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フラグメント(2)



人が一生の内に手を差し伸べ救えるものがどれだけあるのか。


それは例えば人間関係。例えば財産。例えば自己満足。

世の中に単一で存在しているものなどひとつとして存在しない。すべてはあらゆる物と密接に係わり合い、一つの出来事がさまざまなものに影響を与える。

だからこそ、失うものや得るものがあり、その如何によって未来は選択される。

その選択が果たして正しいものなのかどうか、人は知る術を持たない。

仮に無数の枝分かれする分岐可能性のうちの一つなのだとしたら、他の未来を知る由もない。

そうした理解出来ないということがより強く人に後悔や迷いを与える原因となる。

他の未来や可能性、多くの枝分かれする自分自身の気持ちを知ることが出来たのならば。

最善と呼ぶべき可能性を掴み取ることも夢ではないのだ。


だがその、人間が選び取れる未来の可能性のいかに少ないことか。


あの時ああしておけば。ああしなければ。

様々な後悔の中で人は生きている。生きている以上仕方のないことだ。

助けられなかったものや手の届かなかったもの。

自分が生きるために犠牲になっていくモノやヒトやユメの類。


それでも人は生きている限り己を縛りつけ後悔する必要がある。

そんな自分が許せないのであれば、尚更。


「・・・・・・・・・ボクにも・・・・」


狭いビジネスホテルの一室。眠りこける伊佐美を見下ろしながら男は呟いた。


「ボクにも・・・・君のような・・・・意思があれば・・・・何か違ったのだろうか・・・・」


人に出来ることは、最善の未来を選び取ることではない。

その場その場で出来る、許された範囲の可能性で未来を信じ走り続ける事だけだ。

それを少女は成そうとしている。それをやり遂げられると信じて。

自分に出来なかった事を他人がやろうとしている。それは見ているだけで苦しい景色。

よりよくあろうとすることをあきらめてしまった男にとっては、尚更。


「その先に・・・・待っているものは・・・・・君が望む景色では・・・ないとしても・・・・」


「無知であることは罪であると同時に最も純粋で愛おしい人の造形じゃないかな?」


二人しかいなかったはずの部屋に突然舞い込んだ声。

透き通るような声の持ち主である少年は窓際に座り、月を背に微笑んでいた。


「・・・・・ルルイエ」


「やあ、鶴来。元気だったかい?君と会うのは僕も久しぶりだからね」


一瞬で発動しようとしていた理論武装を解き、少年と向き合う。

ルルイエは白いスーツを着込み、柔らかくウェイブのかかった銀髪を指先でいじりながら金色の目で鶴来に微笑みかけている。その姿は昔初めて鶴来の前に現れた時となんら変化していない。


「・・・・ボクに会いにくるとは珍しいな」


「そんなことはないよ?そもそも僕は特定の人物に固執しないからね。僕がこだわっていた人物がいるとすれば、それはきっとジャスティスくらいだね」


「・・・・・『どの』ジャスティスだ」


「想像にお任せするよ。さて、今日はただおしゃべりを楽しみに来たわけじゃないんだ、残念だけどね」


舞い降りるようにゆっくりと床に降り立つとポケットに手を突っ込んだまま伊佐美に歩み寄る。


「近藤伊佐美・・・・僕の『運命』の力が、彼女は今後双方にとって重要なファクターになるって騒いでてね。どんな子かと思って様子を身にきてみたんだけれど、なんだか普通の女の子だね」


白く冷たい指先で伊佐美の前髪を撫でながら繭を潜めて苦笑した。


「重要・・・・?その子は・・・ただの女の子だ・・・・」


「君だってわかるんでしょ?今後の世界は全て今のジャスティス・・・秋風響を中心に回っていくんだ。彼女の心に大きく踏み込める存在はすでに貴重だよ」


「はぐらかすな・・・・・わかっているのだろう、お前なら」


肩を竦め、それから腕を組んで微笑む。


「今はまだ普通の女の子、だよ。今はね」


「・・・・・・・・・・」


「世界は今大きくその姿を変えようとしている。その変化はもう誰にも止められない」


背を向けた少年は窓に向かって歩いていく。


「僕もいろいろ忙しくてね。今日はこれでお暇するよ」


「・・・・・お前が来るとロクなことがない」


「そう思うなら用心することだね。この世界にとって伊佐美は必要な存在だから」


「お前が守ればいいだろう」


「僕はそういうキャラじゃないからね」


苦笑し、少年は窓から飛び降りていった。

まるで最初からそこにいなかったようにその痕跡は一瞬で消え去ってしまう。

神出鬼没。そして彼が現れるということは何かが起こる前触れでもある。


再び見つめた視線の先、伊佐美はまだ遠い朝を待つように眠り続けていた。




⇒フラグメント(2)





「一連の気力喪失事件には一定のルールがある」


寂れた喫茶店の奥まった窓際の席に伊佐美ともう一人、男の姿があった。

だらしなくスーツを着こなしている男はテーブルにいくつかの資料を並べながら言った。

男の名前は冬樹誠司ふゆきせいじ。二十代半ばの記者であり、伊佐美の協力者である。

テーブルには様々な新聞の切り抜きを貼り付けた手帳やメモ書きが広げられている。


「気力喪失事件そのものは世界中で起きていることだ。だが、共通してどこの政府もそれを公表したがらない。アメリカなんかにいたっては隠蔽してるくらいだからな。まあそりゃ日本も同じなわけだが」


「こんなにやばいことになってるのに東京は今日も平和だもんね・・・・無知って怖いわ」


「違いねえな。ま、正直なところどの政府も気力喪失・・・いや、吟示に手を焼いてるってのが現状なんだろうな。吟示による一般人襲撃事件が急増したのはここ4,5年だし、それまでは眉唾だったりした存在が急にここにきて現実的に人類の敵になったわけだしな」


水の入ったグラスを一気に傾け飲み干すと男は深く椅子に腰掛けて煙草に火をつけた。


「何せ吟示には通常兵器が通用しねえ。国によっちゃ、対吟示用の兵器なんかも開発しているところがあるみたいだが、まあ基本的にうまくいっちゃいないようだな」


「ああー・・・・だって組織でもそんな便利なアイテム開発出来てないのが現状だしね。この間手に入れた『銃』も吟示には通用しなかったし」


「つうかそもそもそんな簡単に吟示を討伐出来たら最初からここまで被害が広がってねえわな。知ってるか?去年の都内気力喪失者の数はわかってるだけでも500〜600くらいはいるんだぜ」


「そんなに!?まあ、吟示を討伐出来る人間が余りに少ないんだから当然なんだけど・・・・」


「自衛隊や警察組織でも対吟示用の特殊部隊があるってうわさは聞いたな。まあ成立したところでどうなるかってのはわからないが」


「ねえ、それって組織って呼ばれてる対吟示能力者たちは警察とかの一端じゃないってこと?」


「だろうな。警察組織の一部ならばわざわざ新しく組織を立ち上げる必要がねえからな」


無口な店主がコーヒーと妙にかわいいトッピングのチョコレートパフェをおいていく。

二人はそれと店主との間を何度か視線を行き来させ、それから会話を再開した。


「・・・・・・なんかさ」


「あ?」


「もう、隠したりしてる状況じゃないでしょ?なのにみんなして『なかったこと』にしようとすることばかりに必死で、被害者やそれに立ち向かう人たちのことから目をそらしてる気がして気に入らないんだよね・・・・今の世界のやり方っていうの」


「あほ。そんなの公表してみろ。すげえ大混乱になるぞ。今だって局所的には混乱なんだから」


「混乱するのって、悪いことなのかなあ。だって今だってみんな苦しむ人は苦しんでるんだよ?戦いたくもないのに戦わなきゃいけなかったり、何にも関係がないのに未来を奪われたり・・・そういう被害者にだけ世界の問題を押し付けてみんなで見て見ぬフリするなら、いっそのこと・・・・」


「みんなで抱えたほうがいい、ってか?やれやれガキだな・・・・」


「なによ!?」


「おーこわ。すぐそうやって噛み付くのもガキだが理想ばっかり口にしてんのもガキだ。人間の真理っつーか、ごく当然のことなんだよ。人間は誰だってわざわざ問題を抱え込みたくねえし、出来れば係わり合いになりたくねえんだよ。そういう風に世界は回ってきた。これからも回っていくんだ」


「何それ・・・・!それがオトナってことなら、あたしはガキでいいよっ!!」


「はいはい・・・・まあとにかく落ち着け。客がいない店のコーヒーでも飲んで・・・ん・・・なんだこりゃ、うまいぞ?俺たち以外誰もいないのに・・・」


「えーそう?にがいよ」


「隠れた名店ってやつか。つか苦いんかい。ホラ、俺の分もガムシロ入れろ」


「バカにすんな!いいよ、そのまま飲むから!」


渋い顔をしながらカップを傾ける伊佐美に苦笑しながら誠司は手帳を手にした。


「気力喪失のルール、まだあるぞ。わかってるか?」


「わかってるわよ・・・気力喪失は、先進国でしか起こらない」


世界中で発生している気力喪失事件=吟示事件の多くは先進国の大都市で発生するものだ。

勿論田舎や発展途上国でも発生することはあるが、統計するとそのほとんどが先進国の大都市で発生したものだということがわかる。


「逆に言えば先進国でも田舎とかだと発生件数は極端に少ないしね」


「今となっちゃ無関係にどこでも発生するようになったが、昔は本当に大都市でしか吟示は現れなかった。それがいったい何を意味しているのか」


「・・・・・・・・・文明の進歩?技術の革命?経済の活発化?」


「そうくるか。それなら発展途上国のほうが多そうな気もするがまあ仮にそうだとして、それがなんだっていうんだ?そうした技術の進歩が人類の敵を生み出すのか?」


「うーん・・・・吟示は実は先進国が作った兵器とか・・・・」


「なんで先進国がそれに手を焼くんだよ。まあ仮にそうだとしてその目的は?」


「そんな次から次へと聞かれたってわかんないわよ!」


「おっかねえな・・・・俺はな、近藤。人の心に問題があるんじゃないかと睨んでる」


「心・・・・・?なにそれ?」


「最近になって爆発的に増加したものが吟示事件以外に何があるのか、それをグラフ化してみればよくわかる。短順に発覚している事件や症状だけでもグラフにしてみればどうなるのか」


「もったいぶらずに見せなさいよ」


誠司は手帳からあるページを引っ張りだしそれをテーブルに広げた。

いくつかの色線グラフが描かれており、それらは近い形状をしていた。


「まずこの赤いラインが吟示事件の増減についてだ。近年急上昇しているのが見て取れるな」


「・・・・他のは?似たようなのばっかだけど」


「青は自殺者の増加数。緑はいじめだ。黄色は若者が起こした殺人事件の数」


「・・・・・・うん?」


「知ってるか?吟示事件の被害者、関係者はほとんどが十代の子供なんだぜ」


「あ」


「人間にとってどんどん生きるのが辛い世界になってきてんだ、今。そういう人の悲しみや苦しみがこうした事件を生み出しているんじゃないかと俺は睨んでいるのさ」


「・・・・非現実的じゃない?」


「非現実も何も、最初から現実味のかけらもねーだろうが」


「そりゃそうだけど・・・・うーん・・・そっか・・・・だよね」


しかしそうなってくるとますます問題はややこしくなる。

吟示、気力喪失の一連の出来事には『原因』と呼べるもの、『元凶』と呼ぶべきか。とにかく大本の理由となるものが存在しないということになる。なんとなく過去の体験から悪の秘密結社のようなものが吟示を生み出しているものだとばかり思っていた伊佐美にとっては望ましくない結論だった。

仮に悪の組織が全ての元凶だとすればそれを見つけ出して倒せば全てが終わる。しかし誰かがそうしたわけではなくまるで世界がそう望んだように吟示が生み出され被害者が増えそれを見ないようにすることが自然に行われていることだとすれば、それは一個人にどうにかできるレベルを大きく逸脱している。

それを変えるということは世界すべてを変えるということに他ならないのだから。


「それじゃ、何をどうすれば『終わる』のよ?」


「勘違いするなよ。『終わり』はそんな簡単に訪れるものじゃない。この世界に終わりがあるとしたら、この世全てが滅んでしまうか、この世界全ての人間の意志を変えるしかない。両方無理だとは言わないが相当に難しい。少なくとも数年じゃ絶対に実現不可能だと言えるな」


「じゃあ・・・・・響はいつまで・・・・・」


俯いて黙り込んでしまった伊佐美。誠司は煙草を灰皿に押し付けて席を立った。


「それでもこの世にそれに対する組織みたいなものがあって、世界をどうこうしようと考えるやつらがいるとしたら、やっぱりきっかけは存在したんだろうぜ。お前がこれから調べるべきことはそういうところじゃないのか」


「そうだけど・・・・知れば知るほどどうにもならないことだってわかるから、ホント・・・きついよ」


帽子のつばを掴んで傾ける。

誠司は苦笑し、その頭を上から強引にたたくように撫でた。


「何すんのよ!?」


「お前は頭わりーんだから、突っ走ることをやめちまったらあとは失速するだけだぜ」


「何よそれ・・・・?」


「元気出せつってんだ。しばらくは俺も東京に滞在するから何かあったら連絡よこせ」


「・・・・・・・・・・・・・・・わかった・・・・ありがと」


何の力も持たない伊佐美にとって出来ることは本当に限られている。

住む世界が違う、という言葉がぴったり当てはまる。

そもそも何か出来るなんて思っていない。それでも立ち止まってしまうことが恐ろしかった。

あきらめてしまうことで響につながる道が途切れてしまうことが恐ろしい。

それでもただ走って走って走り続けるだけの日々は、先が見えない無限階段のようなもの。

時にはそれを投げ出してしまいたくなる。逃げ出してしまいたくなる。

それでも今日までやってこられたのはやはりきっと響のおかげなのだろう。

人の海をすれ違いながら歩き続ける都会の雑踏の中、ふと振り返り思う。

これだけ多くの人々が生きていること。それぞれが人格を持ち中身があり生きているということ。

なんという奇跡か。なんという恐怖か。人は信じられないほどあらゆる世界を網羅する。

ただ歩くことも息をすることも、意識していない世界全てには意思があり意味がある。

偶然や多すぎる様々なしがらみ。行きかう人々の想いや苦しみや悲しみ。

世界というものは巨大すぎてどこまでも広がっている。

一人で世界を歩き回ってみて始めてわかることがたくさんあった。


自分ひとりに出来ることなんて、本当に少なくて、ちっぽけで。


まだ中学生だった頃、世界は狭く閉じていたけれど茜色に輝いていて全てが美しかった。

退屈だと思う日々一つ一つにも意味や輝きがあり、それを無条件に享受していた。

生きるということの裏にある様々な苦しみやありがたみを知らなかった子供の頃。

生きていけることが当たり前で、幸せでいられることが当たり前だと思っていた。

でもそれは親や、教師や、様々な人、友達、無関係な誰かに支えられている世界だった。

無視していたんじゃない。気づいていなかっただけ。

世界は誰かを中心に回っているわけじゃない。ただそれぞれが絡み合い、いくつかの目的や生きるということのために係わり合い、触れ合い、絡み合っていくことで生まれる日常こそが世界そのものなのだと。

例えばお金。例えば衣食住。例えば叶えたい夢。

そうして世界そのものを変えるために一歩踏み出すことの難易度といったら。

旅を続けるだけでも苦しいことは多すぎる。それでも歩き続けるのはなぜか。

世界とかかわることをやめてしまったら、世界を変えることなんて絶対に出来ないから。

うぬぼれや傲慢さが伊佐美の世界を閉じきっていた理由。幸せであることに疑問を抱かなかった自分。

変わるきっかけは他でもない、苦しみや痛みが教えてくれた。

響を追いかけることで受け入れた様々な出来ごと。

納得しているわけじゃない。そうすることが出来ればきっと大人なんだろうけれど。

苦しくても迷っても、納得できなくても。

諦めて追いかけることをやめてしまった、そこで世界は閉じきってしまうから。


「世界かあ」


行きかう様々な世界たち。その海の中にいるちっぽけな自分。

けれどそれはそれでいいものだ。小さく未熟であるがゆえに存在する美しさもある。

そうした一つ一つのきらめきを忘れないですべて拾い集めて生きたい。

そうすればきっといつか、響にだって届くと信じているから。


「悩んでも仕方ないか・・・あたしはあたしに出来る事をやるだけだ」


声に出して拳を握り締めて顔を上げた。

それでも投げ出してしまいたくなるときはいつも響のことを思い出す。


「あんたに言いたいことが山ほどあるんだ・・・・諦めてたまるか」


あの時、塔の天辺で自分に出来たことはこの身を使って彼女をかばうことだけだった。

そんな無力な自分を、そして一度諦めてしまった自分を許すために。


「今度は・・・・あんたのことちゃんと守ってやるから」


そんな力はなくても、傍にいて。

かばうことしか出来なくても、戦いたい。

それがたぶんきっと、友達というものだと思うから。


「よしっ!」


景気づけに駆け出した。冬の空の下、スニーカーがコンクリを蹴っていく。

たぶんそんな感じ。そんな毎日。

それなりに充実している。少なくとも、本人は。


それはそれで、きっといいことなのだと。信じているから。






「ぶえっきしっ!!!」


夕闇に東京の街が飲み込まれていく頃、ガード下で大きなくしゃみの音が響いていた。

くしゃみの発生源は黒い長髪を後ろで束ねた少年。少年は鼻紙で鼻をかみながら肩を震わせた。


「さみい・・・どうして日本の冬はこんなに寒いんだ」


「くそ・・・意味わかんねえ・・・ウゼェ・・・こっちくるんじゃねえ・・・死ね・・・・あ?テメエふざけてんじゃねえぞクソがコンピュータープログラムの分際で・・・チッ・・・ああ、ウゼエ・・・」


肩を震わせる少年の隣、携帯ゲーム機に見入りながらぶつぶつ独り言をつぶやいている少年がいた。

格好は長髪の少年同様黒いスーツ姿であり、金色の長い前髪から不機嫌そうな表情が伺える。


「なあロギアよー、こんな日本くんだりまできてゲームかよ?」


「・・・・・・話しかけんなクソ虫が・・・・見てわかんねえの?マジなんだよこっちは」


「はーそーっすかーさーせんねーすんまそーん」


殺意に溢れる目でにらみ返したロギアと呼ばれる少年はゲーム機のディスプレイに集中する。

残された少年は退屈そうに夕暮れに沈んでいく町の影を眺めていた。

しかし少年にとってはこんなところに長時間待機することそのものがかなりの苦痛である。


「おせーなあー・・・・」


待ち人が来る様子は一向にない。ここで待機し始めてすでに二時間。

本来ならとっくに到着しているはずの人物はいまだにそこに現れていなかった。

南の島の出身である少年にとって日本の冬は寒いものであり、ついでに言えば退屈は何よりも彼にとって大敵であり、せっかくの相方はソニー製のゲーム機に奪われてしまっている。

欠伸をしてその場にかがみこんでいると、突如目の前に人間が落下してきた。


「わおっ!?なんじゃこら」


落ちてきた人間は黒服の男だった。それも一人や二人ではない。中には子供もいる。

それらに続き上空から降りてきたそれは地に転がる人々を踏み砕くように舞い降り、立ち上がった。

純白のエプロンドレスに褐色の肌に銀色の髪。その表情は仮面に覆われてうかがい知ることが出来ない。

女は長髪についた埃を払うために髪を軽く靡かせると一歩前に出た。


「・・・・んだよお?エミリアか・・・・あのね、俺様けっこービビリだからあんまり心臓によろしくない登場は控えてくんね?つかそいつらなに?誰よ?」


「失礼。しかし、いつまでもつけられているのも・・・・気分が良くないものですから」


倒れる男のうち一人を引っ張り上げるとそれを無造作にコンクリの壁に投げつける。

仮面をそっとはずすと少年が想像するよりずっと端整な顔立ちがあらわになった。


「おーこええ・・・・そんなナリしてやるこた殺人鬼かよ、ハハッ」


「それも全ては私のためを思ってのことだ。あまりそう言わないでくれ」


ベルヴェール・ロクシス。

救世示メサイアのリーダーであり、かつてのジャスティス同様、この世に現存する所有者セイヴァーの中でも最強クラスと称される人物。

男は余裕をたっぷりと湛えた笑みで特に派手な登場をすることなく平然と歩いてきた。


「久しぶりだね、ジョシュア・・・・元気だったかい?」


「ボス、その格好はなんだ?」


ベルヴェールは相変わらずの美形っぷりを発揮しつつ、その服装は何故か半被だった。

ねじり鉢巻を頭に巻いて手には『祭』とプリントされた団扇。

言うまでもなく現在の季節は冬である。


「ジャパニーズ・カーニバルさ・・・・私たちがこの国で事を起こすのにふさわしい格好だろう」


「本気かボス?まあボスが本気ならば俺様は何も言うことはないんだが」


「マスター・・・・・エクセレントです」


「ああ、エミリア・・・・君にはわかるんだろう?この迸るサムライソウルが」


「マスター・・・・」


手を取り合って見つめあう二人を空寒い気持ちで見つめながらジョシュアは無表情を取り付くろった。

そしてそんな状況になっても相変わらずロギアはソニー製ゲームに夢中だ。

そもそもどこからそんな格好を取り寄せたのか気になるところだがこの人に突っ込み始めたら命がいくつあってもたりないというかそもそも話を聞いてくれないので言うだけ無駄だろうし別にいいかと自己完結する。


「まーそれはともかく・・・・ボスがわざわざ東京に来る必要があったのかよ?」


「うむ。こちらとしても世界ノ蘇ダークマターを回収しないと何も始まらないからね」


「そのダークマターの持ち主って、今この世界で一番おっかねえやつなんだろ?なんつったか・・・・」


「秋風響。現在の正義ジャスティスであり嘗てのそれの妹でもある娘だ。ファーストコンタクトはうまくいっているから、あとは仕掛けを発動するだけなのだがね。如何せんあれがきっかけで無意味に強くなりすぎてこちらも手が出せないんだ」


「秋風響ねえ・・・・?ボスが恐れるほどの力の持ち主なのかよ?悪いが俺様にはそのへんにいる小娘と大差があるような気がしねーんだけどよ」


「戦闘能力だけならば今は私の方が上だろう。問題はあれを守護している死神やら隠者の類だ。本人が気づかないところで完全なバックアップ体制が整っている。下手に手を出して救世示われわれ組織れんちゅうが正面衝突なんかすると面倒だしね。今はまだそういう状況ではない。こちらも人員の確保がままならないくらいだからね」


空白番号あいてるせきは俺様が埋めるさ。こんな腐った世の中だ。能力に目覚めてるけど使い方がわかんねえやつなんか腐るほどいるって。実際コイツだって俺様が見つけてきただろ」


相棒であるロギアを指差す。本人は一向に反応する気配がない。


「そうだったねジョシュア・・・・ところで東京の仕掛けはどうなっているんだい?」


「お達し通り、いくつか吟示を放っておいたぜ?俺様の『虫籠』から選りすぐりをな」


「それにつられて神子がやってくれば万々歳だけれど、余計なものもひっかかったようだね」


「それってもしかしてそのへんに転がってるやつらか?なんだそいつら」


「さて、なんだろうね?襲ってきたから倒しただけなんだが、情報を聞き出そうにもエミリアがキレてしまってまったく話を聞きだすことが出来なかったんだ」


申し訳なさそうに肩を落とす白いメイドを見て二人は苦笑した。

それにしてもあっけないものである。それぞれ怪我などしていないようだが・・・・。


「こいつら全員殺したのか・・・ひゅう、やるう」


「エミリアは強すぎる力の制御がうまくいかない子なんだ。そんなこともあるさ」


「生きるも地獄死ぬも地獄ってね。なあに、ほんのチョッピリ死ぬのが早まっただけだろ・・ハハッ」


けらけらと軽快に笑う少年にベルヴェールは腕を組んで微笑みかける。


「ところでロギアの調子はどうだい?そろそろ使えそうかい?」


「んー、ぶっちゃけこいつのコントロール不能に比べればエミリアなんかまだましだぜ。こいつ一度仕事させっとマジ何もかもぶっ壊しやがるから全然働かせてねえよ。ほとんど俺様のスタンドプレイ。まじつかれるわ」


「そうか・・・・・早く仕事に慣れるように教育するんだよ。君は彼より年上なんだからね」


「ハイハイすいませんねーまったく・・・・で、本題は?」


ベルヴェールが笑う。

こんな辺鄙な場所でわざわざ待ち合わせたのだ。口頭で伝えたい何か重要な指令があるに違いない。

懐から(文字通り懐)写真を取り出し、それをジョシュアに手渡した。


「なんだこの女?」


そこに写っているのはラフな格好で東京の街を歩く一人の少女のもの。


「近藤伊佐美。もしかしたら使える駒になるかもしれない。出来れば拉致ってきてくれないかい?」


「使えるって・・・・・・・こいつがかあ?ボス、いよいよあんたの考えがわからんぞ」


「彼女は秋風響の元親友なんだよ。例の儀式の時にも現れたくらいだ」


「で、こいつをオトリにダークマターを吊り上げるってこと?」


「吊り上げるか。いいことを言ったね。ついでに邪魔者を一人消してもらいたいんだが」


さらに手渡された写真。それを見てジョシュアは凶悪に頬を歪ませてそれを睨み付けた。


「ハッ!いいじゃねえの、面白いやつが邪魔してるもんだ」


「御堂鶴来とか言ったかな・・・・現存する番号入ナンバーズの生き残りだ。出来れば早いうちに消してその席を空けてもらいたいところだし、そもそも近藤伊佐美と接触しているせいで彼女の拉致に支障が出るかもしれない」


「それに、俺様の因縁でもあるってか」


答えず、しかし笑顔を浮かべるベルヴェール。

手にした写真を何度も何度も細かく千切り破ってジョシュアは手を叩き笑った。


「いいじゃねえの?久しぶりに裏切り者の顔を拝むのも悪かねえか・・・・ハハハッ!」


日の光もやがて届かなくなり暗い闇に世界が飲み込まれていく中、


暗闇の底から這い上がってくるような笑い声がいつまでも木霊していた。










「って、シメたいのは山々なんだけどよ、ボス・・・マジでその格好なんだ?」


「一種のジョークだよ、ジョシュア」


「つーかロギア!!てめえ会話に参加する気ねーのかよ!?」


「話しかけるな・・・・・・・」


キャラが多くなりすぎてどれがどれだかわからなくなってくるのは俺だけなんでしょうか?

うわー・・・外見の区別がつかねえええええ

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