緊張の糸を張り巡らせろ
更新遅れてすみません……
読んでくれると嬉しいです
家に到着後すぐに俺は縄で縛られ、なぜか拷問されていた。
「あの皆さん?」
「最後の言葉はそれでいいの、恭ちゃん?」
「おかしくない!? 待て待て待て! 包丁はマジで危ないから!」
包丁を逆手に持った綺羅が真っ黒な笑みでズンズンとどす黒いオーラを纏って近づいてくるのに恐怖しながら、俺は閉ざされていない口を使って一生懸命叫んだ。
しかし、綺羅の足が止まらないどころか、ほかの悪魔たちまで呼び寄せてしまった。
「先輩……見境は、つけましょうね?」
「恭介くん、私……すごく機嫌が悪いんだ♪」
「うん。とりあえず、二人共助けようか!! このままだと斬首じゃ済まないよ、俺!」
どす黒いオーラを身に纏い俺に迫りくる艶めかしい悪魔たちに抗うことができず、俺は身を捩りながらなんとか縄から脱出を試みた。
しかし、どうやって縛ったのか縄は外れる気配がなく、また悪魔たちの不敵な笑みがどんどん近づいているのに焦りを残して俺は問う。
なあ、俺が一体何をしたって言うんだ?
切実に、恨みを込めて問う。しかし、その言葉に返ってくる祝福はなく、その代りにお昼寝をしていたと思われる幼女がよたよたと歩いてきた。
「恭介ぇ~」
「おお、クロエ! いいところに来た! 助けて――」
「お腹すいた~」
「……」
どうやらクロエさんはこの状況を全く理解できていないようですよ?
そうじゃない。そうじゃないだろ、俺! 何か、何かないのか!
視線を動かし、あたりを見回すがこの状況をどうにかしてくれるものは存在しない。存在するのは悪魔とかわいらしい幼女だけだ。
まずいまずいまずい! このままじゃ死ぬぞ、俺。
「みなさ~ん。おいしいパイが出来上がりましたよ~……あれ、恭介さん帰ってきてたんですか?」
すると、そこに焼きたてのパイをトレイに乗せたアルが来て、俺を見つけたとかと思ったらパイを床に落とした。
動きが止まったかと思うと、アルは俺を見ながら、
「恭介さんが……襲ってる?」
「いや、襲われてるの!」
「まあ、なんていい情景! 私も入れグへへへへ」
「よだれ! めっちゃ垂れてるから! 拭け! そして、助けろ!!」
駄目だ。俺の家には真面目な奴はいないのか!? 一人また一人と増えていく悪魔たちに怯えながら、俺はもうダメかもしれないと諦め始めた。
だが、世界は俺を見捨てなかった。
「まあまあ。恭介くんの話を聞いてからでもいいんじゃない?」
何を考えているのか、いきなり春がものすごい笑顔でそんなことを言い出した。
俺としては嬉しい言葉だが、それを言ったのが機嫌が悪い春だということにとてつもなく不安感を持つのはいけないことだろうか。
が、その話には続きがあった。
「聞いた上で殺せばいいだけだよ♪」
「うん。一瞬でも信じた俺が馬鹿だった」
当然、そのあとの言い訳を聞き入れる耳など持ち合わせない皆さんは俺を好きなだけ八つ裂きにしてから各々の仕事に戻り、俺の家に平和が戻った。
俺は自身から流れ出た大量の血液を泣く泣く雑巾で拭きながら、夕食の完成を待った。
「恭ちゃん」
「……ん? どうした? お前が作った唐揚げはちゃんと食ってるぞ?」
「ううん。そうじゃなくて……何かあったの? それと、その唐揚げは私作ってないよ?」
「……」
正直、今の問には困った。言いにくいことを聞いてくる綺羅に俺は苦い表情を見せつつ、茶化すことにした。
「いやぁ~、これお前が作ったやつじゃなかったのか~。美味しいからお前が作ったのかと思ったよ」
「本当は私が作ったの。で、何かあったの?」
「……ねえ。俺が一生懸命、話題を逸らしてるのわかってるよね?」
「わかってるから聞いてるの。お願い、大事なことなら隠さないで? 私たちは、家族でしょ?」
綺羅の心から心配する目を見て、嘘は言えない。いや、それ以前に、食事を始めた時からのみんなの視線が全てを物語っている。
みんなの目は、本当のことを聞きたがってる。
それを知ってしまったら、それを受け入れてしまったら、俺はこいつらを危険な場所に招き入れてしまう。だから、ここはどうしても譲れない境界線だった。
「俺がお前たちに隠し事なんてする訳無いだろ? ほら、したら殺されるし」
そう言って、俺はもう一つ唐揚げをつまむ。
揚げたての唐揚げはさくっとした食感でいて中から肉汁が流れ出てとても美味しかった。だが、なぜだろう。美味しいはずの唐揚げが舌に絡みつくように油っぽかった。
「……ふざけないでください」
箸を置き立ち上がる真理亜。表情は伺えないが、怒っているのは明らかだった。
それを見てもなお、俺は揺るがない。
「何が?」
「先輩の態度は些か、私たちを侮辱しているんですよ! 敵が現れたんじゃないんですか!? 怪我をして、それを私たちに悟らせないために――」
「お前たちがどこまで知っているか知らないけど、お前たちが考えているより状況は切迫してねぇよ。だから安心しろって」
薄っぺらな笑みを浮かべ、俺は内心罪悪感と戦っていた。
嘘は付きたくない。でも、嘘をつかなければならない。そんな矛盾が引き起こす罪悪感は外すことが決して出来るはずのない鎖のように俺の心を締め上げる。
しかし、笑みはやめるべきではないと瞬時に判断し、俺はその判断に体を任せた。
「安心なんてできませんよ! 先輩が傷つくのを見て、どうして安心なんてできるんですか!」
「俺が傷つくのは構わない。それに俺は死なない。それよりお前らが傷つくほうが、よっぽど不安だ」
「それは……そうですけど。でも!」
きっと、言葉にならないことを言おうとしているのだろう。反論を一生懸命考えて、なんとか説得しようとしているのだろう。
しかし、その言葉は通じない。俺が、その言葉を拒否し続けるから。
真理亜は握り拳をキツくして、悔し涙がポロポロと落ちていく。
あー、言いすぎたかな?
「まあ、なんだ。心配は嬉しいよ。でも、心配とお節介は違うぞ、真理亜。俺なら大丈夫だ。何度死のうと、なんと消されようと、消えることのない怪物だ。お前らが嫌だといっても、俺はお前たちの前からいなくなってなんてやらない。だから、大丈夫だ」
「そうじゃない……そうじゃないんですよ、先輩。私は、私たちは――」
――先輩の役に、立ちたいんです。
涙を流しながら、真理亜は心を俺に見せた。
流石に、これには嘘は付けない。そう思った。いや、そう理解した。
だから、
「ご馳走さん。うまかったよ」
俺は箸を置き、逃げを選択した。
嘘ではなく、誤魔化すのでもなく、俺は逃げた。
「先輩!」
「真理亜。お前たちは、そこにいるだけでいい。俺の傍にいてくれるだけで、俺の役に立ってるんだよ」
しかし、悲しいかな男心。女子に求められた答えには何かしらの言葉を送りたくなってしまう。故に、俺はその言葉を残した。
手の内を全て明かすのではなく、その断片を丁寧に切り取って聞かせて、それを答えと偽った。
いけないことだとは理解している。罪悪感は十二分に残った。もう満足だろ? もう、俺を一人にさせてくれ。そう願いながら、俺は自室に逃げた。