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闇夜に逢いましょう(3)


「むぐっ!?」


喉に詰まったパンを牛乳で流し込み、伊佐美は夜空を見上げた。

輝く星、浮かび上がる月。

何かそこに言いようのない不安を覚え、ぼんやりとそれを眺めていた。


「・・・・・・・・ん、どうした?」


「いやあ、なんでもないけど」


虫の知らせ、とでも言うのだろうか?

何かいやなことが起こる前兆のようなものを感じる。

しかしそれが一体何を指し示しているのかはわからない。

だが仮に今彼女が不安に思うようなことがあるとすれば、


「響・・・・ちゃんとご飯食べてるかな」


「・・・秋風響、か?」


「あの子小食のくせに食べるの大好きで・・・でもものぐさだからちゃんと食べてないかもなって」


「むしろ・・・自分の食生活を心配すべきだろう・・・」


「何かいった?」


「いや・・・・・」


夜空を見上げる。

どうか願わくば、彼女にこれ以上の不幸が降り注がない事を。

そして願わくば、再び彼女の手を取れる日が来るように・・・。

その時まで、もう少しだけ待って欲しい。

これ以上の悲しみから、彼女を守ってあげられるように。



闇夜に逢いましょう(3)




真夜中、刹那は一人海岸に立っていた。

組織の出入り口の一つに海岸のすぐそばに繋がるものがあり、そこを出て数分歩く。

昼間も訪れた海岸沿いの公園、その手摺に体を預け海を眺める。

めまぐるしく変化した世界の情報と自分が思う以上に課せられた様々な責任。


『・・・・・なんて、脅しはほどほどにしておくわ。でも、あなた達がここに残るということは、そういうことだっていうことだけは忘れないで。どんな選択も、自分で責任が持てるものを選びなさい。そうでなければ後悔するだけよ』


伊織に預けられた契約書。

それにサインをする事も、ここから出てもとの生活に戻ることも、どちらも出来ずに居た。


「・・・・・・・・綺羅の事は、オレがなんとかしてやれると思ってた」


誰も居ない海に向かって語りかける。


「オレは・・・いろいろバイトしたり、ちょっと人には胸を張って言えないような事をしたりして・・・でも金が貯まったら、いつかあいつの足を治してやろうって思ってた」


それは子供の頃からの夢。

歩けない妹のために出来ることならば何でもしようと誓った。

しかしそれはまだ子供の頃の事。次第に大人になるにつれ、それだけではどうにもならない様々な問題が浮かび上がり、それから目を逸らすことが出来なくなっていく。

そもそも、綺羅の両親は金銭的には裕福であると言える。その両親が治せなかったということは金で解決できるような問題ではないのだ。

しかし、だが、ではどうすればよかったのかと、自らに問いかける。

他に何も思いつかなかった。もっといい医者に診てもらえればきっと治ると信じていた。

いつの間にかそれを無理矢理信じることをやめ、どこか諦めていたのかもしれない。

だが今妹は確実にその元気を取り戻し始めている。他人の血を飲むという代価を支払って。

誰かから何かを奪わなければ生きていく事すら難しいということ。

そうだ、自分は本当に諦めていたのかもしれない。彼女の寿命も、共に歩くことも。

それは仕方のない事だと思っていた時に、目の前にどうにかなる手段が指し示されてしまった。

一瞬でもそれを見てしまったらもうそれを忘れることなんて出来るはずがない。

だから無茶も無理も承知でここまでついてきた。

けれど無理を通せばどこかで矛盾や責任が生じる。それは当然のことだと分かっているつもりだった。

だというのに今目の前に突きつけられたその行動の結末に迷いを隠せないで居る。


「バカだな、オレは」


綺羅の前では絶対に吸わない煙草を銜えて火をつける。

どんなに格好つけたところで、どんなに大人ぶったところで、結局自分はまだ子供だ。

だから何も出来ないし迷うし間違うし、今の自分に自信ももてない。


「アホか、オレがしっかりしなきゃ、あいつは・・・・」


「あれ、先客」


間延びした声に振り返るとそこには響の姿があった。

響も刹那同様、手摺に手を乗せると海の風に目を細めていた。


「あんたも眠れないのか?」


「んー・・・・・まあね。なんか、痛くて・・・・」


見れば響はいつもつけている黒い眼帯を外し、紅く染まった瞳を露にしていた。

吸い込まれるような美しさを持つ不思議な瞳に思わず見入ってしまう。

しかしその瞳からあふれるようにいくつかの黒い線が涙のように頬を染めていた。

刺青のように広がるそれはまるで生きているように時々蠢いているように見えた。


「・・・・・・・大丈夫なのか、それ・・・・眼帯外しちゃって」


「あー、いいのいいの。深夜は人も少ないし、このあたりに人間の気配は今きみと私しかないから」


「そ、そんなのわかんのかよ・・・・すごいな」


「近くに人がいっぱい居るとつらいけどね、最近は人が少なければ外しててもそんなに影響なくなったの。それにたまに外さないとなんかもう痛くて」


瞼の上から指先でトントン瞳を叩いて見せる。

それに苦笑し、刹那は再び海に視線を移した。


「・・・・・・・・・・・刹那君は、ここに来た事を後悔してる?」


「・・・・・・・どう、なんだろうな・・・・・・・でも多分、後悔はしてないと思う」


「どうして?これから大変なことがいっぱいあるのに?」


逆にどうしてなのだろうと思ったのは刹那の方だった。

ついさっきまで様々なことで悩んでいたのに、質問されてみるとあっさりとそう思えたのだから。

ああ、そうか、と。


「でも、あの町で何もないままを続けていくよりも、きっとずっといい」


ここに来て苦しみが増えたわけではない。

元々、自分が目を逸らしていただけで綺羅はもっと沢山の苦しみを抱えていたに違いない。

あそこでかなうかどうかも分からない夢を追いかけ続けるくらいならば、いっそのこと・・・。


「ここに居れば誰かの思いを踏みにじったり、踏みにじられたりするかもしれないんだよ?」


「そんなの・・・・あそこにいたってかわらねぇよ。それでも綺羅のやつをなんとかしてやりたいんだ。そのためだったら・・・納得はいかないだろうけど、我慢はしていけると思う」


「そっか・・・・・偉いね」


「・・・・・なあ、あんた・・・秋風響っていうんだよな?空也に聞いたんだが」


「前に名乗らなかったっけ?」


「そうだったか?まあいいや・・・・響、って呼んでもいいか?」


「別にいいけど、いちおう私年上なんだけどな」


「そうは見えないぞ」


「意地悪だね、きみは」


お互いに小さく笑いあい、それから大きく息を吸い込み、吐き出した。


「響は、何に悩んでるんだ?」


「・・・・・悩む?私が?」


「あんたが取り繕ってるのは表面上だけだ。本当はいつも何かひっかかってる。何か納得がいかなくて、何かに苦しんでる」


「相手の事をわかったように言うのは最近の流行なのかな?」


「かもしれないな。みんな本当は分かってもらったり、分かったり・・・そういうつもりになりたいんだろ」


「きみって本当は何か特別な人間なの?」


「・・・・・・・は?」


「いや・・・・うん、あのね、私の左目で見ると相手の思考とかある程度読めるんだけど・・・・」


真紅の瞳で少年を映したとしても、彼の考えはさっぱり読めなかった。

それは初めて彼を見た時から違和感として覚えていたこと。

しかし実際に言葉を交わせば彼はただの少年に過ぎない。


「・・・・なんでもない」


「なんだよ・・・・オレはそんな変なことを考えてたのか・・・?これから気をつけないとな・・・」


「ね、一つ聞いてもいい?」


「何だ?」


「綺羅ちゃんの事、諦めたり見捨てたりしようと思った事はない?」


思わず言葉に詰まる。

響の目は相変わらず淡白で、しかし淡い光を放っている。

それをまっすぐに見つめ返し、刹那は首を横に振った。


「ないよ、一度も」


姿勢を変え、刹那と正面から向き合う響。

二人は向かい合ったまま、何も言わずただお互いの瞳を見つめていた。

ゆっくりと口を開き、しかし言葉を発する事もなく響きは口を閉じる。

目を逸らし、そっぽを向こうとする響の頬に手を寄せ、前に出る。


「目を逸らすなよ。言いたい事があるなら、言え」


息がかかりそうな距離。目と目がまっすぐに見つめあう。


「他人から、逃げてんじゃねえ」


鋭く、射抜くような強い瞳。

それに対し、響の瞳は不安げに揺れていた。


「・・・・・あ・・・・っ」


ぱんっ。


乾いた音が空に響く。

刹那の頬をしたたかに打ちつけた響の平手。

思わずよろけ、背後に一歩刹那は下がる。


「ご、ごめんなさっ・・・・うう〜っ」


両手を胸に強く押し当て、響は目を伏せた。

やけに高鳴っている心臓の音に気づかされ逆に恥ずかしくなる。

物凄くびっくりしてしまった。酷く強い瞳。迷いや戸惑いさえ受け入れてしまえるうような瞳。

まるで、そう、誰かが、あんな目をしていた。

自分でも驚くほどに恥ずかしい。大抵のことでは動じなくなったと思っていたのだが。

強く両手を握り締める。一体どうしてしまったのかわからない。


「・・・・・・・ってえ・・・・全力で殴ったろ・・・・」


「わあっ!ご、ごめんなさあい!!け、怪我とかない!?はうあー!」


慌てて自分でぶん殴った相手の頬に触れて慌てふためく。

その姿に思わず刹那は盛大に吹き出し、その肩を叩きながら笑った。


「え?え?な、なに?え?なに!?なあに!?ちょっと、笑ってないでよう!!」


「いや、なんだ・・・・あんたって案外普通なんだなーと思ってさ・・・くくく」


「な、なにそれ・・・・案外って何?もー・・・・」


「ちったあ落ち着けよ・・・・ハラいてえ・・・・あー・・・ったく、しょうもねえな」


ぽん、と。

頭の上に乗せられた、大きな手が。

少しだけ強引に、不器用に、撫でていく。

ああ、これは、もうだめだろうな、と。

自分でも何かが崩れてしまうのを感じていた。


「・・・・・・・・・・お、おい・・・・何泣いてんだよ・・・・うわ、オレなんかしたのか・・・?」


慌てふためく刹那の胸に顔を押し付けて泣いた。

外見は何も似ていないというのに、そのまっすぐな眼や、諦めない心や、

仕草や、言葉や、どこか自分でもわからない小さなピースが、彼に似ている。

そんな風に思った瞬間、頭を撫でられた瞬間、何かずっと我慢していた様々なものが崩れてしまった気がした。

強い人間を気取ったところで結局自分自身を変えられるわけではない。

僅かに生まれた苛立ちと微かな胸の熱さに自分でも驚く。

ああ・・・・・。


「ばあーか・・・」


「・・・・は?意味が・・・・」


「意味なんかないよ、ただ言いたくなっただけ」


「・・・・・・・・そうですか」


背を向けて長い髪を海風になびかせる響の姿をぼんやりと眺めていた。

刹那が感じていた違和感や、彼女の見せる様々な面の正体。

きっといろいろなもので彼女は自分自身を塗りつぶしているだけだ。

だから危ういし、その本心はいつも見えない場所にある。

けれどやはり自分の思った通り、


「秋風響は、ただの女の子か・・・・・」


風のせいか、それとも小声だったせいか、それは響の耳には届かなかった。

気づけば少しだけ痛みの和らいだその紅い瞳を細めながら少女は振り返り微笑む。


「そろそろもどろっか」


その瞳の美しさにどこか呆然としながら、


「ああ」


少年はポケットに手を突っ込んだままうなずいた。

銜えた煙草から灰が零れ落ち、


風がそれを吹き飛ばし、まるで止まっていた時間を動かすように、空へと舞っていた。




「しかし、納得行かないな」


蒼い光が淡く差し込む床にシルエットだけがゆらめきながら映し出される。

執務机でパソコンを操作する伊織は顔を上げないで髪を掻きあげた。


「ルクレツィア、今日はどこにひっこんでいたの?片時も私の傍を離れず護衛するのがあなたの任務だったんじゃないのかしら」


「組織内で護衛も何もないだろう・・・・尤も、ぼくは他のメンバーを信用しているわけではないし、君の言う事には一理ある・・・・弁解をさせてもらえるのならば、ぼくは出来る限りあの秋風響と顔をあわせたくない、というだけのことだ」


「秋風さんに?あなたにしては珍しいじゃない。気に入らないものにも容赦なく自分から食って掛かっていくくせに、こそこそ隠れるなんて」


「・・・・・・・君がぼくに対してどんなイメージを持っているのか追求したくなったが、まあいい・・・」


歯切れの悪いルクレツィアの言葉に首を傾げる。

パソコンを操作していた手を休めてルクレツィアに視線を向けた。


「それで、何が納得行かないの?」


「ここ最近の出来事全て、だ・・・。正義ジャスティスの後釜が秋風響であること、それが一番納得行かないのも事実だが。彼女は戦士というにはあまりに幼いというか・・・不安定だ」


精神状態マインドグラフは一応規定値に達しているはずだけど」


「平静を装っている状態ではな。何が切欠で暴走するかはわからない」


「まあ・・・・確かに秋風さんの精神状態が非常に不安定なのは確かな事よ。過去の経歴を考えれば仕方にない事だし・・・でも精神状態が不安定じゃない所有者セイヴァーなんていないわ」


心理的苦痛トラウマがあればあるほど理論武装は強くなる。事実、秋風響の理論武装は強い・・・・だが行き過ぎたそれは現実と空想の区別が付かなくなるという副作用をもたらす」


「秋風さんの精神の侵食オルタナティブね・・・・現状、一度始まった侵食を止める方法は見つかっていない」


「そしてその最期は決まっている・・・心を吟示みずからに食われ、意思を失う・・・そうして暴走する可能性が極めて高い、かつ能力も恐ろしく高いあれをあんな緩い警戒態勢で扱うのは危険ではないか、ということだ」


「ルクレツィアが心配しているのは、秋風さんがお姉さん・・・秋風渚さんと同じケースに陥ることでしょう?」


「・・・・・全くその通りだ。そして、そうなるための要素が五年前と酷似している。あらゆるものがまるであつらえたようにあの時と同じだ。佐伯社は何を考えている・・・・」


人事、作戦行動など基本的な命令は常に佐伯社から降りてくる。

現場指揮をするのはイゾルデをはじめとする現場指揮官、リーダーであるが、大本の作戦、行動、特に人事は佐伯社からの指示に従っているからにすぎない。

末端の所有者せんしがその裏にある事実や事情を説明されることはない。


「会社が何を考えているのかさっぱりなのは今に始まったことではないのでしょう?」


「それはそうだが・・・・伊織、君は自分が突然レクイエムのリーダーに抜擢されたことに疑問はないのか?」


「それはあるけれと・・・・」


「君はもちろん優秀だ。おそらく共同学園アイランドスクールの候補者の中では最も優秀だろう。しかしだからといって実戦経験も知識もない人間を突然リーダーに仕立て上げた理由はなんだ?」


「・・・・・それは遠まわしに私がリーダーにふさわしくないと言われているのかしら」


「あ、いや、そうじゃない・・・・ただ、イゾルデ様が建設中に二番、三番のポートアイランドの視察、運営に向かっているとは言え、何か意図があるように思えてならない・・・・」


「大丈夫よ。私たちの直属の上司は、私のパパに変更されたわけだし」


「その人事も甘すぎるというか・・・不必要なまでに変化を恐れてきたレクイエムにとってここ最近の人事は納得しかねる」


「そうね・・・・だからこそ、あなたには色々とやってもらわなきゃならない仕事がある」


ちょいちょいと、ルクレツィアを手招きして呼び寄せる。

パソコンのディスプレイを彼女に覗かせると、自分はそれを操作して画面を変えた。


「先代のジャスティス、ディーン・デューゼンバーグと現在の救世示メサイアリーダー、ベルヴェール・ロクシス。それと、『何らかの事件』を切欠に肉体を失った秋風渚・・・・彼女たちの事件の真相が知りたいの」


「秋風響の理論武装が暴走し、周囲を巻き込んで爆発した・・・と、そんなふうに聞いているが」


「渚さんも肉体の一部を侵食オルタされてたんでしょ?その詳細とかが知りたいのよ」


「知ってどうする?」


「かつての事例が理解できればこれから何が起こるのかある程度は想像が付くわ。それに仮に佐伯社が何か裏をたくらんでいたとしてもそれを事前につぶせるかもしれない・・・・あなた自身の不安を払拭するためにも丁度いいと思うけど?」


「・・・・・・・やれやれ、これ以上こき使う気とはとんだリーダーだ。先が思いやられる」


「ありがとう、ルクレツィア」


伊織の笑顔になんともいえない気持ちになる。

騎士はため息を一つ残して資料を片手に部屋を出て行った。

広すぎる部屋に一人残された伊織は椅子に深く背を預け目を閉じる。


「消えた最強のジャスティスとその妹、か・・・・これで何か真実に近づければいいのだけれど」





「カンパーイ!」


声が重なる。

組織内にある広い食堂、その一角で高らかにグラスが音を上げた。

職員たちが何事かと見ながら通過していく中、ずらりと並んだご馳走を眺めながら響が目を輝かせている。

席には空也、るるる、刹那や綺羅だけでなくルクレツィア、伊織などの姿もある。


「久しぶりにおいしいものが食べられるよううう・・・・っ」


「わたくしたちの食生活はほとんどホームレスの状態ですからね」


よだれをたらし涙を流しながらフライドチキンを食べる響。

まさか両手に食べ物を持って食事を行う日が来るとは思っても見なかった。


「あのう、秋風さん・・・・一応私たちは社員ですから、給与が振り込まれているはずですけど・・・」


「エッウソッ!?」


慌ててフランベルジュに視線を向けるとその手には佐伯社のキャッシュカードが。


「ふ、フランさん・・・・どうしてそれを・・・・・」


「貴女に任せていたらどうなるかわからないので」


「い、一体私は何のために苦労をしてきたの・・・・・」


「ナンバーズともなれば、給与も相当なものだと思いますが・・・・」


「・・・・・・・・・」


涙を流しながら燃え尽きる響を横目に刹那はグラスを傾けながら何故こんな状況になっているのか考える。

始まりは空也が提案した所謂歓迎会だった。しかしこれほど人数が集まる予定は当初なかった。

その歓迎会をどこで聞きつけたのか伊織が『友達だから』という理由で参戦した。

友達だから、というかこれは響の歓迎会ではなく綺羅と刹那の歓迎会のはずだったのだが。

空也やるるるとしては騒げればなんでもいいのだろう。そこに監督役としてルクレツィアが混じり、無駄に食事も豪華になって現在に至る。


「それにしても、他のナンバーズにも召集をかけたはずなんですが・・・・シュズヴェリイすら来ないというのはどうなんでしょう」


「伊織は知らないかもしれないが、番号入の集まりが悪いのは今に始まった事ではない・・・・・どいつもこいつも組織の命令なんてなんとも思わない下等な連中ばかりだからな」


「あ〜!まあた悪口言ってるう」


「今に始まった事ではないとはどういうことだ・・・・わたしはいつもちゃんと集まってるぞ」


「ていうか組織に顔出すのものすごく久しぶりよねえ、ウッフフフフ」


やたら露出度の高いゴスロリ服の少女、露出はほとんどない銀髪の少女、あとオカマ。


「なんだか今ものすごくぞんざいな表現を食らった気がするわ・・・・」


「事実だろう、オカマ・・・」


「ルクレツィア・・・相変わらずテメェ喧嘩売ってんのか・・・・?」


「はいはい、ちょっとみんないいかしら。特に秋風さんと綺羅さん」


手をたたきながら伊織が立ち上がる。


「とりあえず現状集まれるナンバーズはここに居るので全員よ。とりあえずみんな一人ずつ自己紹介してもらえますか?」


「オカマとかいう表現じゃ癪だから先に名乗っておくわ。恋愛ラヴァーズ、折紙劉生よ。噂に名高い新ジャスティスちゃんとお目にかかれるとは、光栄だわ♪」


「あ、はじめまして。正義ジャスティス、秋風響です」


「次はあたしね。有栖川アリス、魔術師マジシャンでーす!てか、これが新しいジャスティス?アハ、ちょーうけるんですけど〜」


死神デス、シュズヴェリイだ。まあ名乗る必要はなさそうだが・・・」


「・・・・・戦車チャリオットルクレツィア」


一通り名乗り終わり、全員の視線がまだ名乗っていない最後のナンバーズに向けられる。

椅子に座った綺羅はストローを銜えながら退屈そうに髪を指先でいじっていた。


「ねーねー新ジャスティス〜?あの子が新しい愚者なんじゃないのお?」


「そうだけど・・・綺羅ちゃん、自己紹介は?」


「なんでそいつらとつるまなきゃならないのよ、別に綺羅は仲良くするつもりなんかないし」


「アラ、これはまた随分可愛げのない子が選ばれたもんね・・・ルクレツィアみたいだわ」


「黙れオカマ」


二人が視線をぶつけ合う中、困ったように刹那がため息をついた。


「オレは結城刹那、こいつの兄貴だ。綺羅はなんていうか、人見知りが激しいんだ・・・・そんなにみんなのことを嫌ってるとかそういうわけじゃないと思うから、大目にみてやってほしい」


「むー・・・」


文句ありげに兄をにらむ妹だったが兄がその肩を軽く叩くとストローに息を吹き込みジュースをブクブクさせながらも大人しくなった。


「まあいんじゃない?それよりあたしおなかすいた〜!ジャスティスぅ、隣座ってもいーい?」


「うん?どうぞどうぞ」


「アタシもジャスティスの隣がいいわん♪ルクレツィアに比べると随分かわいらしいもの」


「そんなにぼくが嫌ならもう帰ればいいだろう」


「こら、ルクレツィア」


伊織に頭を小突かれると騎士は大人しく目を閉じ椅子に腰掛けた。

こうして何故か妙に人が集まってしまった歓迎会が始まった。

そもそも一つ所にナンバーズが集まる事が既に異例であり、職員たちは実に何事かと思いながら通り過ぎていく。

かといって近づくのもはばかられるので結局その宴会の一帯だけが妙にぽっかりと無人になり逆に目立っていた。


「ふう〜ん、じゃあジャスティスってえ、あたしと同い年なんだ?きゃはは、まじうけるんですけど〜」


「何がうけるのかよくわかんないけど、同い年だねー」


「でも、噂に聞いてたよりはけっこーふつーってかんじい?メチャ強いバトルマニアさんだって噂だったしい〜・・・・想像してたよりふつーってかんじ?」


「どんな噂かなー・・・・私まじめにがんばってるつもりなんだけど・・・」


「きゃっはは♪ただのジョーク、ジョオーク、アメリカンジョーーク☆」


アリスにばしばしと背中を叩かれる響。

それにしても会話のタイミングがよくわからない人である。

お茶を飲みながら苦笑する。


「それにしてもボス・・・・さっきから妙にジャスティスちゃんとくっつきすぎじゃないかしら?」


「へっ!?そ、そうですか?」


響と腕を組みながら肩まで寄せている伊織。

反対側にはアリスが肩を叩きながらくっついているので本人は身動きが取れない状況である。

それにしても伊織のくっつき具合はなんというか、普通ではない・・・。


「ははあん、もしかしてボスったら、いけない恋愛に目覚めちゃったのかしら?ウッフフフ」


「いけない恋愛ってなあに?」


「あっ、秋風さんは気にしなくていいんですっ」


顔を真っ赤にして慌てふためく伊織の様子を劉生は楽しんで眺めていた。


「それにしても、ナンバーズがこんなに揃うのっていつ以来だろうな」


「るるるたちはここにいていいんでしょうか・・・・とっても場違いな気がしてきたっす」


「バカ、それをいったら何の力もない刹那はどうなっちまうんだよ」


「おい空也・・・・さり気にオレを責めてないか?」


そうして宴会は二時間ほど続き、伊織が仕事で席を外すのを切欠にお開きとなった。

それぞれが後片付けに没頭する中、響は大きくため息をついて胸を撫で下ろしていた。


「ふう・・・・・・」


「どうした?初対面の人間が多くて落ち着かなかったか?」


声をかけたのはシュズヴェリイだった。その頭をなでなでしながら微笑む。


「ヴェリたん久しぶり〜。今日もかわいいね」


「貴様本気で殺すぞ・・・」


「アハハハ・・・・まあ、なんかアリスちゃんとか劉生さんとかすごいし・・・・ルクレツィアさんは相変わらずおっかないしで確かに緊張したかも」


「あいつらは何歳になっても一行に成長する気配がないな・・・昔っからああだった」


「でも、なんだか少し楽しかったな・・・・私って元々いじめられっこだったし、こんなに大人数で一緒に騒いだことってなかったから」


「そうか・・・・・・・・」


やさしく微笑み、目を伏せるシュズヴェリイ。


「貴様はともかく、向こうの綺羅とかいう小娘はなじむ気があるのか?誰とも口を利かなかったが」


「う〜ん・・・・・・綺羅ちゃんの心を開くのは時間がかかるかも知れないね・・・・・・」


コーヒーの入ったカップを傾けながら綺羅の様子を遠巻きに眺める。

一人、車椅子を転がしながら退屈そうにため息をついていた。

その様子にシュズヴェリイも響と同じ事を考えたのか、肩をすくめて苦笑した。


「響、ちょっといいか?」


綺羅に注目していた二人の目の前に突然刹那の顔が現れた。


「うひゃあっ!?なな、なにかな!?」


「びっくりした・・・・・突然出てくるな、ばか者・・・・」


「な、なにがだ・・・オレは普通にここに来ただけなのに・・・・じゃなくて、あー・・・・あのさ」


「なっ、なに?」


微妙に声が上擦る。響自身が気づかないところで彼女は妙に緊張していた。

何となく昨晩の事が思い出され、刹那の顔が直視出来ない。


「綺羅の事なんだが・・・・・・みんなはちゃんと戦ってるって聞いたんだけど、オレ、あいつには出来るだけ戦って欲しくないっていうか・・・」


「う、うん・・・・」


「でも何かしら恩返ししなきゃいけないってのはオレも思うし、お前たちにしか解決できない問題があるんだろうと思うから、オレも綺羅を説得してみようと思うんだが・・・・」


「そ、そうだね・・・・」


「綺羅のやつあの調子だろ?時間がかかるかもしれないし、それまで綺羅の事をお前に守ってもらいたいんだけど・・・・おい、聞いてるか?」


「へっ!?あ、ああぁ、うん、聞いてるよぉ?」


「・・・・・・・・・・・・・・・聞いてなかったろ?」


「聞いてたよ!」


「聞いてなかったろ?」


「・・・・・・・・・」


「聞いてなかったんだろ?」


「・・・・・・・・・・うん・・・・ごめんなさい」


「あのな、響?オレは今大事な話をだな・・・・・」


二人の会話を傍で見ていたシュズヴェリイはしばらくジト目で響を見つめていた。

話が終わると刹那は片付けに戻っていったが、響は胸を撫で下ろし顔を赤らめながらその背中を目で追っていた。

さらにシュズヴェリイの目が据わっていく。刹那と響を何度も視線で交互に追い、それから響の手を引く。


「おい・・・・・・・秋風響・・・・」


「なにかな?」


「・・・・・・・・・・・・・・・まさかとは思うが・・・・・お前、あいつに気があるのか?」


「へっ、はあっ!?なんでそーなるのっ!!」


「いや、なんでって・・・・逆になんだ、さっきの乙女チックな反応は・・・・」


「どこが乙女チックなの!?からかわないでよ、もおーっ!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「な、なによう・・・・・」


「で、本当はどうなんだ?」


「うー!だから違うってばあ!!なんていうか、ただ・・・・・」


「ただ?」


「・・・・・・・・・ちょっと、ジャスティスさんに似てないかな・・・・刹那君・・・・」


顔を赤らめながらそっぽ向いている響。

言われてみると確かに雰囲気のようなものが似ているような気がしないでもない。

再び刹那に視線を向けてみると、皿を両手に持ちながら歩いている。


「だが、ジャスティスより明らかに出来がよさそうな男だが・・・・・」


「そうかな?あれで結構不安定っていうか、必死なところもあるんだよ」


「・・・・・・・・・・お前もうだめだろ・・・・認めてしまえよ・・・」


「なにがーーっ!!!」


「ちょっと!ジャスティス!」


刹那に視線を集中していた二人の目の前に今度は綺羅が現れた。

流石に今度は驚かなかったが、綺羅の顔が既にかなり不機嫌そうなので対処に困る。


「な、なにかな?」


「つきあって・・・・」


「うん?」


「ちょっと、つきあって!!いいから!!」


「いいけど・・・・・どこに?」


「押して!車椅子押してってば!!」


「う、うん・・・・じゃあヴェリちゃん、いってくるね」


「あ、ああ・・・・・」


誘った本人を車椅子で押して出て行くというシュールな光景を見送るシュズヴェリイ。

それから刹那にもう一度視線を戻してみるが、そこで笑う少年の姿は確かにいつかのジャスティスに似ているような気がした。

だからといってあのダメ人間と同じには思えなかったが。


不機嫌そうにほっぺたを膨らませた綺羅の指示に従い車椅子を押し、二人は組織内部でも人気のない細い通路にやってきていた。


「で、なにかな?」


「・・・・・・・・・・ジャスティス・・・兄さんのこと、どう思ってるの?」


「へっ?どうって・・・・いい子だなーと思うけど」


「そーじゃないのーっ!!男の子としてどうかってことーっ!!」


じたばた暴れる綺羅に思わず苦笑しながら響は首を横に振る。


「綺羅ちゃんを守るために一生懸命で、いい子だと思うよ。でも、別にそういうのはないかな?」


「・・・・・・・・でも、兄さんは最近・・・っていうか、ジャスティスに会ってからずうっとジャスティスのことばっかり見てるんだもん・・・ぐすっ」


涙目になりながらじーっと響を上目遣いに見上げる。


「兄さんのこと、とらないで・・・・・!ジャスティスにはあんなにいっぱい仲間が居るじゃない・・・・でも、綺羅には兄さんしかいないんだもん・・・兄さんのこととっちゃ、やだ・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そうではないのだと思う。

少なくとも、自分も仲間や友達と言うものには縁がない人間だ。

だがその心にはいつも本当の友達と呼べる人たちがいた。

だからがんばれる。だから諦めないでいられる。

誰かが傍にいつもいてくれる幸せや、

戻りたい過去があるからこそ、がんばっていける。

だから、そうではないのだと思う。


『他人から、逃げてんじゃねえ』


だからきっと少しだけ胸に突き刺さっただけなのだろう。

強く在る為に閉じきっていた弱い自分が顔を覗かせてしまったのだろう。

好きとか嫌いとか、そういうことではない。そんな気持ち、まだ自分はよく知らないから。

綺羅の頭に手を置き、やさしく撫でる。


「お兄ちゃんを取ったりしないから、大丈夫だよ。それに、綺羅ちゃんの事は私も守るから」


「・・・・・・・・・・・別にジャスティスに守ってもらえなくてもいい」


見もふたもないよう。


「でも・・・・・約束だよ?兄さんを取らないでね」


「うん、大丈夫」


屈んで視線の高さを合わせ、穏やかに微笑む。


「一人ぼっちの寂しさは、私もよくわかってるつもりだから」


「・・・・・・・・・・・・・・あ・・・・ありがとう・・・・・約束したからね?」


「うん」


「あとっ!ジャスティスのこと認めたわけじゃないんだから!!」


「はいはい」


「押して!戻るの!!」


「ふふふ」


言われるがままに車椅子を押して歩く。

そうして歩く道の中、少しだけ緩んでいた気持ちをしっかりと結びなおそうと思った。

守るべきものが増えたのなら、

きっとなにかを犠牲にしなければそれを守りきれないから。


「がんばろうね、綺羅ちゃん」


「うっさい、ばーか」


それにしても、身もふたもない・・・・。






「いよいよだよ。僕や君に続く、三人目が現れる」


薄暗い場所だった。そして恐ろしく寒く、周囲にあるもの全てが凍てついていた。

かろうじて通路と呼べる金網の上をゆっくりと歩きながらルルイエは顔を上げた。


「世界を変えるためには、全てを一から作り直す必要がある」


氷の壁。巨大な壁画。全ての時が止まったような異様な景色。

その中、ルルイエは何の影響も受けないように淡い光に包まれながらそれに目を向ける。


「かつての間違いを修正するために・・・・・君の妹さんの力を借りるよ」


氷の壁、そこには無数の鎖が這っていた。

鎖は中央の一点に収束し、その鎖は氷の中にある何かにまきついている。

半透明に、しかし嵐のように吹き荒れる氷粒と雪の中、確かにそれはヒトの形を保っていた。

裸の少女。氷付けになり、しかし眠っているようにしかみえない、異様な存在。その両手足を縛りつけ、鎖は部屋全体に広がっていた。


「また会いに来るよ。今度来る時は、君の妹さんを連れてこられればいいんだけど」


踵を返し、足音を立てながらルルイエは歩いていく。

凍てついた瞳。何も目にしていないように見えるそれが、ゆっくりと、しかし確実に動いた。

視線はルルイエを追い、凍てついたはずの唇が何かの言葉を紡ぐ。

きしりと、何かが歪むような音。鎖が揺れ、凍てついた氷の壁に亀裂が入る。

氷付けの女神像は、生きている事を誰かに伝えようともがいているように見えた。


薄暗い闇の中、吹雪に包まれそれは確かに生きていた。


ま、また風邪ひきました・・・。


もういやあああああああああああああああああああ

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