廃れていく平和
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朝。昨日のこともあって、目が冴えない。
しかし、時間というものは待ってくれない。遅刻すればあの教師に何をされるかわかったものじゃない。だから、無理矢理にでも体を起こさなければならなかった。
俺は重い体をゆっくり起こすと、昨日の夜はあんなにいっぱいだったベッドにも、今はクロエと薙がすぅすぅと可愛い寝息を立てているだけで何ら不便のないベッドだった。
俺は寝ているクロエの頬に触れ、寝ているクロエに悪戯に似た何かをしてから、肩を揺らして起こす。
同じく薙もしてから、二人が起きるまでそれをし続けた。
「う~ん。恭介のバカァ」
「……眠い、です」
「わかったから俺に抱きつくのやめような? 朝は涼しいといっても抱きつかれたら暑いからな? 俺は朝からシャワーなんて浴びたくないぞ?」
べったりくっついてくる二人を引き離し、それでも離れない場合は抱っこしてリビングに向かった。
リビングに行くと、いつもの景色。ただ違うのは真理亜はいないことだ。
真理亜がいないことに疑問を持ち、いつもの唐揚げを弁当箱に詰めている綺羅に問いかける。
「なあ、綺羅。真理亜は?」
「え? ああ。朝、電話があってお婆ちゃんに呼ばれたとかなんとかで、早くに出て行ったよ?」
「神崎の婆さんに呼ばれた? また、危険なことじゃないだろうな?」
「さあ? でも、そんな危険なことをさせられそうな顔には見えなかったよ?」
「そうか。まあ、学校で会うだろうし、その時聞けばいいか」
そう言って、テーブルに出ている朝ごはんに向かって両手を合わせる。
寝起きの幼女二人も俺の真似をして両手を合わせて、
「「「いただきます」」」
今日の朝ごはんはベーコンと卵焼き。それに味噌汁にご飯というごく一般的なものだった。
どれも母親の味と言ったような味がする。まあ、母さんの飯なんて食ったことないけど。
ごはんを食べ終わると、今度はせっせと支度をして学校に向けて足を動き始める。
その途中、事件は起きた。
「あの、恭介先輩」
道の真ん中に薫が顔を出す。
その表情には焦りと、困惑があった。何かと思い、足を止めて俺は返事を返すと、
「真理亜を、知りませんか?」
「真理亜なら、神崎の婆さんのところに……まさか、行ってないのか?」
「はい……だから探しに来たんですけど……」
「俺の家にはいなかった。でも神崎の婆さんのところにもいないとなると……どこに行ったんだ?」
俺と薫は顔を見合わせ、そして再び考える。
真理亜が行方不明。あの真面目な真理亜が、だ。
不意に、俺のケータイが震える。どうやらメールのようだ。メールを確認すると、そこには真理亜の制服と、真理亜のものと思われる下着が撮された写メが添付されており、内容は天上に最も近い場所で常闇の中で待つと書かれていた。
考えるまでもなく、それはインドラら『ヴリトラを殺す者』たちのメールだろう。
どうやって俺のメールアドレスを知ったのだろうと言う疑問が残ったが、そんなことを考えている暇はない。
ケータイをしまい、俺は薫にメールのことを少し省いて話した。
「今、真理亜を誘拐した奴らからメールが来た。返して欲しければ次の連絡が来るまで待てだとさ」
「……そうですか。まあ、お金のことなら心配しないでください。お婆ちゃんに言えばどうにでもなるでしょうし。あ、それと、くれぐれも誘拐犯のところに行かないでくださいね?」
「ああ、わかってるよ。まあ、俺が行っても仕方ないしな」
省くどころの話ではなくなってしまった。
かなり嘘をついてしまったことに罪悪感を覚え、自分の笑顔がどんどん軽薄になっていくことを自覚しながらも薫と別れ、俺は家に戻った。
頬を伝う冷や汗をそのままに、誰もいないはずの家に俺は向かう。