今日の後輩は何か違う
読んでくれると嬉しいです。
目を覚ますと、そこは物静かな和室だった。
どうやら、俺は負けてここに運ばれたらしい。俺は負けた事実を強く後悔し、奥歯を強く噛み締める。
「あ、恭介先輩起きたんですか?」
「……薫か」
上体を起こしているところに、ちょうど薫がお茶を持って部屋に入ってきた。
お菓子があるところを見ると、自分のお茶らしい。だが、薫なりの何かの考えがあっての行動だろう。でないと、俺の心がくじけそう。
「ハムハム。あ、しぇんぱい、たべはふ?」
「いや、いい。それより、ありがとな。あの時助けに入ってくれなければ、俺は……」
「んぐっ。いやぁ~。帰り道で恭介先輩が襲われているとは思いませんでしたよ~。あ、ここは私の家ですから、ごゆっくりしてくださいね。それと、恭介先輩の家には今日は帰らないと伝えておきましたので」
「うん。余計な事やめような? お前なりの気使いかもしれないけど、ウチの化け物たちにそんなこと言ったら俺殺されちゃうからな?」
安心すべき状況なのだろうが、さっきの一言で全てが反転した。
てか、薫のやつわかっててやってるみたいだ。ニコニコの笑顔がそう言ってる。
はぁ、と俺は小さく溜息を着いてから、俺はお言葉に甘えてゆっくりさせてもらった。
「恭介先輩も負けるんですね」
「あ? 当たり前だろ。俺だって知能を持った怪物だ。間違えることだって、負けることだってある」
「……? 恭介先輩は怪物じゃないと思いますけど?」
「何言ってんだよ。普通の奴らと違って、俺はありえない力と永遠を持ってんだ。これが怪物じゃなくて、なんて言うんだよ」
「いえ、だからこそ、恭介先輩はヒーローなんじゃないですか」
「……は?」
俺がヒーロー? この子何言ってんの?
しかし、薫の顔には嘘の表情は全く見られない。つまり、本心でそんなことを言っているのだ。
「だって、恭介先輩はいつだって自分以外を助けるし、なにより絶対にあきらめないじゃないですか」
「……はっ。バッカだな、お前。自分以外を助けるのは偽善で、絶対に諦めないんじゃない諦めさせてくれないんだよ。俺は、お前が考えているほどお人好しでも、優しくもない」
「でも、真理亜は助けてくれましたよね?」
「……」
「それも偽善だったんですか? あの魔女を助けたのも? 幼馴染を救ったのも? 天叢雲劍を解き放ったのも? その全てを、今までの日常を、恭介先輩は嘘だったって言うんですか?」
「そ、それは……」
薫は真剣な眼差しで俺に迫って来る。
答えにくい言葉に、俺は答えを詰まらせ結論を出すだけの余裕も、いつもみたいの茶濁しもできない。
こういうタイプは苦手なんだよな。押し切られたら最後、本当のことも言えずに黙ってしまうから。まあ、それに上手く対応できない俺もどうかと思うんだけど。
「もし。恭介先輩が嘘だというのなら、私はあなたを許しません」
「ど、どうしてだよ」
「私の真理亜を惚れさせたからです」
「……惚れるのが悪いだろ。俺には関係ない」
「いいえ! 恭介先輩がかっこよすぎるのがいけないんですよ! 何ですか、あの空気読めないヒーローは! まるで少年漫画の主人公じゃないですか!」
熱く語る薫に、俺は問いたい。お前、普段少年漫画読んでるの? っと。 しかし、それを聞いたら殴られるのは目に見えていたのでやめた。
まあ、薫の言っていることは一理ある。だけど、俺には薫の言いたいことへの返答も、真理亜の気持ちも、あいつらの気持ちにも答えることはできない。
それは一様に、俺が人間じゃないからだ。
「そうだとしても――」
「え?」
「そうだとしても、お前には関係ないだろ? 確かに、俺はあいつらを救ったよ。助けたよ。でもな、理由なんて無いんだよ。俺には、あいつらを助けた理由がわからない。それなのに、あいつらは俺のことを意識して、心配して、俺に安定の日常をくれる。それがどれだけ過ごしやすくて、儚くて、脆い夢のような日常だって分かっても、縋っちまうだろうがよ」
俺の言葉に刺や反発ではすまないような怒気が込められているのかわかっていた。でも、止めることができない。
なぜなら、それが本心だから。
俺はつい三か月前まで高が高校生だったんだ。それがいきなり死んで、死なない体になって、強すぎる力を持て余して、何もかもが全く手付かずの手探りする状況の中で、気が付けば無意識に大切な奴らを救ってるんだよ。
その理由を言えだと? ふざけるのも大概にしろよ。こちとら自分のことで手一杯なんだよ。そんな理由、何を言ったところで後づけの薄っぺらなうわ言じゃねぇか。
俺は薫に見えないように毛布の中でギュッと拳をキツく締めた。
すると、
「なんだ。恭介先輩は、そう考えてたんですね。私はてっきり、自分の力に溺れているのだとばかり思ってましたよ。でも、そうかぁ。恭介先輩は怖いんですね」
「怖い? 俺が、何を?」
「自分自身ですよ。理屈も、理論も、自然現象すらも跳ね返す理想という名の感情に恭介先輩は怖がってるんですよ。誰しも、自分のことが一番分からないものです。恭介先輩はそれが恐怖なだけなんですよ」
そう言って、薫は俺の頭を優しく抱き胸元に抱き寄せる。
俺の額に女の子独特の甘い香りが漂い、柔らかい感触と一緒に俺の感情まで柔らかくなりそうだった。
温かい言葉が、笑顔が、体温が、俺の考えを変えるべく迫って来る。それは、あいつらが、仲間たちが与えてくれた過ごしやすく、しかし脆い日常と同じ気がして、つい手を伸ばしてしまいそうになる。
だが、俺はその優しさという温かさを絶対的拒絶で跳ね返す。
「ああ、そうかもな。俺は怖がってるんだ。でも、それはお前に手伝ってもらうほどの脅威じゃない」
一頻り堪能してから、俺は薫の手を優しく退ける。
そして、いつも通り笑って、こう言った。
「俺は怪物だ。英雄にも、勇者にも、ヒーローにもなれはしない」
「でも、恭介先輩は――」
「だから、怪物なりに救うための最善の手を探す。何をどうすれば誰も傷つかないか、どの一手をどう間違えればどうなるのか、模索して、シミュレーションして、それも分からなければその場その場で運にかける。たとえ、自分の何を犠牲にしたとしても、俺は全てを救ってみせる。怪物に出来るのはそれくらいの偽善だ」
「恭介先輩。それはもう――」
俺は薫の言葉を待たずに立ち上がる。そして、腕や足を動かし怪我の具合を見てもう完全に直っていることを確認してから、薫に向き直り、笑う。
「じゃあ俺、体治ったから帰るわ」
「え、ま、待って――」
俺の手を掴もうとした薫の手から半ば逃げるようにして、俺は薫の家を後にする。
これでいい。弱音は吐くだけ無駄だ。弱音を吐く時間があったら、少しは強くなれって話だ。今回の一件、俺の読みの悪さに痛感した。俺は自分を過大評価しすぎていた。俺はつい最近まで高が高校生。それが怪物になって三ヶ月で、強くなるわけがない。甘く見すぎていた。
今度の相手は本物だ。これまでみたいに運でどうにかなる相手じゃない。
どうにかして、あいつらに勝てるくらいの力を手に入れないと。
「でもまあ、まずはあいつらへの言い訳を考えてからでも遅くはないか」
俺は道の真ん中で薫が俺の家に宛てた電話のことを思い出し、蒼白になるのだった。