諦めることができるか?
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息をする度に口から鮮血が飛ぶ。
全身は痛みによって感覚が失われ、一体自分がどうなっているのかさえも分からない。
ただ、俺は無力にも力尽きているのだということだけは理解した。
なぜなら、俺の体を無数の矢が貫いて行ったからだ。
「いやぁー。死ねない体っていうのは不便だねぇ。なにせ、甚振られるんだから」
インドラの声が聞こえる。どうやら耳はちぎれていないようだ。
インドラの表情も姿も見えないが、きっとインドラは笑っているのだろう。
口調、息遣い、そのほかのことでそのことは少なからずわかった。その上で、俺は歯を食いしばるように力を込めた。
しかし、そうした行為に意味など存在しない。立つこともできなければ、悔しがるだけの気力も存在しないのだから。悲しいが、俺はもう諦めている。
完全に、体が動くことを拒否している。
「せん……ぱい……」
かすかに、真理亜の声が聞こえたような気がした。
「せんぱい……」
やめろ。俺はお前を助けに来て負けたんだ。
「先輩……」
そんなことされたら、立ち上がっちまうだろうが。
「……なん、だよ。真理亜」
体を動かすことすら出来なかった俺の体が、今は立っている。真理亜の声に、仲間の声に反応して立ち上がったのだ。
状況が変わるとは思えない。でも、諦めることができるはずがない。
だって、俺はそう言う奴だから。
「……なるほど、君は彼女の声に反応しているのかい。じゃあ、彼女を殺したら、どうなっちゃうのかな?」
回復した視力でも見たモノは、インドラの質の悪い笑顔と、真理亜に近づくペルセウスだった。
駄目だ。やめろ。真理亜に近づくな。
そう考えるが、体は一歩も踏み出してくれない。神経が麻痺して動けないのだ。
ペルセウスの鋭い光を放つ剣が真理亜に近づいていく。
「やめ――」
「やめてもらえますかね? 真理亜は私のものなんですよ」
唐突に現れたのは花宮薫。その目は、これまで一度も見たことがない冷たく冷え切った目だった。
突然の登場だったため、英雄たちは皆そちらに目が行っていた。
だが、それを承知していたのか、あるいは何か策でもあるのか、インドラは何ら変わらない笑顔で薫を見ていた。
「やあやあ、半女神さん?」
「随分と余裕そうですね。いいんですか? あなたたちの天敵とも言える女神の力を有し――」
「断っておくけど、君の存在は僕たちからしたらただのアリだよ? 高が人間風情が、後どれくらい女神になっていられるんだろうね。僕としては、そっちのほうが見ものだよ」
「……やはりバレていましたか。……恭介先輩、どうしてそんな不思議そうな目で見ているんです?」
俺の視線に気がついたのか、薫が俺の方を向く。
そりゃそうだ。後どれくらい女神になっていられるのかなんて言われたら、理由を知りたくなるだろう。それとも、その考え自体がおかしいということだろうか?
俺が考えていると、その答えは薫の口から言い渡された。
「そういえば、恭介先輩には言ってませんでしたね。女神化には命が必要なんですよ」
「……は?」
「言葉のとおりです。女神化には私の生命力を使用します。そして、私の命は多くて後数日。このまま女神化を続ければ、数時間になるでしょうね」
「おい、ちょっと待てよ! どういうことだよそれは!」
「くどいですね。嫌われちゃいますよ?」
薫は笑う。その表情には死という概念を思わせないほどに清々しく、何とも綺麗な笑いだった。
なんだよ。なんでだよ。どうして、どうしてそんな笑顔でいられるんだよ!
俺はそこで一つの違和感に気がついた。
真理亜も、最初は死ぬことを誇りに思っていた。そして、花宮薫はそこの巫女だ。つまり、神崎の婆さんを知るモノは、神崎家に携わった者は、死ぬことを恐れないということか?
いや、そもそもの考えが違う。神崎家に携わった者が死ぬことを恐れないんじゃない。死ぬことを誇りに思うのだ。それはつまり――
「……まさか、神崎の婆さんは……」
「あ、またしてもバレました? そうなんですよね~。お婆ちゃん、現神崎家当主はこの国の王にして、絶対の権力者です」
「それはつまり、あの婆さんの言葉は絶対であって、俺が有する絶対服従の言霊を使えると?」
「いえ、それじゃあ誤解を招くんですよね。お婆ちゃんは、王は本物の絶対服従の言霊の所有者にして、未来を見通すことが出来る神に最も近い人間です」
なるほど。通りで真理亜の家が裕福なわけだ。それに加えてあの政治家たちのパーティー。
なるほどなるほど。つまり、だ。
「お前が命を賭けられるのは、神崎の婆さんはそう命令したからか」
「まあ、そういうことですよね~」
ふっと、俺は笑った。
おかしい。狂ってるって。笑いが止まんねぇや。
「俺は、何度もこの世界は狂ってる狂ってるって言ったもんだが、そうじゃないんだな」
「? なんのことですか」
「ふっっっっっっっっっっざけんじゃねぇぇぇぇええええ!!!!」
俺は薫に向かって本気で怒鳴った。
死ぬことが誇り? あと数時間の命です? 馬鹿にするのもいいかげんにしろよ! こっちは助けるために戦ってんだよ! 助けたいから痛みを我慢してんだよ!
「どいつもこいつも死ぬことが正義だとか、死ぬのは怖くないだとか頭が狂ったようなこと平然と言いやがってよ!!」
「恭介、先輩?」
「王とか、絶対の権力者だとか、正直どうでもいいよ! 俺は、お前も含めて全員助けたいんだ! だから、死ぬことは許さねぇ!!」
「そ、そんなこと言われても……」
薫の返事は曖昧だ。だが、俺はもう決めた。
諦めることができないんだから、どうせなら全部救ってやんよ。
目の前の目標も、目の前の叫びも全部全部救って、目の前の障害は破壊して突き進んでやんよ! だから、せめてそんな嬉しそうに死を選ぶんじゃねぇよ!!
「すまねぇな、英雄ども。胸糞悪んだわ。ちっとばかし八つ当たりに付き合ってもらうぜ?」
俺はポケットに手を突っ込み、メダルをギュッと握り締めた。