さらに横から飛んできた蹴りに吹き飛ばされフェンスに激突した。

二つ目の輸血パックにストローを挿し、皮肉な笑顔を浮かべエルザを見下す。


「あなたたちにどんな事情があるかは知らないけど、死にたくなかったら帰ることね」


「・・・・・・・・・・・・・・」


瓦礫を退かし、額から出た血を拭いながらエルザも立ち上がる。


「・・・・・・・・せっかくのチャンスを・・・・敵討ちのチャンスを・・・フイにして・・・・・」


わなわなと震える拳。強く握り締めたヴァイオリンの弓が紅く光を増していく。


「もう許さない・・・・徹底的にブチ殺してやるですの・・・・・ッ!!!」


「やれるもんならやってみなさいよ。エセジャステス」


その言葉が引き金になり二つの影は激突した。

黒い兎と紅の奏者、その両手の得物が何度もぶつかり合い、赤い波紋を巻き起こす。

背後に跳躍したエルザがヴァイオリンを構え演奏すると再び紅い衝撃波が屋上を包み込む。

アレキサンドリアは再び主を抱えると車椅子をエルザに向かって投げ飛ばした。

高速で飛来する車椅子は既に凶器でしかない。慌てて演奏を中断し回避すると、二人の距離は先ほどより随分と広まっているように見えた。


「なんであいつをかばうんですの!?そもそもてめーは救世示だったんじゃねーですの!?」


「別に、綺羅は誰の仲間になった覚えもないわ・・・・ただ・・・・・」


脳裏に響の微笑みが浮かび上がる。

思えば彼女はであったときから自分に向き合ってくれていた気がする。

それを認めたくなかった。自分が子供である事を。彼女が大人であることを。

しかし今はそんなこともどうでもいい。もちろん響のことはいまいち気に入らない。

ただ、借りは返す。この僅かな日々の中、自分は彼女に既にいくつもの借りを作ってしまったから。

だから、戦う。


「響より綺羅の方が強いってだけっ!!」


それが彼女のプライド。

黒い従者と紅い旋律はぶつかり合う。

お互いの目と目を見つめあいながら。





ビルからビルへと飛び移る響はやがて足を止めた。

市街地で最も巨大なムーンドロップタワー。佐伯社の本社でもあり、組織にとっても拠点の一つであるその場所の前に白いスーツに身を包んだ長身の男が立っていた。

それはビルを見上げながらまるで遠い過去を思い返すように微笑んでいる。


「君ならきっと私を見つけ出すと信じていたよ」


町に吹き込む潮風に煌く金髪を靡かせながらベルヴェール・ロクシスは振り返った。

そう、まるで最初から秋風響がやってくるのを待っていたかのように。

二人は無言で向かい合う。

フランベルジュを握り締めた響と、ポケットに両手を突っ込んだベルヴェール。

まるで時間が停止したように、二人は見詰め合う。


「ベルヴェール・・・・ロクシス・・・・・・・・」


醒めた視線だった。

響はゆっくりと瞼を閉じ、俯き、顔を上げ、瞼を開き、

肩を落とし、拳を握り締め、全身を震わせ、

目を伏せ、笑い、指先を頬に当て、眼帯を剥ぎ取った。


「ベルヴェエエエルッ!!!」


燃えるような灰色と蒼の交じり合った大気。理論武装や心理領域と括る事が出来ないような何か。

天すら焦がすような殺意と敵意と悪意の全てが響からベルヴェールを貫いていた。

その圧倒的な何かにベルヴェールは目を見開き満面の笑みで応える。


「素晴らしいっ!!良くぞここまで『育てた』ものだっ!!!まさに君こそ最強だ、秋風響ジャスティスッ!!!」


「死ねえええええええーーーーーーーーーッ!!!」


蒼ノ詩を振りかざし、一息で突撃する。

振り下ろされたギター。それを十字架で受け止めるベルヴェール。

しかし、一体何が起こったのか。

ただギターで、それは確かに理論武装だが、ただギターで叩いただけだというのに。

コンクリの地面に無数の亀裂が走り、残骸が宙を舞い、周囲の車や電話ボックスは面白いように吹き飛び、ビルの窓ガラスが悉く割れ、さらに黒い雷が空間に亀裂を生じさせた。

それは一種の爆発と呼べたのかもしれない。およそ常人には体験したことのない不可解な衝撃が市街地の中心で発生し、たまたま近くを歩いていた歩行者や車で移動していたドライバーたちも巻き込み、吹き飛ばした。

その中心にいたベルヴェールの十字架は一瞬で分子レベルまで分解され、構えたその左腕は一瞬で弾け飛び、叫び声をあげる間もなく宙を舞い、まるで壊れた人形のように頭からコンクリの大地に落下していた。


「・・・・げっ・・・ぉっ・・・・・・」


呻き声のような音。

ベルヴェール本人ですら、それが自分が吐血する音だとしばらく気づくことができなかった。

雷と燃える大地を纏い、秋風響は真紅の瞳で倒れたベルヴェールをにらみつけている。

周囲で破壊された全てのものや、全ての人たちには目もくれず、

一歩、一歩、前に歩む。


風と炎に舞い上げられた長髪が黒く影を引くように揺らめいている。

その目も、その存在も、もはやそれが人であるとは到底思えない。

その姿を目視できず何が起きたのかもわからない一般人の絶望の叫びや悲痛な助けを求める声をも無視し、響はただベルヴェールだけを見ていた。


「お・・・・ごおっ・・・・・」


弾けた腕の痛みを抑えながら何とか体を起こす。

まさか一撃、ただの一撃で決着をつけられるとは思っていなかった。

あのディーンですらベルヴェールとは辛うじて互角のはず。

それが目の前の少女は、たった三年間という僅かな期間で最強と呼ばれたディーンを超え、それどころか鬼か悪魔と呼ぶに相応しい非現実的な力の持ち主にまで成長していたのだ。


「すぐに死ねるなんて思わないでよね」


目の前に黒いブーツが現れる。

ゆっくりと顔を上げるとそこには青く雷を湛えたギターが輝いていた。


「ゆっくりと、ゆっくりと・・・・四肢をもいでから殺してあげる」


にやりと、残酷な笑みを浮かべる。

ベルヴェールはそれを見て恐怖を感じる事もなく、悲しむでもなく、敵意を見せるでもなく、

ただただ嬉しそうに、高らかに笑い声を上げた。

それがあまりにも気に入らない。気に入らないので響の表情は見る見る歪んでいく。

ただ無表情に、まるでゴミかムシでも見るような冷めた瞳でギターを振り上げた。


「気持ち悪い」


ギターが振り下ろされる。

吹き上がる鮮血と共に、ベルヴェールの絶叫が町に木霊していた。


ヴァイオリンの弓・・・・弓ってだけ書くと弓矢みたいですね。

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