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閑話、それでも俺はゾンビですよ その③

読んでくれると嬉しいです

 見慣れた町並みも、夜はその顔を変化させる。

 街頭に照らされるコンクリートの道は朝より冷たく、普段は聞きもしない川の音も鮮明に聞こえる。

 俺はタナトスと帰路を歩かず、寄り道してそんな街を眺められる高い場所に来ていた。


「なあ、タナトス。お前、実際どこまで考えていた?」

「何をだい?」

「俺が、何処まで行くかってこと。どれくらいまで分かってやっていた?」

「ふ~ん。僕は何も考えずに今ここにいるわけだけど、それじゃあ君は納得しないだろう? なら、ある可能性の話をしよう」

「可能性?」


 俺が宙を浮かぶタナトスの方を見ると、タナトスは宙を舞って星雲のように美しい街並みをバックにいつもの軽薄な笑みを浮かべて語る。


「そう、可能性だ。ある瞬間、人が死に。ある瞬間、人が生まれる。そんな万に一つもの、だが決してありえないことではない、そんな可能性の話。君は、僕にこう言った。何処までわかっていたかと。答えは、どこまでもだ。可能性があることは全て考えていた。もちろん、君がもっと前に死んでいる可能性だったあったんだよ。けど、それはそれで運命だ。勝てない相手が居る可能性も、そもそも君が自己破壊をする可能性だってあった。今、君の居る可能性は、一パーセントにも満たない極々小さな、けど少なくはない可能性の一部なんだ」

「つまり、どういうことだ?」

「無数に広がるパラレルワールド。それ嘘なんだよ。あそこでああしてれば、こうしてればなんて、ただの人の願望だ。世界というものは、時間というものはいつだって修正がかかる。人はそれを理解せずに、願望に走る。ただ一つ、君という存在を抜いては、ね」

「俺が……そうじゃないと?」


 俺の言葉のどこが面白かったのか、タナトスは笑う。

 同時に、両手を広げて天を見て、叫んだ。


「君は他の人とは違う!! 決して自分を惨めに思わず! 決して自分の置かれた状況に屈しない! いつだってその時の最善を見つけ出して、それを躊躇なく行使する! 世界という、時間という修正をものともしない、愚かさが! 君という強みなんだよ!!」


 タナトスの本当に楽しそうな顔に、俺は何も言えなかった。

 別に、俺はそんな大層な男じゃない。いつだって惨めに思わないのは仲間がいるからだし、自分の置かれた状況に屈しないのはその場で俺しかできないからだ。

 いつだって最善を尽くすのは人として、生き物として当たり前のことだろう。

 そんな『当たり前』を、できない奴がいるのがおかしいのだ。

 しかし、実際にそんなことをできるやつは一握もいない。そんなことは分かっている。


「だけど、そんなので俺が特別なのはおかしいだろ?」


 そう、おかしい。

 俺が、こんな存在が、タナトスの目に留まるはずがない。なら、なぜタナトスは俺に目を留めた? なぜ、俺を生かした?

 俺は、なぜこうなった?


「君は、それでいい。そんな君が突き進む未来が僕の、『僕たち』の悲願だ」

「僕たちって……誰のことだよ?」

「……さて、そろそろ帰らないと君の可愛いお友達が鬼になるじゃないかな?」

「は? ……げっ! こんな時間かよ!」


 俺はタナトスに出した最後の問の答えを聞く間もなく、走り出した。

 家にいるであろう仲間が、悪魔になる前に家に着かねば、もれなく俺の命も尽きるからだ。

 背後で宙を浮かんでいる神、タナトスは三日月ほどの笑みを見せながら俺を見送った。





「はあ。君にも困らせられているよ。あと少しで僕の、『僕たち』の正体に気がつきそうだったじゃないか」


 言うやいなや、タナトスに姿のない声が帰ってくる。

 

『すまないな。俺の願いを聞くがためにこんなことになって』

「君の願いじゃない。『僕たち』の願いだ。それに、僕はまた『あの君』に逢えて嬉しいんだよ」

『ふっ。お前らしくもない。言ったらどうだ? 若い芽だって。まだ、死闘をそれほど受けていない、仲間を失う辛さを知らない若人だって』


 姿のない声は、はあっと溜息をつく。


「まあ見てなって。今回の彼は、やってくれるはずさ。世界に否定され、時間に拒否された異物、特異点。それが君なんだよ、御門恭介くん」

『英雄になれる存在。お前は俺にそう言ったな。けど、俺は違う。俺は勇者でも英雄でもない。ただの、怪物だ』


 それ以降声は聞こえない。それを感じてタナトスは面白くなさそうに街並みを見る。

 何度、この光景を見ただろう。

 何度、この光景に憧れただろう。

 何度、この光景を破壊されただろう。

 思い出されるのは目の前で御門恭介が無残に敗北し、その仲間を無残に殺されていった光景のみ。

 彼の好きだったこの光景は、日常は、姿もなく荒んだ世界に飲み込まれていった。

 しかし、タナトスはその光景にどう言葉を当てはめればいいのかわからなかった。答えはまだ出ていない。だが、今度の御門恭介はその答えをきっと知っている。

 何の根拠もないそんな曖昧な感情が、タナトスにそう訴えているのだ。

 だから、タナトスは何度も詠唱したその言葉を、今回も言い放つ。


「さあ、『僕たち』の物語を始めよう。もう二度と、彼を悲しませることのないように……」

次章予告

「我、お前の敵に当たる存在か?」

「まーた、おかしい奴が来たよ……」

「それでも、俺はお前を助けたいんだよ!!」


 こんなふうになるはず! 多分! きっと!

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